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Imprial Dawn  作者: 石坂来季
5/6

Ep.4 Punishment -罰-

−2年前


私の記憶の中で、彼女はいつも優しく微笑んでいる。


「レオン。」


不意に後ろから呼びかけられ、私は作業の手を止めて振り向く。


そこには、SHADE隊長のイルーザ・ロドリゲスが居た。


彼女は長い金髪を指先で弄びながら、優しい笑みを向けると私の部屋のベッドに腰掛ける。


しばらくの沈黙。


彼女は私の部屋をゆっくり見回している。


「何にも無い部屋ね。」


特に嫌みっぽい訳でもなく、イルーザは私にそう言ってまた微笑みかけた。


「自室なんて、帰って来てシャワーを浴びて寝るだけですよ。」


私は無愛想にそう言いながら、手元で分解された拳銃に視線を戻した。


「銃のメンテナンスなんて、軍務総省の整備部に任せればいいのに。今日は休日でしょ?」


「嫌なんですよ。自分の銃を他人に弄くられるのは。隊長だってそうでしょう?」


私はそう言うと、作業の手を止めて振り向き、彼女の脇に掛かった銃を指差した。


軍部では使っている人間の少ない、リボルバー。


美しい銀色の銃身に、刻まれた『Maid in Heaven』の刻印。


私の視線に気がついたのか、彼女は自分の懐の銃のグリップを優しく親指の腹で撫でる。


「私の場合は、銃が古すぎて整備の子じゃ手がつけられないのよ。」


そう言って彼女は困った様に笑うのだ。


「前から聞こうと思っていたのですが、何故リボルバーを?隠密作戦時に消音もしにくいし、リロードもオートマチックに比べると不便だ。何より装弾数が6発しか無い上に、持ち歩くには口径数も大きいのでは?」


手元で分解された自分のオートマチックのパーツを一つ一つ磨き上げながら、私は彼女に問いかけた。


「あら。リボルバーにだっていい所は沢山あるわ?弾詰まり(ジャム)を起こす事は無いし、薬莢を落として痕跡を探られる事も無い。戦闘状態に陥らなければ、銃を抜く事だってあまり無いのだから、消音なんてする必要はあんまりないの。」


イルーザはそう言うと、私のベッドに仰向けに倒れ込んで、大きく伸びをした。


イルーザはもっともらしい事を言ったが、私には誤摩化しにしか聞こえない。


彼女がその銃を使う理由はまだ他にある様な気がする。


「でも、あなたが知りたいのはそんな事じゃないわね。何故私がこの銃を使うのか、もっと根本的な理由を知りたがっている。」

心の中を読まれているのか?


