地震暦5年(1497年)4月、欧州
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欧州の国々は統合に向かっていた。日本からの帰国者によって世界情勢を知り、かつ別の歴史で欧州の白人の成してきたこと、そしてその結果を知ることは、国々の支配者に国の行く末を考え直させるには十分であった。
欧州に住む人々は、確かに知能も高く野心的で、世界に先がけて進んだ社会の仕組みを作りだしてきた。しかし一面では、積極性の一つの面として基本的に好戦的であるため、その域内で極めて多くの戦争を経験している。その結果、戦に鍛えられたことと、銃器の実用化に早く成功したために、相対的に極めて高い戦闘力を持つに至った。
それは、彼らが“遅れた”国や地域に進出して行って、いずれの場所においても何十倍の地元の軍勢を軽々と打ち破ってきたことからも明らかである。彼ら国王以下の支配者たち、それに市民達は、違う歴史において世界を侵略して、そこに住む異民族を支配下に置いたことに対しては、別段悪い事と思わなかった。
そのように易々と征服される方が悪いのだ。しかし、今の歴史においては、“日本”というスーパーパワーが生まれ、欧州が束になってかかっても敵わないということは“帰国者”からの映像や、写真や図による説明で嫌がおうにも理解せざるを得なかった。
そして、その日本に資金と知恵と技術の協力を仰ぐことで、自分たちも今よりはるかに豊かな生活を送れるようになることもいやいやながら理解した。“帰国者”が最も骨を折ったのが、日本がいわゆる他国の領土を征服して、その住民を支配下に置くことはしないということを理解させることであった。
「しかし、その日本も豪州の地、南アの地などで勝手に入り込んで、そこを開発して自分のものにしたではないか。そこに先住民がいたにも拘わらず」
イングランド国王のヘンリー・ティーダーが元駐日大使のミッチェル・ドノバンに問い詰めたのは、典型的なその種に議論である。
「はい、陛下。おっしゃる通りです。しかしながら、彼らはそれを彼らの打ち立てた原則に沿った行動であると言っているわけです。これは、国としてすでに確立して実行支配している地については、日本は無断で入り込み、開発などの行為はしないと言っています。
それに加えて、原住の人々には国民として遇しその福祉には意を払うということです。事実我々の掴んでいる情報では、日本は原住の者達にはいわゆる近代的な設備の整った家を与えて、日本人に劣らない生活をさせるような措置を講じているようです。
だから、今のところはそのような原住民からは苦情はないどころか、歓迎の声が多いと聞いています。ただ、それも開発によって得られる食料や資源の値打ちに比べると、原住民の人口が少ないこともあって僅かな費用で済むから実行できているのだと私は考えます。
それというのも、彼らが駆使できる圧倒的に強大な機械力があるから、開発・施設の整備の費用も少ないのです。そのような重機は我が国も多く入っていますから、陛下も十分この点はご理解いただけると思っていますが、いかがでしょう?」
「うむ、確かにあの“重機”というもの、1台で数百人の仕事をするのう。平民の人件費は安いといっても、あのような機械を使うのに比べれば高くはつくな。なるほどの、確かにあのような重機がなければ、彼らも原住の者を強制して働かせているだろう。ああいうものを使えるからこその、彼らの鷹揚なふるまいということか」
「そうです。結局、別の歴史で我々が世界に出て行って、その地を征服してその現住のものを労働力として使ってきたのは、貧しさから逃れるための豊かさを求めてのことでした」
「その、豊かさが、日本の資金と知恵に技術を得ることで、征服し、危ない橋を渡る必要がなく手に入るということだな。まあ、どのみち、軍事力では勝てないのだし、こちらを征服しようという気がないなら、結構なことだ」
「そうです。それに日本にも、そのように我々の手助けをすることは大きな利益があるのですよ。これも以前にお話ししましたが、日本は強大な工業力を持っており、国内の需要のみでは、その経済を維持できないのです。つまり、人々の雇用を守れないということですね。
