第二十話 棚からぼたもち
「三日月刃」
試合が始まると……まずヴォイグは、俺に向かって斬撃を飛ばしてきた。
はっきり言って、避けることも可能だが……+値5〜6相当であれば余裕で消せるので、せっかくならここは意表を突くために、真正面から受けるとしよう。
「術式崩壊」
俺はそう唱え、剣を握っていない左手で、「三日月刃」の斬撃を無効化した。
無効化された三日月刃によって、俺の周囲には心地よいそよ風が吹く。
「えっ……」
対して、ヴォイグは……目をまん丸にして、その場で立ち尽くしてしまった。
……意表を突きにいったとはいえ、まさか完全に固まってしまうとは。
そんなに隙だらけになってしまうと、一瞬で決着付けれてしまうぞ?
そう思ったが……それでも一応、相手はBランク冒険者だ。
罠だという可能性が、無いとは言い切れない。
なので一応俺は、完全に勝ったと思いこみはせず、しっかりと相手の動きに注意しながら「縮地」を発動した。
そして死角に潜り込むと、手に持っている木剣を首筋で寸止めする。
その間……ヴォイグは全く動かなかった。
不意打ち(と呼ぶにも値しない攻撃)はアッサリと決まり、どこからどう見ても俺の勝ちな状況が完成する。
「これで俺の勝ちですね」
「な……」
俺が声をかけると、ヴォイグは首をカタカタと動かして、首筋に突きつけられた剣に視線を向けた。
「これでディバインアローの剣は、俺が買うってことで良いですよね?」
そして俺は剣を降ろさず、まずは店主の言質を取りにいった。
剣を降ろしてから聞いて、「見てなかった」とか言われると面倒だからな。
だが……。
「ま……待ってくれ!」
店主が答える前に、口を開いたのはヴォイグだった。
「い……今のはナシだ! 再戦を要求する!」
そしてヴォイグは……あろうことか、負けを認めず再戦を要求してきたのだった。
諦めが悪いとかそういうのは一旦さておき……今の試合内容で、一体どこに「再戦すれば勝てる」と思える要素があったのだろうか。
腹が立つとか以前にそんな疑問が浮かんでしまったが、まあこちらとしては特に応じる理由もないので、とりあえずこう答えた。
「再戦しても結果は同じですよ」
だが……こう言うと、ヴォイグは尚も食い下がる。
「な……マグレみたいな技で勝っておいて、何を根拠にそんなことを! ……分かった、ならこうしよう。次もお前が勝てば、剣の代金は俺が払う」
ついには……そんな条件まで付けだす始末だった。
……良いのか、それで。
「そこまで言うなら良いですよ」
華麗に墓穴を掘る様が見ていて段々悲しくなってくるところだが、そこまで明確なメリットを提示されては、乗らない手はない。
というわけで、俺は再戦に応じることにした。
再度試合開始線の所に戻るまでの間……店主はこう呟く。
「よく言ったぞヴォイグ。あんな儂にも見えんような汚い手を使う奴に、負けたまま終わられてはかなわん」
それを聞いて……俺は、さっきとは少し試合内容を変えなければならないなと感じた。
……汚い手、か。
戦闘職でもない者に、「縮地」が見えないのは割と当たり前なのだが……それが裏目に出て、イカサマだと思われてしまったとは。
どうやら俺は次の試合、派手に勝つことが求められているようだ。
ヴォイグにも、さっきは発動すらできなかった秘技が無いとは限らないし……具体的には、「国士無双」を発動するあたりがちょうどいいだろう。
だが、Aランク寸前のBランク冒険者ならともかく、ヴォイグ相手に「国士無双」状態で一撃でも負わせれば、当たり所が良くない限りヴォイグを再起不能にしてしまいかねない。
となると……派手に攻撃しつつも、相手にはそれなりのダメージで済ませるには、攻撃対象を闘技場の一部とかにせざるを得ない。
というわけで、俺は店主にこう聞き返してみた。
「試合内容に文句があるなら、もっと派手に戦ってもいいんですが……その場合、闘技場が壊れても修繕費は請求しないと約束してもらえますか?」
