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四天王


 灰の魔王国軍の追撃は、諸侯国同盟の領内に深く食い込んだ。

 しかし、相手もこれまで魔族との戦いを続けてきた者たちである、当初の混乱から脱し、防御拠点に籠もることができれば、十二分に持ち堪えることはできる。


「深入りはするな。旧ローゼン砦を回復し、敵の前線拠点を確保できればそれでいい」


 灰の魔王グレイザールの命令通り、灰の魔王軍はある程度の成果を得ると進軍を停止。占領地の恒常化作業に入った。

 諸侯国同盟は当初、他の人類側国家に援軍を求め、灰の魔王国の軍勢を撃退しようとしたが、各国の動きは鈍く、それどころかこの状態での休戦もやむなしといった態度を見せた。

 これは、人類側諸国が六魔王国との全面対決に及び腰であることの証左だった。

 灰の魔都へと帰還したグレイザールは、政府との会合でその事実を知らされた。


「では、人間どもはこれ以上の戦闘は望んでいないのか」


「はい。そう考えてよろしいかと」


 グレイザールの質問に答えたのは、灰の魔王国第二執政官の吸血族、ノヴァンデルタ・ディ・ロイオディラン。

 彼は外交交渉を担当する執政府第二部の責任者であり、グレイザールに仕える九人の執政官のひとりだった。


「人類側の諸国は、ここ数年人間同士での緊張が高まっています。我々に横槍を入れられる事態はさせたいのでしょう。諸侯国同盟への軍事支援の本来の目的は、我々が彼ら人類社会に干渉するのを防ぐためだったと考えられています」


「どちらにせよ、諸侯国同盟だけでは我々一国すら倒せない。今回のような奇襲がなんども通用するほど、我らは愚かではないからな」


 腕組みのまま何度も頷く動鎧。妖魔の魂を宿した漆黒の鎧は、灰の魔王国四天王がひとり、『黒鉄』のヴァルターだ。

 灰の魔王軍で戦うことすでに二〇〇年。人類社会にもその人物ありと言われた武人だった。同時にグレイザールの母ヴァルキュリアの友人でもあり、生まれたばかりのグレイザールを抱き上げたこともある。

 そうした個人的な関わりもあってか、グレイザールへの忠誠心という面では四天王随一と言われていた。


「まあ、それならとても嬉しいわ。私の部下たちを戦場に送らなくて済むもの」


 にこにこと嬉しそうに笑う紅翼の女性は、そういって手を叩く。

 彼女は四天王のひとり、妖魔族『紫扇』のアマリア・フェンツ。四天王の中でも一際軍略に長けた将で、他の四天王に指示を出すことも珍しくない。


「私たちがどう考えようとも、相手がそれに乗ってこなければ戦いは成り立たない。つまり、戦いとは一種の対話であって、意思が通じねば終わりなく続く事になってしまいますわ。陛下のご判断は正しかったと思います」


「――――」


 アマリアの言葉に頷いたのは、この場にいる四天王最後のひとり。

 仮面とローブで小柄な身を隠した『茜輪』のカスガだ。

 強力な術者であり、こと攻撃力に関しては四天王の中でもっとも高い。


「お前たちが我が命に忠実に従ったからこそ、この状況がある。よくやった」


「はっ」


 四天王の三名が頭を垂れる。

 グレイザールはそれをフードの奥からじっと見詰めていた。


◇ ◇ ◇


『この中の誰かが、俺を殺すための絵図を描いたのは間違いない。あの状況で俺を前線まで引き摺り出すには、人間側と通じて、俺の詳細な情報を流す必要がある。それを知ることができて、軍の行動にさえ干渉できるとなれば、四天王だけだ』


 鬼火が真人の意識にそう語りかけてくる。

 真人は目の前で今後の方針について意見を交わしている三人を見ても、鬼火ほどの危機感を抱けずにいた。


(でも、こうして生きてる姿を見せたんだ。もう諦めるんじゃないか?)


『魔王殺しを企むような輩が、そう簡単に諦めるものか。下手人の背後に誰がいるのかはわからない。だが、お前はここから先、ずっと暗殺の危機に晒され続ける』


(なんて危ない職場だ。労災待ったなしじゃないか)


 暗殺の危険があります。なんて文言が入った求人票があれば、絶対に自分は応募しない。


『だが、しばらくは大丈夫だ。魔王を殺すには相応の準備がいる。勇者でも連れてくれば別だが、あれは大魔王陛下が道連れにしたからな』


 鬼火が大魔王のことを話すとき、わずかに口調が乱れることに真人は気付いた。

 そのわずかな乱れがどんな感情に起因するものか、真人にはわからない。だが、こんな姿になってもなお影響を与えるということは、並みの感情ではあるまい。


『ともかく、お前は魔王としての振るまいを覚えろ。さっきの言葉はなかなかよかったが、これからはもっと面倒な仕事もでてくる』


(面倒なだけなら全然オッケーです。突然怒鳴られたり、拳が飛んできたり、コーヒーを頭から掛けられたり、給料がよく分からない理由で差っ引かれてなければ全然オーケーです)


『おお、魔王の如き漆黒の力を感じるぞ。お前、元の世界でも闇の勢力に属していたのか』


 ある意味で闇の勢力だったのは間違いない。

 ある意味では、だが。


『それほどの力があるならば、俺が消えるまでに必要なことは教えられるだろう。生きるためだ、覚えろ』


(引き継ぎ期間まであるなんて……最高では?)


 真人の意識が闇に囚われる。

 だが、彼は知っている。自分がまだまだ恵まれた側だったことを。

 本当の闇の住人となれば、このような心は持てない。


『では、会議をまとめろ。これからの方針を伝え、臣下を動かせ。内容はお前にまかせる』


(いいのか?)


『ダメならば奴らがそう言う。それができる者たちを召し抱えてきた』


(お前最高だな)


 真人はこの鬼火が好きになれそうだった。


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