第二十六話 最強賢者、アプデ後の世界かどうか確認する
それから30秒ほど……お互い一言も話さないまま、静寂が続く。
そんな中俺は、この冒険者が少し珍しいアイテム身につけているのに気が付いた。
彼女が身につけているのは、エンドパーツが砂時計の形をしているペンダント。
NSOでは「アンダンテの宝玉」と呼ばれていた、鈍足妨害の効果時間を少しばかり延長する効果を持つアイテムだ。
そう聞くと、単純に便利なアイテムのように思えるだろうが……実はこのアイテム、ちょっと癖がある。
それは何かというと……このアイテム、鈍足妨害スキルの+値(あるいはノービス以外のジョブの場合は+値換算の実力)が他のどのスキルよりも高い時でないと、効果を発揮しないのだ。
つまりこのアイテムの所持者は、高い確率で鈍足妨害に特化した冒険者だと推測できることになる。
ここから考えられるのは……彼女には本来、他のパーティーメンバーがいるということだ。
例外は無いとは言えないものの、基本的には、妨害要因一人でメタルな敵を相手にするというのは結構無理があるからな。
というわけで、俺はこう質問してみた。
「そういえば……あなた、パーティー組んでるんですよね? 他の人は今どうしているんですか?」
もし、彼女にパーティーメンバーがいるという仮説が正しければ……「魔物の素材に関する裁量権がそっちにあるから」という理由で、俺の質問に答えあぐねているのかもしれない。
だとしたら、ここでただ返事を待つより、そっちと話をつけにいった方が早いだろう。
そんな考えが浮かんだから、俺はこの質問をしてみることにしたのだ。
すると……彼女は急に我に返ったかと思うと、深刻そうな表情でこう口にした。
「……そうだわ! その、私たち、もともとは四人パーティーなのですが……ゴールデンメタルライノに遭遇してから、一人でも助かる可能性に賭けて全員バラバラの方向に逃げたんです。まあ、それはいいんですが……うち一人が、先に狙われて大怪我してまして。できれば、助けて頂けるとありがたいのですが……!」
彼女はそう言うと、俺に深々と頭を下げた。
……何気なく聞いてみたつもりだったが、まさかまだ被害者が残っていたとは。
彼女の慌てようから察するに、そのパーティーメンバーも虫の息とかそういうレベルっぽいし……戦利品の取り分に関する合意を取るのは、そこを一段落つけてからにするべきだよな。
「分かりました、どっちの方角ですか?」
「あっちです」
そのパーティーメンバーのいるざっくりとした方角を聞いてみると、彼女が一方向を指差したので……俺は「ジャンプしてより高高度に展開した結界に飛び乗る」という動作を5回繰り返し、高い位置からその方角を眺めた。
すると確かに、遠くに血塗れで倒れている盾を持った男が。
「……あれですね。行ってきます」
そう言って俺は、その男がいる場所へと走っていった。
そしてその男に「ヒール」を6回重ねがけすると……男の傷は全て癒え、ゆっくりと起きだした。
「ここは……死後の世界……か?」
男は起き上がると……開口一番、そう口にした。
普通にヒールをしただけなのだが……ゴールデンメタルライノの攻撃、この男にとっては、確実に即死したと勘違いするほどに強烈だったのだろうか。
「違いますよ。……ゴールデンメタルライノなら、俺が倒しました」
どうすればここが現世と納得してくれるか、少し考えた末……俺は「ストレージ」から死体の現物を取り出して見せることにした。
「……これは! まさか君が……?」
「はい。なのでもう安全ですよ」
「な、なんと……。しかしまあ不思議ですね、外傷が無いのにこれで死んでいるとは」
俺が倒したと知るや否や、何故か彼は敬語に切り替える。
別に気にしなくてもいいのに……などと思いつつ、俺は単刀直入にこう聞いてみた。
「この魔物、俺の戦利品ってことにしていいですよね? あなたのパーティーメンバーだという方が、先に交戦中だったのですが……」
すると……彼はきょとんとした様子でこう答える。
「……なぜ我々がその素材の権利を主張すると思ったのです? 助けて頂いておいて、そんな図々しいこと言うわけ無いじゃないですか。……リーダーとしてそこは断言します」
どうやら彼は、さきほどの女のパーティーのリーダーだったようだ。
「というか、ベラドンナ——交戦中だった私たちのメンバーは無事なんですね?」
「はい。というかむしろ俺、彼女に『怪我を負わされたメンバーがいる』と聞いてここに来ました」
「そうですか。それは良かった……」
「待ってるみたいですし、合流しますか?」
「はい」
そして、そんな会話の末、俺たちはさっきの女冒険者——ベラドンナと言うらしい——のところに移動することにした。
◇
合流してからは、そのまま三人で街に帰ることになった。
彼らのパーティー——「メタルスレイヤー」という名前で活躍しているらしい——はもう二人メンバーがいるらしいが、全員散り散りに逃げてもう居場所が掴めないので、街で落ち合うことにするそうだ。
俺としては、別にここでメタルスレイヤーの二人とは別れ、討伐に専念してもいいかと思っていたのだがな。