具体的には、我々ではまだ作れない工場の生産設備、巨大な鉄の船や、自動車を含むそのエンジンや様々な高度な工場製品です。これらは一面では我々に金がないと買えないわけですし、我々にとっては自分たちが豊かになるための様々な道路などのインフラ、さらに工場を作るためには必要なものです。
だから、お互いに利益があるということです。恐らく、50年もすれば今は日本から買っているものの大部分は、私達が自分で作れるようになります。その時は私達も外の世界にその製品を売れるようになるでしょうね。たた、私が生きていた時代には世界の人口は70億人で今の14倍の人が住んでいました。
だから、人々は生活する上で食料、資源、製品も非常に多量のものが必要でしたから、売り先も沢山ありました。だけど、一面で養う対象の人口も今の14倍以上だったわけです。この時代はまだまだ人口に比して土地が十分あり、今新たに得た知恵を使えば、食うに困ることはありませんし、自分たちで作ったいろんな便利な道具を使って安楽に楽しく生きていくことができます」
「うむ、たしかにな。相争う必要はなく、お互いに豊かになることに熱中すればよいのだな」
この会話が行われた時震暦1年の夏にイングランド国王がこのように言ったが、その1年半後には欧州の各国の国王を始め指導者集まった集いがイタリアで開かれた。
その時点では、欧州ではイギリス、ドイツ、イタリアには国際空港が作られ、スペイン、フランス、オーストリアなどには地方空港が作られていたので、多くの指導者は飛行機で首都ローマを訪れている。イタリアが会場として選ばれた理由は、何と言っても嘗てのローマ帝国の本拠、更にはカトリック教会の本部が置かれていることが大きい。
他の地は、イングランドを始めイギリスはイングランドとスコットランド等と戦乱を抜けたばかり、フランスとてイギリスとの長期の戦いを自領で行った後遺症から抜けていないなどの問題がある。
いずれにせよ、この時期に欧州の首脳が集まったのは、日本からの帰国者による働きかけの結果である。そのために、彼らは日本での付き合いの延長で、機会が許す限り連絡を取り・集まって協議を重ねてきた。その結果として、各国ばらばらで開発を行うことは余りに効率が悪すぎるとの結論になっている。
これは、実は世界開発銀行からも働きかけられている。世界開発銀行を動かしている日本人にしてみれば、欧州の小国(小ない人口の国)が同じようなプロジェクトの資金援助を求めてくるのは無駄ということだ。
例えば国際空港にしても、全ての国が欲しがったが、日本からの帰国者が多く自力で建設に入っていたイギリス、ルネッサンス美術の関係で日本人が多く来ているイタリア、地理的なバランスからドイツが選ばれ、他はずっとレベルを落とし、ボーディングブリッジもないローカル空港と建設された。
また、産業に重要な製鉄であるが、効率を上げるためには大規模な近代的な高炉が必要である。しかし、21世紀においても中小規模の国は持っていない場合が多い。果たして、これは欧州の国は全てが欲しがったが、必要な鉄鋼の量から、当面の10年間は全欧州で2基で十分となった。
だから、高炉は船による輸送に便利なフランスの北海岸ルアーブルと、スペインのビルバオに建設された。一方で、高炉からの鉄を使って型鋼などを製造する製鋼工場は各国に建設され、製鋼工場への輸送インフラは整えられた。この点は、国際空港の場合の陸上交通インフラも同様であり、少なくとも各国の首都迄は舗装道路がすでに完成している。
第1回の欧州会議は、時震暦3年9月にスペイン、ポルトガル、イタリア、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、ブライデンブルグ、オーストリア、デンマーク、ノルウェーなどの主として国王の出席のもとに行われた。
日本はオブザーバーとして出席したが、護衛艦2隻と米軍から譲り受けたドナルド・レーガン改め空母“しなの”を送って、会議の間の地域の安全保障と会場の警備を担った。わざわざ原子力空母を送ったのは、訪れた首脳に21世紀の軍事力を見せつけて、日本に軍事的に対抗することができないことを見せつけるためのものであった。
