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Imprial Dawn  作者: 石坂来季
6/6

Ep.5 Convergence -収束-

★1


−帝国国防委員会庁舎上空 PM15:48


スナイパーは待つ事が仕事だ。


身動きもせず、只じっと獲物がスコープのレティクルの中心に収まるときを待つ。


また、戦場においては恨まれるのも仕事である。


敵をおびき出す為に、一人の兵士を、あえて一発では仕留めず、仲間が助けに出てくるのを恍惚に待つ。


そんな手段で猟りを行っていれば、当然敵の連中に恨まれる。


だから、俺たちスナイパーは捕虜にはなれない。


捕まれば、仲間を猟りの餌にされた復讐の為に、間違いなく吊るされるだろう。


「ラクアさん。」


突然隣から掛けられ声に、俺ラクア・トライハーンは、ん?と喉を鳴らした。


「…今日の夕飯何にします?」


こいつ、作戦中に話しかけて来るなんて上官の教育がなってないな。


あ、上官は俺か。


しかし、夕食の献立は重要な事だ。


「肉か、魚か。どっちかだな。ワインの気分だ。」


俺が言うと、アホな俺の弟子アリス・ルクミンは顔を上げて俺の方を見た。


「珍しいですねワインなんて!!」


「バカ。スコープから目を離すな。」


俺がキツい口調で言うと、は、はい。と、慌てて狙撃の体勢に戻るアリス。


「明日はゆっくりだから。今晩は多少深酒しても問題ねぇ。」


「??…ラクアさん明日何かあるんですか?」


「あぁ。私用だ。三日程基地を開ける。レオンの言う事良く聞いとけよ?」


俺が言うと、アリスは、了解。と兵士っぽい返事をした。


明日からの三日間は、俺にとっては毎年恒例の日だった。


副隊長が基地を開けるのは申し訳ないが、SHADEの仲間達は何も言わずにそれを認めてくれていた。


「…ん?」


スコープの中に映る敵のガンシップの内部で、何やら人が動き始めたのを感じ、俺はスコープの倍率をあげた。


直様隊長のレオンに向けて無線を飛ばす。


「レオン。そっちの様子はどうだ?」


『…ラクアか?こちらは何とか片付いた。そちらは?』


レオンの問いかけに、一瞬安堵するが、俺は目の前のガンシップが動き始めようとしている現在の状況をを的確に伝えた。


「フロレイシアはどうしたんだ?敵は奴を置いて逃げる準備をし始めたようだぜ?」


眼下ではガンシップが密やかに離陸準備を始めている。


『恐らくそのつもりだろう。zodiacの事後処理部隊が屋上に到着する間足止めをしてくれ。腐ってもガンシップ。飛び立ってしまったら厄介だ。』


「お?いいのか?そんな楽しそうな事しちゃって。」


俺の問いかけに、レオンは無線の向こうで、節度はわきまえろよ。とだけ言い残すと無線を切った。


「了解。」


合図の様に呟くと、俺は直様レティクルをガンシップの窓に映る人影にあわせた。


「アリス。猟れるだけ猟れ。」


「はい!」


俺の号令と共に、愉快な猟りが始まった。


引き金を引く度に、対ガンシップ用の大口径弾が次々にライフルから放たれ、ガンシップの防弾ガラスを突き破って中にいる人間を吹き飛ばす。


機械部は分厚い装甲に覆われているため、ガラス部分を狙うのが最も有効だろう。


射界は僅か20cm程か。


俺たちの攻撃に気付いたガンシップは、ゆっくりと離陸を始めた。


「カリン。ヘリを正面に回せ。」


「はいよ。」


ヘリの操縦桿を握るSHADEのメカニック、カリン・フェルトの気持ちのよい返事を背に、俺はスコープの中の世界で猟りを楽しむ。


ヘリは、カリンの巧みな操作で、直ぐにガンシップの正面に躍り出た。


向こうさんは焦っているのか、逃げる事に精一杯でこちらに攻撃を仕掛けてくる様子は無い。


レティクルの中心にガンシップの操縦者の頭をあわせ、引き金を引こうと瞬間、ヘリが大きく傾いた。


