時震暦2年(1494年)4月、ロンドン
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元駐日大使のミッチェル・ドノバンは、ソファに座って細面で神経質に見えるイングランド国王のヘンリー・ティーダーと共に、最近作られるようになったビールを酌み交わしていた。4月1日の少し肌寒い中であるが、冷蔵庫から出してきたものだ。
一緒に侍従長のジョン・ステュアート、女性農業大臣のカレン・ジョナサン、建設大臣のサミエル・コリンズ及び産業大臣ミッチェル・ケビンが同じくビールを飲んでいる。侍従長を除いて日本からの帰国者であるが、技術的な知識の必要な農業、産業、建設については、この時代から言えば未来の知識を持つ彼らの能力が必要なのだ。そのために、同じ意味からミッチェル・ドノバンが宰相を務めている。
ここは、新設されたロンドン空港の貴賓室である。とは言え、滑走路こそコンクリート舗装の2500m級のもので大型機が着陸できるように造られているが、ボーディングブリッジもなく移動式タラップにより乗降である。さらには、管制塔やターミナルビルは木造交じりのレンガ造りだから、大きいスパンは取れず、貴賓室もそれほど広いものではない。
「陛下、いかがですか。新しい空港は?」軽い乾杯の後にドノバンが聞く。
「うむ、建設中にも何度も訪れたが、なにより飛行場というものにこれほどの広さが必要なのか疑問であった。しかし、今日来る旅客機というものは巨大らしいのう?」
「ええ、長さが70ヤード以上、翼の幅が66ヤード、高さが20ヤードほどもあります。乗客を入れて100万ポンドほどの荷物を積めて、最大380人が乗ってきます。しかも、日本から6000マイルを一気に飛んでくるのですよ。見慣れていた我々でもあれには圧倒されます。
ですから、その着陸・離陸にはあの長さの滑走路が必要なのです。実際に、旅客機の実物の着陸をご覧になって頂ければお判りいただけると思います」
産業大臣のコリンズが答えるが、続けてドノパンが言う。
「陛下、今度来る機は我が国のものです。日本に着陸していた我が国の航空会社のものですが、空港が開港したのでようやく取り返せることになります」
「うむ、結局我が国が保有していて、日本におったという航空機と船舶はいかほどであったかの?確か、航空機は2機で、船舶は12隻であったと思うが」
「はい、おっしゃる通りです。ですが、その後わが英連邦で国の実態が無くなった国から、航空機や船舶の提供を受けました。飛行機は8機、船舶では25隻の提供を受けており、特にタンカーを3隻、積載量で合計して30万トンの物を得たのが大いに産業政策に貢献しています。
航空機は今日エアバスA330が1機帰ってきますが、さらに明日にはA340の機体が帰ってきますし、今後続々と飛行機に乗って日本にいた同胞が帰ってくる予定です」
「うむ、日本からの帰国者は活躍してくれているようだな。今で約5千5百人か」
「ええ、5542人でね。最初に3千5百人帰って来て、彼らは懸命に努力してくれました。
特に医療関係者が活躍してくれております。黒死病、天然痘に関しては、すでに治療法は行き渡っており、そのために新規の患者はおりませんし、多くの死者を出して謎の病気だった粟粒熱も原因と治療方法が見つかりました。日本の学界に我が国の医学者が8人も参加して日本にいたのは誠に幸運でしたね」
ドノパンが言うと国王が唸るように言う。
「うむ、粟粒熱は余の治政が始まってすぐに大流行が始まりおって……、貴族・富裕層を中心に罹患が多く、発病すると多くが1日、2日で死ぬという質の悪い疫病であった。それが、今後心配がないというのは、朗報ではあった」