この人にはそう言う不思議な部分が多々あった。


私は手に持った銃のパーツと金ブラシを机の上に置き、再び彼女を振り返る。


聞く体勢を取ったのだ。


「なんて事は無いの。この銃は、私のお守りなのよ。そして、私が私である証。」


何処か悲しそうな表情を浮かべると、両足を上に上げ、それを降ろす反動でベッドから起き上がる。


「…シスタニア殲滅作戦が始まるわ。悲しい事だけど、私たちSHADEは最前線に赴く事になる。」


立ち上がり、真っ直ぐに私を見据えながらイルーザはそう告げた。


「分かっています。」


私はそう返事をすると、彼女から目を逸らし、机の上でバラバラになった銃に再び視線を戻す。


「戦争は、普段の隠密作戦とは訳が違う。私に何かあったら、レオン。あなたが隊を守るのよ。」


彼女はそれだけ言い残し、私の部屋を去った。


そして、優しく微笑む彼女の記憶を私の頭の中から消し去る様に、深く深く刻まれる情景。


あれはシスタニア殲滅作戦が終わり、SHADEが戦地から撤退に差し掛かった夜の事だ。


その日から三日前。


シルヴァー・サンライズ・ブリッジで大規模なテロが起き、SHADE隊員であるレン・マッケンジーが殉職した。


その悲しみが冷めない、雨の中、少し肌寒い夏の夜だった。


我々の常駐するキャンプから、隊長イルーザは突然姿を消す。


元々神出鬼没で、色々な所にふらふら現れる人ではあったが、その時は何か胸騒ぎの様な予感が私の心を支配していた。


キャンプの周りに広がる森林の中から、激しくなった雨音に混じって銃声を聞いた時、私の予感は核心に変わりつつあった。


−…私になにかあったら


その言葉が現実になってしまうような、錯覚。


そして、私の不安を薙ぎ払い、目の前にそれは、現実となって現れるのだ。


「隊長!!」


森林の少し開けた場所で倒れるイルーザを発見した時、彼女は身にまとった戦闘服を血で染めながら、既に虫の息だった。


私の叫びに気付き、何者かがその場を直ぐに去って行く。


それを追おうとした私の足を、横たわる、イルーザの手が止めた。


「…レ…オン…。追っては…、ダメよ。」


イルーザの言葉に、私は去って行く黒ずくめの人影の姿を脳裏に焼き付け、クソ。と似合わない悪態をついた。


私は人影を追うのを止め、イルーザの側にしゃがみ込んだ。


「隊長…!一体何が!?」


彼女の傷口を確認する。


肺をやられていた。


出血の領からみても、彼女がもう助からない事はその様子を見て一目瞭然であった。


プロによる犯行だろう。


「メディックを呼びます。」


私が耳の無線機の電源を入れようとする手を、彼女は掴んだ。


息絶えようとしているとは到底思えない、力強さが伝わって来る。


「…いい…のよ。これも、一つの運命。」


「何を言ってるんですか!?一体誰が?誰が隊長を…!先ほど逃げて行った人影は一体!?」


取り乱す私に、イルーザは苦しそうでありながらも、いつもの様に優しく微笑みかける。


「真実を追い求める事…。私は最期まで…諦めなかった…。…だから、あなたも…。」


そこまで言い、激しく咳き込むイルーザ。


「喋らないで下さい!」


私の言葉に、彼女は側に転がっていた拳銃を拾い、グリップの方を私に向けて差し出した。


「…これ…を…。」


激しい雨の中では消えてしまいそうな声で、彼女が私に語りかける。


差し出された拳銃は、彼女がずっと愛用していた、Maid in Heavenだった。


「それは、隊長のお守りなんでしょう?自分が自分である為の証だと言っていたじゃないですか!」


しかし、私の呼びかけは、既に聞こえていない様だった。


彼女はMaid in Heavenのグリップを私の胸に突き出した。


「全ての…真実を…知った時…私の様に…あなたも苦しむ…かもしれない。でも−」


彼女の、雨にかき消されそうな声を聞きながら、私は銃を受け取った。


イルーザの手が力を失った様に、雨でぬかるんだ地面に、ピチャリ。と落ちる。


「どうか…目を逸らさないで。世界を…有るべき…姿…に…。」


死の間際。


イルーザはそう言い残し、この世を去った。


それから一ヶ月もしない間に、私はこのSHADEの隊長となり、副隊長だったルノアは異動。


SHADEと同じ軍務総省所属のzodiacの隊長となった。


私は今でも、彼女が追い求めたという真実が何なのか、何故彼女は死ななければならなかったのかを、独り追い求めているのだ。



★1


−帝国国防委員会庁舎地下中央制御室 PM14:30


「隊長。」


背後からの呼びかけに、私は記憶の中から現実世界へと呼び戻される。


振り返ると、そこには私と共にこの委員会庁舎へ潜入した、ハッカーのバロン・サイレスがいた。


「終わったか?」


私の問いかけに、彼は力強く頷いた。


「防御システムを全て掌握しました。エリーナさん達の合図で、いつでも作動出来ます。」


「よくやった。彼女達の合図を入電したら、隔壁システムを作動させ、テロリストをこの庁舎内に閉じ込める。予定と何ら変わりはない。」


私の言葉に、バロンは頷く。


そうしていると、耳の無線機が入電した。


同時に腕時計を確認する。


この時間だと、アドルフを連れたロック達はまだ、この庁舎に到着していない筈だ。


体内のナノマシンを介し、無線の相手が副隊長のラクアである事が感覚で分かる。


「こちらレオン。ラクアか?」


私の問いかけに、無線の相手は、あぁ。と返事をした。


現在彼と、部下のアリスは上空からこの庁舎を監視している筈だ。


『…テロリスト6名が、庁舎屋上に停まっていたガンシップに乗り込んだ。此処から逃げる手筈を整えようって魂胆だろう。あのフロレイシアとか言う銀髪の男の姿は無い。』


ラクアの報告に私は思案する。


もし作戦が予定通りに進んだとして、フロレイシアをこの庁舎に閉じ込めたとすると、残りの6名はどうする?