その点は目論見どおりの効果を示したが、欧州合同への道は険しかった。指導者たる国王たちにとっては、近隣の国は敵であり実際に最近まで戦っていたのだ。その中で、祖父が、父が、息子が殺されているわけで、相手に対する憎悪は深いものがあった。
とは言え、彼らも豊かになりたいということは事実であるし、戦費調達に苦労した彼らからすれば豊かさは力であると理解はしていた。だから、彼らがこの会議に出席したのは、近隣の国が日本との関係を深めて豊かになり、国力をつけていくことを傍観するわけにはいかなかったからだ。
無論この辺りは日本政府や、日本での大使館勤務の帰国者には承知のことであり、統一政府などは夢の話であり、ユーロ並みの通貨の共通化、貿易の域内の自由化、往来の自由化程度が着地点と考えていた。通貨の共通化、貿易の自由化は今一つ15世紀の人々にはピンと来ていないこともあって、早めに了承は得られた。
しかし、往来の自由化はなかなか承知するものが少なかった。『憎きあいつらが、自分の国をうろうろするなんて、もっての他』という訳である。結局自由往来はペンディングということで、第1回の欧州会議は幕を閉じたが、“日本という絶対に軍事的敵に回してはいけない相手”という点は強く印象付けた。
さらに第1回において毎年の首脳会議の開催、さらに欧州会議の事務局の設置が認められた。王などの首脳が毎年の会議出席を認めたのは、一つには飛行機や自動車を使った旅が非常に短時間で済み、快適であったことによるものであるとされる。
そして、日本からの帰国者が強く望んだのは実際のところ欧州会議の事務局の設立であった。それは、欧州連盟に転化した時の実行組織として機能して、徐々に王などの支配者の絶対権力を骨抜きにする目算である。そして、欧州連合は時震暦5年9月1日に成立の運びになっている。
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香山美香と永井好美は、ローマ郊外の芸術村のカフェテリアで優雅にコーヒーを飲んでいる。地震暦5年4月のことである。一緒にこの時代の天才ラファエロ・サンティと、好美の同棲相手の西田雄介が座っている。
この芸術村は奇跡のようにこの時期に輩出した偉大な芸術家達を保護して、よりその芸術を高めるという謳い文句で、日本政府が大部分の出資をして建設したものである。概ね2㎞四方の地区に、主要な施設として1万室のアパートのフラット、美術大学、3棟の大規模なアトリエビル、2千室の大規模なホテル、総合病院がある。
これらの建物は無論21世紀の設備が備えられ、上下水、電力、通信等に設備も同様に完備されている。ここに研究、製作あるいはさまざまな活動のために住んでいる日本人は1万人に近く、香山、永井、西田もその一員である。さらに、中にあるローマ・ルネッサンス・ホテルには年間を通じて日本人で満杯である。
なにしろ、ここに来れば、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ジェルジェーネなどルネッサンスに輝く芸術家に実際に会え、製作風景すら見ることのできる可能性すらあるのだ。これらの芸術家は、すでに自分の人類史における位置を十分理解しており、製作したと言われる作品は壁画等の一部を除いて、すでに製作して世に出している。
元日本大使フェルディナンド・ドッティが首相を務めるイタリア共和国政府も、これらの芸術家の価値をよく理解しており、彼らに対して国をあげて保護して、彼らの作品はすべて国が買い取る仕組みになっている。なにしろ、イタリアの最大の資源は、ローマなどの歴史遺産とこれらの芸術家が“生産”する芸術作品であるのだ。
いずれにせよ、芸術村や、そこに集う日本人と彼らの生活のための資器材のアクセスと運搬のため、国際空港建設、大規模港湾設備、観光ルートの道路建設などの最優先のインフラ整備はまさにそのおかげである。
ちなみに、同じ年齢の26歳である美香と好美は、どちらも美大生の時にイタプロに加わることでイタリアに来たのだが、当初の劣悪な生活環境にめげずに、4年以上が過ぎた今もこちらに残っている。彼らは現地で実習とすることで、節目ごとの試験を経て無事単位をとって大学を卒業している。
彼らは、2年前には芸術村のアパートに移ることができて、その生活環境は劇的に改良された。さらに、その時点では国際空港も完成しており、日本にも簡単に往復できるようになっていた。
