1492年8月、テレビクルー欧州に突撃!
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スペインに居る在日スペイン大使、アドラ・パブロ・フランコは怒っていた。日本のテレビ局が合同で送り込んできたクルーの傍若無人ぶりにである。彼らは、積載量1万2千トンの貨物船に50ftのプレジャーボートを3隻と陸揚げ用の車両運搬ボートを乗せてきている。彼らは真っ先にパロス港にやってきて、なんと出航の準備に大わらわのコロンブスに突撃取材をしたのだ。
彼らが、コロンブスに近づけたのは、コロンブスの新大陸発見が確実という話をして歓心を買ってかららしい。コロンブスも、両陛下以下の国の重鎮を口説いて、インドを目指して西回りで出航する援助を得てはいるが、100%の自信があるわけではないだろう。それが、未来から来たという連中が、西回りで確実に陸にたどり着けると言えば、飛びつくに決まっている。
どうも、あの連中はそうやって、根掘り葉掘りコロンブスのこと、そして彼の経歴や考えを聞きだしたらしい。確かにコロンブスと言えば、その偉業の後においては超スーパースターだから、その単独インタビューは素晴らしいニュースバリューがあるだろう。
しかも、あの有名なキャラベル船のニーニャ号とピンタ号、ナオ船のサンタ・マリア号の3隻の船とその乗組員数が揃っているので、彼らが船出したパロス港で取材し放題だ。大体、3隻の乗組み員の数も諸説あるのだから、その確実な数だってスクープだ。
日本のテレビ局が、連合で政府を口説き落として、さらに自分達で船を仕立てて、遥々やって来るのもよく解る。もちろん彼らの狙いはコロンブスのみではない。カトリック王国スペインのカトリック両王であるイサベル女王とフェルナンド王の両陛下も、アラブの流れのグラナダ王国を滅ぼしてスペイン王国を打ち立てたという、歴史的にはなかなかの有名人である。
佐藤という男に率いられたテレビクルーは当然両陛下にインタビューを申し込んで成功している。
このインタビューについては私も相談に乗っているが、両王陛下は後世の者達から何かと誤解されている面もあるので、インタビューでその人となりを知らしめるのも良いのではないかと思う。
しかし、いずれにせよ両陛下は応じるつもりだった。専門のテレビクルーに自分の姿と言葉を撮影されて、それを後で見ることができるというのは、なかなか拒絶するのは難しい。そして、両陛下共に少なくとも奥ゆかしい方達ではない。
しかしながら、佐藤以下のコロンブスへの取材はいささか残酷なものであった。彼らは、コロンブスを偉大な航海者と持ち上げておいて近づき、両陛下からの船出の禁止通知の書状を、使者から受け取る様子をも映写しているのだ。
41歳の彼が、成人以来殆ど一生をかけて打ち込んできたインドへの航海が禁止されたのだ。見ていた者から聞いた話だと、彼はその場で膝から崩れ落ち号泣したらしい。
その通達書はそっけないもので、延期ではなく『禁止』であって、スペイン王国としてコロンブスが指揮を取る形での西に向けての出航は許さないという、イサベル女王陛下署名のものであった。さらには、宰相から彼が乗る予定だった3船の船長への、コロンブス指揮での出航は許さないという命令も同時に届いている。
元々、3船の船長と乗組み員共に西回りの船出などしたくはなく、両王の命令ということと、普通の2倍の給金でしぶしぶ行く気になっていたものだ。だから、その時点で、コロンブスがどう動こうと西廻り航路への船出はあり得なくなったのだ。
それから、佐藤は、コロンブスが落ち着くのを見て、彼の新大陸の彼の振る舞い、さらにその後世の評価を含めて歴史の全貌を教えたと自分で言っていた。
「何と言っても、コロンボス氏は偉大な航海者です。彼は、人々が海からこぼれてしまうという迷信を信じている時に、地球が丸いということを確信して、新大陸への航路を見つけたのですから。その点で彼を大いに讃えました。
そして、後世に彼を非難する人々が、現地に着いてからの彼の現地の人々に対する振る舞いを攻撃していること、そしてその攻撃の具体的内容を教えました。そして、それが女王陛下の航海を禁止した理由になるとも」
そう言う佐藤に私は反論した。
「しかし、それは彼にとっては残酷なことであったと思う。さらに、彼にとっては自分の行為がなぜそのように非難されなければならないか、理解できんと思うがな。それに、貴殿は彼が陛下の出航禁止の通達を受け取る瞬間を待ち構えて撮影しただろう?
