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第二話 迎えに来ましたよ

 人生の転機とはいつ訪れるか分からないものだ。

                 【大賢者】ガンドルフ・ランドルフィン



 その日、俺はいつものようにダニエルに命じられて表門の掃除をしていた。


 太陽の日差しが暖かいが、落ちている葉の数を見るともうすぐ秋が来るのだろう。


「こんにちは」


 声をかけられた。

 そこにいたのは赤髪の男女だったが、その恰好を見るとどこかの貴族の様だ。


「少し、時間を頂いてもいいですか?」


 鎧を身に纏った女性がそう告げた。


 真っ直ぐに目を見つめている、父を呼べという事ではなく、俺に聞いているんだろう。


 でも、何のために?


 俺はもう何年も前から貴族の社交界にも出てなかったし、そもそも屋敷では小間使い的な役割だ。


 貴族様に話しかけられるようなことは何も……。








「孫よ、会いたかったぞ!!!」






 その時だった。

 ずっと喋っていなかった、初老の老人から熱い抱擁をされた。

 力強く、持ち上げられながら抱かれた。


「お爺ちゃん、ちゃんと説明しようと約束したじゃないですか……」

「うむ! 我慢できんかった!」

「はあ……」


 まあ、許せ!と豪快に笑いながら俺を抱く力を緩めた。

 女性のため息からその苦労が伝わってくる。


 けれど、今度はゆっくりと女性が近づいてきた。

 そして――――。


「迎えに来ましたよ、ラスト」


 今度は女性に優しく抱きしめられた。


 一度もされた事がないはずの慈愛の抱擁。

 けれど、どこな懐かしい抱擁に思わず身を預けた。


「馬車に乗ってお話をしましょう。少し長くなりますから」

「でも、仕事が……」

「仕事?」

「表門を全て掃除しろと」

「この広さを全部っ」


 表門はかなり広い。貴族の屋敷だし、貴族は面子を大事にするから。

 人数がいても半日以上はかかる仕事で、しかも落ち葉は次々と落ちてくるからそれも掃除しないと殴られる。

 大変な仕事だが、これをしないとすぐにでも追い出されてしまう。

 だから頑張らないと。


「なら、これで問題ないじゃろ」


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「…………え?」


 目の前の光景に驚くが、それと同時に初老の老人にも目を向ける。


 何も見えなかったし、何も感じなかった。

 だけど、この初老の老人が何かをやったのは確実だ。


 何者なんだ……?


「それじゃ、馬車に乗りながら話をしようかの!」

「ラスト、どうぞ乗ってください」


 二人に招かれて馬車に乗ってしまった。

 




 その馬車は今まで乗ったどの馬車とも、まさしく次元が違う馬車だった。


 まず広さが違う。

 別に少し広いとかじゃなくて、馬車の中なのに普通にキッチンとか食卓とか本棚とかがあって、しかも振動が伝わって来ない。

 本当に次元が違う。この中身は外とは次元が違うんだ。


 俺はソファに座らされて、対面には老人が座っている。


「ラスト、紅茶は飲めますか?」

「あ、はい、ありがとうございます……」


 女性は紅茶を出してくれて、そのまま俺の隣に座った。


「むっ、ずるいぞ、クレア」

「ずるくないです。ほら、早くお話をしましょう」

「むぅ、まあいい……。ワシの名前はクロノス・タキオスじゃ」

「私の名前はクレア・タキオスです。気軽にお姉ちゃんと読んでくださいね」

「そ、それはずるいぞ! 抜け駆けじゃ! ラストよ、ワシの事もお爺ちゃんと呼ぶのじゃ!」


 初老の老人がクロノスさん、鎧を纏った女性がクレアさん。

 名前は覚えたけど、二人とも多分祖父と孫の関係なんだろう。


「まあ、簡潔に話そう。お前の今の両親は本物の両親ではない」


 衝撃的な事実だ。だけど、俺からは「ああ、やっぱりな」という感想しか浮かんでこなかった。


「あまり、驚かないのじゃな」

「……愛情が感じられなかったんです」


 今までの日々を思い出しながら語った。


「父には褒められたことがありません。母には抱きしめられたことがありません。弟とはまともに話したことがありません。それに、それに――――」

「もう大丈夫、大丈夫ですよ。ラスト」

「あ、れ……? おかしいな、なんで……っ?」


 いつの間にか頬に涙が流れて来た。

 それは止まることもなく、流れ出した。


「ダメだ、止めないと、泣いちゃいけないのに、なんで……」


 泣いたら殴られた。殴られて泣いて、また殴られた。

 だから泣いちゃいけないんだ。


 必死で止めようとしても、涙は流れ続けた。

 その時だ。


「貴方は私の弟です。もう絶対に苦しい思いはさせません」


 クレアに優しく抱きしめられた。


 さっきと同じだ。

 暖かくて、柔らかくて、良い匂いがして。

 安心していいんだと、もう大丈夫だよ、と。


 思う存分、泣いていいんだよ、と。言われている気がした。





「ううぅ、うわぁあああんっっ!!」





 その日、初めて声を出して泣いた。

 今までずっと押し殺して来た悲しい感情が濁流の様に、涙となって流れ出した。


 それをクレアさんは受け止めてくれた。

 ずっと何度も「大丈夫だよ、大丈夫」と声をかけてくれた。


 だから、俺は気付かなかった。



 そんな俺の姿を見ながら、怒りで冷静を保てていないクロノスの姿に。



ここまで読んでいただいてありがとうございます。

作者のモチベーションアップに繋がりますので、ブックマークや高評価、感想など是非よろしくお願いします。

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