2022年4月、大阪・京周辺
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石山城塞にて
石山城塞には、入口が2つある。城塞は概ね1㎞四方であり、周囲は高さ2.5mの有刺鉄線のフェンスに囲まれている。その外周を幅10mの道路が巡っており、さらに幅が300m〜500mの畑に囲まれている。
入口は海側と陸側にあり、どちらもメインゲートの体裁を取っている。いずれも主ゲートが幅4mあるが、陸側には2つ、海側には1つ歩行者用のゲートが付設されている。陸側には24時間の歩哨がついているが、海側は夜間の8時間は閉鎖される
フェンスの内側に沿って幅2mの道路があって、ロボット哨兵が1時間置きに巡って監視をしている。さらに、100m置きにフェンスに沿ってポール上にカメラがついていてAIで監視しており、異常があればロボット哨兵とドローンが急行するようになっている。
歩行者用ゲートは、一般の人々も入れるようになっており、哨兵は入口で検査はするが、特段威圧的ではない。ただ、ベースの身分証を持っているもの、または招待状のある物以外については、刀や槍、こん棒といった武器になるものはゲートで預かり、引換タグを渡し退場時に返すようになっている。
一般の人が入場するのは、殆どは陸側の万物市場に行くための専用ゲートである。
そこを出入りする、この時代の一般の人々の服装は貧しく、流石に裸足は少ないが、多くは草臥れた草履をはいている程度である。しかし、最近では随分人々の服装もましになってきており、多くは量産品のシャツやズボンまたはジャージの上下を身につけており、半数ほどはスニーカーを履いている。
これは地元産の服に比べ、機械で大量生産される服は圧倒的に安いからであり、下着も男はブリーフとTシャツ、女はパンティにTシャツが標準になっている。女のブラジャーは少し値が張ることもあって、まだ着けているのは、2〜3割にしか過ぎないという調査結果だが、これは栄養状態が悪いこの時代の女性の胸のふくらみはまだ小さく、必要がないと思う人が多いせいもある。
市場に行くためベースに入場する際に哨兵が困るのは、極端に汚く異臭を放つ人であるが、2ヶ月ほどの経験の後に、入口にシャワー室が併設された。哨兵が異臭を感じ必要と判断されたものは、ゲートの横に通されシャワーを浴びて貸着を着させるのだ。
そこには男女別に世話役がいて、服を脱がせて、洗い方を教えてシャワーを浴びさせ、貸着を与え服は洗濯機で洗う。大抵の者は、こする程度では綺麗になるほど生易しくはない汚れ方ではあるが、石鹸を使ってナイロンたわしでこすらせ、貸着であるジャージの簡易版を着させれば臭いは概ね消える。
平太は、30里ほどの道を歩いて有名になった石山城塞にやって来た。万物市場に入るには金を持っていなくてはならない。だが、山間の村に住んでいた平太は、無論紙の金である日本円は持っておらず、数年かけて貯めた砂金を大事に持ってきた。
入口で、皮袋に入れたそれを見せると、哨兵は驚きもせず頷いて、持っていた山刀を取り上げ何やら書いた白い札を渡して言う。
「帰る時にこれを出せば、返すからな」
それから、哨兵は顔をしかめてさらに言う。
「君ね、シャワーで体を洗ってほしい。市場の人が迷惑するかれね。そのままでは中に入れられない」
さらに、人を呼ぶ。
「おーい。城田さん、頼むよ」
平太はその中年の男に連れられて、脇にある小屋に連れていかれる。そこで、砂金の袋は鍵のかかる棚にしまって、服を脱がされてシャワーの下に連れて行かれてそれを浴びる。吹き出してくる液体に身構えたが、その浴びているものが湯であることに気づき気持ちが良いと思った。
しかしシャワーは唐突に止まり、さっきの城田が近づいて来て、持ってきた白い固まりを見せて、布みたいなものにこすりつけると泡立つ。
