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バカなウソツキ

ソラ好きぃって、何度も言う。

馬鹿だよ、

ほんとに。




その人の首元を指先で撫でて、僕はこう言う。

「ねえ、また来て僕の事を愛してよ。待ってる」


そういう風に言われるのが好きな人にはそう言い、そうではない人には言わない。

リピートしてくれたらいいんだから、何だっていいんだ。

何を言うかなんて。

その言葉の中身なんて誰も気にしちゃいない。

自分を求めているように聞こえさえすればそれで人は満足をする。



僕の仕事は順調だ。

シャネルのアクセサリーを買える収入を自分で稼いでる。

文句ないよね?自分の身体で稼いでるんだから。

大学の友達には、夜の店のボーイをしてるって言ってる。

実際表向きはそうだから、嘘じゃない。

「ねえソラ、どこの店なの?私行ってみたい!」

「えー?女の子が来るような場所じゃないよ?ダメダメ。リサは大事な子なんだから」

「えー、それなら我慢する……」

こう言えばこれ以上の追及は無い。

大事な子とは言ったけど、それが本当かどうかも確認しないし疑いもしない。

付き合うとも何も言ってないのに、簡単だね。

こういう子は都合のいい時に足を開いてくれるから楽だ。

「リサ……?今日、17時においでね?」

「う、うん……」

顎を摘んで、少し見つめて微笑んであげれば、簡単にいう事を聞く子。

おいで、と言った先はホテルでもない。

広くて鍵のかかるキャンパスの外れにあるトイレだ。

ここで仕事のストレスを吐き捨てるようにこの子の中に全部出す。

何もつけずに。

もしデキたら?

病院に行ってもらうしかないよね?責任なんて取るつもりもない。

大事な子、にこんなことするって思ってるなんてオメデタイよ。

馬鹿な子だな。

こんな毎回、トイレでヤられて声上げてさ。

ソラ好きぃって、何度も言う。

馬鹿だよ、

ほんとに。




その日は、とんでもなく乱暴なあそこがデカい男で、苦痛しか感じなかった。悔しいからオプション料金です、って料金倍取ってやった。

それでもムシャクシャが収まらない。

「キャサリンさん、今日僕、もう上がります」

「あら、ソラちゃん痛い思いした?すごく不貞腐れた顔しちゃって」

「はい、もう今日は疲れました」

「じゃあ、今日は上がって。お疲れ様」

「お疲れ様です」

そう言って帰ろうとすると、キャサリンさんの声が聞こえた。

「J、お客様よ」

「ようこそいらっしゃいました」

それが、僕らが客を取る時の合図だ。

そして客の手を取って上の階の部屋へ連れて行き、客の望むプレイをする。

ジュンにはどんな客が来たんだろう。


――その客は、いつでも僕の言う事を聞く、トイレでヤッても文句ひとつ言わない、あのリサだった。

「……リサ?!……?」

僕の目の前を、ジュンとリサが通り過ぎる。

リサは、僕に一目もくれなかった。僕に気付いているはずなのに。

「……ソラ?どうかした?」

「……いえ、何でもありません」

「お疲れ様。気を付けて帰るのよ」




アイツは恋人でも何でもない。

セフレですらない。

ただ、都合のいい時に僕が呼び出して、ストレスを吐き捨てているだけの関係だ。

なら、リサがどんな場所でどんな男とどんな風に何をやろうと僕には関係ないはずだ。

そうだ、関係ない。

一つも。

何も。


そう思って、落ち着いて店を出て歩いていたけれど、道行く男と肩が当たった瞬間、僕は我を失ってブチ切れた。

「何当たってやがんだよゴラア!!!!」

相手が悪かった。

相手は一般人じゃなくて、この界隈のゴロツキ達だった。

普通の男なら負けない自信があるけど、奴らは喧嘩のプロだ。それも複数。

僕は三人に簡単にノされた。

遠くから革靴の音が聞こえて、僕の近くで止まった。

「オーイ、お前たち何派手にやってんだよぉ。ポリ来たら面倒くさいでしょうが」

「あ、ヤスアキさんすみません、こいつがいきなり切れてきたもんですから」

「あーあ。カワイイ顔してる子ぉ血だらけにしちゃって。一般人?」

「だと思うんですが」

目が腫れてよく見えないけれど、細面に緩くパーマをかけた髪の男が僕の顎を持って顔を確かめた。綺麗な男。掛けているサングラスも、着ているスーツも、首の金のネックレスも全部質がいいものだとわかる。