確かに彼の新大陸発見後の振る舞いは、我々の常識では恥ずべきこのであったが、それでも地動説を承知の上で、西回りの航海で大陸を見つけたという大きな功績はある。だから、君のやったことは、人として許されることではないと私は思うぞ」
私の非難に佐藤もいささか慌てていたな。
「い、いや。だけど、偉大な彼の姿はできるだけ撮っておこうという我々の努力の表れですよ。それに、元々我々が500年の時を超えて現れた時点で、新大陸発見は当たりまえのことであったのです。その意味で、実際に現地に行こうが行くまいが、西回りの航海で別の大陸に着けると主張した彼の偉大さには違いはないですよね。だから、日本列島がこの世界に現れた時点で、むしろ彼は実際に新大陸に行かない方がよかったのです、と主張しまして彼も大体納得してくれたと思いますよ」
「うむ、君のいうことにも一理はあるな。しかし、彼が泣き崩れたシーンは公開してほしくないな」
「う、うーむ。そ、そうですね。確かに、そう放映はしないように、ど、努力しますよ」
「いや、努力じゃ困る。ジェノバ人ではあるが、彼は偉大なる航海者だ。約束してくれ」
「ああー。判りました。約束しますよ。そのシーンは決して放映しません」
まあ、そのように約束させたが、佐藤の悪辣さには腹が立つ。両陛下のインタビューにはしっかり釘を刺しておかなくちゃ。
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ローマにおいて、在日イタリア大使フェルナンド・ドッティは複雑な気持ちであった。12人の日本の美術関係者と3人の護衛が来たのに少し時間を置いて、15人のテレビクルーがスペインを取材後にローマにやって来たのだ。別に彼らが悪さのしたわけではない。
しかし、前者の連中はローマ、フェレンツエを巡って軒並み壁画や天井画、それに彫刻などを調べて廻っており、それからレオナルド・ダ・ビンチとミケランジェロに付きまとっている。
たしかに、1492年というこの時代、ルネサンスの最盛期の前夜であり、その最高傑作の絵画・彫刻が世に現れるのは、まさにこの時期からその20〜30年以内である。その作者はレオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ジェルジェーネと、ルネサンスの代名詞になっている天才がこのイタリアに同時期においてひしめいているのだ。
しかし、40歳のレオナルド・ダ・ビンチはともかく、17歳のミケランジェロ、15歳のジェルジェーネにラファエロに至っては9歳である。有名な作品のうちでも、すでに完成しているのはレオナルド・ダ・ビンチの岩窟の聖女位のもので、有名な作品のほとんどはこれから描かれ、作られるのだ。
だから、ドッティ大使は最初の連中が来た時、きつく言い渡したものだ。
「絶対に、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ジェルジェーネに接触しないでください。あなた方が接触した結果、人類の宝というべき作品群が現れなかったらどうするんですか?」
「確かに、10代またそれ以下の未来の巨匠に接触することは危険かもしれません。けれど、レオナルド・ダ・ビンチはもう40歳で大人ですよね。だから、多少接触したくらいで作風が変わったりということはないでしょうに?」
学者グループのリーダーである竹内名誉教授が言うが、私が言い返す。
「ご存知のようにダ・ビンチは大変に気が多い人です。そして、彼は好奇心が強く、特に科学に関心が強いことは確かのようです。もし彼が500年後の進んだ科学のことを知ったら、絵画・彫刻などはもう手を付けないかもしれません。あなたは、人類に対してその責任を取れるのですか?」
竹内教授は一瞬怯んだが、反論してくる。
「すでに、あなた達が来て教皇を変えたことで歴史を変えたのです。そして、あなた方はすでに人々に500年後の世界から、日本列島とそれに乗っていた人々が転移してきたということを公開しました。だから、我々がレオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ジェルジェーネといった人々に接触しようがしまいが、彼らのこれらら生み出す作品はその影響を受けます。
それに彼らは、人類に現れた人々の内でも傑出した天才であることは間違いありません。だから、むしろ我々は彼らの業績を彼らに伝え、その制作の環境を整えてより優れた作品を生み出すことを促した方が、よりあなたの言う人類のためになると思いますよ」
そう言われて今度は私が怯んだ。確かに彼の言うことに一理も二理もある。ニュースの伝達が遅いこの時代と言えども、すでに公表したことを彼らが知るのも時間の問題だ。そして、高い知性を備えた彼らが、それをよく深く知ろうとするのも当然であり、その中で彼ら自身の業績を知るのも我々が隠さない限りは時間の問題だろう。
