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Imprial Dawn  作者: 石坂来季
2/6

Ep.1 SHADE -影-

この数十年で、帝国の技術力は大きく進歩した。


胎児の出生と共に、公共の医療機関で体内に注入されるナノマシンが、人々の健康状態の管理や思考の手助けをする。そんな時代。


世界最強とうたわれる帝国軍の兵士に至っては、軍用のナノマシンが戦場での恐怖や不安を取り除き、戦闘で負った傷さえ、痛みを和らげたり、傷口の再生を促したりと、多大な恩恵を受けている。


作戦行動においても、各兵士に投入されたナノマシンによって統制されたチームは一瞬の揺らぎも無く任務を遂行する。


まるで機械の様に。


俺たちは今日もそんな世界で闘いに身を投じ、そして生きている。


そう。


まるで機械の様に。



−皇暦2016年。


前皇帝ルクセンが病床に伏し、新皇帝サキュラス・レム・クローレンツがクローレンツ大帝国78代目の皇帝となる。


即位より約三ヶ月後、皇帝サキュラスは、地上から争いを一掃する為の『人類最後の聖戦』を始めるべく、全世界に向けて戦線を布告。


手始めに、降伏の呼び掛けに応じなかった、帝国領南に隣接するシスタニア共和国への侵攻作戦を開始した。


−翌2017年。


軍用ナノマシンにより、統制された世界最強の帝国軍を前に、抵抗も虚しく、シスタニアはなす術無く崩れ落ちた。


世界は大いなる恐慌と混沌に包まれて行く。


状況を重く見、帝国と大海を隔てた西大陸の国々は、帝国軍に対抗するべくクロヴィエラ・ヴィクトリエ連合軍を結成。


それから、西の大国クロヴィエラ共和国と東のクローレンツ帝国の間では、三年もの間、一色触発の冷戦状態が続いた。


そして、皇暦2020年現在。


世界各地で小競り合いが耐えない中、『人類最後の聖戦』の火蓋は切って落とされようとしていた。



★1


−帝都アルトリア南区 ハイウェイ入口 AM 0:23


帝都は眠らない。


毎日の様に、朝迄馬鹿騒ぎをする若者。


警察局の車両と追いかけっこをするクリミナル。


世界最大の要塞都市と言えども、治安は決していい方ではない。


雲の上にいる皇帝陛下が、全世界に対して宣戦布告をした昨今では、そのお祭り騒ぎの中に『テロ行為を行う反逆者』までもが仲間入りし、お陰で今日もぐっすり眠れそうにない。


世界大戦が始まるという緊張感を、俺たち軍人だけじゃなく、恐らく普通の主婦や子供達迄もが感じている様なこのご時世じゃ、それに反抗する勢力が現れても、無理は無いのかもしれない。


俺、ロック・セブンスは、前進真っ黒な戦闘服に身を包み、待機車両の中で『その時』が来るのを待っていた。


今日は朝から夜までぶっ通しで訓練に励んでいた。


夕飯を食い、やっと一日が終わる。そう思っていた矢先の突然の出撃命令である。


普通なら、泣き言を言ったり、上司の悪口を言ったり、あくびをかましたりと色々有るのだろうが、俺の思考や感は冴え渡っていた。


これも、体内を循環する軍用ナノマシンの恩恵なのだろうか?


お陰さまで今日も立派に、従順な帝国のワンコちゃんだ。


「…三ヶ月ぶりの出動ね。気分はどう?」


窓の無い装甲で覆われた待機車両の内部。


その両側面に備え付けられている無機質な鉄の長椅子に腰掛けた俺の目の前に、同じく黒い戦闘服に身を包んだ女が立ち、そんな事を聞いて来る。


まるで、『今晩は何が食べたい?』と聞くかの様なノリで。


彼女は俺と同じ、帝国特殊機動部隊『SHADE(シェイド)』に所属する隊員で、俺のバディであり、直近の先輩でもある、エリーナ・マクスウェルだ。


彼女は俺の返答を待っているかの様に、長椅子に腰掛ける俺の顔を覗き込みながら、悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「…どうって…。不安だよ。訓練ばっかりで、体は鈍ってるし…。」


