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破壊の後始末


 主力部隊の消滅。

 それは諸侯国同盟本国にとっても、ローゼン砦の両翼を攻める別働隊にとっても大きな衝撃だった。

 戦えば兵士は死ぬ。将も死ぬ。将の将たる者であっても、運が悪ければ死ぬ。

 それは水が上流から下流へと流れるのと変わらぬ世の道理であり、すべての国がそれを前提として軍を運用している。

 しかしそれは、あくまでも通常の損耗だ。

 一度の戦闘で失われる戦力は多くても二割、三割四割となれば実質的には敗北を意味した。


「両翼の部隊が撤退を始めました!」


 ローゼン砦の司令室に駆け込んできた伝令は、喜色を浮かべた表情でそう報告した。

 室内の空気が緩み、フィオナを含めたすべての者たちが安堵の溜息を吐いた。

 若い参謀が駆け込んできた伝令兵に駆け寄って労いの言葉を掛けている。


「ご苦労、陛下の一撃、よほどの打撃を与えたようだな」


「はっ! 敵主力部隊を跡形もなく吹き飛ばしたそのお力、まさに灰の魔王に相応しいものでありました!」


 伝令兵の言葉に、司令室の喧騒が停止する。

 すべての参謀が伝令兵に目を向け、代表してフィオナが訊ねた。


「――跡形もなく?」


「はい。砦正面に布陣していた主力、ひとり残らず」


「…………」


 司令室に戻ってきた喧騒は、勝利の喜びによるものではなく、困惑によるものだった。

 彼らとて魔族である。魔王という存在が、全魔族中最強の六名であることを疑う者はいない。

 他の種族と比べて大きな力を持つ魔族ゆえに、力以外での支配は不可能だからだ。


「リーゼ親衛隊長はなにを?」


「両翼の部隊とともに、撤退した敵軍の追撃を行っております!」


「そうですか」


 フィオナはそうとだけ答え、参謀たちにその場を譲った。

 次々と各方面からの伝令が到着し始め、司令室の中は再び騒がしさの巷となる。


「お兄様、いつの間にそんな力を?」


 フィオナが知る限り、グレイザールの力はこれほど強大なものではなかった。

 しかし、彼女たちがグレイザールの遊び相手になってしばらく経ったころ、灰の魔将軍ヴァルキュリアが訊ねてきた友人と、息子について話していたことがある。


「あの子の力は、まだ眠っているみたい。生涯眠ったままかもしれないけど、なにか切っ掛けがあれば……」


 ヴァルキュリアはその理由を誰にも話さなかった。

 ただ、ヴァルキュリアの家臣団の間では、グレイザールの父親が不明であることと何らかの関わりがあるのではないかと噂されていた。


「――いえ、私が気にすべきことはありませんね。陛下が言わぬのならば、知る必要がないということ」


 フィオナにとっての判断基準は、すべてにおいてグレイザールである。

 グレイザールが是なら是であり、否ならば否なのだ。そこに一切の例外はない。

 身も心もすべてグレイザールのものであるならば、理もまたグレイザールの心ひとつ。


「誰か、四天王軍に伝令を!」


 参謀のひとりがそう叫び、フィオナはそちらに意識を向けた。

 そうだ、四天王軍にも事の詳細を伝えなければならない。

 そして、撤退するであろう各方面の敵軍を追撃し、より多くの出血を強いるのだ。


「誰か」


「はっ」


 フィオナの部下である文官のひとりが、すぐに駆け寄ってくる。


「首都への知らせを走らせない。五魔王国に、戦勝の使者を送る準備をさせるのです」


「しかし、まだ戦いは続いているようですが……」


「もはや負けはありません。一二〇〇〇もの兵を失って、組織的な軍事行動を取れるほど、諸侯国同盟の国力に余裕はありませんから」


「承知しました。直ちに知らせを送ります」


 軍は役目を果たした。

 ならば次は、政府が役目を果たす番だ。

 劣勢に追い込まれたことで他の五魔王国が余計な野心を抱く可能性があったが、あれだけの戦果を魔王個人が挙げたとなれば余計なことを考える者は減るだろう。


「たとえ他の魔王様であっても、お兄様を傷付ける者は許さない」


 灰の魔王国行政府魔王筆頭秘書官フィオナ・イクス・ガルガントア。

 彼女の仕事はようやく本来の形に戻りつつあった。


◇ ◇ ◇


 リーゼは目の前の光景が信じられなかった。

 だが、その中心にいるのがグレイザールであると認識した途端、すべてを現実のものとして認識し、それに相応しい対応をとった。


「親衛隊は負傷者の救援を。両翼の部隊には追撃を命じろ」


「はっ!」


 数名の親衛隊員が伝令のために走り出す。

 本来なら魔導師や魔法道具を用いた通信を行いたかったが、先ほどの魔法の余波ですべての魔法に異常が発生している。

 単純な攻撃魔法ならばほとんど影響はなかったが、送受信に複雑な術式を必要とする通信魔法などは使用不可能な状態だった。

 もともと通信魔法は乱戦に弱く、複数の魔法が飛び交うような状況ではあまり宛てにならないとされている。軍で伝令兵が廃れないのはそうした理由からだ。


「隊長、陛下の下へ参りますか?」


「そうだな……」


 魔王グレイザールは、自分が消し飛ばした人間たちのいた場所をじっと眺めている。

 攻撃後の対応については事前に指示を受けていたため、急いでグレイザールに指示を仰ぐ必要はない。


「今しばらく、おひとりにしておこう。おそらく、これからの絵図面を描いておられるのだ」


「確かに、これほどの戦の後始末となれば、一朝一夕に片付けるのは難しいでしょうな」


 親衛隊員はリーゼの言葉に頷いた。


「しかし、さすが陛下。あれほどのお力をお持ちならば、もっと早く我らにお示しになってくださっても良かったのにと思ってしまいますな」


「力とは見せる場所を誤れば途轍もない不幸を招く。亡き大魔王陛下とて、今の六魔王様たちに前線を預け、自らは本拠地にて指示を出すことに専念されていたではないか。もっとも、私はその頃の軍を知らないが」


「そういえばそうでしたな。いや、今の陛下のお姿は、一度だけ見た大魔王陛下の戦場でのお姿によく似ておられますよ。泉下のヴァルキュリア様も、さぞお喜びでしょう」


「そうだな、きっとそうだろう」


 そう答えたものの、リーゼは自分の答えに確信が持てなかった。

 あの優しい堕天の戦乙女は、果たして息子のこの姿を喜ぶのだろうか。

 もしかしたら自分たちは、間違った道に進んでしまったのではないか。


「――いや、陛下がいるならば、そこがわたしにとって正しい道だ」


 妹と同じ答えに至り、リーゼは精神の均衡を取り戻す。

 そこに、わずかの迷いもなかった。


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