そこに、グループの女性キュレーターである、麻木女史が私に向かって言う。
「考えてみてください。21世紀にあったこの時期の芸術家がこれから生み出す作品は、すでに失われました。でも、それを生み出した本人が今現在生み出した年齢より若い状態でいるのですよ。そして、我々は彼らが作った作品の少なくも写真とデータを持っています。
だから、彼らがそれを復元することは間違いなく可能でしょうし、それらを本人が模写するならそれは偽物とは言えませんよね。つまり私が言いたいのは、彼らは自分が生涯をかけて生みだした作品を出発点にできるのです。
私は信じています。彼らは、それらを出発点にそれ以上の作品を生み出しますよ。私は楽しみでなりません。人類最高の天才たちがどのような作品を今後生みすか」
夢見るように言う彼女に続いて、今度はわがイタリアチームから財政担当のピサロ・マニャールが言う。
「彼女の言う通りです。最低限、彼らには資料に残っている作品の製作をお願いしましょう。それは彼らにとって容易なはずですし、それらは確かに『本物』なのです。それらの作品の延長に、彼らはまた違うより優れた作品を生み出すと思いますよ。
そして、彼らに最高の製作の環境を整えましょう。例えば、ミケランジェロは、ちょうど今フェレンツェのメジチ家の庇護を失って実家に帰り苦労しています。それに、年若いラファエロやジェルジェーネなどにとっては、絵を描く道具を十分に用意することも容易ではないと思います。
また、絵画については、それほど製作時間は変わらないかもしれませんが、ミケランジェロの得意とする彫刻に関しては、21世紀の様々な機器を使えば、製作時間を大幅に短縮できます。だから彼の生涯に作り上げた何倍もの数の作品を作ることは十分期待できます。
さらに加えて言えば、衛生状態が良いとは言えないこの時代に、最高の医療環境を整えることも可能ですよね。ジェルジェーネなどは37歳で亡くなっています。ミケランジェロは長生きされましたが、ダ・ビンチ、ラファエロなどはもっと長生きしてもらえますよ。そして」
マニャールは一旦言葉を切って、皆を見渡し続ける。
「彼らは、まれにみる天才です。そして、こういうと何ですが、わがイタリアの至宝で、財産です。そして、この時期に世界史に輝く天才が複数生まれているということは、似たような埋もれた天才がもっといる可能性は十分あります。
つまり、私の言いたいのは、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ジェルジェーネといったすでに歴史の中でその才能が証明されている人々を十分能力を発揮できる環境を整えます。そして、それを取り巻く形で新たな才能を見出すシステムを整えます。
そうすれば、ルネッサンス美術、またその発展型の美術がこのイタリアに花開くでしょう。それはわがイタリアにとって大きな財産になっていきます。
この時期イタリアは確かにこのヨーロッパにおいて、比較的豊かで、さらに文化において突出しています。それは、これらの天才たちとその前に時代の人々が生み出した、また生み出す芸術によって、さらには東ローマ帝国のコンスタンティノープルの陥落から逃れて来られた多くの学者による学問のお陰もあってのことです。
一方で、今後21世紀型の文明の発達を目指すためには、周辺のフランス、スペイン、イギリス等に比べて鉄・石炭などの地下資源という意味ではわがイタリアは聊か不利です。
しかし、日本が開発しつつある世界の資源流通網に乗れば、この欧州の地下資源は大きな問題にはならないでしょう。それよりは、文化力の高いということは優れた人材がいるということですから、この欧州において先頭を切って、発展していけると思いますよ。また、その象徴が歴史に輝くほどの天才たちによる美術になるでしょう」
私はマニャールの話を聞いて聊か驚いた。彼が優秀だとは思っていたが、そのように大きな目で物事を見ているとは思っていなかった。そして、その議論を受けて、幼いと言って良いラファエロへの取材は厳しく制限したが、他の3人に関するインタビュー取材は本人が了解すれば可ということで、佐藤が率いるテレビクルーの取材を許した。
その結果の日本語・イタリア語で作れられたドキュメンタリー番組は、私も見たが素晴らしいものであった。とりわけ、レオナルド・ダ・ビンチはその取材の中で大いに21世紀文明に興味を持ち、帰国するテレビ・クルーに同行して日本に行ってしまった。
世界史に残る万能の天才は、その後1年間日本に残ってあちこちを動き回り、日本の人々にも受入られて、毎日のごとく茶の間を賑わした。彼は、イタリアに帰ってからは記録に残る自分の作品を、1年強の短期間でサッサと作り上げた。
その後は、全く作風を変えた絵画と彫刻を作っていく傍ら、まもなく統一されたイタリアの科学技術省の顧問に就任してイタリアの産業革命を主導した一人になった。それは、まさに万能の天才の面目躍如たるものがあった。