俺の答えに、先輩は、やれやれ。と言った様子で肩を竦めると、腰まで届きそうな長い栗色の髪を、腕に付けていたヘアゴムで、後ろ手に一つに纏めながらにっこり微笑んだ。


「…あんたがSHADEに入隊して三ヶ月。こんな短い期間で人って此処まで変われるのね。…そんなあんたとなら、私は楽しみよ?…まぁ、今回の相手は只のコソ泥だけど…。」


その言葉はそっくりそのままお返ししたい。


三ヶ月であの先輩がこんなに丸くなるなんて…。


まさか、これもナノマシンの影響なのか?


そんな事を思っていると、自分達の居る待機車両内に設置されたスピーカーから通信を告げる電子音が鳴り響いた。


立っていた先輩が、近くのコンソールパネルに歩み寄り、数あるスイッチの中の一つを軽くプッシュする。


『…こちら第三軍事基地司令室。聞こえるか?』


車内のスピーカーと同時に、耳に装着した小型の無線機から、聞こえて来る声。


SHADEの隊長である、レオン・ジークの声だ。


こちらの様子をモニターしつつ、マイクに向って話しているであろう彼の後ろからも、慌ただしい管制室の様子が伝わってくる。

「…良好よ。」


レオンの言葉にそう返事をするなり、先輩は勢い良く長椅子の俺の隣に腰掛けた。


『…帝都王宮内極秘情報安置室に侵入し、我が軍に関する重要な機密データを盗み出したとされるターゲットは、作戦通り警察局治安維持部隊の揺動に掛かった。彼等は警察局に追尾されながら君達が待機しているそのハイウェイに向っている。当局の報告によれば、車は盗難車両で、助手席に乗る実行犯の一人から拳銃による発砲を受けたとの事だ。』


俺と先輩は顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。


「街中でお巡りさんとカーチェイスを繰り広げたあげく発砲ねぇ。『映画の撮影でした。』じゃあ済まされないぜ?上は一体どうやって民間に説明するつもりなんだ?」


揺動作戦はうまく言っているようだが、街中での発砲となると、恐らく目撃者も多数いる事だろう。


しかし、俺の問いかけに、レオンは軽く咳払いをすると、何も心配はいらない。と、何処かわざとらしい小声で答えた。


『…帝国報道局の手に掛かれば全ては闇の中さ。』


レオンの、何処か皮肉めいた物言いに、俺は少し可笑しくなった。


なんとまぁ都合のいい。


『…ターゲットはあと、5分34秒でそちらのハイウェイに入る。その先は建設途中で道が途切れている。お前達は彼等を追走し行き止まりまで追い込んだ後、盗まれたデータディスクを回収。念のために援護部隊もそちらに向わせた。犯人は全員生かしたまま捕縛。後から来る事後処理部隊にデータと共に引き渡せ。以上。健闘を祈る。』