「うお!」


自分達が滞空していた場所にガンシップからの機銃掃射が見舞われる。


「あっぶねーなぁ!」


「早く片付けてよ!今はミサイルこそ積んでない様だけど、相手は腐ってもガンシップなんだからね!」


男勝りなハスキーボイスで、カリンが操縦席からこちらに向って叫ぶ。


わかってる。わかってる。


「よし。」


俺は体勢を立て直すと、今度は機銃の攻撃範囲から外れた斜めの位置から狙う。


スコープの中で、操縦している人間がこちらを睨みつけている。


おぉ怖い怖い。


ガンシップがヘリを攻撃しようとこちらを向こうとしたその瞬間だった。


まさに、俺が引き金に指を添え、それを引こうとしたその瞬間に、目の前に滞空するガンシップが突然爆発した。


「なんだ!?」


突然の出来事に、俺は思わずスコープから目を離し、目の前の光景を確認する。


「何が起きた?!」


俺の問いかけには答えず、カリンはヘリを旋回させ、爆散したガンシップから距離を取った。


「…なに、あれ?」


操縦桿を握りながら、彼女が前方で燃えるガンシップの近くを指差したので、俺はその方向に目線を向ける。


「戦闘機?空軍か?」


腰のポーチから双眼鏡を取り出し、確認する。


燃え盛るガンシップの上空を戦闘機の様な小型の物体がグルグル旋回している。


「?違う!戦闘機じゃない!あれは…人間だ!」


双眼鏡を除いて見えた物に対し、俺は驚きのあまり言葉を失った。


人間?


いや、確かに人間だ。


空飛ぶ人間…。


背中に巨大なバックパックを背負い、まるで鳥の様に空中を飛び回っている。


背負ったバックパックから左右に伸びた翼の様な物が、『ソレ』を戦闘機だと思わせていたのだ。


「貸して!」


俺の手にしていた双眼鏡を奪い、カリンが『ソレ』を覗き込む。


「…あんな兵装、空軍でも見た事無い。一体、何処のどいつだ?」


帝国空軍の技術チーム出身である彼女の言葉である。


間違いなくそれは、未確認の機体だった。


「飛び去って行くぞ!しかも早い!」


遠目に見るソレは、やがて黒い点となって空の彼方に飛び去って行った。


屋上には炎上するガンシップの残骸だけが残されている。


「一体…あれは…?」


zodiacの事後処理班が屋上に時間差で到着し、残骸の周りに展開するのを尻目に、俺は少しの間、ソレが去って行った方角の空を呆然と眺めていた。



★2


−帝国国防委員会庁舎一階ロビー PM15:55


「アドルフの処刑を?今此処で?」


俺はルカ少佐が初め冗談を言っているのかと愚考した。


しかし、彼女の目はあくまでも鋭く、その場に居るもの全員を射竦めてしまうような気迫を帯びていた。


「七貴人の命令だ。死刑囚の釈放はあらゆる方面に極秘に執り行われたが、テロリスト共の要求通りにその男を一度とはいえ釈放してしまったのも事実。上はその事実を無かった事にしたいらしい。」


少佐の言葉に俺は驚愕した。


いくら死刑囚と言えど、立場を顧みずアドルフがこの作戦に貢献したのは事実である。


減刑、とまでは言わなくても、何か彼に気持ちを整理する時間を与えてやる位の事は出来ないのだろうか?


「…用は済んだからさっさと死んで下さいってか?少佐。それはさすがにあんまりじゃないのか?」


俺はそう抗議しながらアドルフの前に躍り出た。


「…アドルフの釈放、作戦への参加は、あくまで処刑の為の『移動』であった。という事にするつもりなのですね?七貴人は。」


レオンが表情を変えずに淡々と少佐に問いかける。


「その通りだ。用意周到なテロリストに一時でも屈した事実をこの帝国の歴史に刻まない様に。ソレが例え作戦の為であってもだ。我が国の法務省は、作戦終了後に彼を即刻処刑するという条件で、今回の釈放に合意したのだよ。」


こいつ等は、一体何を言っている?


