第八十九話 全く望んでいない再会
懸賞金を受け取った俺は、そのまま屋敷に戻った。
庭に着陸し、浮遊移動魔道具から出ると……ジーナがドアを開けて出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ジェイドさん!」
「よく帰ってくるの気づきましたね……」
浮遊移動魔道具、姿が見えない上に全くの無音なので、普通に生活してたら気づけないはずなのだが。
まさか、ずっと庭を見ていた、とでもいうのだろうか?
などと推察していると……いきなりジーナが、こんなことを言い出した。
「すみません……今日は時間がなくて、夕食まではできませんでした……」
「だ、大丈夫ですよ全然! というか、業務以外の時間は自分のやりたいことやっててくれたらいいんですよ……」
「チェンジ」だの「属性変化領域」だのを作っていて時間がなかったことは、何より依頼主である俺が一番分かっていることだ。
そこに業務外のことまで期待するほど、俺は鬼畜ではない。
「何か食べに行きましょっか」
「王都っていろんな店ありそうですもんね!」
それもそうだな。そういえば、王都に来てから一回も外食をしていないような。
「何にしましょうか……」
「そうですね……」
それゆえに、俺は王都でどこの店がおいしいとか、そういう情報を一切持ってない。
……そうだ。王都のことなら詳しそうな人がいるじゃないか。
「ナーシャさん!」
俺たちな屋敷の中に移動し、ナーシャを呼んだ。
「王都で美味しいご飯、何か知ってます?」
王都で過ごした時間も長いだろうし、行きつけの店の一個二個あるだろうと思い、質問してみる。
――が、しかし。
「私に食べ物のことを聞くの……?」
なぜかナーシャは、そう言ってキョトンとした表情を見せた。
かと思うと、彼女はこう続ける。
「私が知ってる食べ物というと……軍用レーションはパサパサしてて美味しくないわね。MREはメニューによって不味かったりマシだったり……」
「「……」」
……まさかこの人、軍用食しか食べずに生きてきたとでもいうのか?
いくら国のトップの特殊部隊の人間とはいえ、そんな極端な。
うん、どうやら聞く相手を間違えたようだ。
「……なんか適当な店探して入りますか」
夕食の店については、直感で決めることにした。
◇
しばらく王都を練り歩いたところ、なんか良さげな雰囲気の看板の店があったので、俺たちはその店に入ることに決めた。
注文を終え、料理が出てくるのを待っている時……話題は今日に出来事に。
「結局、『永久不滅の高収入』関係で何か収穫はあったの?」
「いいえ。いたのはなんか、討伐依頼が出てない海賊だけでした。……『バミューダボア』って知ってたりします?」
幻蝶なら名前くらい聞いたことあるかと思い、俺はそう聞き返してみる。
「名前だけは聞いたことあるわね。問題になったのが別の案件で忙しい時期だったから、討伐依頼は回ってこなかったけど。ジェイドくんのことだから、名前を出すってことは倒してきたのよね?」
「……ええ」
やはり知ってたか。
てか、なんで倒してきたって分かった。
噂を聞いただけ、とかかもしれないのに。
「まあ、ジェイド君なら余裕だと思うわ。せいぜい国内トップクラスの人材が攻めあぐねる程度の敵でしかないもの」
「どういう意味ですかそれ……」
なんか言ってることが完全にチグハグだぞ。
そんな会話の最中……こちらのテーブルに向かって、一人の男が歩いてくる。
おっ、早速一品目の料理が来るのか?
いやでも、何の料理も運んでないぞ。
となると……ただ伝票でも置きに来ただけか。
――と、思ったのだが。
その男は俺をみるなり……思ってもいないことを言い出した。
「おい、ジェイド。なんだお前、まだ生き延びてやがったのか」
……は?
急に何?
いきなり名前を呼ばれ、一瞬俺は困惑した。
が……男の顔を見て、俺はソイツのことを思い出した。
兄――正確には、兄だった奴だ。
実家を追放されてるので、今はもう赤の他人だが。
こんな場所で何してるんだ。
確か王都には、貴族養成学院があるって話だし……通学の関係でここに来ているのか?
一体何の用だろう。
「まだ生き延びてやがったのか」という発言から考察するに、実家に連れ戻しにきた、というわけだはなさそうだが。
――仮にそういう用件だったとしても、帰るつもりは一切ないが。
義理もなければ、「永久不滅の高収入」が跋扈するこの世の中で貴族なんてやってる暇もないしな。
などと考えていると……次の瞬間。
とんでもないことが起こった。
「お前なんかが女の子を二人も連れちゃってさ。貸せよ、一人くらい」
兄はそう言って、ナーシャの手を掴もうとした。
――あ、それは悪手だぞ。
「何様のつもりなの?」
ナーシャはひょいと兄の手を躱すと……おもむろに兄の頭を両手で掴んだ。
すると、
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
兄は声にならない声で悶絶し始めた。
実物を見るのはこれが初めてだが……これが何の技かは、NSOの資料集で知っている。
「三叉損壊術」と呼ばれる、幻蝶に伝わる特殊な拷問術だ。
確か効果は、頭蓋骨に絶妙に力を加えて骨をいい感じに擦れさせ、三叉神経に傷を付ける……だったか。
三叉神経痛といえば尿路結石、心筋梗塞と並ぶ人生最悪の痛みの一角だが、この拷問術って確か後遺症が残るから、これで一生三叉神経痛と付き合わないといけなくなるんだよな。
ご愁傷様です。
……リドルもあんな感じでやられたんだろうか。
「こんな感じでよかったかしら? 敵対的とはいえ、いちおうジェイド君の知人のようだったけど……」
「あ、大丈夫ですね」
完全に自業自得だからな。
おそらく《国士無双》発動中に《ヒール》を使ってようやく治る治療難易度だろうが、まあ放置でいいだろう。
などと思っていると……今度こそ、店員と思しき人がやってきた。
「すみません、店の中で喧嘩はご遠慮いただけると……」
遠慮がちに、店員はそう口にした。
それに対し、ナーシャは無言で店員にパニッシャーコインを見せた。
すると。
「……あ、いえ、大丈夫です。必要とあらばそちらの客は貴方の自由にしてください」
店員は180度態度を変えて去っていった。
へえ。パニッシャーコインってそんな使い方もできるのか。
流通が極限られてるから、ある種の身分証として使える的な。
支払うだけじゃないのか。
勉強になるな。
……あれ、でもなんで店員側がパニッシャーコインの価値を分かってるんだ?
「ナーシャさん、なぜ今の店員がパニッシャーコインの価値が分かる人だと分かったんですか?」
「店主の体格でひと目で分かったわ。この店は退役軍人が経営してる。だからパニッシャーコインで場が収まるかと思って見せてみた」
「なるほど……」
そんなところに目をつけてたのか。
流石軍人は着眼点が違うな。
とはいえ、確かに店側に迷惑をかけてしまったのは事実だし。
食べ終わったら、チップははずんでおくとするか。
あと、依然わめき続けてて迷惑なコイツについては……。
「《クロロホルム》」
これで静かになったな。