続いて産業大臣のケビンが言う。
「陛下の言われる通りで、結局ノミが媒介していたウイルスが原因だったわけですな。日本におられた医学者のお陰で電子顕微鏡をもって帰れたのは正解でしたな。まあ、これらの人々もむろんそうですが合計37隻の船は誠に役に立ってくれましたね。
この空港についても重機や機材を多量に運んでくれましたし、セメント工場も早く作ることができました。航空燃料については現在まだそれの製造を含む石油精製工場を建設中ですので、日本からの輸入に頼っています。しかし、タンカーのお陰でこの空港にも2万kLの航空燃料を運び込むことができていますので、80回位は日本を往復できます。
また、石油の精製工場が出来れば、今は日本からの輸入に頼っているために高価な精製油は、アラビア石油の原油を運べばよいので大幅に安くなります。それに、石油に精製に伴って出来る化学材料やアスファルトなどの瀝青材も、自国で生産できます。
コークス工場はすでに操業していますので、道路のアスファルト舗装が出来るようになっています。それに伴ってコークスを使って製鉄する溶鉱炉もすでに操業していますので、すでに我が国は日当り2百万ポンドを超える製鉄能力があります。これらは鉄鉱山と石炭鉱山のあるバーミンガム周辺になりますので、バーミンガムとロンドンを結ぶ鉄道の建設も始まりました」
「うむ、うむ。ケビン君の産業省の働きも良く認識しておるよ。ところで、農業についても大いに進展しており、食糧事情は大いに改善されたな」
王が農業の水を向けると、農業大臣のカレン・ジョナサンが応じる。
「ええ、我が国も部分的には三圃式を取り入れてはいましたが、全体としてそれほど効率が良いとは言えませんでした。それで、三圃式の徹底と国内で有機肥料の増産に励んで、2年目にはある程度の成果が出ているところです。将来的には、窒素肥料については、国内で生産する体制を作りますが、リンはモロッコ、カリウムはロシアから輸入する体制を取りたいと思っています。
しかし、現在スコットランドとアイルランドを含まないわがブリテンの人口は370万人です。私達の時代に比べると1/10ですから、機械を使っての農場の開拓も進んでいますし、この人々をイングランドの大地で食べさせるのはそれほど困難なことではありません。
それに、この時代にはほぼ手付かずの漁業資源がありますからね。現在は、改良した漁法を使える漁船の増産に励んでいるところですし、冷蔵庫の実用化で消費も進んでいます。このうえに、魚の料理法を改善して広めて消費を進める必要があります」
「うむ、食糧事情が改善されつつあるのは余も感じておる。それに、なにより香辛料の供給が改善されつつあることもあって、様々な種類の美味な食事が広まってきていることがうれしいの。ただ、余はスコットランドとアイルランドは何とか領土に加えたい。この大いに進みつつある産業とそれに伴う軍備、さらに改善される食糧事情をもってすれば、彼らの征服も容易なのではないかの?」
「いえ、陛下。度重なるこれらの領土への征服の試みが、結局彼らを頑なにしたという歴史を我々は経験しております。先にもご説明しましたが、これらの地域はイングランドに反抗的ではありますが、それは我らイングランドの成してきた結果です。
我々が今進めている開発と産業の発展を続ければ、戦争により他の国々を征服する必要なしに、今後貴族のみならず平民もどんどん豊かになります。また、今の陛下や貴族、平民が想像もできないような便利な生活をおくることができるようになります。
そして、隣でそうして豊かになる我々がいる一方で、彼らが今まで通りの生活を続けていけるでしょうか?
