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2021年6月、陸奥の国多賀野城付近(塩竈市)

読んで頂いてありがとうございます。

 千代は、ほこりを舞い上げながら、ゴーという音を立てて走り去っていく巨大なものを、耕していた畑に立って見ていた。白地に赤の丸の小さな旗を掲げた、そのトラックというものは、村で使っている荷車の何倍も何倍も大きい。それにどれほどの物が積めるだろうか、千代には見当もつかない。


 そのトラックの前には透き通った窓があって、人が3人乗っているのが見える。日本の人という、その人たちは、6月の暑い日の合わせて腕を出した同じ形の草色の服を着ており、それは小さな丸いもの(ボタン)で閉じられている。千代たちが着ているものとは形も随分違った形で、つぎもなく汚れもない。


 3人のうち一人は、目になにか光るものを付けているが、あれは目の悪い人が良く見えるためのものらしい。村にその日本の何人か来て集会をした時に、それを着けていた人に聞いたらそう教えてくれたと言う。その集会は、帝さまがその日本の人たちのすることに協力するようにと命じておられるということを説明するものだ。


 その集会の説明では、大きな道がこの奥にできること、そして近くの海辺に大きな船着き場ができること、また10里ほど離れたところに、大きな街と農園が出来るということだ。そして、京の帝さまの命令でそれを作るのを妨げてはならないということだ。だけど、その仕事によって家や田んぼが無くなるなどで損をする時は、それを償ってくれるという。


 しかし、ここを治める三村のお殿様はその命令を気に入らないらしい。それで、その会合に出た三村様の家来は叱られたらしいが、将軍様も帝様の同じことをお殿様に命じているらしく、お殿様も集会そのものは止められなかったのだ。


 千代は、父母を亡くし叔母の家に引き取られているが、叔母に3人の子がいることもあって、一人の労働力として期待されている。彼女は毎日朝早くから暗くなるまで働かされ、食べるものも十分でなく、いつも腹がすいている。一方で叔母の、2人の子はまだ幼いということで働いていないし、同い年の子は手伝いをしても、その時間は千代の半分くらいだ。


 彼女は、11歳でやせこけてはいるが、器量がいいとよく言われるのに対して、叔母の同年の娘の雪は決して器量がいいとは言えないので、叔母にはそれも気にいらないのだろう。


 千代は早く何とかこの家から逃げ出したかった。それは、そうした明らかに下女扱いもあるが、近所の庄屋に次ぐ大百姓の3男が明らかに彼女に懸想して、叔母は千代をその歳三に嫁がせるつもりなのだ。そして、歳三はかなり知恵遅れで、普段は優しいが時に暴れる。彼女はそのような相手に嫁いで、一生奴隷のようにこき使われる人生はまっぴらだった。


 その中で、彼女は近所の子から、村から5里ほどの海辺に作られた日本の人たちが作った船着き場の話を聞き、どうしても見に行きたかった。彼女はその日本の人こそが、彼女を外の世界に連れて行ってくれる存在だと思ったのだ。しかし、叔母は甘くはなく簡単には許しは出ない。


 ところが、隣村までお使いに行くようにと叔母から言いつかったことで、彼女はチャンスをつかんだ。隣村まで8里で、幸い殆ど同じ方向だ。朝暗いうちに出れば十分その桟橋を見て帰ってこれる。

 息を切らして漸く着いたそこは、木や竹の柱に幅の狭い桟橋をくくりつけた普通の船着き場とは全然違っていた。


 それは幅が5間ほどの桟橋が、海に150間以上突き出しているのだ。その桟橋は海から立っている柱に支えられているが、桟橋も含めて鉄で出来ているように見える。確かに赤くさび始めているのでそれは鉄だろう。


 それだけの鉄を見て、千代はそれがどれだけ値打ちがあるか、胆がつぶれる思いだった。鉄は固くいろんな道具に使われているが、値段が高くて百姓は鍬の先、鎌の先などにしか使えない。お殿様は鉄の刀を持っているが、兵隊は槍の先に少しそれを使っているだけだ。


