プロローグ7
「おいおい。なんで俺たちが役所に行く必要があんだよ…… 」
「しょうがないでしょ。許可証の期限が切れちゃうんだから更新しないと 」
「早くしてよね」
「…… 」
そこに居たのは人間だ。
この世界でいうユマニ。
片手に大きな槍を持ち、オールバックの青い髪、動きやすいように防具は肩と膝にしか付けていない男性。
軽装ではあるが胸や肘、膝に防具を身に付けており腰に短剣を身につけた緑色の髪をしたスレンダーな女性。
大きな杖をもち、まさしく魔法使いと言わんばかりのとんがりボウシと大きなローブを身につけた女性。
大きな甲冑を身にまとい、仮面をつけ、顔はわからないが、体格的に男であろう人。
多分、この人達が冒険者なのであろう。
「早く済ませようぜ 」
青い髪の男がそう告げて、受付の方へ向かっていく。
その途中――無意識に向けていた視線が大きなローブを羽織った女性と交差した。
「あ 」
「……あら 」
すると、彼女は色気を嗅ぐわせる微笑みを浮かべ、立ち止まった。
どうしてか、嫌な予感がする。
「ちょっとあれ 」
ローブの女性は目の前にいた青い髪の男を掴む。
男は顔だけローブの女性へ向けると、指で刺された方向へ目を向けた。
「ん? ユマニの子供じゃねぇか。なんでこんなところに 」
「ちょっと行ってきていい? 」
「いいけど、本人確認の時は戻ってこいよ 」
「もちろん、わかってるわ 」
そんなやり取りをみていると、ローブの女性はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「まずいかなぁ……」
異世界に来て何もわからずにここにいる状況で知らない人と関わっても大丈夫だろうか。
不安に思いつつも、すぐにローブの女性が目の前に来てしまった。
「初めまして。私はユリアナ。僕は? 」
ユリアナと名乗った女性は腰まで届く長い青がかった黒髪を垂れ下げ、頭の上にはいかにも魔法使いというようなとんがりボウシ。魅惑的な青い瞳が射抜くようにこちらを見据える。柔らかな面差しには美しさと母性が同居し、大きな胸やその惹き付ける瞳やどことなく感じさせる高貴さが男性を引きつける魅力を生み出していた。
身長は百六十センチほど。紺色を基調とした服装は華美な装飾などなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。目立つのは、彼女が被っている帽子と大きな木製の杖。杖の先端には大きな水晶がはめ込まれており、その根元には『鷹に近い鳥』の紋章を象った彫刻か。その荘厳さすら、彼女の美しさの添え物にすぎなかった。
「え。あ、ユウキです」
すごい戸惑ってしまう。こんな綺麗な人と話すのは初めてだ。
ドギマギしているとユリアナは優しく微笑んできた。
「隣に座るね」
横に来たユリアナはすごいいい匂いがした。
胸も大きいし、近すぎる。
「ユウキくん、男の子だよね。どうしてここにいるの?」
再び彼女の口から言葉が紡がれ、はっと我に返る。
「それは、え、えっと、迷子になって、ここに連れてかれて…… 」
緊張のあまり、上手く言葉が出てこない。
「迷子? 迷子にしてはユマ二の国からけっこう離れてるけど。迷子になってた場所は? 」
「え、えっと、ユグ二の森だったはずです 」
「ユグ二か……。それは……うーん 」
おかしな話ではあるため、ユリアナも納得いかないのかもしれない。
すると、奥からほかの仲間たちがやって来た。
「あれじゃねぇか。こいつ捨て子だろ 」
来てそうそう、そんなことを言ってくる。
「グレン!そんなこと言わないの! 」
青い髪の男はグレンという名のだろう。
となり緑髪の女性がそう叱責する。
「だけどよ、アラナ。それぐらいしか思いつかねぇ。災難だがこれは認めるしかないだろ 」
「なんでそうなるの。まだそうと決まったわけじゃないし、迷子かどうかも分からない 」
「とりあえず、俺の許可証は済んだから次お前な」
アラナの言葉を気にせず、ユリアナを促す。
「えぇー。早すぎぃ〜 」
だけれど、ユリアナはまだ不満たらたらのようだった。
「てか、こいつ男、女どっちだ? 」
そう首を傾げるグレン。
「……うっ 」
中性的な顔つきに、まだ声変わりもしておらず、よく年の離れた人に女と間違えられることがあった。
「……はぁ。知らないでそんなこと言ったのね 」
ユリアナは肩をすくめる。
「ひょろひょろの体つき、髪も中途半端に長い。声も高いし、お前いくつだ? 」
だけれど、それも気にせずグレンは訊いてきた。
「14歳です 」
「なら、声変わりしててもおかしくねぇから。女か? 」
「……男です 」
「うわっ……まじか 」
「え、うそっ……」
驚愕の声が流れる。