好美が3歳年上のエンジニアの西田と恋仲になったのは、彼が芸術村の設備工事の設計者兼工事監督として訪れていた間での触れ合いによってであった。そして、西田は彼女との結婚を考えるようになって、工事が終わっても当分の間、空港や芸術村の設備の保守管理のために残ることにしたのだ。
西田が芸術村の設備の仕事を担当したのは、自分の芸術好きから希望してのことであったが、彼自身好美のことがなくても、長くイタリアに留まりたいという気持ちはあったのだ。それに、別の場所に移りたいと思った時には、21世紀の設備の設計・施工管理ができる人材はまさに世界的に引っ張りだこであり、どこの会社・国に行っても不自由なくやっていけるのだ。
「ところで、いよいよ欧州連合が成立の運びになりそうね。いろいろもめていたようだけど、ようやくまとまったのね。でも中身はほとんどEUのままのようだけど」
その美香の言葉に、好美が応じる。
「うん、確かにEUに似ているわね。だけど、前の時代のEUというのが、互いに戦争を繰り返してきた反省に基づいてだから、その戦争当事者が揃っている今に成立するというのは凄いことだと思うわ。日本からの帰国者が仕掛け人だと思うけど、よく王様連中を説得したよね」
それに対して、西田が妻の言葉に返す。
「だけど、客観的に言えば、極めて合理的な決断だと思うぞ。EUはもっと範囲が広かったけど、その人口は5億を超えていた。だけど、今の欧州連盟に加わろうとしている国々の合計人口はせいぜい4千万だろう。それに広さだってポーランドとか東欧などは入らないから300万㎢で、南北3千km、2千㎞の範囲だから、日本よりはうんと広いけどアメリカとか豪州に比べると狭いよね。
そこに国がひしめき合って、それぞれに意識の高い人々だから、どうしても争いが多くなるよ。まあ、時震をきっかけに一度21世紀の便利な生活を味わうと、そうした国を作りたくなるんだな。だから、それを味わった王様などは、そういう国を実現しようとしているので、結局欧州連盟の話に乗ったんだろうね。
実際に、今作られている空港はグレードの低いものもあるけど、飛行機は使えるようになったし、道路だってすでに欧州を縦横に結んでいるし、鉄道もだいぶ出来てきたから、移動は凄く便利になったよ。イタリアでもベネツィアまで6時間で行けるものね。
今度の連盟の話で僕が思うに、欧州の人々で21世紀の日本から来た人々は、白人の優秀さ、優位性というものを強く意識しているのだろう。それは彼らの歴史を考えれば無理からぬところがあるけど、その点の彼らの意識はむしろこの時代の人々より強いと思う。だから、彼らはスーパーパワーとしての日本に、敵愾心を持っていると思うぞ。
その日本に対抗するためには、欧州の国々がバラバラでは永遠に日本には敵わないから、纏まろうと思っているのだと僕は思うな。考えすぎかな?」
「うーん、考えすぎじゃない?そこまで考えているとは思えないけど」
15歳のもじゃもじゃ頭で華奢なラファエロが言う。彼は、自身が描いたという絵画はすでに描いて国に渡しており、国の要求に応じて新たな絵画などを描く傍ら、コンピュータを使って美香と一緒に新たな絵画の可能性を追求している。
30歳台で若くして亡くなったこの天才は、多くの弟子や従業員を抱えて、多くの作品を残しているなど、経営的な才能もあった人物で、コンピュータにものめり込むなどの柔軟性もある。
当然、彼は最優先でメディカルサポートを受けているので、長生きすることは確実である。
そういうことで、日中は美香と一緒に行動することが多いのだ。その過程で、日本語はしっかり学んで、読み書きも不自由がない。美香もこの少年と濃密な時間を一緒に過ごすなかで、その共同で作った成果は当然のように大きな注目を集めている。
また、そこからインスパイヤされた成果もまた注目を集めつつあるところで、彼女は仕事が面白くて恋愛などしている暇がないというのが正直なところだ。
別の連載をよかったら読んで下さい。
https://ncode.syosetu.com/n9801gh/
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