何故こうも淡々と本人を目の前にしてそんな事を話せるんだ?


「お前達は直ぐに第三基地に帰投しろ。汚れ仕事は私とルノアが引き受ける。その為に本国に戻って来たのだからな。」


少佐の言葉に、レオンは大きな大きな溜め息を吐きながら、やれやれ。と言った様に肩を竦めてみせた。


「…帰るぞ。」


レオンがそう言いこの場から立ち去ろうとするのを合図に、バロンが心配そうな表情をアドルフに向けながら続く。


「…ロック帰るわよ。任務は終わったわ。」


一向に動き出そうとしない俺に先輩が手を差し伸べる。


「ちょっと待ってくれ!」


先輩の手を払いのけ、俺はその場に居る全員に聞こえる様に声を張り上げた。


ロビーを去ろうとするレオン、バロンが足を止め、俺の方を振り返る。


「あんた等全員おかしいよ!俺はアドルフに命を救われた。この庁舎が爆発していたら、大勢の人間が巻き添えになる事態が起こっていたんだ。アドルフは、過去の悲しみや帝国への憎しみ、全てを乗り越えてこの国を、命を守ったんだぞ?それを自分達の都合でなかった事にするってのか?間違ってるだろ!」


俺の叫びに、先輩が差し伸べていた手をゆっくり降ろした。


「違うな。間違っているのは貴様だ。ロック・セブンス。」


ルカ少佐ははっきりと俺の捲し立てた言葉をそう言って切り捨てた。


彼女は一歩前に踏み出すと、懐から葉巻の入ったケースを取り出した。


「まず、お前は『何』だ?ロック。お前は帝国軍の兵士だ。その生き方を選んだ時点で、お前にはお前の立場以上の決定権は無い。レオンより私。私より七貴人。決定権を持つのはいつだってお前より上の人間だ。それが人の生き死に関する事であってもだ。」


少佐はそう言いながらケースから取り出した葉巻を咥え、ジャケットのポケットから取り出したオイルライターで先端に火をつけた。


葉巻の甘い香りがロビーに広がる。


少佐の言葉に、俺は自らの拳をこれ以上無い位の力で握りしめた。


「どうすることもできないのよ。罪を犯す人間が居る限り、私たちは罰を与え続けなくてはならない。たとえ周りの人間には理不尽で、非道に見えようと。任務を遂行する事が私たち軍人の定めなの。」


先輩が優しく語りかけながら俺に歩み寄る。


俺は何も言葉を発する事が出来ず、ただそこに佇み、目の前に立ちはだかる少佐、いや、その上に更に続く権力を睨みつける事しか出来ない。


そんな俺の肩を、背後から誰かが軽く叩いた。


振り返ると、そこにはアドルフがいる。


「…僕は。この二年間『死』という銃口を突きつけられながら、無意味に生きてきました。そんな中でいくつか分かった事もあります。罪と言うのは人を選びません。人として全うな道を外れればだれだって簡単に罪人になる事が出来る。しかし、罰を与える人間は正しい人間でなければなりません。だから、ロック君は、これからも正しい事をし続けて下さい。」


アドルフは笑顔で俺にそう告げると、少佐と、ルノアの前に躍り出た。


「僕の犯した罪は、僕の死だけでは到底相殺しきれない。ですが、僕は死ぬ前に君達に出会えて良かった。本当に最後の最後でしたが、自分自身が正しいと本気で思える事が出来た。それだけでも凄く幸せな事なのですよ。」