単純な驚きというよりはどこかヤバいものを見てしまったみたいな反応だ。
「……あはははっ 」
僕は全く笑えないに空笑いをした。
「もっと飯食わねぇと大きくなれねぇぞ 」
そう言うグレンの目は憐れみが混じってるような気がした。
「でも、この子顔立ちとか手とか綺麗だし、この服も隊服なのかな、貴族の子とかじゃないかしら 」
ユリアナのよくわからないフォローだが僕は今、中学の制服をみにつけている。それを知らない人達から見たらどこかに属してる軍隊とかに見えるのかもしれない。
「貴族が自分の息子を捨てるか? 」
「なくはないわよ。最近、ユマニのどの国も荒れ始めたから、跡継ぎが何人もいるところならありえるかも 」
「んなら、没落貴族とかじゃねぇの。最低限、それならここまで運賃とか払えるだろうしな 」
「まあ、安心しろ。14ならまだ引き取ってもらえるところは多い 」
何故か、僕を抜きに話が進んでしまって尚且つ、道場されてしまった。
「捨て子って結構いるんですかね? 」
「うん。まあ、最近は多くなってきた感じはするわ 」
「坊主には気にしなくていいことだ。それより、お前くっつき過ぎじゃねぇか? 」
「えっ 」
突然、僕に言われたかと思ったらそうではなかった。
気づいたら横にいるユリアナは腕に抱きついてきており、完全に密着していた。
「 いいじゃん別に! 」
初めの印象とは違い、子供っぽい言い訳をするユリアナ。
「お前ほんと子供好きだよな。特に男の 」
「可愛くて仕方ないんだもん! 」
ユリアナの方へ顔を向けると優しい微笑みをまた浮かべていたが、瞳の奥を見ると獰猛さが見え隠れしていた。
「はいはい。わかったわかった 」
「早く本人確認しに行くわよ」
呆れたアラナがため息混じりそう言ってきた。
「早く行ってこい 」
グレンもまた促す。
「うぅ……。僕も一緒にいかない? 」
そう優しく声をかけてきてくれるが腕を掴む手はものすごいほど強かった。
「お前なぁ…… 」
呆れるグレン。
これが最初の嫌な予感だったのだろう。
「僕はやめておこ――」
「うん! じゃあ、一緒に行こう!! 」
遮られ、急に腕が腰に回ったと思ったら抱えあげられそのまま連れていかれた。
「ちょっ、え、待って!! 」
突然のことに暴れるも微動打にしない腕。
「気をつけろよ〜。そいつ気に入ったら飽きるまで離さねぇから 」
苦笑いでそんなことを言うグレン。
「ええええーーー!!」
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「その子何ですか? 」
さっきとは違うほかの受付嬢がそう尋ねてきた。
「ん? 私のもの 」
「なんですかそれは。……男の子、女の子? 」
「男の子です 」
「えっ。ほんと? 」
「……すみません」
何故か謝りつつも、そんなやり取りをしながら、受付嬢は契約書のようなものを取りだした。
「とりあえず、許可証のここにサインと魔術刻印を打ち込んで 」
「はいはい。定期的にやらなきゃいけないなんて1回で済めばいいのに 」
「すみませんね 」
しばらくして書き終えるとユリアナはペンを置いた。
右手は僕を離さないようにがっちりとロックしてある。
「……よし! これでおしまいっと 」
グレンたちは後から僕達の後ろまで来ていた。
「はい、ありがとうございます。許可証の方は以上になります。冒険者さんは、これから何をされるんですか? 」
冒険者という言葉を、否定していなかった。やはり思った通り冒険者なのだろう。
「一応、依頼があってここまで来たのと、祭りが開かれるからそれも楽しんでこうかなって 」
そう伝えるアラナ。
そういえばバルクも今日は前夜祭だとか言っていたっけ。
「 ぜひ、今年一番のお祭りですから、楽しんでいってくださいね 」
そう告げると受付嬢は奥の方へ行ってしまった。
「あ!見つけた! どこにいってたの、ユウキくん 」
「ご、ごめんなさい 」
最初に会った受付嬢が僕を探していたらしい。
「まあ、いいわ。とりあえず、日本って国は見つからなかったけど、君を受けいれてくれる国はあったから……って、あれ。彼女たちは? 」
「ああ、すみません。ユマニの子供が珍しくて、勝手に私たちが話しかけてしまっただけですので 」
「あー、なるほど。よかったね、同じユマニの人達と出会えて 」
「えーっと、この子なんでここにいるんですか? 」
「うーん。ユグ二の森に迷子になってたらしくて…… 」
そう言いつつも、捨て子という話で持って行っている。
本当は捨て子でも迷子でもないのだけれど。
「ドワーフの街に彼を置くことは出来ないので、今、受けいれてくれる国を探しているってところです 」