リーダーの男曰く「自分で言うのも何だが、Aランクパーティーを救ったとなればギルドから何らかの感謝の証が貰えるのは確実なので、その辺りの手続きのためにも一緒にギルドに来てほしい」とのことだったので、それならばと俺も帰還することに決めたのだ。
帰り道……リーダーの男は、ベラドンナに散開してからの一部始終について聞きだした。
「で……俺たちが走ってったあと、結局何がどうなったんだ?」
「はじめはいろんな妨害をかけてみようとしたんだけど……結局全部弾かれちゃって。全く足止めなんてできなかったわ。それで、ゴールデンメタルライノが私に向かって突進してきた時には、もう一巻の終わりだと思ったのだけど……その時、ジェイドさんが訳分かんないくらい頑丈な結界張ってくれて。威力の大部分を吸収してくれて……」
それに対し、ベラドンナは自分視点でどう見えていたのかを話しだした。
あの結界が「訳分かんないくらい頑丈」と言われるほどかどうかは一旦置いておくとして……一連の出来事をどう見てたのかを聞くのは、なかなか興味深いな。
などと思いつつ、俺はベラドンナの話に耳を傾けることにした。
いちいち自分の行いが「常軌を逸した威力」だの何だの言われているのはちょっと恥ずかしくはあるものの……まあ別に変に脚色されているわけでもなかったので、途中までは特に反論はせずに聞いていた。
だが……その中で一個だけ、ベラドンナが発したある単語に、俺は強烈な違和感を覚えるものがあった。
「それにしても……ゴールデンメタルライノ、噂通り本当に全妨害無効だったというのに。ジェイドさん、なぜ『フォースリダクション』をかけれたのかしら……」
なぜか……ゴールデンメタルライノが、全妨害無効ということで話が進んでいったのだ。
確かに、ゴールデンメタルライノは多種の妨害を無効化する特性を持っている。
俺が「フォースリダクション」をかけれたのは無効貫通を強化していたからなので、無効貫通を持たない人からすれば、あの現象が不思議に見えたのも無理はないだろう。
そして……確かにゴールデンメタルライノは、実装当初は全妨害無効持ちで、無効貫通がなければ一切妨害をかけることができなかった。
だがNSOには、それ以降に実装された新妨害もあるので、今では全妨害無効ではなくなっているはずの魔物でもあるのだ。
「え……全妨害無効、じゃないですよ?」
そこへ来て、俺は初めて反論しつつも……一つの不安が頭をよぎったので、その解消のためとあるスキルを取得することにした。
「スキルコード4895 『ワープ』取得」
ワープ。
敵を一瞬だけ異空間に封印する、ゴールデンメタルライノ以降に新実装された妨害スキルだ。
俺の頭に浮かんでいたのは、「もしかしたらこの世界はアプデ前のNSOの世界で、だからゴールデンメタルライノが全妨害無効という通説が通っているのではないか」という不安。
その解消のため、特に今の段階で取る予定はなかったのだが、俺はこのスキルを習得することに決めたのだ。
「ち……違うんですか? まあ『フォースリダクション』が効いてる時点で、あの噂は間違いだったってことなんでしょうけど……」
「いえ、ゴールデンメタルライノが攻撃力低下無効を持っているのは事実です。俺が『フォースリダクション』をかけれたのは、単に無効貫通を取得していたからですし。……ですがそれとは別に、無効の対象外となっている妨害があるはずなんです」
ベラドンナの疑問に答えつつ、周囲を見渡していると……ちょうどいいところに、シャドウレスラーが一体、茂みの奥から顔を出した。
……別に「ワープ」が有効活用できるような魔物でもないが、まあ試用するだけなら相手が何かなんてどうでもいい。
「ワープ」
俺が取得したばかりのスキルを唱えると……シャドウレスラーの頭上に楕円状の空間の歪みができ、シャドウレスラーはそこに吸い込まれていった。
「三日月刃」
そして、シャドウレスラーがもといた場所に向かって「三日月刃」を飛ばすと……衝撃波の刃が通過するタイミングで、ちょうどシャドウレスラーが異空間から戻ってくる。
シャドウレスラーは、タイミングがバッチリ合った「三日月刃」により一刀両断された。
この「ワープ」、+値強化によって対象の異空間滞在時間が伸びるのだが……全く強化していない状態だと、こんな感じで異空間に送れるのはほんの一瞬だけなんだよな。
「こういう感じの妨害は、普通に通用するはずなんですが……全妨害無効というのは、どこから来た話なんですか?」
倒したシャドウレスラーを収納しつつ、俺はベラドンナにそう聞いてみた。
すると……なぜかベラドンナだけでなくリーダーまでも、目が点になってしまっていた。
「いえ、全妨害無効というのはあくまで噂レベルの話なんですが……そんなことより、何なんですかさっきのエグい技は!」
「まるで神隠し……。長年冒険者をやってきた中でも、あんなの見たことも聞いたことも無いっすね……」
……単に「ワープ」が珍しいだけだったか。
どうやら俺は、余計な心配をしてしまったみたいだな。