第八十八話 なんかもっと大物だった
「あの……海賊ならちゃんと仕留めてきたんですけど……」
「……え?」
とりあえず、こちらの状況を伝えてみると……受付嬢は困惑の表情を浮かべた。
困惑してるのはこっちなんだが。
……このままじゃ埒が明かなさそうだし。
実物を見せたほうが話が早いか。
「こちらです」
俺は船長の頭を《ストレージ》からのぞかせた。
「ほ、本当ですね……。あ、あれ?」
それを見て受付嬢は、より一層混乱してひたすらキョロキョロしだす。
どうしよう、これじゃ話が進まないな。
……そうだ。
「一旦、大型素材買取の方に移りますか? 船ごと捕らえてきたんで、どっちみちそっちに行く必要がありますし……」
後々のことも考えて、俺はそんな提案をしてみることにした。
かなり動揺しているようだが、歩いて移動している間に少しでも落ち着いてくれれば。
と、思いきや……。
「ふ、船ごとってどういう意味ですか!?」
受付嬢は目を白黒させつつそう叫んだ。
いや、そのまんまの意味なんだが……。
「い、言ってることも状況もさっぱりですが、まあSランク冒険者さんの言うことですし……。分かりました。とりあえず移動しましょう」
それでもまあ、提案してみたのは正解だったみたいで、やっと話が前に進むようになった。
受付嬢の案内のもと、俺はこのギルドの大型素材買い取り場までついていった。
◇
大型素材買い取り場にて。
「えーとじゃあ、捕らえたという海賊にまつわる物を出してください」
「分かりました」
受付嬢の指示を受け、俺は《ストレージ》から気絶した船長と船を出した。
「属性変化領域」以外に関しては船員の死骸含め全部船に入れっぱなしなので、今出せるものについてはこれで全部だ。
「ほ、本当に船ごと……。今までこんなの見たこともありませんよ……」
船を見上げ、受付嬢は呆然とそう呟く。
が……一瞬の後、彼女の目の色が変わった。
「って、こ、この船は……!」
船がどうしたんだろう?
「なるほど、なぜ海賊の自首と捕縛が同時に起きたのかわかりました。ちょ、ちょっと待っていてください!」
不思議に思っている間にも、受付嬢はダッシュで本館に戻っていった。
なんかこれ、新しいギルドに来るたびいつもの光景になってないか?
などと思いながら待っていると、壮年の男を連れて戻ってきた。
「な、なんと……。禁忌海賊『バミューダボア』が捕まる日が来ようとは……!」
壮年の男は、船を見るなりそう呟く。
禁忌海賊……?
なんだそれ。ていうか、「バミューダボア」って。
それ海賊に付ける名前か? なんかイノシシ系の魔物の間違いじゃないよな……。
「ジェイドさん。件の依頼の張り紙、もう一度見せてもらっていいですか?」
海賊の名前を変に思っていると、受付嬢がそう頼んできた。
……言われてみれば、依頼に書かれていた海賊の名前、そんな名前じゃなかったような。
俺は《ストレージ》から紙を出して渡した。
「……ほらここ、見てください」
受付嬢も同じことを考えていたようで……彼女は依頼内容を指しつつ、こう続けた。
「ジェイドさんに依頼したのは、『ドレッドノート』という海賊の討伐です。そして自首したのもその海賊となります。一方ジェイドさんが捕まえて来たのは、『バミューダボア』という全く別の海賊なんです。それが今回の件のカラクリです」
どうやら今までの話の食い違いは、単純に依頼と違う海賊を捕まえてきたせいで起きていたようだった。
なるほど、そんなことだったか。
まあ自首したってことは二度手間になるわけじゃないし、依頼失敗にもしないって言ってくれてるから、結界オーライではあるのだが。
にしても……疑問は残るな。
俺だって、なんの理由もなく「海賊を見つけた=目当ての奴だ」と早とちりしたわけではない。
「なるほど、分かりました。でも……『バミューダボア』なんて海賊の討伐依頼、出てませんでしたよね?」
そもそも俺が海賊が一意に定まると思ったのは、海賊の討伐依頼が1つしか無かったからだ。
依頼時の受付嬢の「海賊討伐依頼はなかなか受けてもらえないので助かります」という発言からも、「バミューダボア」とやらの依頼を別の冒険者が受けていたとは考えられない。
海賊が二つあること自体がおかしいのだ。
一体、俺が捕らえてきた海賊は何だったのか。
この質問には、壮年の男が答えた。
「『バミューダボア』の討伐依頼はそもそも出しておらんのじゃ」
依頼を……出していない?