「これは石鹸と言って、泡立ててこすりつけると汚れが綺麗になるんだ。お前さんの特に首回りとか顔それに、髪をちゃんと洗えな。こうやってな」
その布で体をこする真似をして、また頭をこする真似もする。
そして城田が去っていくとまた、シャワーが噴き出す。石鹸というのはいい臭いがして、それで体をこするのは気持ちがいい。平太は体の隅々をこすり上げて、体にこびりついたもの(垢というが)を剥ぎとった。髪についても徹底的にもしゃもしゃ洗ったら、ごわごわに固まっていた髪に指を通せるようになった。
心ゆくまで洗って外に行くと、城田のおっさんが入って来て、棚に置いてあるものを指す。
「それを貸すから、買い物はそれを着てしてくれな」
「俺の服は?」
確かに着て来た汚れた服は着たくはないが平太のものだ。
「おお、洗濯機で洗ったぞ」
「洗った?」
「ああ、汚い、汚い。2回洗ったぞ。外に干してあるから見ろよ。乾くまで時間がかかるから。市場で何か着るものを買えよ」
平太はそれを聞いて、とりあえずパンツ無しでジャージを着て、干してある自分の服を確認して城田としばらく話をした。
城田は42歳、百姓あがりで、ある領で雑兵みたいなことをやっていたが、住んでいた領が石山城塞の配下に入ったことで、ここで職を得ているということだ。城田という姓も言われて自分でつけたと言う。
「まあ、住むのと食うには困らんしな。こんな制服もくれるし、仕事も危なくはないし、きつくもない。雑兵でいつ死ぬか判らんよりはずっとましだと思うぞ」
城田はそう言って、平太を見る。
「お前は20歳か。まず若いからいいよな。猟師のようなことをしていたというが、砂金を持ってここに来るくらいの才覚はあるわけだ。ここで暮らすにはどうしても字の読み書きと、算術は最低要る。だから、勉強させられるぞ。俺は学び始めてまだ3ヶ月だし、年だから苦労はしているが、お前は若いから俺ほど苦労すまい。
いいか、これからは、大名やら領主様はなくなるぞ。無くなって皆ここや、あちこちでやっているように、大きな農場とその管理の建物、それから市場、工場なんかが出来る。
そこで、米の他、いろんな作物を作ったり、家畜を飼うなんかもするし、市場や工場で働いたりするわけだ。俺やお前もそうだが、大抵はそう言う所に雇われて、給料というお金をもらって暮らすようになる。まあ、一人で稼ぐ商売もあるらしいがな。そんな商売を大きくして御大尽になる場合もあるらしい。
俺も、ここで雇われて半端な仕事をしているが、ここで女が出来てな。相手は、やっぱりここの工場で働いている女で寡婦よ。所帯を持つ約束をしていて、間もなく夫婦で住む部屋も割り当ててもらえることになっている。
さっきも言ったように、俺は百姓崩れの雑兵でな。女は淫売を買うくらいしか縁がなかったが、所帯を持てるとは思っていなかったよ。お前もいつまでも半端なことをせんで、ここに居付いたらどうだ?」
「ええ!俺がここで住むことができるのか?」
「ああ、お尋ね者は駄目だが、その気のあるやつだと大丈夫だ。俺が雇われている位だからな」
平太はそのような話を聞いて、大いに気持ちがぐらついたが、まずは予定通り買い物をしようと思った。
砂金の袋を、市場の手前の換金窓口で出す。窓口のおばちゃんが、袋から黄金に輝く粒を少し出して確認し、中身を全て機械にかけて指示盤を見て笑いかける。
「うん、純金だね。1.02kgあるね。凄いな、よく集めたねえ」
「あ、ああ。金になるかな?」
「なるどころか、大金だね。えーと。512万5千円だ。うんといろんなものを買えるよ。だけど、こんな金を持っていることを知られたらちょっと危ないよ。10万円以上あったら銀行に口座を持てるから、預けなよ」
平太は迷った。持っていた砂金は、家が買えるほどに値打ちがあることは承知していたが、住んでいるぼろ屋はあったので、家は買う気はなく、他にも買うものも思いつかなかったのだ。
