第七十四話 幻諜の報告
王宮に一番近い場所にある空地に着陸すると、幻諜の三人は歩いて王宮へと向かった。
衛兵に合言葉を伝えると、彼らはただちに謁見の間へと案内される。
「おお、幻影諜報特務庁の皆か。早い帰りじゃったな」
開口一番、国王はそう言いつつ……面子を見て、眉をひそめた。
「なぜ三人しかおらんのじゃ? まさか……リドルと例の冒険者は殉職して、お主たちだけ命からがら逃げ帰ってきた、とかではないじゃろうな」
「いえ、逃げてきたわけではありません。むしろ敵の基地はある程度壊滅させましたし、情報もそれなりに得られるものがあったので、ご報告に参りました」
国王向けの丁寧な口調でそう答えたのは、メギル。
彼はこう続けた。
「ジェイド……今回行動を共にした冒険者は、我々よりも圧倒的にずば抜けて強力な戦闘能力を有していました。それ故、途中キリのいいところで一旦引き上げるタイミングで、彼には休憩後再突入をお願いし。我々は陛下に途中経過報告をしに参りました」
「お主らをもってしてそんなことを言わせるとは……とんでもない冒険者なのだな」
メギルの話を聞いて、国王は意外そうな顔でそう口にする。
「とすると……今敵の基地におるのは、その冒険者とリドルだけなのじゃな?」
「……いえ。今基地にいるのは例の冒険者だけです。リドルは……敵の内通者だった故、調査の末殺してきました」
国王の問いに、メギルは苦々しそうにそう答えた。
「……なんと!?」
それを聞いて、国王は椅子からガタリと立ち上がる。
「一体どういうことじゃ!」
「……とりあえず、こちらをご覧ください」
いきり立つ国王に、メギルはまず手術の資料を提示する。
「これは……」
「どうやらリドルは敵と内通し、顔を陛下そっくりに整形してもらうつもりのようでした。そして陛下に成りすます予定だったことも、確認がとれました。この資料の他にも、例の冒険者は内通現場を魔道具で録音したものも持っております。……持ち帰るには大きすぎたのでここにはございませんが」
「さ、左様じゃったか……」
怒りと悲しみが混じったような表情で、国王は資料を一通り眺める。
その後彼は、素朴な疑問を口にした。
「しかし……そもそもお主ら、どうやって内通に気づけたのじゃ?」
「発見の第一人者は、例の冒険者です。実は、この手術の対価は我々三人の身柄で、リドルは野営の時に抜け出して敵と合流する計画だったのですが……例の冒険者はそれに気づき、リドルを追跡したのです」
「……それで?」
「彼が言うには……何キロも遠隔から、特殊な方法でしばらく内通現場を録音していたそうです。その時彼は録音に気づかれたのですが、追ってきた敵とリドルを返り討ちにしまして……リドル及び敵一人を生け捕りにして帰ってきたのです。彼に起こされて話を聞いた時にはにわかには信じられませんでしたが、録音そのものを聞かされましたし、事実なのは確かです」
「何からツッコんでいいか分からんような話しじゃな……。お主らがこの場で冗談を言うなどとは思っておらんが。やっていることがあまりにも現実離れしておる」
「ですよね……」
国王の感想に共感し、一緒に遠い目をするメギル。
「ちなみに対価はお主らとのことじゃが、それは一体何のためなのじゃ?」
「特殊な儀式で、我々を生贄にトライコアという、世界を破滅に導く生物の人工心臓を作るつもりだったようです。……こちらトライコアの設計図を持ち帰っております」
メギルそう言って、国王に設計図の方も手渡した。
「現時点での我々が得た情報は、だいたいこれで全てとなります」
国王が設計図に目を通す中、メギルはそう言って話を締めくくった。
「……なるほど、ご苦労だった」
しばらく設計図を眺めた後、国王はそう言って幻諜の三人を労った。
が、直後、根本的な質問を一個投げかける。
「しかし……一つ疑問がある。ここへ報告に来るのに、三人も必要だったのか? メギルだけ来て、残りの二人は例の冒険者と共に調査を続行すればよかったのではないか……」
その質問に対し……メギルは身も蓋もない回答をした。
「我々の戦闘能力では足手まといになるので、彼だけに調査を続行してもらう判断になりました」
「……どういうことじゃ」
「基地内を探索していた時……遭遇した敵はほとんど彼が倒してしまいました。一番酷かったのは、最初の戦闘の時ですね。敵は一人一人が、我々と同じかそれ以上の戦闘能力を持っているような奴らだったのですが……とある作戦で、彼は意図的に百人以上の敵を一か所に集め、それを殲滅してしまいました。あんな芸当ができるのは彼だけです。我々などがいては、むしろ窮地に陥った際邪魔になってしまうでしょう」
「聞いておると……なんじゃ。お主ら、例の冒険者におんぶにだっこではないか……」
メギルの報告に、国王は冷静にツッコむ。
「あの強さを前にしたら誰だってこうなりますよ……」
「う、うーむ……他の騎士団からそんな弱音が出てきたら『たるんどるぞ!』と叱りつけるところじゃが……よりによって幻影諜報特務庁のお主らがのう……」
とても幻諜らしからぬ言動を繰り返すメギルを見て。
国王は、どう反応したものか分からなくなってしまった。