第八十話 幻のチャレンジコイン
俺の報酬が決まった後は、メギルたちの報酬が決まっていった。
幻諜のみんなは金銭的報酬だけで、屋敷や宝物などの豪華なものではなかったようだが……本当にこんな配分でもらって大丈夫なのだろうか。
と思ったが、彼らはそれでも「活躍度に対して貰いすぎ」と思っているらしい様子なので、その部分には触れないことにした。
謁見の間を後にすると……メギルがこんな提案をしてきた。
「せっかくだし……ウチの長官に挨拶していかないか?」
「い、いいんですか?」
「むしろ頼むから来てほしいくらいだ。ほぼキミ任せになってしまった今回の経緯を話したら……間違いなく、長官からはこっぴどく叱られてしまうからね。ただ長官とてゲストの前では強く出られないはずだからさ。その……いてくれると俺たちが助かる」
……幻諜も色々と大変なんだな。
ただまあ、長官との人脈はできておいて損はないので、せっかく呼んでもらえるこの機会に会ってみることにした。
流石は公式には存在しない組織というだけあって、その兵舎もかなり秘匿された場所にあるようだ。
隠し通路を何本も通って、ようやく俺たちは長官のいる部屋に辿り着いた。
◇
長官の部屋に入ると……まずはメギルが、今回の依頼の顛末を全て説明した。
最初はあまりにも早い帰還に任務失敗かと心配そうだった長官も、時々理解が追いつかない様子で聞き返しながら話を聞いているうちに、安心した表情になっていった。
「そんな人間離れした者がこの世に存在するとはな……。信じろという方が難しい」
「ですが現に、隣にいます」
「……そちらの子が、か」
長官はそう言って、こちらに視線を向ける。
「確かに……素の時点でも、体力量・魔力量共に私をゆうに超えているな。ここから更に、戦闘時は50倍にまで力が膨れ上がるとなると……」
などと続けつつ、長官はガタリと椅子から立ち上がった。
そして引き出しをゴソゴソと探った後、近くに歩いてきた。
「まあとりあえず、今回はお世話になった」
そう言って長官は、握手を求めてくる。
応じると……俺の手には、一枚のコインが握られていた。
何だろう、このコイン。
「あの……これはいったい?」
「うちの部隊のチャレンジコインだ。一応、我々は非公式の特殊部隊だからな。これは幻影諜報特務庁を知らぬ者には、安易に見せぬようお願いしておきたい」
聞くと、長官はコインについてそう説明してくれた。
チャレンジコインか。
それって確か、軍の部隊同士が合同訓練や合同作戦の後「互いを認め合う証」として交換したり、戦術指導に来てくれた教官に渡したり、VIPに友好の証として渡したりするコインのことだよな。
ミリタリー関連の者同士でしか交換しないものと思っていたが……合同で調査依頼をこなしたから渡してくれるということだろうか。
冒険者でこれを貰えるというのは、なかなかない体験だろうな。
などと思いつつ、ふとメギルたちの方を見ると……三人とも、口をあんぐりと開けたまま俺のコインに目が釘付けになっていた。
どうしたのだろうか。
「え……ウチの部隊って、チャレンジコイン存在したんですか!?」
不思議に思っていると、メギルが長官にそんな質問をした。
……おい。把握してなかったのかよ。
いやでも三人とも驚いているということは……まさか、誰にも知らされてなかったのか?
状況がいまいち掴めないでいると、長官がメギルの問いにこう答えた。
「ああ、実はな。ウチは部隊の性質上、原則として他の部隊と同じ作戦に参加したり、合同訓練をすることはない。それにウチに来てくれる戦術師範も、部隊の秘匿性を重視してチャレンジコインはいらないと言ってくれている。要は交換する相手がいないから、表向きはコインすら作っていないということにしていた」
長官はここで一呼吸おく。
表向きは、ということは……。
「だが万が一に備えて、一応コインそのものは作っておいたのだよ。実際に人に渡すのは、今回が初めてだ。そして多分……未来永劫、このコインを貰う者は二度と出てこないだろうな」
どうやら俺は、存在しないことになっている部隊から、部隊内ですら存在しないことになっている記念の証をもらってしまったらしい。
「あと、そうだな」
そして今度は……長官はそう呟きつつ、マジックバッグからコイン3枚と、用紙を一枚取り出した。
コインはさっきのとは別物で、用紙は地図が書かれているようだ。
「これも渡しておこう。このコインはパニッシャーコインというものでな。軍人であれば、どこの国の誰にどんな頼みをしても必ず聞いてくれる、信頼の結晶といってもいいコインだ。さっきのチャレンジコインはまあ実用性はないが、こっちは必要に応じてバンバン使ってくれ。そしてこの地図は……ウチのチャレンジコインを作ってくれた鍛冶屋へのアクセスだ。気が向いたら、自分のチャレンジコインを作って、私たちに渡してほしい」
渡されたコインは、これまたとんでもない代物だった。
どんな頼みでもってことは、例えば軍が管理する特殊な許可がないと入れない場所とかに、コインを渡せば入れてもらえちゃったりもすることができるってことだよな。
もしかしたらリドルみたいに、軍の内部に永久不滅の高収入が入り込んでしまっている場合があるかもしれないし。
そういう時の対処に役立てられるかもしれないと思っておこう。
鍛冶屋は、王都にあるみたいだな。
ジーナに屋敷を商会する日にでも、ついでに作って渡すか。
なんか色々ととんでもない貰いものをしてしまったなと思いつつ、俺は兵舎を後にすることとなった。