しかし、万物市場を見て回って気が変わった。それほどの多種の商品を見たことがなかった。そこには多量の買ってみたいと思うものばかりであったが、その値段を見て、500万円以上の金が如何に値打ちがあるかを認識した。
そして、その値打ちはこのような品々を買える環境にあってのことであると思った。彼はその日に石山城塞への入居申し込みをして受け入れられた。ベース側としても、入って来る者が金を持っている方が、金欲しさの無理な行為がなく望ましいのだ。
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菅領 細川勝元の決断
菅領の細川勝元は、無表情を装っているが、内心は苦り切っていた。広間には、武将たちが50人ほども集まって気勢をあげているが、こいつらには頭はないのかと思ってしまう。
「日本国、許さじ。あいつらの横暴を許すな!」
「まず石山城塞に火をかけてやりましょうぞ!」
「この際は京の街、皇居に火をかけましょうぞ!」
彼の前で、そのように騒いでいる大名、国人領主たちは、ジリ貧になっている自分たちの立場にたまらなくなったのだ。だから、菅領である自分のところに押しかけて来たのだが、自分がはかばかしい態度を示さないので苛立っている。
確かに我らは追い詰められている。すでに、自分達の味方と思っていた半数以上の国人領主は日本国に領を差し出している。そのようにした領主と彼らの家来たちは、少なからぬ日本円を与えられる。当初は銀を交えて貰っていたようだが、あちこちに市場が出来て、日本円が使えることが判ると皆日本円を欲しがるようになった。
そして、その領では直ちに大規模な工事が始まる。農地は整地され、水路ができ、領の中心には大きな建物や工場ができる。当面は農作業が出来ないが、人々の働き口は十分あり、その働きに応じて金が払われ、その金をつかって市場で買い物ができる。
そうやって領を譲った領主とその家来たちは、領内または外の何らかの職について、余裕を持って暮らしているように見える。さらに彼らの中には車やバイクを買って乗り回すもの出てくる。少なくとも、領を守るために神経をすり減らし、さらには戦にでて命を懸ける必要はない。
ただ、そこには領民に平伏されることはない。日本国のことはすでに様々に知られているが、『四民平等』という建前については特に強調されている。人が社会を作る以上、平等ということはない。人の能力に差がある以上はやむを得ない事である。
しかし、日本では階級はなく人としては平等であるということで、すべからく貧しくなることも豊かになることもできるということだ。15世紀においては、まだ封建制度は固まってはないが、上級の武士階級には農民より階級として上であるという意識は強くなっている。
ヨーロッパなどでの貴族階級は、日本では公卿であるが、彼らは武家に圧迫されてすでに豊かな生活は失われていたために、日本のこの『四民平等』はそれほど大きな反発はなかった。いや正確に言えば、反発はあったのだが、日本政府の宮内庁関係の公務員になったことで、生活が一挙に楽になったために納得したということだ。
だから、細川勝元のところに押しかけている大名や領主は、『百姓と一緒にされてたまるか!』と思っている連中である。彼らの本質は“喧嘩が強い”知恵者であるということなのだが。
彼らは、進んでいる日本国による支配を覆そうと様々な試みをしてきた。多かったのは多数建設されたや作業基地や城塞への攻撃、さらにあちこちで進んでいる領地の近代化建設部隊への攻撃である。しかし、これらは収音器、カメラ、人間の警戒部隊、ロボット歩哨、ドローンによる哨戒機などにより必ず事前に把握されて撃退されている。
なにより、彼らには投射攻撃の手段が弓程度しかないのに加え、移動手段が徒歩か馬車もない騎馬のみであったのが、攻撃の柔軟性を欠く大きな要因になった。対して、相手は損害が大きい戦車砲や無反動砲などの爆裂兵器は使ってはこないが、小銃、催涙弾、煙幕弾が駆使され、さらには装甲車、戦車、戦闘ヘリ、ドローンなども組み合わせて威嚇してくる。