すると店主は、一瞬キョトンとした表情をした後、こう答えた。
「ふん、どこから来る自信かは知らんが……好きにせい。発生するはずもない修繕費など請求せんわ」
言質は、想像より遥かに簡単に取れた。
「もう二度と負けるでないぞヴォイグ。良いな?」
そして店主は、そう言ってヴォイグに鋭い眼光を向ける。
「……始め!」
からの、かけ声と共に再戦が始まった。。
と同時に……俺は奥義を発動するべく、こう唱える。
「国士無双」
すると……初めてラッシュボアをガチンコで倒した時と同じく、俺の全身から黄金色のオーラが湧き出した。
と同時に、俺は全身に力が漲るような感覚を覚える。
その状態で、俺は四股踏みの容量で、右足に全力をかけて地面を踏み抜いた。
それにより、俺の周囲には半径3メートルほどの半球のクレーターができると共に、闘技場の地面には端から端まで幅1メートルほどの亀裂が走る。
ヴォイグはというと……その亀裂に足を滑らせ、全身がハマってしまったようだった。
亀裂の中からは両手だけを出した状態で、「助けてくれぇぇ」と情けない声が響いて来る。
これでは……流石に、俺の勝ちを認めざるを得ないだろう。
追撃のしようもないので、俺は無双ゲージが切れるまで何をするでもなく待つことにした。
無双ゲージが切れると、俺は店主の方に視線を向けた。
すると店主は「ひぃっ、化け物!」とだけ言い残し、急いで闘技場を走り去っていった。
「あっ、ディバインアローの剣……」
追いかけようとしたが……それより先に、店主は剣を持って戻ってきた。
どうやら逃げ出そうとしたのではなく、剣を渡すために取りに来てくれていたようだ。
「こ……これでいいな?」
「あ、はい……」
店主が震える手で渡してきた剣を、俺は若干その様子に引きながら受け取った。
頼まれたから本気出しただけなのに、そんなに怖がられても困るんだが……。
そして剣を受け取った俺は、「ストレージ」にしまう前に一通り仕上がりを見ることにしたのだが……その時、俺はあることに気が付いた。
……この剣、「強化結晶」が3つもはめてあるぞ。
それも、その全部がSランクの高級結晶だ。
この「強化結晶」は、文字通り、はめることで武器の特性が強化される結晶のことなのだが……ノービスにとっては、この結晶は本来の効果だけでなく、もっと重要な意味を持つ。
この結晶がはめられた武器を装備していれば、「国士無双」の無双ゲージの減るスピードがゆっくりになるのだ。
Sランクのが3つもとなると……国士無双の持続時間は、2倍にまで伸びる。
おそらくは、ヴォイグに売るのを見越してここまで加工したのだろうが……これが貰えてしまうのは、もはやラッキーとしか言いようがない。
Sランク強化結晶、(普通手に入れた冒険者がそのまま使うので)流通されているものを買おうとすると2000万パースくらいするはずなのだが……その費用まで、ヴォイグに負担してもらえることになったしな。
実力を見くびられていて、逆に得をしてしまったというものだ。
というか、再戦がなければ確実にこのことで揉めていたので、ヴォイグの往生際が悪くなければ危ないところだった。
全ての歯車が完璧に噛み合ったが故の奇跡と思って、この剣は大切にすることにしよう。
などと考えつつ、俺は闘技場を後にした。
「ああ……強化結晶が……。6000万パースもしたのに……」
「はあっ!? な、何の話ですかそれ?」
「い、いやその、出世払いでと思って武器に色をつけておいたのだが……」
「聞いてませんよそんなの! 俺、剣本体分までしか払いませんからね!」
後ろからはそんな喧騒が聞こえてくるが、正直俺にはどうしようもない。
まあ、そこは二人でどうにか折り合いをつけてくれると信じておこう。
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