厄介ごとばかり押し付けられる人生ですが、自分はそれでいいのです
以前、シンガーソングライターの知人がとあるイベンターと知り合い、大きなワンマンライブを成功させたものの、最終的に「買取メジャーデビュー(自費出版みたいなもの)」を持ちかけられた時の話を書いた。
「数百万円の借金を背負いそうになった知人を、最後の最後で止めた話」
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その知人がワンマンのチケットを売るために様々な場所でライブを行っていた時、イベンターの仕切りで行うインストアライブに出るから、PA(簡単に言えば音響係)をやってくれないか?と頼まれたことがある。
何でもその日は人手が足らず、イベンター本人がPAをやる予定なのだが、正直腕が良くないので、代わりにやってくれないか?とのこと。
知人のチケットさばきには協力したいと思っていたのでOKし当日、現場に向かった。
ライブ会場は大規模ショッピングモールのイベントステージで、機材や配線などをひと通り確認していたのだが……。
ステージ上にある、出演者が自分の音を聞くモニタースピーカー「通称:返し(コロガシとも)」に、自分の目は釘付けになった。
あれは、知人が路上ライブとかで使っている充電式アンプじゃないか……。
確か、使い古したせいかバッテリーの減りが早いと言っていた覚えがある。不安に思い、イベンターに聞いた。
「すいません、返し、もうちょっとちゃんとしたのなかったんですかね?」
「今日はここの他にも何箇所かインストア入れちまって、機材が足りねえんだよ。インストアだしなくても大丈夫かな(大丈夫じゃない!)と思ったんだけど、一応あいつ(知人)にアンプ持ってきてもらったんだ。まあ、アリマサくんの腕なら大丈夫だろ、はっはっは! バシッ!(自分の肩をぶっ叩く)」
「あはは……」
イベンターの適当さに呆れたが、仕方ないのでこの機材のままリハを始めた。
ちなみにその日はもう一人、メインでメジャーのアーティストがいて、知人はチケットさばきのために急遽、前座として潜り込ませてもらった訳だ。
よりによってこのメインの時に、アンプのバッテリーがなくなったらどうしようか……。
不安を募らせながら迎えた本番、知人は来てくれたファンや足を止めてくれた買い物客の前でライブをし、CDやチケットの物販をひと通りこなした後、PA席の自分の元へとやってきた。
「やっぱアリマサさんの音はいいっすわー!」
「それは良かったっす。返し大丈夫でした?」
「全然大丈夫、問題ないっすよ!」
そう言い残し、知人は控え室へと消えていった。イベンターもいつのまにか、どこにもいない。PA席にポツンと一人残され、なんだか心細い。
そして次、メインのアーティストのライブなのだが……。
案の定、悪い予感は的中した。
アンプのバッテリーがなくなってきたのか、どうやら返しが聞こえづらいようで、時折こちらにチラチラと、恨めしげな視線を送ってくる。
ついには、こっそりと指でこちらに「上げろ!上げろ!」と直接ご指示までいただいた。
おお、あろうことか中指を立ててご指示されてますよ。もう、殺意すら感じます。
でもね、どうにもならないんですよ。こっちはもう、限界まで上げてるんです。
そもそも、返しに使ってるそれ、路上ライブ用のアンプなんです……。
仕方ないので、メインのスピーカーの音量を少しずつ上げていった。
それまではたった一人の心細さと懸念していたトラブルが実際に起こったことで、パニック感でいっぱいだったが、むしろ開き直ってきた。やれることをやるしかないのだ。
すると少しは良くなったのか、その後中指を突き立てられることはなく、やがて、自分にとっては永遠に思えた40分のステージが終わった。
メインアーティストのCD即売会に長蛇の列ができた頃、イベンターが自分の元へとやってきて、にこやかにこう言った。
「アリマサくん、お疲れさん!」
「お疲れさんじゃないですよ、あの返しやっぱ酷かったですよ……」
「そうなの? まあ無事に終わったんだし、いいじゃん。アリマサくんの腕のおかげだな、はっはっは! バシッ!」
「……」
その後、自分がこのイベンター絡みのライブでPAをやることは二度となかった。
さて、自分はこのエピソードの他にも厄介ごとやら損な役回りやらを引き受けることが割と多かったが、振り返るとそれらの経験がなかったら、今の自分はいないと思える。
例えば一番最初に組んだバンドでCDを作ろうとなった時も、メンバーでお金を出し合ってMTRというレコーダーを買ったのだが、レコーディング〜ミキシング〜マスタリングという制作の工程は、「こういうのに詳しそうだから」というなんとも適当な理由で自分がやることになった。
MTRの説明書や音源制作の本などとにらめっこしながら頑張ったものの、まだ技術がない頃だったのでミスや不具合もあり、購入者からクレームも来た。そして制作の責任は自分にある。
当然悔しいし購入者には申し訳ないので、何がいけなかったのかを分析し、修正版を引き換えに渡した。
しかしながらこの件ではrecのノウハウ、CD制作の工程、ミスの気づきと修正など、様々なことを学べたし、冒頭のエピソードでも、突発のトラブルでもなんとか対応した経験を得られたのは収穫だった。
また、あの件で自分はイベンターに不信感を抱いた。
大きなモールでインストアライブをやるのに返しも用意できない適当な姿勢や、ライブ中にどこかへ行ってしまう無責任さなどに。この人にはあまり関わらないようにしようと思ったし、この不信感は結果的に合っていた。
知人は結局、あのイベンターに買取デビューを持ちかけられたのだから。
こんな感じで色々と厄介ごとを引き受けたり、責任を負ったり、頼みごとをされてきた結果、皮肉なことに自分の「自力」は引き上げられていった。
スキルもそうだし、メンタルもそうだし、人を見る目もそう。
そしてその「自力」こそが自分の運命を切り開いてきたこと、これは間違いない。
これを読んでいる皆様も、ふとご自身を振り返った時に、これまでにくぐってきた修羅場や押し付けられた責任・厄介ごとが自分を成長させていたり、そういう時にこそ他人の本性を見抜けたりしたのでは?と思う。
今の時代はコスパや効率性が重視されるという。
だけど、失敗や回り道や無駄足も含めた沢山の経験こそが自分に深みと自信を与えてくれると思うし、厄介ごとや損な役回りや責任を押し付けられた人が最後はヒーローになる、そんな世の中であってほしいと願うのは、甘いだろうか。
今回のエッセイに書いたPAのエピソードは、下記の作品を拝読した際に思い出しました。
ご興味いただいた方はぜひ、併せてご覧ください。
「アマテラス」
https://ncode.syosetu.com/n2730gy/
作者:平民のひろろさん様