第百十八話 工場長との戦い
「な、なによあれ……」
「あの雰囲気……人間とは思えねーですな……」
つかつかと距離を詰めてくる大男を見て、「神威作戦群」のリーダー以外の二人がそんな感想を口にした。
人間とは思えない、か。
まあ、おそらくそうだろうな。
(【鑑定】)
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●エンペラーイフリート
イフリート系魔物の最上位種。知能も魔力も通常種のイフリートを圧倒的に凌駕している。
小型の「失敗作の神竜」を複数体体内に寄生させ、共生関係になることで、イフリート固有の能力だけでなく、「失敗作の神竜」の能力や特徴も併せ持っている。
尚、この個体は人間に擬態し、「永久不滅の高収入」の構成員を務めてもいる。
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調べてみると――案の定、人間ではなかった。
エンペラーイフリートか。マイズ元帥もイフリートだったし……どうやらこの基地はイフリート系列を構成員に採用するのが好きなようだな。
そして「失敗作の神竜」寄生型と来たか。
こうやって創造主を宿主としている「失敗作の神竜」のことを、NSOでは俗に「寄生竜」と呼んでいたのだが……「寄生竜」持ちの魔物の厄介なところは、どんな能力を持っているかが読めないところなんだよな。
通常、魔物は魔物固有の能力しか使ってこないので、そこを対策したり逆手に取ったりすることで、戦いを有利に進めることができる。
しかし「失敗作の神竜」は、作り手によって個体差が大きい。
その能力を、しかも複数体分扱える魔物と戦うというのは――もはや目隠ししてランダムな魔物と戦っているも同然の状況なのだ。
こういう魔物と戦う時のセオリーは、まず何と言ってもこちらから攻撃を仕掛けることだ。
相手の動きを待っていると、下手したら予備動作無しの即死級攻撃を食らう羽目になってしまうかもしれないからな。
というわけで、ゆっくり歩いてきている今のうちに攻撃を放ってしまおう。
(《神・国士無双》《三日月刃》《中断》)
まずはいつも通り、斬撃一発からだ。
斬撃を放ってみると――エンペラーイフリートに直撃し、エンペラーイフリートは縦に真っ二つになった。
「……やったか?」
今の攻撃を見て「神威作戦群」の一人がそう呟いたが、倒せたと判断するのはまだ早い。
「ステータスオープン」
俺はステータスウィンドウを開き、スキルポイント欄を確認した。
ポイントが変動する様子は――残念ながら、無い。
どうやらこの程度では死に至らないようだ。
太刀筋は頭も心臓も通っているはずなので、通常であれば死んでもおかしくない攻撃のはずなんだが……おそらく「寄生竜」の固有能力で生き永らえているんだろうな。
などと思いつつ様子見していると、エンペラーイフリートに動きがあった。
なんと……断面がくっついていき、あたかも斬られたことなどなかったかのように元通りになってしまったのだ。
なるほど。一個目の固有能力は、驚異的な再生能力か。
これはだいぶ厄介なものが来たな。
高位の「失敗作の神竜」の中には、どんな生物も細胞一つから全身を再生させてしまうという、意味不明な治癒能力を持つ者が存在する。
おそらくこのエンペラーイフリートは、そのタイプの「失敗作の神竜」を創造し、体内に宿らせたのだろう。
もしこの仮説が事実なら、それは「寄生竜の方を処置しない限り、永遠に宿主を倒すことができない」ということを意味する。
流石に「崩壊粒子砲」あたりで存在そのものを消滅させてしまえば話は別だが、収容されてる人々の救出も済んでいない状況では、そんなことをするわけにもいかないしな。
寄生竜による能力上昇など関係なくもろともぶっ倒してやろうと思っていたが、作戦の変更を余儀なくされてしまったようだ。
最悪、コイツのためだけに新たなスキルを一個取得する羽目になるかもしれないな。
まあ、それは最終手段として……次はどんな手を打とうか。
少し考えあぐねていると、エンペラーイフリートに動きがあった。
「何者かは知らんが……良い攻撃だ。ここまで辿り着くだけのことはあるようだな」
彼は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、何も無い空間から長い柄の先に湾曲した刃を取り付けたような形状の武器を具現化した。
「だが、ここで終わりだ。……全員灰燼に帰してやる!」
