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滅びの光


 ローゼン砦を背に立つ真人の正面。連合部隊の兵士たちが鬨の声を上げる。

 その雄叫びは空気と地面を揺らし、兵の姿は地上を飲み込む津波のようでもあった。


『こちらに気付いたようだぞ』


「大人気だな。さすが魔王だ」


 魔王を討ち果たしたとなれば、兵士に与えられる栄誉は想像を絶する。

 とくに連合部隊の兵士たちは薄給に喘いでいる。そんな状況から抜け出す方法が目の前にあるとなれば、兵士たちの戦意が旺盛なのも当然のことだった

 ある意味では、それも想定通りのことだ。


「彼らの境遇なら、こうするしかない。話に聞いただけだから確信は持てなかったけど、これなら問題なさそうだ」


『この状況でも落ち着いているか。やはりお前は魔王向きだな』


「それはどうかな。ただ実感がないだけかもしれないぞ」


『生憎だが、俺もそうだった。残念だな。魔王に向いてる奴なんてそもそもいない。あんなのは異常な奴のなかでも一際異常な奴がやる仕事だ』


「随分な物言いじゃないか」


『魔王だぞ、当然だろう』


「それもそうか」


 真人は鬼火との会話の間も、じっと人間たちの軍勢を見つめ続けていた。

 こちらに向かって全力で突き進んでくる兵士たち。

 指揮官の命令が下ったのか、両翼に配置されていた騎兵が真人と鬼火に向かってくる。騎兵の衝撃力は魔族にも通用するというのが常識だ。純然たる物理的攻撃力は、種族の違いを容易に突破することができる。

 もっとも、魔族すべてにその常識が適用されるわけではない。

 魔族の中には、常識の一切が通用しないような存在もあった。

 そのひとりが、ここにいる。


『陛下、こちら配置につきました』


 リーゼの声が脳裏に響く。

 彼女は最後まで真人の配置に納得していなかったが、他の参謀たちに説得される形で渋々引き下がった。

 その際に最後まで真人を睨んでいたが、その真意を真人は理解していない。


「わかった。心配しなくても大丈夫だぞ」


『そうでなければ困ります。陛下がいなければ、わたしが存在する理由もないのですから』


「仕事熱心だな」


『――ええ、その仕事熱心な臣下を、早く安心させてください』


 ほんの一瞬だけ返答が遅れた理由を、真人と鬼火は通信魔法の問題だと解釈した。

 決して、彼女の内心に思い至ることはない。


「お前がそう願うのならば、そうしよう」


『敵軍が想定ラインを越えた。敵の陣系変更のお陰で、正面敵主力軍の九九パーセントを範囲内に収めたぞ』


「魔王の仕業としては、妥当な数字だな」


 真人は右手を差し出し、魔王としての知識から引き出した呪文を口にする。


「呪いの七連星。地を睨む魔獣の眼。瞬く月」


◇◇ ◇


 光が瞬く。

 魔王の周囲に、いくつも、いくつも。


「全員、伏せろ! 巻き込まれるぞ!」


 リーゼは真人の背後、砦の正面に築かれた防衛陣地の中で親衛隊の部下たちに命じた。

 彼女は武器の扱いのみならず、魔法にも精通した武人だ。周囲で起きていることがなんなのか、よく分かっている。


「隊長! 陛下はなにをしようとしてるんです!?」


 しかし、部下はそうではなかった。

 正確に言えば、彼らが知る魔法と、今現在彼らの前で発動しようとしている魔法はまったく別のもののように思えたのだ。

 少なくとも、彼らが知る魔法は空間を飽和させるほどの魔力を一点に集中するようなことはない。魔力を束ねるという簡単な作業で、飽和量を超えた魔力が光となって周囲に漏れ出すようなことを、一個人が実行するなど彼らの常識には存在しなかった。


「なにを? 簡単な事だ」


 リーゼは部下を無感動な目で見詰めつつ、答えた。


「自らの敵を消滅させる――魔王ならば当然のことだろう。そして我々は、生き残った敵を追撃するために待機している」


「ですが、あれほどの数を、陛下お一人でどれほど減らせるか……」


「ヴァルキュリア様ならば三分の一といったところだろう。あの方はあまり魔法は得意ではなかったからな。しかし、陛下がそれに劣るということはあるまい」


「なぜですか?」


「そういう生まれなのだ、あの方は」


 リーゼは光のただ中に佇む男を、どこか思い詰めた表情で見詰めていた。


◇ ◇ ◇


 連合部隊の前衛たちは、魔王の周囲で瞬く光の正体について、防御魔法だと推測した。

 その証拠としては、あの光が彼らに対してなんのダメージも与えていなかったことがある。

 しかし、この判断が冷静で、正確な状況判断の結果であるとは言い難い。

 彼らのこの時の精神は昂揚状態にあり、それは一介の部族戦士から最高指揮官まで同一だった。

 彼らは魔王を自らの手で討伐するという偉業を目の前にして、あらゆる事態を最大限好意的に解釈する状態にあった。


「掛かれ! 敵はただひとりだ!!」


「部下に見捨てられた哀れな魔王を倒せ!!」


「奴を倒せば、この国は俺たちのものだ!!」


 無論、全員がこうした興奮の坩堝に身を浸していた訳ではないだろう。

 本当にわずかな数だが、魔王の行動に不気味さを感じた者もいた。

 しかしそうしたものたちも、周囲の兵たちの流れに逆らうことはできず、内心怯えながらも魔王に向かって進んでいた。


「大丈夫だ、こんなにも味方がいるんだから」


 そうした兵士たちは自分にそう言い聞かせた。

 相手はたったひとり、こちらの猛攻に慌て、衝動的に飛び出してきたに違いない。

 諸侯国同盟の兵士の知識では、そういう答えに至るのも無理はない。大半の諸侯国の男たちにとっての勉学とは、良き兵士としてのものであり、良い学者や良い指揮官としてのものではなかった。

 国力の衰微は国民の知性を奪い取るという基本的な事例が、諸侯国同盟だった。

 或いは、それこそがこの戦いの結末を齎したものなのかもしれない。


「くそっ、光が強くなってきたな」


 そう誰かが言って、盾を庇代わりに構える。

 それに倣って周囲の兵士たちも盾を構え、突き刺さるような光を遮った。


「それに、少し熱くなってきたような――――」


 言葉は、最後まで紡がれなかった。

 極々短時間、魔王を起点として扇形に猛烈な熱と光が放射され、連合部隊の兵士たちは脳がそれを意識する間もなく消滅したからだ。

 歴史の中で『ローゼンの悲劇』と呼ばれる総勢一二〇〇〇の将兵消滅は、ある種人道的な殺戮だったと言われる。なぜなら、放射された熱によって発生した副次的な衝撃波のほうが、よほど多くの負傷者を作り出したからだ。

 魔王グレイザールが歴史の表舞台に立って初めて行った攻撃は、すくなくとも直接的にはたたの一名も『負傷者』も生み出さなかった。

 これについての史家の見解はたったひとつ。


「負傷者などいる訳がない。魔王の前に立っていた兵士は、ひとりも残らず消え去ったのだから」


 まさに、魔王の所業と呼ばれるに相応しい一事であったろう。


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