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退屈な話  作者: 宮呂くろ
1/8

プロローグ 神無月暇のひまつぶし

神無月かんなづき いとま

は退屈していた。

これほどもないくらいに、

ただひたすらに退屈していた。


「とうもろこしの粒の数でも数えますか…。」

暇は別にとうもろこしが好きなわけでもない。

なんならこれがべつにみかんの粒の数であっても構わなかった。



「とうもろこし。」

まったくひまで仕方ないのを隠そうともしない暇。

時刻はまだ昼下がり。

今日は、授業も早上がり。


まだ日も明るく天気もいい。

10月ということもあり、気候もある程度落ち着いている。

日向ではすこし汗ばむぐらいだが、そよぐ風は秋の訪れを感じる。


遠くでは部活に勤しむ者もいれば、

大きな声で話しの花を咲かせる者もいる。


ふんふん、これは駅前で常に行列のできている、話題のタピオカドリンクについてのようだ。

『味もたくさん選べるし、うち薔薇塩味好きー…。

 てか薔薇ってもうそれだけで可愛くない?』

『そんなことよりフォトジェニックなとこがいいんだもんねー。

 これ前撮ってたやつ!インスタあげてるから見てみて!…』




大きな声は、一つ下の教室から聞こえてくるようだ。

まったく屋上まで聞こえてくるなんて、

どれだけ大きな声で喋っているんだろう。


平凡な退屈な日常には変わりはないが、

この大きな声の話題は、暇の興味を少しばかりそそる程度の慰めにはなったようだ。





「今日も平和だ…。」

寝転び、あくびを堪えつつ呟く顔には

明らかな眠気が見えた。


眠気は確かにある。

しかし、暇は待っていた。

こんな早上がりの日はいつもこんな調子で、

このひまをつぶしてくれる状況の訪れをとにかく待つのだ。



「さあ始まりました!連想ゲーム。

 今から暇くんにあの雲から連想できるものを、

 考えてみてもらいましょう。

 どうです?

 これは難問ですよ~?

 はい、ゴリラです。

 おおやはり暇くんは観点が違うようですね!

 さっそく暇くん100ポイント獲得です!」

自分で言っててなんだが、しょうもなさすぎる。


暇は欲していた。

それはもう渇望といってもいいのではないだろうか。


べつになんでもよかった。

恐竜復活?幽霊話?オカルトだって、ウェルカムだ。

いっそのこと異世界に飛ばしてくれてもいい。


なんでもいい、誰でもいい。

このひまを、退屈を吹き飛ばしてくれ。



そんな眠気を遮るように、一陣の風が吹く。

風が大きく吹くのと

ドアのバタンという音はほぼ同時だった。


「おやおやー…ドアー…、開けっぱなしでしたかねー…?」

暇の眠気はすでに限界のようだ。

いつものパターンなら、

ここでこのまま寝て日が暮れてから家路についている。


風が吹くのと同時に閉まったドア。


人間だれしも大きな音がしたら、発生源を探すだろう。

それは興味か、本能か。


眠気ももうピーク寸前だったが

興味は眠気を、ほんの少しばかり上回ったようだ。

ゆっくり屋上へ繋がる昇降口に目を向けた。


 

バタンと閉まったドアの前

ずっといたのか、今来たばかりかは定かではないが、まったく見慣れぬ少女がそこにいた。

相手が自分の存在に気づいたことに、少女もまた気づいたようだ。

一瞬逡巡したように見受けられたが、それも束の間。

間髪入れず、こちらに向かって歩き出した。


右足、左足と前に足を出すたびに、腰までくるストレートの黒髪はゆらゆらそれに合わせてゆれている。

顔は逆光であまりよく見えないが、同じ年ぐらいだろうか?

少なくとも教師ではなさそうだ。



この角度であれば、寝転ぶ暇の目にはスカートの中まで見えてしまいそうである。



だが暇にはそんなことでうでもいい。

…まあ絶対にどうでもいいことはないのだが、この際それは置いておこう。

今この時重要なのは、

この少女は自分に何か刺激的な何かを提供してくれそうな予感。

あれだけあった眠気が、嘘みたいに吹き飛んでいくのを暇は感じていた。



どこの学校にだって、なにかしらのオカルト話があるだろう?

この学校にももちろんある。


内容の例はこんな感じだ。

屋上に行くと自殺衝動が起こる。

屋上にはドッペルゲンガーが現れる。

屋上は異世界につながっている。

屋上には幽霊が出る。

屋上にある日置いてある本には自分の不幸な未来が書かれている。


このほかにもとにかくたくさんあるのだが

物語の始まりは決まってこの屋上だ。



普通であれば気にも留めないような話だろう。

しかしここは日本では有数の宗教都市『神坂市』

信心深い宗教都市ではごく当たり前に、オカルトも受け入れられてしまう。

だから誰も、ここには近づこうとしない。


それも学校は、常に屋上が解放されているわけではない。

学校側の教師陣ももれなく迷信深い神坂市の人間のため、

屋上へは立ち入ろうとしない。

屋上のカギがなくなっていることにも気づかないようだ。


暇は合いカギを持っているから、屋上に自由に出入りできる。

それゆえ合鍵を待つ彼がいるときのみ解放されているようなものだというべきか。

彼の名誉のために言っておくが、このカギは彼が盗んだものでないことは確かだ。


少女はカギがかかっているはずのドアが開いており、

すんなり屋上に入れてしまったことに驚いたに違いない。

ましてやそこにぐうたら独り言をつぶやく変人がいたなら・・・。




少女はとうとうこちらまでたどり着き、歩みを止めた。

スカートの中は相も変わらず見えそうだ。

見えそうで、見えない。


少女はスカートの中など気にすることもなく、

明らかに冷めた顔をこちらに向けこういった。

「あなた…いっつもそんなことしてますの?それにあなた…」

「とうもろこしなんて、持ってないじゃない。」


そう、彼はとうもろこしなんて持ってない。

彼が持っていたのはこんな昼下がりにぴったりの眠気と、

ひまを潰したいというただそれだけの欲求だけだった。


「—―—――――。」

暇はニヤリと笑った。

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