アドルフがそう告げる最中、少佐の背後に立っていたルノアが静かに手にしたアサルトライフルの銃口を彼に向けた。


レオンとバロンは黙って事態を静観している。


心の中では、こんな抵抗が無意味だと言う事に気付いている自分が居る。


今の俺は、只ダダをこねる子供の様な物だと言う事にも気付いてはいる。


しかし…。


「…俺が正しいと思える事は、これだ!」


そう叫びながら、俺の体は勝手に動いていた。


腿のホルスターから拳銃を抜き放ち、その照準を一瞬でルノアに向ける。


「…何の真似?」


いつもの淡々とした言葉と表情で、ルノアが俺に冷たい視線を向ける。


誰も俺の行動を予測出来なかったのだろう。


レオンですら驚いた様な表情を顔に浮かべていた。


「ロック!辞めろ!味方に銃を向ける意味が分かっているのか!?」


しかし、吠えるレオンを、少佐が手のひら一つで制した。


その、軍人としての当たり前の光景すら、今の俺には忌々しく写る。


「…アドルフをそんな簡単には殺させない。こいつには十分更正の余地がある。少佐にもそれは分かってるんだろう?せめて、自らの弟を自らの手で葬ったという悲劇を、心の中で整理する時間だけでも与えてやってくれ!」


俺の呼びかけに、少佐は少し俯くと、再び俺に突き刺す様な視線を向けながら顔を上げた。


「…余地があろうと無かろうと関係のない事だ。…ロック。ルノアに向けて銃を向けている時点で普通なら処罰の対象だ。命令に背けば断罪される。それがこの国のシステムだ。お前の身勝手で、私を含めたSHADE全員が断罪される事になってもいいのか?」


「…。」


その問いに、俺は答える事が出来なかった。


しかし、構えた銃を下ろす事も出来ない。


そんな俺の様子を見、少佐は鋭く眉を吊り上げる。


「…貴様、死にたいのか?」


彼女はそう言いながら、もう一歩俺に歩み寄った。


『死』が歩み寄って来るかの様だ。


「自らの死を望み戦う兵士が何処に居る?甚だしい矛盾ではないか。そんな人間は兵士ではない。この国の兵士にとって、職務を放棄する事は、生きる事を放棄すると同義。お前のやっている事は単なる身勝手だ。」


「自分が正しいと思う事を出来ない。そっちの方が死んでいるのと同じだ!」


頭に血が上った様に、俺が捲し立てると、今度はレオンが声をあげた。


「…お前の価値観はわかる。だが、自分一人の正義を振りかざし、全体を乱す行為。それは只の自己満足だ。解れ。少佐も、私達も、お前を失いたくはない。」


分かってる!


そんな事は分かってるんだよ。



だが、この感情は何だ?


何故、俺の手は動かない?


「…ロック。」


静かな声で、先ほどまで黙って見ていた先輩が俺に呼びかける。


その声に、俺は先輩の方に視線を向けた。


「!?」


彼女は真っ直ぐ、俺に銃を向けていた。


「…何を?!」


「あなたは優しいわ。その優しさに私は救われたし、これからも誰かを救う事になると思う。でも、私たちはチーム。誰かが間違った道に歩もうとすれば、誰かが全力で止める。」


先輩はそう言うと、拳銃の撃鉄をゆっくり起こした。


「レンは…。」


彼女は悲しそうな目で俺を見つめる。


俺は先輩の次の言葉を待っていた。


「レンは、仲間の静止を振り切って、自分が正しいと思う事をした。そして彼は…死んだの。」


それは、俺に銃を下ろさせるのに十分な言葉だった。


ゆっくりと、俺は先輩から目を離さないまま、ルノアに向けていた銃を無意識に下げる。


その様子を見、先輩もゆっくり、俺に向けていた銃を降ろした。


しかし、先輩は続けた。


「…彼はそれで良かったかもしれない。でも、残された私たちはどうなるの?命令に背いたあなたを裁くのは誰?チームメイトである私達?…もしそうなら、目の前で仲間を失う事より悲しいと思わない?」