無論、スコットランドとアイルランドにも日本から帰国する人々はいますが、数は僅かであります。この我々の進めている開発は、大資本と多数の労力によって成し遂げられるもので、規模の小さい国は著しく不利です。わがイングランドも世界開発銀行(WDB)の融資を受けていますが、この銀行は実質は日本が動かしています。そして、彼らも規模の小さい国が乱立するのは困るとはっきり言っていました。
例えば、欧州に対してはすでにある程度の国の形のあるところは認めるようですが、南米や中米またはアフリカなど現状で国の形がないようなところは、未来の国同士で合同することを進めるようです。そして、わがイングランドについては、今の時期においてはまだ決定的に反感は募っていないとして、スコットランドとアイルランドに対してはイングランドとしての一つに国になることを勧めるということです。
ただ、日本の者達は反感が強い21世紀のアイルランド人がそれを認めるかどうかは、我々の態度次第でもあると言っておりますね。だから、これらが一体の国になる可能性は大いにあると思いますが、我々は当面は別の存在として、我々自身の開発と発展にまい進すればよいと思いますよ。そして、彼らが話し合いたいと言って来た時は優しく受け止めれば良いのです」
ドノパンの答えに、国王は平静に返す。
「それは一理あるとおもうがの。余もこのように国が急速に発展しつつあるところに、戦争などの余計なことをしとうはない。しかし、100年もの間戦ったフランス、油断ならぬドイツ、アラブを追い出して意気のあがるスペイン、さらには嘗ては覇を唱えたイタリアなどの強国はどうかな。のんびり構えていると足もとを掬われかねぬぞ」
「いえいえ、陛下。はっきり申し上げて、我が国に起きているような開発と発展の進度は、日本から帰国した者の数に依存しており、日本との貿易などの関係が深い方が有利であることは明らかです。その意味では、日本との関係が深かったわが大英帝国は、明らかに一歩先んじております。
それと申し上げれば、各国の王室の存在です。わが大英帝国は確固たる立憲君主国としての王政を連綿と受け継いでおります。そのことで、その王政の系統を継ぐと申しますか、その祖先たる陛下を我々帰国者も君主として仰ぐことができます。
他にスペインが王政になっていますが、私の時代のあの王室は国民の支持を繋ぎとめているとは申せません。だから、我が国が最も日本からの帰国者にとっての祖国たりうるのです。
そして、私は陛下にもご報告申し上げているように、定期的に日本大使経験者との相互連絡を行っております。私がわが大英帝国の宰相を与からせて頂いているように、各大使経験者は各国政府のそれなりに地位についております。さらには、我が国のような開発に係わる責任者、主要人物は多くが日本からの帰国者であります。
基本的には、彼らに他国を侵略するような精神的な素地はありませんし、そのような暇と金があったら、開発に邁進するはずです。そして、国の戦力というのは結局国力なのです。わが国は先ほど申し上げたように、開発と経済発展において先行しておりますから、現況において戦力も一番でしょう。だから、我が国が欧州のどこかの国から侵略される恐れは全くないと考えて構いません」
「ふむ、なるほど。であるなら、国力・戦力で一番なら欧州を我が国が征服するか……。と2年前の余なら言うところだが、お前たちの歴史を読むと、そうも言えないのう。とは言え、我が国が大英帝国として世界の半分を制したというのはなかなか胸が熱くなるものがある」
「ええ、陛下、我々の歴史においてそれは真実でありますし、我々の誇りでもあります。この欧州において、現在の強国であるフランスとスペインにも成しえなかった訳ですから。しかしながら、この世界には日本という存在が転移してきました。我々はそれにくっついてきた訳ですが」
ドノパンは苦笑いをして話を続ける。
「日本は500年未来の進んだ技術と社会の仕組みをもっており、なにより軍備もその時代のものを持っております。我々も多分50年も努力すれば、大砲やミサイルの威力において表面だけは追いつけるでしょう。
しかし、日本の持つ軍備の強みは、遠くから相手を検知する情報システムと、ミサイルなどをコントロールする先進的な電子技術です。この部分は、我が国には殆ど専門知識を持った者がいないので100年経っても追いつけないでしょう。だから、当分の間は我が国が軍事で日本に追いつくというのは無理です。
そして、私も帰国に当たっては次のように、日本の当局者にはっきり言われています。