 そして、その桟橋には信じられないほど大きな船が舫っていた。その船は灰色で、長さは100間近く、幅は15間くらいあるだろう。そんな大きな船が作れるとは信じられない思いだが、やっぱり鉄でできていると近くで見ていた人が言っている。そして、その船から、あのトラックより小さいランクルという走る車が下りている。


 また、船からは複雑な形をしたクレーン)が動いていて、それが箱を吊り下げて、沢山積まれた同じような箱の山に上に下している。ゴー、ゴー、ガー、ガーと凄い音だ。またそのあちこちに、ちょっと数えるだけで50人以上の人が見えて、皆半分腕が出た同じような服を着ている。


 千代もその一人として、30人ほどの人々と岸辺のちょっとした小高い丘の上から桟橋から見ていると、その桟橋から若い女性が寄ってくるのに気が付いた。愛想よく笑っている。


「こんにちは!これをどうぞ」

 彼女は声を張り上げて手に持った箱を差し出す。丸い桃色の玉で白っぽい粒がまぶされている。しかし、彼女は人々の手があまり清潔でないのに気が付いて、「皆さん手を出して」と言って自分でそれをとって差し出す手に一つずつ載せる。


 甘いにおいに、千代くらいの年の男の子がパクリと口に含み、口を動かして始めた。そして、一拍して「甘い!」と叫ぶ。様子を見ていた人々は大人も一緒に口に含む。千代も無論その一人であったが、それを舐めてすぐに経験したことのない甘さに気が付いた。


「どう、美味しい? 私の名前は美奈です。皆さんにお知らせです。今度、私たち日本はこの近くに一つの大きな集落を作ります。その場所はここから12里くらいのところにあってこの方向です」

 美奈は手で遠くに見える山の方向を指して、話しを続ける。


「その集落では、農場といろんな店や作業所を作ります。そして、そこでは働いてくれる人を集めています。小さい子でも、勉強を教えながら出来ることをやってもらいますから構いません。そして、そこでは、給金を出すので食べるのには困りませんし、7日に1日は休みがあります。

 また、そこでは沢山美味しいものあるし、私が着ているような服ももらえますよ。これに、そのことをこの絵に描いています。これをよく読んで、ぜひ私たちの集落に来てね!」


 そして、千代は紙を受け取る。それは長さ1尺で幅はその7分くらいの紙で、それに色とりどりの絵が裏表に描いてある。千代は紙に書いた絵とか字はみたことがあるが、そのような色とりどりのものは初めてだ。それには、美奈が言う集落への行き方の簡単な地図もあった。


 また、それは大人と子供の場合について書かれているが、大人は受けいれられると、働いてお金をもらって、食べて、家を持って、家族と暮らすというものだ。子供は、勉強するところが入っている点が違っている。


 それで千代ははっきり決心した。むろん彼女は、世の中がそんなに甘くないことは十分承知している。しかし、美奈の話とその絵が半分でも正しければ、彼女の予想される未来よりずっと増しだ。それに、彼女はその船着き場を始め、日本の人々を取り巻く様々なものに魅せられたのだ。


 あのトラックやランクル、船、桟橋、そして美奈が着ていた華やかではないが清潔で整った服、加えてなによりあと2つ貰ったあの甘み!千代は、今の生活から抜け出したいという気持ちもあるが、どうしても、彼ら日本の集落?に加わろうと考えたのだ。


 千代が夜明けと共に、叔母のあばら家を抜け出したのは3日後であった。持って出たのは、ぼろ布に包んだ、つぎはぎの着物の数枚と粗末な両親の位牌であり、さらにこっそり手に入れていた干し飯と、一粒残していたあのアメという甘いお菓子である。