彼を見捨ててガンシップで自分達だけ逃げ果せるのだろうか?


「…君はそのまま彼等を上空から監視しろ。逃げ出しそうな気配があれば、中に乗る人間だけを狙撃しろ。ロックの報告によれば、あのフロレイシアとか言う男は、自分の生体反応をガンシップにリンクさせていたらしい。ガンシップにどんな細工が施されているか分からないからな。」


私の指示に、ラクアが唸る。


『簡単にいうよなぁ。奴らが乗り込む前に言ってくれよぉ…。』


彼の嘆きに、私は鼻を鳴らした。


「君の報告が遅いのが悪いんだ。簡単に言うなと言うが、簡単だろ?」


私の言葉に、無線の向こうで、ラクアが声を上げて笑った。


『まぁな。…了解。こいつ等の事は任せてくれ。』


彼の返事を最後に無線が切れる。


あとは、ロックとエリーナ待ち。と言った所か。


「隊長。」


バロンの呼びかけに、私は彼の方を向いた。


「ブリーフィングの時の事ですが…。」


「なんだ?」


何か、言おうか迷っていると言った様な表情で、バロンが私に語りかける。


「その、エリーナさんの様子おかしかったですよね?」


彼の問いかけに、私は、そうだな。と答えた。


何が言いたいのか分かったからだ。


「やはり、まだレンさんの事を…。」


「誰だって仲間の死をすぐに整理出来る物ではない。特に、彼女はレンの相棒だったからな。アドルフが直接レンを殺した訳では無いと言う事は、エリーナも何処かで分かっているだろう。だが、もう彼が死んだのは二年も前の話なんだ。何処かで踏ん切りを付けなければ、前進出来ない。これは彼女だけの問題ではない。彼女が前進するのを恐れている間は、我々チームメイトも前進出

来ない。私たちSHADEの様な少数精鋭部隊は、全員が同時に踏み出した時初めて前進出来るんだからな。」


私は自分で言いながら、あぁ、これは自分にも言える事だな。と思い、自嘲気味に微笑んだ。


確かにそれは大事な事だ。


しかし、私が独りでイルーザの死の真相を追いかけていることも、このチームの前進を止める事に直結してしまうのかもしれない。


幸い、私は仮面を被るのが得意だ。


私が彼女の死について独り調べ回っている事は、今この隊の人間の中には知る者は居ないだろう。


そう。


『この隊の中には。』


元々同じチームにいた、zodiacのルノアは、私と同じ様に彼女の死の真相を自分なりの視点で探っている事を私は知っている。


私が同じ様にそうしている事をまた、ルノアも知っているだろう。


全ては建前。


誰もが皆、自分達の過去に翻弄されているのかも知れない。


「そう言えば、君も初代SHADEからのメンバーだが、どうだ?さすがに五年もいれば慣れたか?」


私は話をすげ替えた。


我ながら卑怯だな。と思う。


しかし、バロンは何の疑いも無く、頭の後ろを掻きながら苦笑した。


「いやぁ…。まぁ仕事にはさすがに慣れましたよ。祖国相手にサイバーテロまがいの事をしていた頃に比べたら、更に知識も増えましたしね。」


彼の返答に私は微笑んだ。


私にも想像のつかない事であったが、目の前の優男バロンは、大学を卒業したばかりの頃はかなり荒れていたらしい。


有名な国立大学出身だった彼だが、その敷かれたレールを只ひたすらに進んでいた自分の人生に疑問を抱き、自分の能力を過信して色々と悪さをしていたのだ。


「黒歴史。と言うやつだな。君を陸軍のサイバー部隊から引き抜いた事は正解だったよ。」


私が言うと、バロンは照れたように、いえいえ。と謙遜した。


「あぁ。v.r.e.aですか?あそこも元々は、逮捕された僕を少佐が貰ってくれた事で入隊できた場所でしたから。中々居心地のいい所でしたが、今の方が仕事は楽しいですよ。軍務総省所属ってだけで、あんなに中が悪かった父親も、『国立を卒業させた甲斐があった。』と喜んでいましたしね。」