「なぜですか?」
「この海賊は危険過ぎてのう。捕獲があまりにも現実的でないので、冒険者の無駄死にを防ぐためにも、そもそも情報を表に出さないようにしておったのじゃ」
なんだその「臭いものに蓋」的思考は。
そんなのアリかよ。
一瞬、俺はツッコもうかどうか迷ってしまった。
それとまあ、そこは一旦置いとくとしても、だ。
そもそもこの海賊、言うほど攻略難易度の高い奴だと思わなかったんだが……。
「危険、とは?」
俺はそう聞かずにはいられなかった。
その質問に、壮年の男はこう答えた。
「『バミューダボア』は、途轍もなく恐ろしい十八番の攻撃手段を持っておる。それは「ギガントシールドバッシュ」と言ってだな……船ごとイノシシの如く相手の船に突進し、衝突でバラバラにすることができるのじゃ。それも、自身の船は無傷で。これまでも、不可避の突進で何十隻もの船が沈められてきた。犠牲になった冒険者や騎士の数は数え切れないほど。『バミューダボア』という名前も、その特異な攻撃手法が由来じゃ」
要約すると……「バミューダボア」の攻撃手段は、「船全体を《国士無双》みたいな状態にして巨大な質量を運動エネルギーに変え、敵を木っ端微塵にする」といったイメージのもののようだった。
「ギガントシールドバッシュ」……聞いたことないな。
NSO内で出てきたこともないし、NSO公式裏設定資料集にもそんなスキルは載っていなかったはずだ。
……なんか今日は新しい発見が多くて楽しいな。
というか、そもそも「ギガントシールドバッシュ」ってスキルなのか?
勝手にそんなイメージ抱いてたけど、魔道具の可能性もあるよな。
むしろ、ノービスの俺ですら知らない以上、そっちの可能性の方が高いまである。
ちょっと聞いてみるか。
「《ヒール》《自白強要》」
俺は船長を起こして聞いてみることにした。
《自白強要》+10で足りるかは不明だが、一応試してみよう。
「『ギガントシールドバッシュ』って、スキルなのか魔道具なのかどっちだ?」
「ま……魔道具だ……」
どうやら+値は十分だったようで、船長はそう答えてくれた。
魔道具か。じゃあ船の中にあるんだろうな。
俺が見たときにはそんな魔道具はなかったが……船を突進させる魔道具という性質上、動力源に付設されていると可能性が高い。
機関室までは見なかったので、おそらくそこを探せば見つかるだろう。
「ありがとう、おやすみ。《クロロホルム》」
聞きたいことは聞き終わったので、俺は再び船長を気絶させた。
ふと顔を上げると……受付嬢も壮年の男も、揃いも揃って口をあんぐりと開けていた。
「え……今の人、生きてたんですか!?」
……そこか。
「はい。船長だけは一応生け捕りにしようと思って、気絶させておいたんです。ちょっと聞きたいことがあったんで一旦起こしましたが、もう一回気絶させたんでもう大丈夫です」
俺は一連の流れを説明した。
「尋問とかしたいこともあるかなと思いまして」
続けて俺は、気絶させた意図も話しておく。
「そ、それはありがたいと言えばありがたいのじゃが……。これほどの海賊を相手に、よくそんな配慮までできたものじゃな……」
依然目を白黒させたまま、壮年の男はそう口にした。
これほどの海賊を相手に、か。
正直、なんでここまで警戒されてる海賊を簡単に仕留められたのかは、俺の中ではもう結論が出てるんだがな。
理由は簡単。
それは……シンプルに、相手が「ギガントシールドバッシュ」を使えなかったからだ。
こちらからステルス機能を解除しない限り相手からは見えない上に、そもそも俺は空路で「バミューダボア」のもとに到着した。
奴らが「ギガントシールドバッシュ」を使う間もなく俺が船に降りてしまったため、敵からすれば十八番が封じられてしまったわけだ。
