第四章 戻った日常は狂った日常
数日が過ぎた。
穏やかに日常は過ぎていく。
朝起きて学校へ行き、終わったら帰って寝る。
たまにショッピングにも行くし、すぐ近くの山までピクニックにも行った。
自分でいうのもなんだが、健康的、理想的な生活極まる。
特にローズガーデンは大好きだ。季節を問わず咲く薔薇に囲まれ本を読むひと時は素晴らしい。
うるさいことをいう友達もできた。
憎まれ口も叩けるようになった。
あっはははっ!
なんって幸せですの?
「かーぐら!何してるの?また本でも読んでるの?」
「うるさいですわよ、ほっといてちょうだい。」
当然そんなことさらさら思ってない。
ちょっとした照れ隠しだ。
「まーたまたぁそんなこといっちゃってー。ほれほれー。」
「きゃっ!く、ふふふっ、も…もうこれ以上やったら本気で怒りますわよ!」
体にまとわりつく友達――
顔をちらりと見る。
互いに動いていて見にくいのだが、
彼女の頬には赤い何かがくっついているようだ。
「何か頬についていますわよ。」
「えー、とってとってー!」
かわいく小首をかしげ、頬を差し出す彼女。
「本当に世話の焼ける方。仕方ないですわね―――。」
手を伸ばす神楽。
手を伸ばし、取ろうとするが掴めない。
ぬるりとした感触が指に伝わってきた。
「あれ?おかしいですわ。」
とれない。
両生類の粘液を思わせるような感触が気色悪く、思わず自分の頬に触れる。
「え。」
頬には同じように、ぬるりとした感覚。
そして頬を伝って液体が落ちる感覚は、確かに以前にも感じたことがあるものだった。
その瞬間神楽の頭によぎったのは。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「怖いわー。みんな死んでるのに普通に暮らしていたらしいわよ。」
「ええ、ええ、ほんとに。」
TVも新聞も同じことばかり壊れたラジオのように放送している。
「可哀想な子…。」
はっ
神楽が気がつくと、そこに友達はいない。
あれだけ明るかった日も落ちており、ベンチを照らす外燈だけがチカチカ光っている。
外燈の周りには虫が集まり、太陽に焦がれた虫がポトリと地面に落ちた。
「どこに…行ってしまったの?夢でも見ていたのかしら。」
分からない。
けれど、もうこんなに暗い。そろそろ家に帰らなくては。
タッタッタッタッタッ
足早に帰る。
夜は暗闇からなにか這い寄ってきそうな気がして、怖い。
「こんなに暗くなっちゃって…いつも暗くなる前には帰りなさいって口酸っぱく言われてるのにどうしようかしら…。」
怒られる自分の姿が目に浮かぶ。
怒られるのは嫌だけれど、親に心配をかけちゃダメよね。
「心配性の両親を持つと大変だわ。」
呟く神楽は、困ってはいるようだが微笑を隠せない。
ほら、街角にあるカーブミラーに少し微笑む少女の姿が見える。
その頬は――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハァハァハァ。」
ふふ、ふふふ
「神楽様…美しい。私の神様…私だけの神様…。」
神楽は気づいていない。
その下卑た声に。
肌に触れる指に。
「お父さん、ご飯冷めちゃうから本読むのやめて!お母さん、お父さんがまた本読むのやめないのよ」
「あらあらお父さん、ダメよー。神楽が怒ってるじゃないの。」
「おっと、ついつい夢中になってしまった。はっはっは!」
リビングのドアの隙間から見える洗面台の鑑、
そこに映る神楽の頬は――。
―――――――――――――――――――――――――――――――
猟奇的殺人事件!
犯人は一体。
幸せな家族に起こった痛ましい惨劇!
大学教授 卯月里 皐月さん(42歳)
専業主婦 卯月里 遊さん(39歳)
が遺体で発見されました。
お二人の遺体は椅子に縛られた状態、
指には釘でスプーンやフォークが打ち付けられておりまるで食事のひと時を楽しんでいるかのようだったとのことです。
幸い一人娘の神楽さん(17歳)は無事自宅のリビングで保護。命に別状はありません。
事件になんらかの関係があるとして、詳しい話を聞いていく模様です――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
血で濡れていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうだ。
わかった
ワカったんだ。
ゼンブオモイダシタ。
なんで忘れてたんだろウ。
嗚呼
アア
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「狂気度高くなりすぎの失敗ねぇ。」
「出会いから、やり直した方が良さそうだねぇ。」
「今度は殺さないでくれよぉ?」
ニヤリと笑う影は虚空に消えた。