「そうか。」


私が苦笑しながら相づち打つと、バロンは制御室の壁面に埋め込まれた無数のモニターに反応した。


「…あ、ロック君とエリーナさんが庁舎内に入った様ですよ。アドルフも一緒だ。」


彼の言葉に、私はモニターを見た。


先頭を行くロックと、背後を警戒するエリーナ。


その間に挟まれる形で、2年前のテロ事件の首謀者であるアドルフが居た。


三人の様子を警戒しながら見るが、エリーナが変な気を起こすと言った事は無さそうだ。


バロンに悟られない様、私は密かに安心した。


「よし。このまま監視を続け、いつでも隔壁を動かせる様準備をしておけ。」


私の命令に、バロンは、了解。と気持ちよく返事をした。



★2


−帝国国防委員会庁舎30階委員長執務室 PM15:15


「…ルドルフ…生きていたのか…。」


彼等の会話を理解するまでに、俺は数秒の時間を要した。


アドルフと、今目の前に入る男が兄弟…?


いや、しかしアドルフの兄弟であるルドルフは、シスタニア内戦時の空爆でアンリという名の使用人と共に死んだ筈では…?


しかし俺の疑問は、フロレイシア本人の言葉で払拭される事になる。


「あの日…。母さんと父さんの訃報を知った僕は、自室にこもり、全てを閉ざそうとした。僕はあの内戦から、PTSDになっていたんだ。怖くて怖くて仕方が無かった。兄さんがあの家を出た後、僕はアンリに励まされ、間一髪の所であの家から逃げ出したんだ。直後、アンリはあの爆撃に巻き込まれ、家もろとも…。」


「ばあやが…。」


彼の過去を聞き、兄であるアドルフは俯いた。


思い出しているのだろう。


あの日の事を。


「…僕はその後兄さんを探したよ。荒れ狂う戦火の中を。独りで。」


フロレイシア。否。ルドルフも兄と同じ様に俯いていた。


シスタニア人に多い、銀髪を抜いたとしても、俯き加減の表情はやはり似ている。


「でも、兄さんを見つける事は出来なかった。僕はある人に拾われ、彼等と共に、こうして帝国への報復を行う事に決めたんだ。」


ルドルフは顔を上げ、真っ直ぐに俺たちを見た。


「ある人に拾われた?そいつは、救済の神託オラクル・オブ・サルートの首謀者か?お前等の目的は一体何なんだ?」


俺の問いかけに、ルドルフは嘲笑を浮かべながら答えた。


「救済の神託オラクル・オブ・サルートはもう私には関係のない組織だ。これからは、私は私の為に生きて行く。」


そう言った彼の眼差しには、激しい憎悪が込められていた。


俺は言葉を詰まらせ、アドルフが車の中で語った過去も含め、色々な事を考えていた。


もし、この二人が戦火の中で再開する事が出来ていたら、こんな悲しい対面をしなくてすんだのだろうか?


だが、彼等の運命に同情する事は、帝国の決定に背く事になる。


その矛盾は、この国の兵士としてあってはならない事だった。


「さぁ。兄さん。これから僕らの人生をやり直すんだ。屋上で仲間が待っている。新しい家族だ。僕等の闘いはこれで終わる。帝国への報復は組織に任せておけばいい。そうすれば、この国は、いずれシスタニアと同じ結末を辿る事になるのだから。」