 見つかりにくいのは夜であるが、流石に夜道を行くつもりはない。10里の道であり、こき使われて健脚になっている彼女でも7〜8時間は要する。叔母も気がついても追っ手を出すことはないだろうし、どこに行ったかは解らないはずだ。

 しかし、あの歳三に伝わると追ってくるかもしれない。彼女は必死に急いで、途中の水場で2回短時間休んだだけで、へとへとになりながらまだ日が高いうちに美奈が言う塩竃集落についた。


 そこは緩やかに登った、高さ2間程の柵で囲まれた場所であった。その柵は、2間毎の鉄柱の間を、とげとげの鉄の線で犬も通さぬほどの間隔で結んだものであった。柵の幅は10町以上、奥行きも少なくとも10町はあり、中には2階建ての大きな建物が20ほども建っている。


 日本の人の手で作られた道はその中に繋がっているが、その入口には柵と同じような構造の門があって、両側に開いている。門の傍には小さな小屋があって、その前に海辺の船着き場で作業していた人達が着ていたような服を着た男の人が立っている。しかし、その門の前の人の服は、もっときちんとしており、何かのしるしが着いた帽子を被っている。


 千代は恐る恐る近づいて、「あのー」と呼びかける。

「お嬢ちゃんは、ここで働きたいのかな?」


 その若い人は、彼女が近づくのを見ていて、にっこりして話しかける。その表情の優しさに勇気づけられ、そして言いたいことを言ってくれたことに安心して、千代は元気を振り絞って言った。


「はい。私はここに働きたいのです!」

 そのやり取りに、門の脇の小屋から出て来た女の人が千代の傍に寄って来て言う。やはり、にこにこして優し気だ。


「うん、よく来てくれましたね。では私が案内します。私は峯田良子と言います」

 そのように千代に向かって名乗った峯田について行くと、大きな建物の1階に引っ張って開ける戸口を開けてそこに招き入れられる。


 そこは、1間半に3間位の部屋で、透き通った窓があるので十分明るい。中には横長の脚に支えられた高い台があって、その両側に座る台(椅子と言うらしい)が6つほど並んでおり、その椅子の骨組みは銀色に光っている。峯田は千代に「そこに座って、ちょっと待ってね」と言われ、恐る恐るその椅子に座るとお尻の下は柔らかい。


 千代が、部屋の床、壁、天井そして透き通った窓を見回していると、峯田が湯気がたっている湯呑を千代の前に置く。そして、茶色のなにか美味しそうな塊が入っている箱を千代の前に置く。

「どうぞ、これも食べてね」と言って、さらにパソコンというものらしいのようなものを、自分の前において向かいあって座る。


 パソコンの蓋を峯田は開いて、それを覗きながらカチャカチャする音を立てる。そして、千代は彼女の名前、年齢、住所、家族構成、何かやりたいことはあるかなどを聞かれ、それを聞いた峯田がカチャカチャ音を立てて操作している。その間、千代は注がれたお茶を飲み、もらったクッキーを夢中になって食べる。

 最初の一つを食べ、次に手を出そうとして気がついて、「あのー?」と峯田の顔を窺って、頷くのを確認して5つほどあったそれを夢中で食べてしまった。しかし、それほどの量でないので、尚更空腹に悩まされることになった。


「はい、これで必要なことは聞けました。千代ちゃん、あなたはこの塩竃ベースへの158人目の自主参加員です。私達はあなたを歓迎します」


 峯田がそのパソコンを覗いて確認した後に立ち上がって千代に言う。

「え、いいのですか!私はここに居れるのですね?」


「ええ、塩竃ベースはあなたに、服の他生活に必要なもの、さらに寝床に毎日の食事を与えます。そして、働き始めてからはそれに相応した給料、つまりお金を払います。また、あなたは少なくとも15歳になるまでは教育を受けてもらいます。これは、文字の読みかき、算数、それから歴史、地図他のいろんなことを勉強してもらうことです」