優しく諭す様に先輩の言葉が俺の体中に響き渡る。


俺は…。


「帰ろう?」


そう言って微笑みながら、先輩は俺に手を差し伸べた。


「…。」


先輩に手を引かれ、俺は仲間達の元に向かい歩こうとする。


仲間達は、もうそれ以上何を言う訳でもなかった。


少佐も、ルノアも。


ふと後ろを振り返ると、アドルフがこちらに優しい笑みを浮かべていた。


俺は立ち止まる。


それにつられ、俺の手を引いていた先輩も立ち止まった。


「…二人とも。本当にありがとうございます。短い間でしたが、お二人に出会う事が出来て良かった。最期の最期で、僕は変わる事が出来た。それが自分でも分かる。」


彼はそう言うと、深々と俺たちに向かって頭を下げた。


「…アドルフ…。」


「ロック君。君は、本当に素晴らしい仲間に恵まれていますね。皆さんが居れば、きっと君は大丈夫です。そして、君が居れば、きっと皆さんも大丈夫。」


彼はそう言いながら顔を上げると、再び俺に微笑んでみせた。


これから死に行く人間が、こんなに無邪気な顔で笑える物だろうか?


「…君達は、闘いの中でしか生きられないグリーンカラーだ。きっと、また会う事になるでしょう。それが近いうちでない事を祈ってますよ。」


アドルフはそれだけを最後に言い残すと、俺から視線をそらし、ルカ少佐とルノアの方へ向き直った。


俺は再び歩き出す。


仲間と共に。


「…アドルフ・ドルメニク。最後に言い残す事はあるか?」


気を取り直して。と言った様に、ルカ少佐は平然とした様子でアドルフに問いかけた。


「…出来れば、家族の眠る祖国の地で眠りたい…。」


アドルフの静かな声が聞こえる。


ある意味では、それは当たり前の事だろう。


しかし、そのごく普通の事を死の間際になっても願うアドルフの人生とは、一体どんな物だったのだろう?


「…帝国の死刑囚は死刑執行後、荼毘に付され、犯罪者達が眠る、狭苦しい共同墓地に埋葬される。帝国では死してなお、反逆者や重罪人を許しはしない。」


ルカ少佐はそう冷たく言い放った。


しかし、アドルフは全てを受け入れる。という様な様子で彼女の言葉を聞いている。


「しかし、貴様のその願いは帝国軍務総省長官補佐ではなく、私、ルカ・ブランクが聞き届けた。」


普段規律に厳しい自分達のオーナーの意外な言葉に、俺は思わず立ち止まった。


「ありがとうございます。」


アドルフが微笑み、そして何かを決意したかの様に、運命に身を委ねると言う様に、ゆっくりと目を閉じる。


「少佐…。」


俺がそう零すと、彼女はこちらに視線だけを向けて小さな声で言った。


「最低限守らねばならないルールは守れ。ロック。自分を通すなら、バレない様にやれ。それ以上の事をしたいのなら出世しろ。」


ルカ少佐のその言葉は、彼女自身もこの処刑には乗り気でない事を暗に物語っていた。


俺は、小さく、了解。と返事をし、目を閉じたアドルフを一瞬見てから、ロビーの出口に向って歩く。


先輩に手を引かれ、隊長のレオンの、背中を見つめながら。


「…断罪。」


去り行く瞬間。


背後から聞こえた少佐の号令と共に、数発の銃声がロビーに響くのが聞こえた。


俺たちは、もう振り返らなかった。



★3


明くる日の朝


−アルトリア丘陵 国立自然公園 AM 6:40


「なんの真似だ?またこんな場所に呼び出すとは。」


私は例の男の姿を見つけるなり、薮から棒にそう声を掛けた。


前にあった時この男は、


『 しばらくはこうして会う事も出来まい。』


そんな事を言っていた筈だ。


「…合い言葉は?」


男はこちらを振り向かず、ただ目の前に広がる朝焼けの帝都を眺めながら言った。


こいつ、私をからかっているのか?