続けて彼は、その武器の刃の部分を青白く燃え上がらせた。
――青龍偃月刀か。なぜコイツはこんな厄介な能力ばかり宿らせてやがる。
「失敗作の神竜」の中には、ひたすらに武器を具現化してはそれらを超能力で自在に操るという能力を持つ種がいるのだが……青龍偃月刀は、その竜にとっての最終奥義。
一番の特徴は、刃の部分が尋常じゃないほどに高温になることだ。
どれくらい高温かというと――。
「た、《耐熱結界》!」
結界で熱を防がないと、十数メートルも離れたところにある刃先からの放射熱に耐えられないといったレベルだ。
この距離でも、完全に生身だと秒間十〜五十万はHPが削られる。
今の俺くらいHPがあれば肌がヒリヒリする程度で済むが、ミミア王国に来る前の俺であれば数秒で消し炭にされてしまっていたことだろう。
「神威作戦群」の面々にとっても、この熱は耐え難いらしく……今の結界は、リーダーのノヴァンが張った。
通路内の様子はというと……エンペラーイフリートに近い部分の壁は、融けて溶岩になり始めている。
エンペラーイフリート自身も燃え盛ってはいるが、彼の場合は自身へのダメージをその超常的な回復能力で相殺し、無傷を保っているようだ。
「結界を張ってれば大丈夫そうですか?」
「今はな。けど……ちょっとでも近づかれたらヤバい!」
どうやら俺は、エンペラーイフリートにこっちに寄られないように戦う必要があるようだ。
「分かりました。行ってきます」
「……え? 行ってきますって、おいおい……」
(《神・国士無双》)
無敵状態を発動すると、俺は一気にエンペラーイフリートに迫った。
「この熱に突っ込んでくるだと……? バケモンか!」
エンペラーイフリートは驚きながらも、的確に俺に向かって青龍偃月刀を振り下ろしてきた。
普通に考えたら、刃は刃で受け止めるのがセオリーだが……今回のようなケースに限っては、それは得策ではない。
そんなことをすれば、こちらの武器が溶かされてしまうからだ。
百万武蔵の素材であるマーシャルヨトゥンのカランビットナイフはそこそこ熱に強い素材なので、青龍偃月刀の放射熱だけで融けたりはしないが……さすがに物理的に接触すれば、刃こぼれくらいはしてしまうだろう。
というわけで、正解はこうだ。
「熱がどうしたって?」
俺は青龍偃月刀の刃を、利き手じゃないほうの手で素手で掴んだ。
無敵状態であれば、高熱もへったくれもないからな。
今この場において、物理的に最も強度が高いのは俺自身の身体なのだ。
「は……?」
これは流石のエンペラーイフリートも予想していなかったらしく……彼は口をポカンと開けたまま固まってしまった。
戦闘中にそんなに大きな隙を作るとは、とんだ愚か者だ。
寄生竜の能力は凄くても、本人の戦闘の練度は大したことないらしいな。
「もらった!」
まず俺は青龍偃月刀を離させるべく、エンペラーイフリートの右手を一太刀で切り落とした。
そしてエンペラーイフリートの右手付きの青龍偃月刀を「神威作戦群」と反対側に投げ飛ばすと……俺はエンペラーイフリートをみじん切りにすべく、ひたすら百万武蔵を振り回した。
「《爆砕》」
(中断)
エンペラーイフリートがサイコロステーキ状になったところで、俺はその肉片をバラバラに吹き飛ばし、それから無敵状態を解除した。
驚異的な治癒能力を持つ「失敗作の神竜」だが、実はそいつ、自身がダメージを負った際の回復力は皆無に等しいという欠点がある。
もし寄生竜が外科的に処置できるものだとしたら、今のどれかの斬撃で一刀両断されて絶命し、エンペラーイフリートは回復能力を失ったことだろう。
エンペラーイフリート本来の回復力は真っ二つにされるだけでも死に至る程度なので、これで寄生竜もエンペラーイフリートも両方討伐できたはずだ。
「ステータスオープン」
などと考えつつ、俺はステータスウィンドウを開きながら「神威作戦群」の待つ場所に戻った。
「な、なあ……私の見間違えでなければ、君があの刃を掴んだように見えたんだが……」
「掴みましたよ。剣で受けると剣が溶けちゃうんで」
「言ってる意味が分からないんだが。なぜ剣が溶ける高熱に生身の肉体が耐えられる? というかそもそも、君はあの高熱が平気だったのか?」
「まあ、はい」
「嘘だろ……ほんとに人間かよ。というか、ほんとに君はこの世の物質で構成されているのか」
会話しながら、俺はステータスウィンドウを眺め続けていたが……残念ながら、スキルポイントが増える兆しは無いようだ。
「ね、ねえノヴァン……」