ああ、こいつはきっと本物のヤクザだ。

「大学生くらいのがシャネルのネックレスにピアスねえ……。ふーん……。ま、今回だけ見逃してやるよ。顔覚えたから、次は無いと思いな、銀髪の僕ちゃん」

低い声が耳にザラザラとまとわりついた。

最後にゴロツキの一人に一発腹を蹴られて、ヤクザ達は去って行った。

雨が降り始めたけれど、起き上がれない。

体中の傷に、雨水が染みた。


リサ、どうしてあの店を知って、何でジュンに抱かれに来たんだよ…。

痛みの中で思った事は、これだけだった。




「どうしたのよ!顔も身体も!痛かったでしょう?!こんな状態じゃ仕事にならないわね、治るまで休んでちょうだい」

翌々日に出勤すると、キャサリンさんを始めほとんどのスタッフからそう言われた。皆何でこんな時だけ優しいんだよ。いっつも餅だの何だのいうくせに。

「今日はジュンは?」

「あ、今上がってるわ」

「……ところで、キャサリンさん、ヤスアキって人知ってますか?」

「え?どのヤスアキ?まさか……」

「ヤクザみたいな人なんですけど。こう細面の」

「……アンタ、何やったの?」

キャサリンさんの顔が険しくなった。

経緯を話すと、キャサリンさんは大きく溜息を吐いた。

「ソラ、何て人に顔を覚えられちゃったのよ……」

「え?」

「悪いことは言わないわ、しばらく大人しく過ごしなさい。髪の色も変えることね。アタシに言えるのはこれだけよ」



ジュンが上がるのを待った。

どうせ、家にいても何もすることが無い。それなら、リサがどうだったか、ジュンがリサをどう抱いたのか訊こうと思った。

「ジュン、お疲れ」

「……!ソラどうしたんだよ、大丈夫?」

「ああ、何とかね。上がった後時間ある?」

「あるけど……」

「じゃあ、俺奢るから飲み行かね?」

「わかった、ちょっと待って、支度する」


僕たちは安い居酒屋に入った。

「カンパーイ!」

「ソラ、どうしたのその傷」

「ああ…道で喧嘩して三人にやられた。売った相手が悪かったよ」

「そりゃ大変だったね」

最近のとんでもない客の話や新しいショーの話、雑談をたくさんしながら、僕はリサの事を訊く機会を伺っていた。

「……ねえ、ジュン、こないだ女の子来てたじゃん?」

「ああ、あの髪が肩まで位の?」

「どんな風だった?」

ジュンがビールを飲みながら僕の目を見つめた。

「……珍しいね、ソラがそんなこと訊くの」

「うん、ちょっとね」

「可愛い子だったもんな。気になった?」

彼女でもない、友達とも言えないリサ。トイレでヤるそれだけの関係。そんなことを言えばいいのか。わからない。

「うん、そんな感じ」

そう返事するしかなかった。

「あの子はね…疲れてたよ。優しくしてほしいって言ってた」

「ふうん」

興味のない振りをして、詳しく訊いた。

「……どうして?」

「あの子、多分僕たちと似たようなことやってるんだと思う」

似たようなこと?

リサは僕以外に知らないと言っていた。

初めては僕の部屋だった。

あの反応もあのシーツに滲んだ赤い跡も確かに男を知らない子のものだった。

それが、僕たちと似たようなことをやってるだって?