ルドルフはそう言うとこちらにいるアドルフに向けて手を差し伸べた。


実の弟より差し伸べられたその手を、兄であるアドルフは静かに見つめている。


「…。」


ルドルフは視線を俺に向けると言う。


「さぁ。人質の交換を行おう。」


彼の言葉に、俺は小さく頷くと、アドルフを促した。


俺に軽く背中を押されたアドルフは、一瞬こちらを振り返ると、ゆっくり前進し、弟ルドルフの元へ歩み寄った。


「兄さん。」


ルドルフは、側に歩み寄ったアドルフと積年の包容を交わした。


しかし、アドルフの表情は硬いままだ。


ルドルフがこちらを向き、顎をしゃくって合図をしたのを確認すると、俺は縛られて横たわるアルタイル委員長の元に歩み寄った。


その様子を、警戒しながら背後で先輩が見守る。


「…爺さん。大丈夫か?」


そう言葉を掛けながら、俺はアルタイル委員長の拘束を解いていった。


俺の言葉に、爺さんは苦しそうに呻いて返事をした。


俺は、彼の腕を肩に回して担ぎ上げ、再び先輩の元へと戻る。


人質の交換はこれで終わった。


一瞬の沈黙。


「レオン。」


沈黙を裂き、小さな声で、先輩が無線機に向って合図を送ったのが、背中から聞こえた。

始まる。


程なくして、壁のスピーカーからけたたましく警報音が鳴り響いた。


『異常事態発生コードを確認。隔壁システムを起動します。』


機械的な音声が部屋中に鳴り響いた。


「残念だったわね。あなたは此処に閉じ込められる。軍務総省の部なだれ込んでくるわ。」


鳴り響く警報音の中で、先輩の言葉が聞こえる。


俺たちは、執務室の扉の外に出ていた。


ルドルフは無表情でこちらを見据えている。


建物中から、せわしない機械の作動音が聞こえている。


通路や室内、様々な場所に設置されている隔壁が閉じて行く音だ。


「何故…だ…?」


突然、アルタイルがそう零したので、俺は彼が見ている方向を振り返った。


俺たちがエレベータを下りて通って来た通路の隔壁が閉ざされて行く。


「どういう事だ?!」


これでは、俺たちが脱出する事は愚か、増援が庁舎内に入ってくる事すら出来ない。


混乱している最中、今度は執務室入り口の扉にセットされていた隔壁が閉じた。


その隔壁を挟んで、俺たちとルドルフ達は完全に遮断される。


「レオン!一体何が起きている?!予定と違うぞ?!」


俺は無線機に向って叫んだ。


しかし、防御システムが作動しているせいか、レオンからの返事は無い。


通信すら遮断されている。


「クソ!」


俺は分厚い強化ガラスでできた隔壁を力任せに叩いた。


もちろんそんな事ではびくともしない。


厚いガラスの向こう側で、ルドルフが亀裂の様な笑みを浮かべている。


『本当に浅はかな連中だな!』


何かスピーカーの様な物を通してルドルフの言葉がこちらに伝わる。


先輩は刺す様な視線を隔壁の向こうの男に向けていた。


『この庁舎の防御システムは既に我々が掌握している。隔壁システムの事を私が知らないとでも思っていたのか?』


「な、何故だ…。この国の各施設に設置されている防御システムは、安全上所員にも知らされていない筈…。」


アルタイルの爺さんが呻く。


ルドルフはこちらをニヤニヤした表情で見据えると、執務机の側方の壁に設置されている本棚に歩み寄り、その中に納められた一冊を手前に引いた。


そうすると、その本棚はゆっくりと横にスライドし、その裏から鉄で出来た扉が姿を現した。


「隠し扉…?」


「緊急脱出用のものだ。一階の裏口と屋上に通じるエレベーターと、非常階段、脱出用シュートがそれぞれ用意されている。もちろん、こんな事はこの執務室を使う私しか知らない。」


爺さんの言葉に、俺は驚愕した。


彼等は、俺や先輩の素性だけでなく、そんな事まで知っていると言うのか…。


『国防委員長の命を救う為の通路が、我々の様なテロリストを逃がすために使われるとは皮肉な物だな。』


そう言いながら、彼は手にした拳銃を机の上に置くと、その机の下に隠す様に置いてあった何かを引っ張り出し、それを持って俺たちの目の前まで歩み寄って来た。


こんなに近くに犯人が居るにも関わらず、その間には隔壁があるため手も足も出せない。


『閉じ込められたのは君達の方だ。残念だったな。』


ルドルフはそう言うと、引っ張り出して来た黒い旅行用の鞄の様な物を足下に置きその中身が見える様に中身を開いてみせた。


「それは…。」


俺は言葉を失う。


鞄の中では、様々な色のコードが各所に繋がれた機械の様な物が入っていた。


その中心には、デジタル表示の数字板が点滅している。


『この庁舎の地下に仕掛けた爆薬の起爆装置だ。君達が隔壁を作動させるのと連動し鼓動を始めた。』


彼の言う通り、起爆装置のカウントは既に始まっていた。


残り時間は3時間弱。


『我々を追ってくる様な真似をすれば、こちらで持っている起爆スイッチで即座に爆発させる。また、ガンシップの時と同じ様に、この起爆装置は私の生体反応とも連動している。私が死ぬと、別のタイマーが作動し、三分後には同じく爆発する仕組みになっている。どちらにしても、この庁舎は崩壊する事になるだろう。この庁舎が、我々シスタニア人を蹂躙した貴様達帝国の第一の墓標となるのだ。』