轟音を立てて、50トンもある鉄の塊が時速50kmを超える速度で迫り、上空を鉄の巨大な鳥が舞うと騎馬であろうと、将と兵と問わず逃げ散るしか対処のしようがなかった。伊達家の2万の軍勢が蹴散らされたのはその一例であったが、他に山内家も同じような目にあっている。だから、すでに軍勢で自衛隊に迫ることは自殺行為であることは、武将たちも承知している。
また、それらの戦いでは自衛隊側は軍勢をめがけては発砲していないので、彼らが本気で無かったことはあきらかであった。結果として、馬や人に踏まれて死んだ者はいたが、動員した数に比べ犠牲者は僅かである。さらに、彼らが本気になっていれば、大将のいる本陣を攻撃することは容易であることも承知している。
「各々方、ご不満はよく解る。この、佐伯正三郎も同じ気持ちである。何とか、威をはる日本の奴バラに一泡を吹かせたいと、日夜儂も考えておる。こうやって殿の御前に各々方が来たということは、妙案があってのことと存ずる。それ、白木甚助殿、その妙案をお聞かせ願いたい。それ、お立ちになって是非に」
勝元にとっては家老の立場の佐伯が、皆のがやがや言う中で声を張り上げると、当てられた白木は慌てる。
「い、いや。妙案と申しても……。うむ、これは一軍にて彼らの“道路”を塞ぎ、彼らの通行を妨げるのはいかがかな。あのように立派な道路は1本しかござらん。さぞかし、奴らも困り果てるじゃろう」
「なるほど、奴らは困るでしょうな。して、一軍と申されたが、日本国自衛隊と称する軍を跳ね返すには、どのような軍を送ればよろしいかな?」
「そ、それは……」
「悲しいかな。彼我の武器の差が大きすぎますな。方々も見られたような武器が使われたら、我々はどれだけの軍を催しても勝てる術はござらん。今までの小競り合いで、死者が少ないのは単に彼らが人を殺したくないからであろう」
そのように言う佐伯の言葉に別の武将が反問する。
「なぜであろうか。なぜ日本は敵をも殺すのを嫌がるのだろうか?」
「それは、余が石山城塞の防衛司令官から前に聞いた。彼が言うには『同じ日本人だからですよ』ということじゃ。つまり、今地球という我々が住むこの星には、70億人の人が住んでいるという。その中で日本人は、彼らが元人という我らを入れても、僅かに1700万人だと言う。そのように、全体の中では少ない同じ日本という国に住む人を殺したくないということじゃ」
勝元は広間の武将たちを眺めて言い、さらに言葉を続ける。
「余も考えた。考え抜いた。今から申すのはその結論じゃ。
我らには日本国自衛隊に勝てる力はない。彼らの兵力は3万足らずというから、全国の武将の兵を合わせれば兵の数は1/10〜1/20じゃ。しかし、彼らの武器を考えればその力は100倍を超えよう。
そして、我らの領から石山城塞に入ったものは全てその生活に満足しているという。食べ物、住むところ、着物全てにおいて我らの今の生活よりずっと良いというぞ。百姓については、彼らの政府の年貢は精々1割程度と言うから、どちらを選ぶかは聞くまでもない。
しかも、わが領のみならず九州、関東、陸奥、蝦夷に至るまですべてのところで巨大な工事をして、人を雇ってすべてに金を払っておる。その富裕さは、焼けて荒れ果てた京も復旧できなかった我らに全く真似ができぬ。………余は菅領を降りて、日本に余の支配する領の裁量を任せようと思っている」
「「「「何と、そんな馬鹿な」」」」
武将たちはどよめくが、勝元に反論する言葉はでない。
「各々方は、それぞれにお考えなされ。殿は決心されたのじゃ」
佐伯の言葉で、武将たちはうな垂れて帰って行った。
新たな連載を始めました。すこしはっちゃけたものだと思います。よかったら読んで下さい。
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