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正義を為す者たち


 地下深くにありながら、清浄な空気に満たされた空間がある。

 漆黒に満たされ、ほんのわずかな明かりが足元を照らすだけのその一室では、目の前にある自分の手のひらを見ることさえ苦労する。

 その中央に置かれた円卓には四人の出席者が座っていたが、分かるのはお互いの声のみといった状況だった。


「では、灰の魔王は生きているのだな」


「そのようだ」


 だが、彼らにとってそれは当然のことだ。

 本来、この部屋は存在していないことになっている。ならば、ここにいるのは誰でもない誰か。

 お互いの正体を一切探らないことが、この部屋に座る資格を得るための第一条件だった。


「あの魔王を殺すために、二〇〇〇の信徒と優秀な聖職者を一〇〇人も費やしたのだぞ。失敗したでは済まない。この存在を埋めるのに、果たしてどれほどの時間がかかるか……」


「そもそも、魔王は何故生きている。術が失敗したのか?」


 四人が話し合っているのは、今回六間王国に対する大攻勢の第一段階として行われた、灰の魔王への超長距離聖法誅殺の失敗と、それに伴う大攻勢の頓挫についてだ。

 彼らは今回の大攻勢のため、何年も前から準備を進めてきた。

 というよりも、この場はそのために作られた。


「魔王討伐こそが我らの悲願。ありとあらゆる手段を用いるため、神の目より隠れるためにこのような場所にいるのだ。三〇年前、奴らが大魔王と呼ぶ魔族どもの首魁を倒したまではいい。だが、あの憎き魔族の長は勇者どもも道連れにしてしまった」


 人類の希望として、あらゆる分野の最強の使い手を集めた勇者一行は、人々の期待に応えて多くの魔族を倒し、やがて人類軍の大攻勢に合わせて大魔王に奇襲を仕掛けた。

 魔王軍最強の戦士と言われた灰のヴァルキュリアを倒し勢いに乗っていた勇者たちだが、魔都グランヴェインで待ち構えていた大魔王と相打ちになり、人類軍は切り札を失って撤退するしかなかった。

 魔族は大魔王の死後、大魔王の遺命によって六魔将軍を新たな魔王とする六魔王国を建国。体勢を立て直して人類軍と相対した。

 大魔王討伐の勢いに乗って魔族を滅ぼそうとしていた人類側の目論見は外れ、互いに切り札を失ったふたつの陣営は、自然と休戦状態になった。


「長きにわたって研究され尽くした聖法が失敗したとは考えにくい。裏切り者を使って、呪術防御の施された城から灰の魔王を連れ出すこともした。失敗することなどありえない」


「だが、現実に奴は生きている。影武者かとも思ったが、あれだけの力を持っているのならば本物であっても影武者であっても関係ない」


「それ以上に問題なのは、こちらが仕掛けたことを奴に気付かれたことだ。我らまで辿り着くことはできずとも、今後は一層警戒を強めるだろう。再びチャンスが巡ってくるのは、果たしていつになるか」


 聖法にしろ呪術にしろ、一度用いられた技は徹底的に研究され、二度同じ術を使うのは難しくなる。

 特に相手が重要な人物であればあるほど、その傾向は強くなる。


「ともかく、裏切り者にはまだ気付かれていない。奴を直接働かせることもできよう」


「魔族など、信用できるのか?」


「魔族であっても、人間であっても、裏切り者はいる。先の戦いでも少数ではあるが、魔族側に立った人間たちもいただろう」


「ならば、灰の魔王への対応はそれでいいとして、失った術士の補充にはどれほど掛かる?」


「失敗できぬと最高の術士を用いたのが徒となった。十年やそこらでは同じ術士を用意できまい」


 それほどまでに、今回の策は必勝の構えだった。

 諸侯国同盟に膨大な資金と武器を供給し、傭兵さえも送り込んだ。

 それでも、魔族に痛撃を加えられるならば、十分損失に見合うはずだったのだ。


「一二〇〇〇の兵が消滅となれば、諸侯国同盟は当分の間動けまい。魔族側の損害はどの程度なのだ」


「多くとも二〇〇〇程度と聞いている。奴らは打たれ強い。ただの人間の兵士では、三倍を揃えねば戦いにならん」


 重苦しい空気に包まれた暗闇の中で、灰の魔王への怒りが醸成される。


「親子揃って、我ら人の子を苦しめるか。ヴァルキュリアには勇者の仲間が三人も殺され、息子には一二〇〇〇の兵の命と我らの策を潰された。灰の一族に人間との最前線を任せた大魔王は、やはり侮れぬ者であったか」


 時間が流れ、勇者と大魔王の戦いが過去となった今、その大魔王そのものを侮る風潮が出来上がりつつある。

 全魔族を統べる最強の存在でありながら、勇者たちによって打ち倒されたからだ。

 そのあと勇者たちが命を落としたのは、魔族の卑劣な罠に掛かったからだと人々は信じている。


「勇者の捜索はどうなっている?」


「今の継続している。だが、先の戦いのときのように、聖女に託宣が降った様子はない」


「聖女か。王侯どもが好き勝手に持ち上げたせいで、本来の仕事に差し障りが出ている。今回魔族に痛手を負わせていれば、こんなことで頭を悩ませる必要もなかったかもしれんがな」


 魔族との戦いを指揮するのは、この部屋にいる者たちでなければならない。

 各国の王侯が勝手に軍を動かせば、人間同士の争いを招くことにもなりかねないからだ。


「だが魔族どもとて、常に一枚岩ではない。今回の一件で灰の魔王への目も変わろう。それを利用するという手もある」


「魔王同士をぶつけるのか」


「策はあるのか?」


「すでに手の者を送っている。六魔王の力関係は表向き等しいものとされているが、様々な理由で実質的な序列は存在する。それを利用すれば、最悪でも時間を稼ぐことくらいはできよう」


「また策に溺れることになるのではないか?」


 沈黙が落ち、暗闇の中に息遣いだけが残る。

 それは誰もが考えていたことだ。

 長い時間を掛けた必勝の策が、たったひとりの魔王によって覆された。

 魔王を前線まで引き摺り出し、四天王と呼ばれる腹心を遠ざけた上での誅殺。混乱する魔族を一気に突破し、六魔王国に橋頭堡を築く。

 そうすれば、数に勝る人類側が一気に有利になるはずだった。


「――ならば、しばらくは敵の出方を見ることにしよう。我らが混乱しては、神の威光によって魔族を滅ぼすという崇高な使命を果たせぬ。それでは御使い様もお怒りになろう」


「然り」


「然り」


「然り」


 四人の意見が一致を見る。

 それは多分に妥協の結果だったが、この話し合いを終わらせることはできた。


「では、また一月後に」


 その言葉を合図に、四つの気配が闇へと消えていく。

 そして静寂のみが残った部屋の中央で、小さく瞬く光があった。


『グランディードめ、再び我が願いを妨げるか』


 光から発せられるそれは、声ではなく意思。

 質量さえ持つほどに濃密なそれは、震えるほどの怒りに満ちていた。


『ならば、貴様の残したすべてを滅してやろう。貴様の大切なすべてを、貴様以上に惨たらしい方法で殺してやる』


 その意思を最後に、光は消え失せる。

 もはや、なにも残ってはいなかった。


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