第八十三話 生体認証の指輪
王宮を出た俺たちは……とりあえず一旦、貸し工房を借りることにした。
せっかく「クラウドストレージ」を手に入れたからな。
それに伴って、せっかくなのであるものを作ろうと思い立ったのだ。
と、その前に……まずは「クラウドストレージ」を起動し、自分の「ストレージ」を登録する。
古代の出土品らしいが、経年劣化などはしておらず、問題なく動作させることができた。
「クラウドストレージ」への自分の「ストレージ」のリンクが完了したら……早速作業開始だ。
俺は素体の角及び、セイントザウルスレックスの魔石から米粒の半分のサイズを削り取ったものを取り出した。
「これに……この魔法陣を刻んでください」
「分かりました」
「かなり小さいですけど大丈夫そうですか?」
「これくらい全然平気です!」
魔石のほうの作業はジーナに任せつつ、俺は素体の角の方を加工していく。
貸し工房の工具を使い、角から指が通るくらいの半径のリングを作っていった。
リングの一か所に窪みを作り、こちらの作業が完成した頃……ジーナの方も作業完了したようだ。
「できました。これ、何に使うんですか?」
「こうするんですよ」
先ほど作ったリングの窪みに、ジーナが作った魔法陣刻印済みの魔石をはめる。
「これを指にはめておいてください」
リングを渡しつつ、俺はそう言った。
「え……こ、これをわ、私に!?」
すると……なぜかジーナは慌てふためく。
どうしたんだろう。
はめてくれないと、「クラウドストレージ」に登録ができないのだが。
まあでも時間を急いでいるわけではないので、俺はジーナが落ち着くのをゆっくり待つことにした。
何とか落ち着きを取り戻したジーナがリングをはめたところで……俺は「クラウドストレージ」をリングに近づけ、「認証」と唱える。
すると……リングが一瞬、虹色に輝いた。
「わあ、綺麗ですね……! 何をしたんですか?」
「『生体認証の指輪』を『クラウドストレージ』に登録しました」
そう。今作った魔道具は……「生体認証の指輪」。
これの効果は、装備している者が、登録した「クラウドストレージ」に自由に入れるようになるというものだ。
かつて俺は、リドルたちを生け捕りにする際、「条件付き生物収納」というアップグレードを取得したが……実は生物を収納できる条件は、ああいった状況以外にもいくつか存在する。
そのうちの一つが、この「生体認証の指輪」を用いた「クラウドストレージ」への入場だ。
「俺は多分今後……『永久不滅の高収入』から、かなり優先度の高い警戒対象として見られることになってしまうでしょうから。もしかしたらジーナさんも、場合によっては狙われてしまうかもしれません。身の危険を感じたら、躊躇わずに俺の『ストレージ』に逃げてください」
そして俺が「生体認証の指輪」をジーナにプレゼントしたのは、こういう理由からだ。
仮に屋敷にナーシャでは手に負えない構成員が放たれたとしても、ナーシャが時間稼ぎをしている間にジーナが収納空間に逃げるくらいのことはできるだろう。
「生体認証の指輪」持ちの人間が自分の「ストレージ」に入ったら、脳内にアナウンスが流れる。
それを聞いたら、俺の方で「ストレージ」から取り出してやれば、無事保護することができるというわけだ。
これでセキュリティは万全だ。
「なんだ……そういう機能がメインなんですねこの指輪……」
……と、思いきや。
なぜかジーナは、魔道具の説明を聞いてしょんぼりしてしまった。
あれ。結構重要な福利厚生が揃ったはずなんだが、どこに落ち込む要素があるのだろう。
「……どんな機能を期待してたんですか?」
「いえ、何でもない……です」
ジーナの挙動は若干不思議ではあるが、安全面が完璧になったことに変わりはない。
「クラウドストレージ」の本体もジーナに持たせ、俺たちは工房を後にすることにした。