第六章 おかしな診療所にて
「狂人?神?いっている意味が全く訳が分かりませんし、からかってるのかしら?」
おかしい。
自分のことを2人でからかってるにしても、いつもならこんなくだらないこと気にしないのに、今日は無性にイライラする。
それだけじゃない。
神楽は自分が神と言われることに、無性に恐ろしさを感じていた。
恐ろしさと、なんとも表現し難い気持ち悪さ。
指の先からつま先、髪の生え際、身体の全てに千のミミズが這い回っているような
そんな気持ち。
周りをぐるぐる不躾にまわる男性にも、困惑していた神楽だったが、
困惑は次第に怒りに変わってきた。
こちらの気も知れず飄飄と話す暇なんて、一発くらい殴っても罰は当たらないんじゃないかと思う。
脳裏に気持ち悪い声が響く――。
「神様――。僕だけの――。」
動けない。
怒りと恐怖に理解が追い付かず、意識が朦朧として、正直立っているのがやっとだ。
「・・・・。」
「あーごめんねぇ。怒っちゃった?ほら!やめときなよ、嫌がってるしさぁ。」
「おーおーすまない。あまりにも普通だから」
彼だけでなく、暇も神楽の癇に障る原因の一つなのだが・・。
暇は、気づいているのかいないのか。
ああ、もう――無理――・・・。
神楽の体が前のめりになっていく。
――――ガチャン!!!!!
ガランガラン!!カランカランカラーン――。
神楽は倒れそうになる身体を支えようと、
目の前のテーブルをつかもうと試みたが無駄だった。
倒れていくテーブル、衝撃を受けそのテーブルから飛ばされ落ちた本がどさどさと無造作に散らばる。タバコの吸い殻でいっぱいになった灰皿も飛ばされ、ひっくり返った。
タバコの吸い殻の粉が雪のようにスローモーションで降っていく。
「—―!!」
「—―――、――?」
だんだん目の前が暗くなっていく神楽の耳に、心配する誰かの声が聞こえた気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「—―んん・・・。」
目のまえに飛び込んできたのは見知らぬ天井。
「ここは――」
あたりはクマやら猫やら犬やらとにかくたくさんのぬいぐるみが置いてある。
あらゆる種類の動物のぬいぐるみ、それも手作りのもののようだ。
「—―かわいい・・・。」
カチャ―
「よかった!気が付いたのね!」
かわいいという呟きと、ドアが開くのはほぼ同時だった。
カチャっと音がした方向をみると、そこには先ほどの女性がたっていた。
「心配したのよ?――っていってもわからないわよね。いつもなら研究中は絶対に入っちゃダメっていう田植先生が、急に私のこと呼んだと思ったらあなた倒れてるんだもの!本当に驚いたわ!—――まさか今度は生きている子に田植先生が手を出したのかと思—――。」
はっとした顔でこちらを見る。
「えっと――あの・・・。」
「!!ごめんなさい、私ったらペラペラと――。なんでもないから気にしないで!もうしばらく横になってたらいいわ。また起き上がれそうになったらこのボタンを押してね、すぐ行くから。」
そう言ってドア横の赤いボタンを指さす。
どうやら緊急呼び出しボタンのようだ。
そういえば、玄関とか田植?先生と呼ばれる男性の部屋に行く途中の廊下にも点々と配置されていたな――。
なるほど、患者さんが気分が悪くなった時の為、ボタンがあちこち配置されているんだろう。
「すみません、急に気分が悪くなっちゃって――。」
「全然大丈夫よ!たまーに来たと思った急患さんもよく倒れちゃうし、人を運ぶのは慣れてるのよ。お姫様抱っこっていうの?あなたぐらいなら軽々よ!」
気にしないで!という顔の前で手を振る女性。
よく倒れる患者というのもよくわからないがそれよりも、だ。
目の前にいる、この細身で華奢な女性にとてもそんな力があるとは思えない。
最近体重を計ってないからわからないが、覚えている限り私の体重は40㎏はあったのだけれども――。
いえ、やめましょう。倒れたばかりだからか、今は集中して考えられそうにないですし。
「すみません――ではお言葉に甘えて、少し休ませていただきますわ。」
今は少し休もう。
「お父さん、お母さん心配してるかしら――ちょっと話をしたら――すぐ帰・・・。」
意識はそこで途切れた。
眠りにおちた神楽。
――カタカタカタッ。
神楽と共に運ばれたカバンにつけられたお守りが、風もないのに少し動いていたことに気づかなかったのは神楽にとって幸いだっただろうか、それとも不幸だっただろうか。
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倒れた神楽を休憩所に運んでもらった後、暇と田植は話の続きをしていた。
倒れた神楽が少し心配だったが、今は近くにいないほうが好都合かもしれない。
「—―で、どういうことだい?ここまで連れてきたってことは、何か考えがあるんじゃないか?君のことだ。ただの優しさで狂人同士を引き合わせたってわけじゃないんだろう?」
「ええ、もちろん。話せることだけっていう条件で、お話します。実は――。」