ルドルフは手に持ったリモコンの様な物を俺の目の前でぶらぶらさせると、まるで歌でも唄うかの様に淡々と語った。


「クソ!」


俺は一歩下がると、すぐ目の前にいる男の顔目掛けて拳銃の引き金を引いた。


放たれた弾は、彼の顔のある位置で防弾ガラスにめり込み動きを止める。


『無駄だ。』


睨みつける俺たちを前に、ルドルフは踵を返すと、こちらに背中を向けた。


『ん?』


しかし、彼は動きを止める。


俺と先輩は顔を見合わせると、ルドルフの向こうの様子を伺う。


『兄さん…。これは一体、どういう事だ?』


ルドルフと対面したアドルフが、自らの弟に銃を向けていた。


『ルドルフ。もう辞めるんだ。』


その展開に、さすがの先輩も驚いた様な表情を浮かべていた。


俺たちはその様子を無言で見守っていた。


『何を言っているんだ兄さん。』


平静を装ってはいるが、助けようとした実の兄に銃を突きつけられたルドルフの言葉は何処かうわずっていた。


『もう…辞めよう。こんな事をしても、僕たちの人生は取り戻せない。』


『そんな事は無い!』


銃を向けるアドルフに、必死な様子でルドルフは叫んだ。


『あの日。爆破テロなど起こさなければ、僕はきっと人生をやり直せた。家族も大切な人も失ったけれど、きっといつか同じ様に笑える日々が訪れた筈なんだ。』


『同じ事を繰り返すだけだ!この国を滅ぼさない限り、また僕たちの様な家族が世界中で産まれる事になる!何故分からない!?』


ルドルフの言葉に、アドルフは首を横に振った。


『きっと運命だったんだ。運命に逆らう事など、誰にも出来ない。』


アドルフは静かにルドルフに歩み寄っていた。


彼の手に握られた拳銃は、先ほどまでルドルフが手にしていた銃だ。


自らの兄がこうして自分に銃を向ける事等想定出来なかったのだろう。


ルドルフはその銃を机の上に無防備に置いた。


もちろん、こんな事になる事は、俺たちですら想定出来なかった。


『この庁舎に人が居ないとしても、崩落が起これば近くにいる人々や、ロック君達は死ぬ事になる。新たな悲しみを作り出せば、またそれは繰り返される。』


『兄さんは何も知らないからそう言える!』


ルドルフは俺たちを振り返ると、隔壁のこちら側にいる先輩を指差した。


『『あの人』は僕に全てを教えてくれた。此処にいる女は、あの日、兄さんローズを殺した張本人だぞ!』


バカな…。


俺は恐る恐る隣にいる先輩に目をやった。


彼女は無表情で、目の前で繰り広げられている悲劇の行く末を見据えている。


先輩が、シスタニア殲滅作戦で特務執行員をしていたと言うのか?


