時震暦2年4月、日本及び豪州
読んで頂いてありがとうございます。
時震後2年の日本では、基本的に年号は時震暦及び令和が使われている。実際のところ世界的には西暦はイタリア、スペイン、ドイツ、イギリスなどキリスト教の影響の強い西欧で使っているのみで、他はそれぞれの国で好き勝手に決められている。
その意味では、人口を尺度にすると、一番使われている年号は、明及びその影響が強い周辺国も使っている明のものだろう。ただ、明の年号や令和にしても皇帝や天皇によって変わる属人的なものであり、その点では西暦は帝王などが代わっても変わらないので便利は良い。
しかし、日本で西暦というのは西欧が世界を征服してその過程でキリスト教を広めていった歴史を色濃く反映しており、全世界的には使うべきでないという議論が起こった。その結果として、日本人の主観では西暦2021年、外の世界では西暦1492年を時震暦0年にしようという意見がインターネットから広まり、1年前に国会で時震暦という年号が正式に議決された。
ただし、天皇陛下の在位を示す令和という年号は依然と同様に使うということで残されたが、日本では一般に時震暦が広く使われるようになった。さらに世界に散らばって行った日本人が積極的に使っているので、世界的にも主流の年号になりつつある。
沢渡佐紀は時震暦2年4月1日の朝、自宅の台所のテーブルに座って長女のゆかりに長男の翔と話している。4月1日は時震記念日ということで祝日になっているので今日は休日だ。家は引っ越しの準備が済んで、段ボール箱がおいてあるが、飛行機の手荷物で持ち込むものなのでその数は多くはない。自家用車に自転車等、豪州で必要になるものはすでに、船便で送りだしている。
「もう2年経つのよね。でも時震で随分いろんなことが変わったわね、私達も豪州に引っ越すしね」佐紀の言葉にゆかりが応じる。
「ええ、あの時震には驚いたわ。でも、我が家はお父さんと離れ離れにならなかったし、お父さんが職を失うこともなかったので助かったわ。同級生で大変な家が結構いるわ」
「姉さんのクラスも引っ越した人はいるだろう?僕のクラスでも、同級生32人中で2人が海外に行ってしまったし、2人が北海道に引っ越ししたよ。但し、2人転校生が来たけどね」翔が聞くのにゆかりが答える。
「私のクラスでは、北海道に行った人は2人いたけど、海外に引っ越した人はいなかったわ。でも結局私たちも海外に引っ越す組だけど、大学が決まるまで待ってもらえたから良かったわよ。翔も高校から向こうだものね」
「あなた達は良かったわよ。ゆかりは今年開校の南豪市の豪州国立大学の人文学部合格したし、翔はやっぱり今年開校の第2南豪高校へ合格したから、途中で転校しなくてよかったわね。ただ、誰も同じ学校にはいないでしょう?」
佐紀が口を挟むのにゆかりが応じる。
「それがいるのよ。昨日知ったのだけど、隣のクラスの女の子が、豪州国立大学に合格しているのだって。私自身はその人のことはあまり知らないのだけどね」
「そうなの。でも同じ高校の同級生が同じ大学に来ると言うのは頼もしいわね。それも海外の大学にねえ」母の言葉にゆかりが言葉を返す。
「でも、海外と言っても皆が移住しているのは、実質的に豪州、アメリカ共和国、南アに規模は小さいけどアラビア油田のあたりにメキシコ位でしょう。それに、住むところは限定されているし、今のところ大学があるのはアメリカと豪州だけですよね。だから、同じところに行く可能性は高いよ」
実際に、年度末時点ということで集計された、海外と北海道への仕事での移動または移住した日本国籍の者の合計は、約240万人になっている。数が大きい場所の内訳は北海道が95万人、豪州が88万人、アメリカ共和国が32万人、南アが12万人などとなっている。
また、石油、リン酸、塩化カリウムなどの資源開発でアラビア第1油田、ナウル島、旧カナダ、メキシコなどで13万人である。
一方で、その他に在留外国人の多くが母国に帰っており、数としては中国、ベトナム、台湾、韓国が多いが、この時期での先進地域である欧州の国々にも合計で6万人ほどが帰って母国の開発に邁進している。
北海道が多いのは、何といっても地理的に近く、移動も物資の移送も楽であることが主たる要因である。面積も大きいので、この2年で大規模な開発によって農業生産が行われているが、その半分ほどはテンサイによる砂糖生産である。
さらに、日本は工業については国際分業を行っていたために、海外の工場が消えることによって生産できないものが数多く生じてしまった。技術そのものは持っているので、工場を作ることはできる。
しかし、国内の場合には土地を確保して工場を作るのは簡単ではないことから、農場開発を合わせて、アイヌの人々と話をつければよい北海道に数多くの工場が超特急で建設された。結果的に、農場、及び水産基地の建設と合わせて、北海道には多くの雇用の場が設けられることになり、アイヌの人々も十分な雇用を得られることになった。