『是非、お宅の国の開発を大いに進めて豊かになってください。しかしお判りでしょうが、それは王侯貴族だけでは困りますので、平民と言われる人々も等しく教育を受けて豊かになってもらいたい。
また、あなた方が、今更領土拡張あるいは多民族の支配ということを進めるとは思えませんが、周囲の方々がそのような指向になるかもしれません。我々日本はその場合、それを防止するための行動に入ることができるように法制を変えようとしています。その点をお忘れなきようにお願いします』
まあ実際は遠方なので、実力行使が出来るとは思えませんがね。ただ、日本には教育を受けて進んだ知識を持った1億2千万人の国民がいます。わが国はイングランドとウェールズを合わせても人口は370万人で、日本と同じ知識を持った人々が帰って来ても数は精々が1万人です。
恐らく、日本は今後相当な将来に渡って、スーパーパワーとして世界に君臨することになるでしょう。それと、もう一つ将来を決する大きな要因があります。
それは、私の時代に日本は、食料や資源を自給できずに海外に依存していました。その結果、彼等はその資源を得るためにこの2年、食料はオーストラリアと北アメリカの西海岸に、資源はオーストラリアと南アフリカ、アラビアなどを大特急で開発しています。
日本は、北アメリカを除いてこれらの地域を支配することになります。つまり、日本はこの時代において巨大な教育を受けた人口に加えて、世界の主要な資源をほぼ独占に近い形で得ることができるのです。
北アメリカでは、我が国の子孫が力をもっている人々がアメリカ共和国として建国しました。しかし、私達の歴史において、この国は我が国から最初に、それから欧州の国々からの移民で国民を構成してした。
ですが、進んだ知識による開発で今後豊かになる我が国や欧州の国々からのかの国への移民は、それほど多くは望めません。だから、結局アメリカ共和国は建国を急ぐために日本からの移民を数多く受入れるでしょう。その場合には、この国への日本人の影響力がどんどん大きくすることになります。
私は将来においては、資源の豊かさと広大さによって将来の世界のスーパーパワーになるのは、アメリカ共和国か又は独立するオーストラリアになると思っています、そして、その両国とも結局日本人がコントロールする国になるでしょう。
彼らは近代において、豊かさと力を求めて周辺諸国を侵略しましたが、結果として我が国を始め世界中から懲らしめられました。その反省から彼らは産業の高度化に勤めて、世界有数の豊かさになりました。その結果彼らの倫理は、侵略戦争及び他民族の支配をひどく嫌っています。
だから、陛下の言われるような他国への征服は一時は成功するかも知れませんが、長期的には日本を中心とする勢力に懲罰を受けることになるでしょうね。そしてその懲罰は軍事より経済的なものになる可能性が高いと思いますよ」
「うーむ、そうかも知れんの。ただ、それはそれで腹立たしくはあるのう。まてよ、きゃつらは侵略がいかんと言っておるのだの。しかし、オーストラリアやアラビアにしても、すでに原住民はいる訳なので、彼らのやっていることは侵略だろう?」
「それは、こういう理屈なのです。オーストラリアは確かに数十万の原住民がおります。しかし、そこには国という形態はなく、原住民には土地の所有という概念がありません。だから、日本人は原住民に住居を与え、教育を与え、職を与え、近い将来建国する国の国民としての立場を与えます。
私達の時代にオーストラリアに住んでいた住民で日本にいた者達もおります。彼らは、その原住民を侵略・迫害した人々の子孫なので、彼らが全体の権利を持つことはなく、現在の原住民、及び日本人と同じ権利を持つということです。
つまり、そこに国があり国民がいればそれなりに尊重するが、そうでない場合は住んでいる人々を取り込んで新たな国にすると言う訳です。力ある者のこの理屈は不満があっても認めるしかないでしょう」
そこにアナウンスが響く。
「日本からのA330機が、距離20㎞に接近しました。間もなく西の空に目視できます」
「「「「おお!」」」」ヘンリー国王も含めて、部屋にいた者達は、全員がバルコニーに出て、豆粒のような機体が大きくなり、かすかな音が轟音となって滑走路にランディングするのを見た。
ターミナルビルの中及び屋上には職員と招かれた幸運な人々が、飛行場のフェンスの外側周辺には数千人の群衆が、そのランディングを見ており、その瞬間には大勢の歓声でどよめきが起きた。
別の連載をよかったら読んで下さい。
https://ncode.syosetu.com/n9801gh/
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