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目指せ、遠き退社時刻


 派遣社員。

 それは人材派遣会社に雇用され、人材派遣会社と契約した就業先で働く労働者である。

 笹川真人も例に漏れず、数カ月ごとに仕事場が変わる派遣労働者だった。


「あー、しんど」


 今回の仕事は零細運送会社の配車業務だと聞かされていたが、派遣会社から伝えられた仕事と実際の仕事が完全に一致することなど滅多にない。

 だが、仕事にいかなければ日々の糧を得られない。

 ほぼ無意識のうちに起床し、身支度を調え、駅から列車に乗り込む。そして仕事場で心身をすり減らし、再び無我の境地に至って自宅へと帰り着くのだ。


「おはようございまーす」


 故に、その扉を開けたのも無意識のうちだった。

 少しだけ重い扉に違和感を覚えることさえなく、真人は挨拶とともに扉の向こう側へと足を踏み入れる。


「今日からお世話になる笹川です。担当者の方は……」


 視線を上げ、真人は一瞬硬直した。

 目の前に広がっていたのが、石造りの豪奢な部屋だったからだ。


「!?!?」


 雑居ビルの一室には見えない。


「え? え?」


 困惑したまま、真人はよろよろと部屋の中に進んでいく。

 そして、さらなる驚愕に襲われた。


「よく来た」


 部屋の真ん中に、男が倒れていたのだ。


「大丈夫ですか!?」


「ぐ……」


 男を助け起こすと、真人は妙な感覚に囚われた。

 目深に被ったフードの向こうに、よく知った顔が見えたからだ。


「え?」


 それは、真人だった。

 より正確に言うならば、真人とまったく同じ顔がそこにあった。


「悪いが、時間がない。異世界の俺よ、あとはすべてまかせる」


「はぁっ!? いきなりなに言ってるんですか! すぐに救急車を……」


 そう言ってポケットからスマホを取り出すと、すぐに消防の番号をダイヤルする。

 だが、いつまで経っても電話の向こうから声は聞こえてこなかった。


「いったいどうし――っ!」


 スマホの画面には、圏外の文字。


「なんでだよ、さっきまで普通に使えたのに……」


 スマホを手にしたまま呆然とする真人、その腕をもうひとりの彼が摑んだ。

 まるでそのまま腕を握り潰そうとしているかのような強さだ。


「いてえっ! おい! 離せ!」


「断る……!」


 男が絞り出すような叫びを発すると同時、摑まれた腕が燃えるような熱を帯びる。

 溶けた鉄をそのまま血管に流されたのではないかと思うほどの激痛が真人を襲い、彼は絶叫した。


「ぎゃああああああああっ!!」


 暴れ、摑まれた腕を引き剥がそうとする真人。

 しかし、男はびくともしない。

 血色の失せた顔を真人に向け、一語一語を噛み締めるように言葉を紡ぐ。


「俺のすべてをやる。だから、お前のすべてを捨ててくれ」


「なに意味の分かんねえこと言ってんだよ!!」


 怒鳴り返すことができたのは、怒りが痛みを上回った結果だ。

 だが、そんな真人に男は穏やかな笑みを浮かべた。


「それでいい、それでなければ俺ではない」


 男の体が、白い光の粒子へと変化していく。

 粒子は一度空へと登ろうとしたが、何かに引き寄せられるようにして真人の体に吸い込まれる。


「ぐ、が……っ」


 あらゆる筋肉が捻れ、骨が砕かれるような痛み。

 滴るほど汗が噴き出し、その場で倒れ込む。


「……志も果たせず、か。クソ親父が」


 それを最後の言葉に、男の体はすべて光となった。

 真人はその光景を歪む視界の中で見届け、気を失った。


◇ ◇ ◇


「――――!!」


 誰かが呼んでいる。


「――――!!」


 悲鳴のような声だ。


「――! ――――!!」


 地面も揺れているように感じる。


「――様!! グレ――――様!!」


 横倒しの世界に、女がいた。

 青い髪を伸ばした、若い女だ。耳が尖っているように見えるのは、目の錯覚だろうか。


「お――――さい! グレイ――ル様!」


 窓の外で、光が明滅しているのが分かる。

 悲鳴と一緒に、爆発音も聞こえる。


(映画かなんかの撮影か?)


『違う』


(誰だ?)


『そんなことは後でいい。急いで立ち上がれ、二度と起きることができなくなるぞ』


(どういうことだ?)


 その疑問に答える代わりに、頬に痛みが走った。


「いっ!?」


 思わず飛び起き、目の前にいた女の顔に激突した。

 鼻の奥まで響く衝撃と、一瞬だけ感じた甘い香りで意識が混乱する。


「いたた……」


 女もまた同じような衝撃を受けたのか、顔を押さえて蹲っていた。

 だが、真人が自分をみていることに気付くと、顔を押さえたまま涙目で口を開いた。


「グレイザール様! 人間どもの総攻撃がはじまりました! 急ぎ、陣を提げるご用意をとのことです!」


「攻撃だと?」


 それは思わず口を突いて出た疑問だったが、女はそれに微塵も疑問を抱いた様子を見せず、先ほどと同じように畏まった態度で答えた。


「はい、四天王各軍の移動の隙を突かれました。援軍は間に合いません」


 沈痛な表情を浮かべる女に対し、真人は呆けたままだ。

 その態度をどう受け止めたのか、女は深々と頭を垂れた。


「陛下の座所を敵の攻撃に晒したこと、我ら臣下一同、痛恨の極み。ですが、陛下さえご無事ならば、如何様にも再起は図れます。どうか、陣をお引きください」


「…………」


 まったく状況が分からない。

 だが、命の危機が迫っていることだけは女の態度から理解できた。


(だったら、さっさと逃げるしか)


『馬鹿を言うな、魔王が逃げるなどあり得ない』


「はあっ? あり得ない!?」


 予想だにしていなかった言葉に、真人は素っ頓狂な声を上げた。

 女は真人の言葉に目を大きく見開き、固まった。


「ぐ、グレイザール様? 今の言葉……」


「あ、いや、それは……」


 女の見開いた目から、涙が溢れた。


「げっ」


 泣かせてしまった。

 それは、今まででもっとも大きな衝撃となって真人を襲った。

 そのため、彼は彼女の真意を察することも、言い訳を続けることもできなくなってしまう。


「――よくぞ、仰ってくださいました」


「????」


 首を傾げる真人。

 女の言葉の意味がまったく理解できなかった。


「では、司令室に参りましょう! さあ、お急ぎを!」


「お、おう」


 女にせき立てられ、真人は慌てて立ち上がる。

 そして女にテキパキと身支度を調えられ、姿見の前に立たされた。


「時間がありませんので、最低限の支度となりますが……」


 そこにいた者の姿に、真人は立ち竦んだ。


「あ」


 鏡の中にいたのは、先ほど真人の前で消えたはずの男だった。


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