 その言葉は千代にはわからないことが多かったので、彼女は理解できるまで聞いた。その後、峯田はにこりとして千代に言う。

「千代ちゃんはおなかがすいているとは思いますが、まず着かえてもらいます。でも、その前に風呂に入りましょうね」


 そして、彼女は共同風呂に連れていかれ、脱衣所で着ているぼろをはぎ取られる。幸い人々はまだ働いていて他の人は風呂を使っていない。そして、千代は広い部屋の中の10人ほどが入れる大きな浴槽の脇にある小さな浴槽に浸けられる。付き添っている峯田は、上着を脱いで前掛けをしているが、それは水をはじくようだ。


「まだよ。まだ待ってね。千代ちゃんは風呂にはあまり入らないでしょう?」


「ええ、風呂というのは何回か村の家で入らせてもらいましたけど、叔母さんの家にはなかったです。普段は手ぬぐいを濡らして拭いていますけど、毎日ではないですね」


「うん、千代ちゃんは割に綺麗ね。ひどい人は、このくらい湯に浸かると垢がかたまって浮いてきますからね。ああ、ところで、千代ちゃんの叔母さんについては、あなたがここに住むという意向は確認しましたので、後はこちらから人が行って話をしておきます。だからもう連れて帰られるということはありませんよ」


 峯田はそう言うが、子供を労働力として使っているこの時代では、実の親から逃げ出して来るものもいる。塩竃ベースの方針としては、基本的には本人の意向重視であり、仮にそのことで親が困るのであれば、親がベースに来ればよいということだ。


 まして、千代の保護者が実の両親でないなら問題はない。10年後を目途に、この時代の全員を2021年のレベルの生活をさせるという日本政府の方針からすれば、ベースに加わりたいという意向を優先するのは当然である。


 その後、千代は洗い場で徹底的に洗われた。やはり3日に一度程度の頻度で濡れた布で拭くくらいでは、体のあちこちに垢が残っている。彼女があがった後の浴槽に相当な垢が浮いているのを見て、千代は密かに赤面した。この小さな浴槽は、体を普段洗っていない新しく入ったメンバー用であり、使った後は湯を落とすのだ。


 体を徹底的にこすられて、ボーとしていた千代は、始めてのパンツにTシャツ、ゆったりしたズボン、さらに前をボタンで留めるシャツを与えられ、自分で着るように教えられる。今までと全く違う下着と服に落ち着かない彼女が、峯田に連れられて次に向かったのは食堂である。


「食堂棟は今そこで作っているこれになるのよ。300人が一斉に食事が出来る予定で、1階が体育館で2階が食堂よ」

 峯田が横を通りながら指すそこには、白っぽい床の端に鉄製の柱が立てられて、床と屋根には鉄鋼材が組み合わされている。屋根はもう懸けられており、その周囲では壁が張る作業中だ。横には大きなトラック・クレーンのブームが伸び、それから大きな板が吊り下げられている。まだ出来かけであるが、千代はそんな大きな建物を見たことがなかった。


 そこを通り過ぎて、2人は同じような建物の一つに入りながら峯田が言う。

「ここはまだ仮だけど、自分で好きなものを取って食べるの。本当は、少し時間が早いけどあなたはおなかが空いているようだから、一緒に食べましょう」


 2階建ての建物の1階に入ると、建物の大きさ一杯の部屋に、テーブルが規則正しく並んでおり、その台の両側に椅子が並んでいる。その大きな部屋一杯に食べ物のいい匂いが立ち込めていて、千代は腹が鳴るのを抑えきれなかった。


 峯田が笑いながら食事のとり方を教えてくれるのを見ながら、千代はそれを真似たが、結局同じ食べ物を取って席についた。その白米に、魚、肉に野菜を含めた食事は、千代が夢にも思わなかった美味しさで、彼女はその時の感激を一生忘れることはなかった。


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