ルドルフの言葉に、アドルフは一瞬驚いた様な表情を浮かべると、小さく息を吐いた。


だが、彼が拳銃を降ろす事は無かった。


『…わかっているよ。』


『なんだと?』


その事実を知っているにもかかわらず、アドルフは冷静なままだった。


『僕が、あの少女の顔を忘れる訳が無いだろう。ここに来るまでの間、彼女と話している中で、僕は気がついていた。』


『だったら何故僕を止めようとする!?この女を殺したくはないのか!?』


ルドルフの叫びに、アドルフは目を伏せた。


『それは…、彼女も戦争の被害者だからだ。そして、何故君を止めようとするのか。それは、君が僕の家族だからだ。』


再び目を開けると同時に、アドルフははっきりそう言った。


目の前で大切な人の命を奪った先輩も被害者であったと割り切るには、相当な覚悟が必要な筈だ。


それが二年前のテロを起こした引き金になった筈なのに。


『そう。僕たちは家族だ。だから、兄さんがテロで人を殺し、復讐するなら、僕もそうする。それだけの事だ。』

歪んでいる。


俺はルドルフの言葉を聞いてそう思った。


『なら、僕がそれを止める。僕たちは、家族だから。家族が間違った事を、罪を繰り返そうと言うのなら、それを正すのが兄としての…ドルメニク家の当主としての役目だ…!』


徐々に距離を詰めるアドルフ。


静かで穏やかな彼だったが、彼の言葉からは揺るぎのない気迫を感じる。


『…分かっているのか?私を殺せば爆弾が爆発するぞ。』


ルドルフの言葉に、アドルフは銃を構えている手とは逆の方の手で眼鏡の位置を直した。


『…さっき、君は、自分が死ねば別のタイマーが作動し、3分後に起爆すると言ったね。』


アドルフのその言葉に、ルドルフが驚愕の表情を浮かべた。


『ま、まさか!?私を殺して、こいつをこの場で解体する気なのか!?3分で!?出来る筈が無い!』


『出来る。今度は救ってみせる。この庁舎の近くに居る人々も。そして、君も。』


『よせ!…ー』


次の瞬間、アドルフは引き金を引いた。


目の前の防弾ガラスに、生々しい血しぶきが降り掛かる。


『…ば…かな…。』


胸を撃たれたルドルフは、そう言い残し床に倒れた。


『にい…さん…。』


彼はアドルフに向かい、床を這いながら何かを乞うように手を伸ばす。


『さよなら。僕の最後の家族。』


アドルフのその言葉が、まるでルドルフの命を終わりにする為の呪文であったかの様に、彼の伸ばした手は力なく床に落ち、それから動かなくなった。


実の弟を殺害した兄は、一瞬だけ悲しみの眼差しを光らせたが、手にしていた拳銃を床に落とすと、彼は直様ルドルフの亡骸の傍らにある起爆装置に駆け寄った。


ブザー音が鳴り響き、起爆装置に仕掛けられた別タイマーが作動する。


先ほどまでゆっくりと鼓動していたタイマーの表示が、耳障りなブザー音と共に切り替わり、秒刻みでのカウントが始まる。


「アドルフ!」


俺の呼びかけに、彼はこちらを見て力強く頷くと、傍らに倒れるルドルフの亡骸を弄り、腰の部分に装備されていたサバイバルナイフを引き抜いた。

『こいつを…解体します。』


「ば、バカな!本気で死刑囚にそんな事をさせるつもりか?!帝国を憎んでいる男だぞ!?」


狼狽するアルタイル。


そんな老人の肩をぐっと掴み、先輩が顔をその耳元に寄せてささやく。


「彼に任せる他無いわ。」


先輩の言葉通り、俺たちの命運は目の前の孤独な死刑囚に委ねられていた。


爺さんは、隔壁の向こうにいるアドルフを睨むが、それ以上喚く事は無かった。


「お前を信じる。」


俺はそれだけを彼に告げた。


ルドルフはその言葉に対する返事をする間もなく、直様作業に取りかかる。


デジタル表示のある部分の上蓋のビスをナイフの切先で器用に外し、中に配線された線をその刃で何本か切断した。


『僕が二年前使用した物と同じです。恐らく弟は、僕が爆破テロを起こす前まで潜伏していた家から帝国軍に回収された爆弾の設計図を何処かで手に入れたんでしょう。』


喋りながらも、彼は手を止める事無く解体作業を続ける。


「あなた。私が戦争の被害者だと言ったわね。なぜ、そう思う事が出来たの?」


先輩はいつも突然である。


静かな声で、隔壁の向こう側に入る男に彼女は問いかけた。


『…あなたはきっと、戦争が終わってから沢山苦しんだでしょう?今のあなたがあるのは、素敵な仲間達が側に居たからこそ。そういう仲間は僕にだって出来たかもしれない。僕は、テロを起こす事によってその希望を放棄してしまった。あなたの表情、そして一つ一つの言葉に感じられるあなた自身の意思。それは、間違いなく様々な苦しみを乗り越えた人間が持つものです。』


彼の言葉に、先輩は何も言わなかった。


俺の知らない、二年前の先輩。


そしてその狂気のフィルターを通して見る今の先輩。


そのあからさまな変化が分かるのは、シスタニアでの地獄を経験したアドルフならではなのかもしれない。


彼は、手を休める様子も無く続ける。


今このタイミングでアドルフがそれを語るのは、自分に残された時間が少ない事を悟っているからかもしれない。


『…もう全てが遅いかもしれない。でも、僕は僕に今出来る事をやります。それがせめてもの償いになるのなら…!』


デジタル表示のカウントは残り1分。


傍らでは、アルタイルの爺さんが額に手を当てながら、歯を振るわせている。


残り30秒。


刻々と、俺たちに死が迫る。


残り20秒。


アドルフの作業が終わる様子は、まだ無い。


残り10秒。


まだか?まだなのか?