豪州については、農業の中心として、メルボルンの地に建設された南豪市、石炭採取のためにケアンズの周辺に建設された東豪市、北部鉄鉱山地帯の海岸に建設された北豪市が現在開発されている主な都市である。南豪市は海洋性気候ということで過ごし易いこともあって最も大きな都市であり、豪州国立大学が設置された。ちなみに、豪州は3年をめどに独立国化する予定になっている。
アメリカ共和国は、現状のところ西海岸を中心に開発が進んでいるが、全土のネイティブと接触して、国民の一員として取り込みつつある。最新の集計でアメリカ合衆国の国籍を持ったものが21万人、日本・日系人が32万人、ネイティブが160万人である。すでに国籍を切り替えた日系人が半分で、残りの大部分も国籍を切り変えることを了承している。
現状のところ将来の超大国になると目されているのは、その領土の広さと資源の豊かさからアメリカ共和国か、近く建国される予定の豪州国である。一方で、この時間線ではカナダが建国される必然性はないので、独自の開発が始まっているメキシコの部分を除いて、北アメリカ大陸の大部分がアメリカ共和国になるだろう。
その意味でアメリカ共和国が、将来世界一のスーパーパワーになる可能性が高いと考えられている。だが、無制限に日本人を受け入れようとしている豪州に比べ、アメリカ共和国は旧アメリカ人の優越性を保つために日本人の移民を制限し始めている。
前の歴史では、アメリカの国民は欧州から大量に移民としてやってきたのであるが、それはこの時間線では見込みが薄い。この理由は、欧州では日本から帰国した人々の努力と、世界開発銀行(WDB: World Development Bank)からの融資で農業改革を含む開発が進み、現在好景気に沸いている。だから、なにもアメリカ大陸へ移住する必然性がないのだ。
つまり、前の歴史の欧州からの移民は貧しさからの脱出であったが、21世紀の技術がありかつ適切な資金があれば、欧州の土地と資源は十分にその人口を豊かにできるのだ。だから、アメリカ共和国の将来は最大の人口であるネイティブの活用にかかっていると言って良いだろう。
更に、日本からの移民は当然において21世紀の教育を受けた者達であり、実務経験のある者も数多い。その点では全く近代技術の素養のないネイティブの人々とは全く意味合いが異なる。
広大な北アメリカ大陸を3百万人に満たない人々で開発するとなると、西海岸の一部をひっかくくらいが精いっぱいであろう。その意味で、近いうちに日本人に対して門戸を開く以外になかろうと言うのが、日本政府の読みである。
再び沢渡家の茶の間である。母の佐紀が2人の子に問う。
「あなた達は、南豪市には2回行ったでしょう、印象はどうだった?」
「うん、とにかく広いね。一回目に行ったのは10ヵ月前か。中心部はもう道路も建物もできていたけど、少し外れると出来かけの建物が多いかったよね。でもあの時は向こうの秋で気候はよかったね。
1カ月前に行った時は、街は比べ物にならないくらいに出来ていたな。全部の建物が真新しいものね。でも、街にあまり遊ぶところはないそうだから、僕達は運動したりとか健全な遊びをすることになるだろうね。でもいいんじゃないかな。街は綺麗だし、広大な豪州だから将来性もあるし……。日本とも飛行機で11時間と遠いけど寝て起きたら現地だもんね」
翔がまず答えて、次いでゆかりが言う。
「私も気に入ったな。なにより気候もいいし広いよね。全土フロンティアだらけだもんね。飛行場もあるから、日本に帰ろうと思えばさほど苦労無しに帰れるからね。それにお父さんと一緒に住めるでしょう。家の中は見られなかったけれど、家の周辺は気に入ったしね」
彼らは、南豪空港が開港した直後に一度父のもとを訪れ、さらに、学校の下見も兼ねて1カ月前に再度訪問したのだ。それぞれの訪問では、父の宿舎の父の部屋と、別に一室を空けてもらって泊まっている。父の会社では南豪市と農場地帯にそれぞれ宿舎があって、仕事の都合でいずれかに泊まるので部屋には余裕があるのだ。
2回目の訪問では、ゆかりと翔は彼らが通う予定の大学と高校を訪れている。これらの学校は、4月に開校するが、すでに建物は出来ているのだ。ところで、入試は筆記も面接も日本からリモート形式で済ませている。
さらに、彼らが住む家については、まだ仕上げ中であって中には入れなかったが、外から見ている。これは、市の中心部から5㎞ほど離れた住宅地の木造の3LDKの一戸建てであるが、人口はまだ15万ほどの南豪市では市のはずれだが、10年後に目指す50万都市では市の中心部に近くなる便利なところだ。
住宅も時震後の最初の1年に作られたものは、ほぼすべてがプレキャストコンクリート製であったが、現在では木材の伐採、乾燥、製材、加工組み立てのプラントが完成して、電線や水道管などの組み込んだ大ブロックを工場で製造して、現地でクレーンを使って組み立てる方式で3ヶ月足らずで1戸を完成することができる。