「…この前、あんたに必要無いと言われた様な気がするが?」


私が反論すると、彼はこちらを振り返り手すりに背中を預けて微笑した。


「…そうだったかな?」


男の人を見下す様な視線を無視し、私は彼の隣に並ぶ。


「…A1。報告を。」


またか。


全てを知っているくせに、この男はいつもいちいち私の口から状況を報告させるのだ。


私は一瞬蔑む様な視線を彼に向けると、まるで視界に写った男の姿を浄化するかの様に目の前の景色に視線を移した。


「C3…。フロレイシアを含む彼等の部隊は全員死亡した。だが、彼は任務を全うしたようだ。私たちの計画はこれで次の段階へ移行する。」


私が簡潔に現状の報告を行うと、隣の男は少し難しい顔をした様だった。


「…フロレイシア、いや、ルドルフは有能な男だった。だが、彼は我々の一員として生きて抗う事よりも、唯一残された家族であるアドルフと心中する事を選んだと言う訳か…。」


これは笑えないジョークだ。


ルドルフは、命を掛けて唯一の家族と再び生きて行く事を望んだだけだ。


「どうだろうな。今としては分からない。」


私がそう零すと、彼はこちらを見て報告の続きを促した。


「…救おうとした自らの兄に撃たれて奴は死亡した。想像していなかっただろうな。」


「ある意味では、二人とも救われたのかもしれん。ルドルフは、自らの家族に裁かれる事によって。そしてアドルフは、あの二人に出会う事によって、な。」


男は気障なな口調でそう言うと、続けて私に問いかけた。


「残りの6名はどうなった?私が彼に貸し与えた人員だ。まさか、また死病インキュアブルか?」


男の質問に、私は少々驚いた。


「知らないのか?」


「だからこうして報告を受けているのではないか。」


私はまた一つこの男が分からなくなった。


私は少し頭の中で言葉を纏めてから、報告を続ける。


死病インキュアブルでの死亡者は今回の事件では一人も出ていない。」


「ほう。実験がうまく行ったのか?」


男の問いかけに、私は、いや。と否定した。


「SHADEのスナイパーの報告によれば、突如現れた、見た事の無い兵装の兵士が現れ、彼等の乗ったガンシップを庁舎屋上で撃墜したらしい。」


その報告に、男は再び難しい表情を浮かべた。


「…見た事も無い兵装だと?」


「あぁ。なんでも、突如北の空から現れ、最初は小型の戦闘機か何かだと思ったらしい、だが、報告によれば、そいつは明らかに人間だったと。」


「…。」


彼は何かを思案する様に黙った。


「背中に鉄で出来た翼を背負い、ミサイルの様な物までぶら下げていた。ガンシップを撃墜した後は、もの凄いスピードで再び北の空へ飛び去って行ったそうだ。」


「…間違いない。『監視者』だ。」


監視者。


その言葉が出て来た事に、私は目を見開いた。


私たちの作戦はまだ、本段階に入っていない。


それなのに、私たちが一番厄介にしている者達がこんな初段階で姿を現すとは。


「大丈夫なのか?まさか我々の正体が?」


「いや、分かる筈は無い。恐らく、今回は様子を伺いに来ただけだろう。『我々ではなく、彼等の』。」


彼がそう言うのと同じタイミングで、背後に黒塗りのセダンがゆっくり徐行して停車した。


男が後ろを振り返る。


全開と同じ様に迎えが来た様だ。


「…監視者が動いている以上、こうして会うのはやはり危険だな。今後は秘密回線のみで連絡を取り合う事にする。」

彼は私にそう告げると、自分を迎えに来た車に向け歩き出した。


「…A1。君は事態が大幅に動くまでに、出来るだけ多くの『アンプル』を回収してくれ。死病インキュアブルを完全に克服しない事には、我々はこの国と戦えない。」


私はその言葉に頷く。


すると、男は、それから。と車に向う足を止めて続けた。


「分かっているとは思うが、アンプルの回収を行うと言う事は、直接SHADEの隊員に接触すると言う事だ。彼等には気をつけろ。恐らく彼等も既に気付いている事だろう。君の様な組織の『内通者』が何処か近くに居る事にね。」


彼は私にそう忠告すると、では。と言い残してこの場を去っていた。


私は彼の背中を見送ると、背後の景色を振り返る。


「これでしばらくはあの男の顔も見る事は無くなるし、A1なんて何のひねりも無い名前で呼ばれる事も当分無い。この景色は結構好きだったが…。」


私の独り言は、朝の肌寒い風に溶けて消えた。






− ep5  Convergence -収束- 完

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