「なるほどね。言わんとしたいことはわかったけど。君も災難だったね 」
同情するアラナを後目に考えていたことを口に出そうと思った。
このままでは本当にユマニの国へ送られてしまう。
神様がここに召喚したのなら、それなりの理由があるのだろう。
「あ、あの!! 」
「急に声を上げてどうした? 」
驚くグレンたち、だけれど、話すのはやめない。
「僕って、その、勇者とかじゃないんですかね。ここに来るまでの記憶が無いですし、その、前居たところと全然、違くて。多分、そうなんじゃないかって思って…… 」
『勇者』というワードを聞いて、僕以外全員が呆気に取られたような表情を見せてきた。
静まり返った空気。
まずい事でも言ったのかと思っているとグレンがその空気を割るように笑いだした。
「ぷっ、あははははっ!! 」
「ちょ、笑うのはやめてあげなさいよ 」
「坊主が、勇者だって? ありえねぇよ。男か女かわかんねぇよな、ひょっろちいガキを神様が呼ぶわけねぇ 」
「でも、バルクもかもしれないって言ってたし 」
「バルク? ああ、あのオッサンか。それはただの冗談だろ。それに勇者ならなんでユグ二の森に召喚されてんだって話だ」
どうやらバルクを知っているらしい。
あのオッサンは有名人なのかもしれない。
「たまたまかもしれないじゃん! 」
「うーん。それはないかな 」
そう断言するのはアラナ。
「どうして? 」
「勇者召喚はね。神様の名を借りて大きな祭壇で行われるの。だから、変な森とかそういうのはないかな 」
「なら僕はどうして呼ばれたんだ!! 」
傍から見たら僕が頭のおかしいことを言ってると思われるに違いない。
それでも言う他ないと思っていた。
「他に異世界から生物を呼ぶ魔術って存在したっけ?」
アラナがユリアナにそう尋ねる。
「うーん。この子ってもうすぐに国へ返されるの? 」
「え? ああ、いえ。受け入れてくれる国に申請を出してからです。ですから、彼がここにいるのは今からだいたい1週間くらいですかね 」
「その間はどうするの? 」
「教会に引渡します。彼はユマニですが、まだ14なので受け入れてもらえますし 」
「なるほどね 」
「どうしたの考え込んじゃって 」
「……あるかもしれないわ 」
ユリアナがトーンを落としてそんなことを言う。
「へ? 」
「この子、勇者の可能性あるかもしれない 」
「え? 」
「「えええええ!!! 」」
あれだけ否定されていたため、僕もまた驚いてしまった。
しかし、それ以上に驚きを見せる2人。
「いやいや、ありえねェだろ 」
「そうよ。ないと思うわ 」
ユリアナの発言がある程度効力を持っているので何かしら信頼される理由があるのかもしれない。
「だって、私の能力で彼を見れないもの 」
「え、マジで言ってんのか? 」
「ええ、そうよ。わかってる通り、私の能力はこの能力を防ぐ特殊な能力持ちか、私より強い人を見ることは出来ないの 」
「ほ、ホントなの? 」
「ええ、もちろん 」
「そんなレアな能力持ちか、いや、それでも」
「でも、どうしてユグ二の森に? あそこはただの湿地帯よ 」
「それは私もわからない。でも、調べてみる価値はあるんじゃないかしら 」
「それは。そうだけど…… 」
「どうしましょう!? すぐに連絡した方が――」
慌て出す受付嬢。
「それはまだしない方がいいわ 」
落ち着かせるようにユリアナはそう言う。
「どうして――」
「ねぇ、勇者って祭壇に召喚されるんじゃないの? 」
自分が勇者だとは思っているが疑問に思ったことを尋ねてみた。
ユリアナの発言がグレンたちから信頼に値するようなものだとしても、勇者が祭壇で召喚されるものなら、嘘だという疑問を持ってもいいはずだ。
すると、それを聞いたグレンが口を開く。
「それはな。1か月前くらいにアトランタ王国で勇者召喚を行ったんだ 」
実際に行われた、ということは察するに
「だけどな、召喚に失敗したんだよ 」
「失敗? 」
「実際、魔術自体は成功したらしい。だけれど、勇者は召喚されなかった 」
「成功したのに現れなかったの? 」
「ああ、原因はわかんねぇみたいだけど。召喚は成功した、ということは召喚する座標を間違えて違う場所に呼ばれた可能性もある。信じられねぇが、お前はまだ勇者の線はある」
「いや、でも迷子っての方がまだ信じられるけど…… 」
と、口を挟むアラナだが、勇者の可能性を捨てきれないようだった。
「とりあえず冒険者ギルドに行くぞ。そこでステータスが見れる 」
グレンはそう告げる。
「そうね、まずはそれからだわ! 」
ユリアナがそれに喜んだように乗り出した。
「あんた、この子といっしょにいたいからそんな嘘ついてるわけじゃないわよね? 」
「もちろん違うわよ。見えないのは本当だから」