第六十一話 やっぱり怪しい奴がいる
翌々日。
ギルドに顔を出すと、俺は即座に例の個室へと通された。
個室ではローゼンの他に、男3人と女1人が待機してた。
「待ってたぞ。こちらの四人が幻影諜報特務庁から派遣されたメンバーだ」
「はじめまして、ボクはメギル」
「私はナーシャよ」
「リ……リドルだ」
「俺、ザクロスっす」
ローゼンに促され、4人はそれぞれ自分の名を名乗る。
それを聞きながらコッソリ「Xの眼」で見てみたところ、三番目に名乗ったリドルの心拍数だけ10ほど高かった。
同じように訓練されているはずなのに、一人だけ心拍数が違うのは、なんだか怪しい気もするな。
とはいえ、疑ってかかったものの実はシロだったり、むしろ他に真の内通者がいたりするとまずいので、あくまで参考程度にとどめておこう。
「ジェイドです」
「話は聞いている。まさかこのボクたちが冒険者と一緒に仕事をすることになるとはね……。ああいや、嫌がってるわけじゃない。話が本当なら、キミは別格だからね」
「……よろしくお願いします」
メギルと言った男の発言からは、なんとなく冒険者を下に見てそうな感じが透けて見える。
が、NSOでも幻諜のメンバーはそんな感じだったので、「まあ最初はそんなもんだろう」くらいの感想しか浮かばないな。
「早速出発しますか?」
「ああ。話し合う必要があれば移動しながらでいいしな」
早速出発が決まる中、メギルはマジックバッグから一着のマントを取り出した。
「強力な認識阻害のかかったマントだ。同じマントを着ている者同士のみ、阻害効果が働かないようになっている。ボクたちと任務に着く以上、これは着ておいてくれ」
メギルはそう言って、マントを俺に放ってきた。
着る前に鑑定してみたところ、このマントには+4までのステルスサーチまで回避できる程度の性能があるようだ。
ラッキーラビット戦のために+5まで上げた今の俺なら着用者を探知できてしまうが、まあアイテムとして存在するものの中では+4回避が最高性能クラスなので、支給品としては妥当だな。
「では、行ってくる」
「ああ。健闘を祈る」
メギルはローゼンに挨拶すると、自分用のマントを取り出し、着用した。
俺や他三人もそれに続く。
そして、俺たちはギルドを後にした。
◇
街の門をくぐったところで……俺は一つ、提案をすることにした。
「あの俺……一応全体に対して移動強化をかけれるんですけど、要ります?」
一刻も早く基地に着きたいからな。
移動時間を短縮しようと思い、そう提案してみたのだ。
しかし、その案はメギルに却下されてしまった。
「全体に対して移動強化……『同行』持ちか、珍しいスキルだな。だが、いい。ボクたちは相当な高速走行訓練を積んでるからね。むしろキミが自身だけに移動強化をかけるくらいでちょうどいいんじゃないかな?」
走りに相当自信があるのか、メギルの口調からは若干の苛立ちさえも含まれているような気がする。
……別にそれならそれで、「移動強化」を受けた上でペースを俺に合わせ、体力を温存してもらえばいいと思うのだが。
どうせ俺の魔力は「国士無双」を使えば再度満タンに戻るんだし。
などと思いつつも、とりあえず俺は自分だけに「移動強化」をかけ、走ってみることにした。
このタイプの人間は、説得して折れることなんてまずないからな。
すると……。
「……ま、待ってくれ。さっきの非礼は詫びる! 『同行』、かけてもらえると助かる!」
遥か後ろから、そんな叫び声が聞こえてきた。
置き去りにしかけてしまったようだ。
「キミの力を見誤っていたよ……すまない」
「いいですよ。同行」
彼らが追いつくと、俺は「同行」で移動強化を範囲化した。
早期に幻諜の態度を軟化させられたと思うと、これはこれで結界オーライか。
「どうせ俺の魔力は到着後満タンにリセットできますし」
魔力消費を心配されてもアレなので、「国士無双」の具体名までは出さないまでも、一応魔力事情についても説明した。
「魔力をリセッ……はぇ!?」
狐につままれたような表情になるメギル。
そんな中、俺たちは移動を再開し、一直線に例の地雷地帯を目指した。
◇
数時間後。
俺たちは地雷地帯に到着した。
ここに来るまで、俺たちは作戦や基地の正確な位置等の情報共有をしながら走ってきた。
その中で俺は、内通者がいるとしたらボロを出しかねない質問をさり気なく混ぜたりしたのだが……結局、怪しい奴を引き出すことはできなかった。
「地雷地帯から見て、一番高い山から35度右……基地の方角、あっちで合ってますよね?」
「ああ、そうだね。キミのおかげで日が昇ってるうちに着けたし……このまま突撃しようか」
基地の方角を確認すると、メギルはそう提案した。
だがそこで、反対意見が出た。
「いやここは、や、野営してから万全の体勢で臨むべきだ」
そう意見したのはリドル。自己紹介の時、心拍数が10高かった男だ。
他のメンバー全員の顔が、リドルの方を向く。
「……そうか? 休憩が必要なほど疲れてるか?」
「ちょっとの疲れも、い、命取りになるかもしれないだろう。それに今回の移動は、ジェイド君の負担が大きい。か、彼は内心休みたがっているのでは?」
メギルが反論すると……あろうことか、リドルは俺を理由に野営の重要さを強調した。
なぜだろう。一言も休みたいと言っていないどころか、魔力を満タンにリセットできる旨まで告げたのに。
ここへきて俺は、リドルへの疑念を強めた。
野営の時は基本、夜の見張りを分担して行うこととなる。
それを利用して、裏で何かしたい——という筋も考えられなくないのではないか。
「すみません、メギルさん。実を言うと……俺、ちょっと休憩したいです」
考えた末、俺はそう言って頭を下げた。
黒とは言わないまでもグレーなレベルで怪しいので、今晩泳がせてみたいと思ったからだ。
メギルを始め今すぐ突撃したい組からすれば勢いを挫かれたように聞こえるかもしれないが、それでもあえてこうする価値はあるはず。
「うーむ。確かに……キミの移動強化に頼った以上、キミがそう言うなら仕方ないなあ」
するとメギルは、不服そうではありながらも、野営に賛成してくれることとなった。
「いや力の温存は要らないって言ったろ」と言われるかもと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
野営をすると決まるとそこからは早く、あっという間にテントが四つ建ち、見張りの時間配分も決まった。
野営の時は基本一人ずつ交代で起きて周囲を警戒することになるのだが、それぞれどの時間帯に見張りをしたいか決めたということだ。
当然全員で分担するものと思ったが、リドルがしきりに「君はゆっくりしてていい」と主張したため、俺の当番はなくなった。
純粋な善意である可能性は否定できないが、一人あたりの配分を増やすことで、時間に余裕を持って悪さをしたい……というのは考えすぎだろうか。
ちなみにリドルが買って出たのは、眠りが二分割されるため、一番疲れるはずの深夜帯。
これも何となく、怪しさが増す要素の一つな気がする。
夕食を食べると、俺たちはすぐそれぞれの寝床に入った。
もっとも、俺は実際に眠りにつきはしないが。
「サーチ」
探知魔法を発動し、うっかり寝てしまわないよう横にはならず胡坐をかく。
さあ、杞憂かどうか見物だな。