残り5秒。


ダメか…なのか?



俺は固く目を閉じる。


残り…−


−ピー


突然鳴り響くブザー音。


暫しの沈黙。


俺は恐る恐る目を開けた。


ある。


腕も足も。


俺はゆっくり顔を上げ、隔壁の向こう側の景色を伺った。


有酸素運動をしていない筈のアドルフは背中で呼吸をしている。


額には汗が浮かんでおり、手元の起爆装置のデジタル表示は残り1秒で停止していた。


「やった…のか?」


『ロック!聞こえるか?!』


その瞬間、耳の無線機から隊長レオンの声が響いて来る。


俺は受信スイッチをプッシュし、あぁ。とだけ返事をした。


体中から徐々に力が抜けて行く。


『そちらの様子は、モニターしていた。委員長も無事な様だな。待ってろ。すぐに隔壁を解除する。』


庁舎内の防御システムと連動していた起爆装置を解除した事により、無線妨害が緩和された様だ。


レオンの言葉の後、すぐに建物中から重々しい作動音が響き始め、やがて自分達を閉じ込めていた隔壁がゆっくりと開いていく。


『…今からzodiacが事後処理に入る。お前達は委員長とアドルフを連れて庁舎から離脱しろ。委員長はフリードリヒに保護してもらうんだ。』


「了解…。」


俺は力なく返事をすると、無線を切った。


大きな溜め息をつき、まだ開き切る前の隔壁を潜ってアドルフに歩み寄る。


「…アドルフ。」


俺が言葉をかけると、彼は憔悴し切った様子で俺を向き、疲れた笑みを浮かべた。


「ありがとう。」


俺はそう告げると、彼に手を差し伸べた。


アドルフは頷くと、その手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「…帰りましょう。」


その様子を見ていた先輩の呼びかけに、その場にいた全員が頷く。


悲劇が繰り広げられた執務室を去る間際、アドルフは弟ルドルフの亡骸を振り返り、寂しそうな表情を浮かべて言った。


「…すまない。」


その声は恐らく俺にしか聞こえなかっただろう。


エレベーターを使い、一階のロビーに戻ると、既に慌ただしく無数の人々が動き回っていた。


ロビーには地下の制御室にいたレオンとバロン、そしてフリードリヒが待っていた。


「申し訳ありませんでした。極秘である筈の隔壁システムがまさか敵の手に落ちているなんて思いもせず…。」


開口一番に、バロンが駆け寄り俺と先輩に頭を下げる。


「いや、この作戦を提唱したのは私だ。今回の事は、私のミスに他ならない。すまなかった。」


隊長であるレオンまでもが俺たちに頭を下げるので、俺は後ずさった。


「おいおい辞めてくれ。俺たちはチームだろ?」


俺が言うと、レオンは珍しく口元に笑みを浮かべ、ありがとう。良くやってくれた。と呟いた。


「委員長、お怪我は?」


歩み寄るフリードリヒに支えられ、アルタイルの爺さんは、何ともない。と返事をした。


もう自分で歩けるようだ。


庁舎ロビーから去って行くフリードリヒとアルタイル委員長の背中を見守っていると、彼等とすれ違う形で意外な人物がこちらに歩み寄って来た。


「ルカ…少佐?」


驚いた様子のレオンに、少佐は右手を挙げて返事をすると、ゆっくりこちらに向かって歩いて来る。


彼女の背後には、zodiac隊長のルノア・ジュリアードの姿もあった。


「国外査察に出ていたのでは?戻っていたのですか?」


レオンの問いかけに、少佐は、あぁ。とだけ答えると、俺たちから約八メートルぐらい離れた位置で停止した。


「七貴人からとんだ汚れ仕事を頼まれてな。無理矢理帰国させられた。」


少佐はそう言うと、一度虚空を仰ぎ、深呼吸をした後に鋭く尖った眼差しをこちらに向けた。


「…汚れ仕事?」


嫌な予感がする。


俺の問いかけに、少佐はまたも、あぁ。とだけ返事をする。


数秒の間を置き、彼女は口を開いた。


「これより、死刑囚アドルフ・ドルメニクの処刑を執り行う。」






− ep4  Punishment -罰- 完

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