「……何でそうだって判ったの?」

「いっぱい痣とか傷がついてた。あれは一人の人間がつけた跡じゃないよ」

僕はリサに跡はつけない。お互いに肌は見せない。

そうか、なーんだ。

馬鹿だったのは僕の方か。



誰でも良かったんだから、他の子をリサの代わりにすればいいのに、僕は他の子を探す気になれなかった。

探さなくても、言い寄ってくる子が何人かいたから、どれかに適当に手を付ければいいのに、今はそれをしたくも無かった。

まあ、また仕事が始まったら、その中のどれかを引っ張ってきて寝ればいいか。

あくまでストレス解消のための相手なんだから、誰だっていい。



そう思いながら傷が治るまで大人しく大学に通った。

何のために行ってるのかもわからないまま、親には笑顔で学費を出してくれることを感謝して、ギリギリで単位を取って。

リサが図書館棟に上がっていくのが見えた。

用もないのに、僕は後を追った。

「……リサ」

静かな図書館内。リサは何か本を探しているようだった。

僕を見ると、以前とは全く違う表情でニコリともしない。

あんなに笑顔ですり寄ってきていたリサはどこに行ったんだろう?

僕の事しか知らず、ヤラれてるのが愛されていると勘違いしている愚かな女の子は、どこにもいなかった。

「・・・・」

リサは返事をしない。

「リサ、ちょっと話があるんだけど」

「・・・・」

リサは僕を無視して、棚の本を見ている。

僕は、だんだんと頭に血が上ってきた。

彼女でもない、友達でもない、ただのヤるだけの相手が言う事をきかない。

当たり前のことだ。彼女は僕のものじゃないんだから。僕はそれが悔しくて仕方なかった。

「おい、話があるって言ってるだろ……?」

静かに、でも強い口調で言った後、リサの腕を掴んだ。

「痛い!やめて!」

リサの声が静かな図書館に響く。

そのまま僕はリサを引きずってあのトイレに連れて行った。


リサをトイレに放り込んで鍵を閉める。

「お前、何のつもりだよ」

「何が?」

「何男買いに来てんの?あんな場所に」

僕はジュンを買ったことを責めた。そんなの彼女の自由なのに。

「……それに、お前ウリやってんの?体中に跡付けてるって聞いたよ?」

リサは、セーターを乱暴にめくる僕を冷たい瞳で見た。

「何がいけないの?私、ソラに何か迷惑掛けたかな」

彼女の身体にはたくさんの赤い跡、それも何かで縛られてうっ血した跡と、青く打ち身になったような痛々しい痣が残っていた。

「ねえ、こんなに……痛くないのかよ……」

僕も身体を売っている。こんなことをされてどの位痛いのかは想像がつく。

それもリサは女の身体で。

「……心配してくれるの?私には本当の事を一度も言ったこと無いくせに」

リサの瞳は暗く、目の前の僕の事も映してはいなかった。

「ソラ、もういいでしょ」

彼女の手がだるそうにセーターを下ろしていく。

嫌だ、よくない。このまま返す訳にいかないし、何でこんなことしてるのか訊かなくちゃ。

でもそれは、僕の中の何かを認めることになる。

「どいて」

スライドドアの鍵を開けて出ようとするリサを後ろから抱きしめた。

「行くなよ」

「離して!どうせ嘘なら最初から判ってる嘘がいいの。もういいでしょ、お互い嘘がバレたんだから」

リサは僕を睨みつけて、腕を振りほどくと強い口調でそう言った。


僕は、リサに体を売ってほしくない。

僕は、リサが痛い思いをするのはイヤだ。

僕は、リサが誰かに抱かれるのは耐えられない。

僕のものでいて。


「リサ、好きなんだ」

僕は彼女を正面から抱きすくめた。

こんな風にじっと抱きしめるのは初めてだった。きっと恋人同士なら当たり前なのに。

「今までゴメン。リサを誰にも触らせたくない。大切にするから、信じて」

ゆっくりと噛みしめるように僕は言葉を発した。

おどおどしてドキドキしてそれでもわかってほしくて。こんな気持ちになったのは、初めて恋をした時以来だった。

そっと身体を離して彼女の顏を見た。

リサは、大粒の涙をぽろぽろと流して泣いていた。

「もう遅いよ、ソラ……私、もう人のものなの」


散々彼女をおもちゃにして、こんな酷い場所で告白をするような男に嬉しい返事が来るはずが、無かった。




*「となりの窓の灯り」、「空白の7階、もっと空っぽなその上の階」「何様だって言ってやる」と同じ世界線のお話です。今後も同じ世界線の作品を投稿していきます。同じ時を生きているけれど、同じではない。それぞれの人生が少しずつ絡まっている様子をお楽しみください。


*pixivに掲載しています。(マイピク限定・改題しています)

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