しかも不意打ちで船長が(敵から見て)神隠しに遭ったとなると、動揺してまともに戦闘もできなかったことだろう。
平たく言えば、「バミューダボア」にとって、俺が相性最悪の相手だったということだ。
「空路から攻めれたので、大した敵だと感じる間もなく倒せましたよ。生け捕りのために危険を冒してまで手加減した、とかいうわけではないのでご安心ください」
一応俺は、二人に無茶だけはしてないことを伝えた。
「そ、そんなやり方が……流石はSランク冒険者、どこまでも規格外じゃのう……」
どっちかといえば、Sランクだからというより、「永久不滅の高収入」から手頃な乗り物を入手できていたからだが。
「にしても……船ごと回収なんて、いったいどうやって?」
今度は受付嬢から質問が飛んできた。
「《ストレージ》という魔法で。……魔法版マジックバッグみたいなものだと思っていただければと」
「なんですかその魔法……。というか船が入るほどの収納空間容量って……」
そのまんまのことを答えると、受付嬢は開いた口が塞がらなくなってしまった。
しばらくの間、静寂が訪れる。
その沈黙を破ったのは……壮年の男の方だった。
「とにかく、礼を言おう。この海賊には永遠に怯えながら生きていくしかないと、半ば諦めておったが……これで長年の最大の悩みが消えた」
彼はそう言って深々と頭を下げた。
「賊からの戦利品は、原則討伐者に帰属することになる。この船は、船員の遺体処理等が済んだらお主に返そう。もちろん、手数料などは要らぬ」
掃除してくれるのか。ありがたい。
返ってきたら、解体して「ギガントシールドバッシュ」なる魔道具も取り出して調べてみるか。
仕様よっては、浮遊移動魔道具と組み合わせることも可能かもしれないし。
「船長の管理だけは厳重にお願いします。脱走とかされないように……」
「もちろん分かっておる。せっかくの機会を活かし、しっかり取り調べを行うとしよう」
そう言うと、壮年の男が買い取り場の作業員を読んできて、船長を拘束して運ばせた。
「じゃ、一旦ギルド本館に戻りますか。依頼こそ出していませんでしたが、もしも討伐成功者が現れた時に備え、裏で積み立てていた懸賞金がございますので」
それも二重でもらえるのか。
なんか色々とラッキーだな。
などと思いつつ、俺は二人とともに本館に向かった。
◇
本館に到着すると……別の受付嬢が俺たちに話しかけにきた。
「あの……『ドレッドノート』について、追加情報入りました!」
「ドレッドノート」……ああ、本来捕まえるはずだった、依頼の海賊のほうか。
などと思っているうちにも、彼女はこう続ける。
「何でも、船が未確認飛行物体に回収されたのを見て、怖気づいて自首したらしいです!」
「「「未確認飛行物体……?」」」
その報告を受け、俺たち三人は思わず言葉を返してしまう。
「……あ」
直後、俺の応対をしてくれていた方の受付嬢が、何かに気づいたように声をあげた。
「ジェイドさん、さっき空を飛んで行ったって言いましたよね? あと《ストレージ》とかいう謎の魔法で船を収納してきたと……。もしかして……」
それを聞いて……俺も思い出した。
そういえば、「バミューダボア」の船を《ストレージ》にしまった際、全速力で逃げていく船があったような。
もしかしてあの船……。
おい。脅かして申し訳ないって思って損したじゃないか。
「じゃ、そちらの懸賞金も込みでお渡ししますね。まあ『バミューダボア』の懸賞金に比べればすずめの涙もいいとこですけど」
そして、この新事実の判明により。
結局、遠回りながらも受けた依頼は達成扱いとなることになり、追加の懸賞金までもらえることになってしまったのだった。