値段はどちらも同じ程度であるが、主として佐紀の意見で温かみのある木造になったのだ。もっとも外装にはセメント系の樹脂板が張られているので、見かけにあまり差はない。また土地については面積をケチる必要はないが、草抜きなどの手間から、各戸200㎡〜400㎡となっている。
沢渡家は庭の手入れの手間を考えて300㎡の土地を選んで、建坪は140㎡の2階建てである。それほど広くはないが、現在はマンション住まいで全85㎡なので、彼らにとっては十分なスペースは取れている。
なお、価格は2千5百万円であるが、全額国が関与する低金利の融資が得られ、さらに500万円の補助金が得られる。ただ、沢渡家は補助金を受け取ったが、自己資金も出して融資は1千万円に留めている。
翌日夕刻、沢渡一家は羽田空港に着いて、あらかじめ送っていた大型のバッグと段ボール箱を受け取って飛行機に乗り込む。カウンターに並ぶと、同じように大型のバッグを持った家族が長い列を作っており、座席も満杯であった。羽田を飛び立ったのは20時で南豪空港に到着したのは5時半であったが、バッグ取り上げてそれを持ってゲートを出たのは6時を過ぎていた。
なお、豪州は今のところ日本の内国扱いであるために、パスポートコントロールはないが、ゲートでマイナンバーカードをかざす必要がある。ちなみに、時震を機にマイナンバーカードを持つことは義務となり、現在では100%の日本人が持っていることになっている。
ゲートから出ると、ほんの1ヵ月ぶりだが、父の慎吾が待っていて、ニコニコ笑って手を振っている。
「おお、やって来たか。疲れたろう」
「ふぁあー、眠いよ。やっぱり飛行機では寝にくいわ」
エコノミーの狭い席では寝にくかったゆかりが。手を挙げてあくびしながら言うが、佐紀と翔はのんびりした性格もあってそれほど疲れはない。
「ううん、僕はそうでもない。けっこう寝れたよ。ま、一晩だしね」
翔の言葉に母の佐紀が続いて言う。
「慎吾さん、有難う。まあまあ、ゆかりも疲れたなら早く家に行って休みましょう」
慎吾の乗ってきた車は、3人のバッグを載せられるように会社のワンボックスカーであり、バッグを乗せてさらに4人がゆったり座れる。飛行場は市内から15㎞ほどの南豪湾沿いにあり、現状では殆どラッシュがないので市内まで20分であり、彼らの新居迄25分である。
「慎吾さん、新しい家には何時から住んでいるの?」道中、佐紀が夫に話しかける。
「昨晩からだよ。なにせ、宿舎には食堂があるからね。ちょっと自炊をする気にはならなかったからな」それから慎吾は、後部座席の子供たちに向けて言う。
「あらかじめ船便で送った荷物は、2日後に着くらしいよ。入学式は高校が4月の5日で、大学が10日だよね。だから、まだ学校が始まっていないから、受取は問題ないよね?」
「うん、僕のものは自転車以外はたいしてないけどね。でも今度僕の部屋の広さは倍くらいになるからうれしいな。僕は学校までは自転車でいいのかな?」翔が聞くのに慎吾が答える。
「ああ、南豪市は大体平坦だから、近場だったら自転車が一番早いだろう。地下鉄は作っているけど、まだ部分開通までも1年はかかるからね。第2南豪高校までは距離は3㎞位だから20分もあれば着くだろう。南豪市は、サイクリング道路もしっかりあるから危なくはないぞ。
それから、さつきの場合の大学は正門までは5㎞だけど、中で更に1㎞あるから6kmだな。2年後には地下鉄ができて便利になるけど、今のところバスもないしやっぱり自転車だな」
「大丈夫よ、平坦な道で6kmだったら30分よ。ところで、商店街まではどんなものなの?」
ゆかりの質問に慎吾が答える。
「ああ、俺たちの住所の近くに大型スーパーが出来た。これは家から1㎞もないくらいだ。コンビニは300m位のところにできたよ。商店街は中心街の近くにあるけど、家からは5㎞強あるな。この商店街は大学と家から反対になるから大学から直接行くと遠いな。高校からは近いけどね」
「今度の荷物に車もあるけど、普段は車を使うより自転車の方が便利そうね。よほど荷物があれば別だけど。自転車は今のところ、ゆかりと翔のものはあるけど、私は持ってないから買わなくちゃね」
佐紀が言う間に彼らの家に到着した。両側に歩道のついた道路に面して、フェンスの囲まれたガレージと広い庭があってその奥に2階建てのこじんまりした家が建っている。秋の日差しを浴びた壁がベージュのその家は、玄関わきに庭に面した大きな掃き出し窓があって、全体に窓の多い家である。
庭は、まだ何も植わっておらず砂利のみが敷かれた殺風景なものだが、門から6mほどの石畳を踏んで、子供たちは喜んで家に駆けこんでいく。
「わあー、広い。明るい!」翔の無邪気な声が響く。
別の連載をよかったら読んで下さい。
https://ncode.syosetu.com/n9801gh/
作者のモチベーションアップのためにブックマーク、評価をお願いします