「何だ?」
「私たち、本当にここにいて良いのかしら? もしかしなくても、彼の足手まといになってしまってるんじゃないかしら……」
「考えないようにしていたことをハッキリ言いやがって。そりゃもう一目瞭然だ。けど、俺たちだけじゃ逃げようもないだろ。腹をくくって、ジェイド君の邪魔にならないよう全力を尽くすしかないさ」
「……そうね」
もう少し希望を持って待ってみたが、それでもエンペラーイフリート分はおろか、「失敗作の神竜」一体分すらもポイントが増える気配はなかった。
ふと、先ほど戦った地点を見てみると……エンペラーイフリートの肉片が少しずつ動いて、隣り合うもの同士でくっつき始めていた。
どうやら「外科的に寄生竜を殺すことはできない」と結論づけるしかないようだ。
こうなると、本当に選択肢が少なくなってくるな。
他に体内に宿している寄生竜の能力次第では、逆手に取ることができるかもしれないので、まだ新スキルで対応する必要があると決まったわけじゃないが……望みは薄いだろう。
などと思いながら待ち構えていると、エンペラーイフリートが完全に復活した。
「この俺様を愚弄しおって。絶対に許さんぞゴミ共が!」
復活したエンペラーイフリートは眉間に青筋を立て、完全に逆上した様子を見せた。
「何もかも……ぶっ潰してやる!」
続けて彼がそう叫んだ直後。
俺は、強烈に嫌な予感を覚えた。
というのも……一瞬ではあるが、視界全体が歪むような感じがしたのだ。
間違いない。これは「重力操作」の予兆だ。
高位の「失敗作の神竜」による重力操作は、最大で半径1キロメートル以内の重力を3000倍にまで引き上げる。
俺は《国士無双》で耐えられても、他のみんなはどんな魔法で抵抗しようとも一瞬でぺしゃんこにされてしまうだろう。
もはや逆手に取るとか工夫して倒すとか、そんな悠長なことは言っていられないようだ。
新スキルを使ってでも、一瞬でケリをつけなければ。
これまで二度も殺しそこねたエンペラーイフリートだが……実を言うと、最適なスキルを用いれば全然苦もなく攻略することは可能だった。
単純な話、外科でダメなら内科で処置すればいいのだ。
そのために必要なスキルは、実は過去に一度だけ、この世界に来てからも見たことがある。
最初の「永久不滅の高収入」の拠点の攻略の時同行していた暗殺薬師ザージスの、《次元投薬》というスキルだ。
「《次元投薬》強化✕245」
俺は当該スキルの+値をカンストさせた。
散々新スキルと言いつつ、取得自体は古来人参を食べる前のタイミングで済ませていたのだが……寄生竜に効く薬は+値を上げないと処方できないので、今まで使ってこなかったのだ。
このスキルを必要なところまで強化すれば、あとやることはただ一つ。
「《次元投薬》――スーパーコリスチン」
俺は寄生竜に効く薬をエンペラーイフリートに投薬した。
スーパーコリスチンは、NSOにおける正真正銘最強の抗生剤。
その効果は、「体内のあらゆる生物を死滅させる」というものだ。
薬物動態としては間違いなく抗生剤なのだが、人間に使えば腸内細菌はおろか白血球やマクロファージ、引いてはミトコンドリアさえも全滅させるので、実質的には完全に毒そのものだ。
超常的治癒能力を持つ寄生竜も自身へのダメージには弱いので、寄生竜そのものにダイレクトアタックするこの薬剤を喰らえば、即死は免れないというわけだ。
ついでに他の寄生竜も全滅するので、今発動しようとしている重力操作能力も不発で終わることになる。
「な……なぜ技が使えない!」
重力操作が不発となったことで、エンペラーイフリートは愕然としてそう呟いた。
「というか……身体が……重い……」
そして全く気づかなかったが、おそらく彼は身体強化系の恩恵のある寄生竜も宿していたのだろう。
寄生竜の効果が完全になくなったことで急激にパワーを失った彼は、足取りがふらつき始めた。
「貴様……何をした!」
「なんかいろんな生物に寄生されてたから治療してやったぞ」
「な、何てことを! あれは俺様が丹精を込めて作ったものなのに……!」
エンペラーイフリートの目には、もはや絶望が映っていた。
ここまで来ると……もう《国士無双》は要らないな。
(《三日月刃》)
俺は最初と同じく、エンペラーイフリートを一刀両断した。
先ほどとの違いは――もう二度と再生しないことだ。
「ステータスオープン」
その死は、スキルポイントの変動からも確認できた。
ちなみに無双結晶の方も、戦闘前と同じ水準まで輝きを取り戻していた。