レオンの言葉を最後に無線が切れたのを確認し、俺は深呼吸をすると、両足を上げ、それを降ろす反動で勢い良く立ち上がった。


その様子を見ていた先輩も、腿のホルスターに納まった拳銃の弾倉を確認し、再びホルスターに戻すと立ち上がる。


太腿のスリットから覗く足がこれまたエロい…。


「さて。復帰一番のヤマよ?さくっと片付けて、お祝いしなくちゃね。」


「お、いいねぇ。でも、基地内じゃなくて外でやろうな。軍人だらけのお祝いパーティなんてごめんだぜ?」


そんな他愛も無い会話をしながら、俺たちは車両後部中央に配備された軍用のバイクに跨がった。


俺が前でハンドルを握り、先輩は後ろで俺の肩に手を添える。


真ん中のメーターの脇についたコイン程の認証器に右手の親指を当てると、心地のいい起動音と共にバイクに火が灯った。


最近は乗る機会が減っていたが、俺の愛車も軍の車両リストに登録されているため、立派な軍用車だ。


偽造の可能性があるキーは使用せず、体内のナノマシン認証によってのみ起動する、軍の最新モデルだ。


俺はスロットルをひねりエンジンを吹かすと、その気持ちのいいエンジン音を堪能した。


バイクのエンジンが温まると同時に、俺の心臓も、まるで熱い火が灯った様に高鳴る。


「…そろそろ来るわよ。準備はいい?」


先輩の問いかけに、俺はサイドミラー越しに頷くと待機車両の後部ハッチ脇に備え付けられたカメラに視線を送る。


それを合図に、ハッチは機械音と共に、滑る様に上下に開き、下の部分が道路上へ車両をサポートする為のスロープとなった。


車内に遠くに聞こえる喧騒と夜風とが吹き込み、俺は新鮮な空気を肺一杯に吸い込むと、目の前に設置された真新しいハイウェイの検問所を睨みつけた。


『−…ターゲットが検問を突破する。作戦を開始せよ。』


耳に掛けた無線機から、再びレオンの声が響いたのとほぼ同時に、検問のゲートをものすごい勢いでぶち破って黒塗りのセダンがハイウェイに乱入してくるのが見える。


来た。


俺はターゲットの車両を目で追いながらバイクのギアを入れ、スロットルを勢い良く捻る。


慣性が働き、一瞬重力が全身に圧を掛けるが、後ろに乗る先輩もサイドミラー越しには余裕綽々といった表情をしていた。


バイクは、先ほどまで待機していた車内を勢い良く飛び出し、即座に回頭して爆走する前方の車両にピッタリと張り付く。


すると、それを振り払おうとしているのか、ターゲットの乗る車両は左右に大きく蛇行し始めた。


「っクソ!今度は何処の部隊だ?!」


全身に受ける突風のせいで良く聞き取れなかったものの、そんな罵声と共に、セダンの助手席の窓が開き始める。


「−…撃ってくるわよ!」


先輩の声に反応し、俺は助手席側からではこちらを狙いにくいであろう左後方にバイクを移動させた。


−パンッ!パンッ!パンッ!


しかし、そんな事にはお構い無しといった様子で助手席の男は手だけを出して闇雲に拳銃を乱射する。


こんな物、俺たちに取っては威嚇射撃にすらならない。


「踏み込んで。」


「了解。」


先輩の指示に、俺はスロットルを全開に捻ると、一気に助手席の真横へとバイクを前進させた。


猛スピードで車両を並列させると、突然のこちらの動きに戸惑ったのか、助手席の男は一瞬の躊躇いを見せた。


その一瞬の隙に、先輩はサッと手を伸ばし、窓から出ていた銃身を力いっぱいに掴む。


「っ?!」


高速での移動中に、突然手に持った銃の銃身を掴まれた男は、悲鳴の様な情けない声を上げた。


「…離さないわよ?」


先輩が口元に小悪魔の様な、可愛さに何処か狂気が混じった様なそんな笑みを浮かべた。


それを横目に確認した俺は、高速で走るバイクにブレーキをかけながら立ち上がり、自分の全体重を前輪に乗せた。


ハンドルを握る手にもの凄い力が掛かるのを感じる。


ジャックナイフ。


その力と勢いに負け、助手席の男は思わず拳銃を手から離した。


高速で走るバイクに急ブレーキを掛けて生み出した力に、人間が勝てる訳が無い。


先輩は、そうしてターゲットから奪った銃の残弾を素早い動作で確認していた。


「…帝国製…?」


彼女は、少々訝しげな表情をしながら銃を見た後、それを前方を走る車両に向って構え、俺の肩を開いている方の手でポン、ポンと二回叩く。


「…わかってるって。」


ターゲットから目を逸らさぬまま、俺はそう返事をすると、先ほどのブレーキでスピードの弱まったバイクのスロットルを再び捻り、今度は運転席側に並走するが…


「−…おっと!」


運転席の男がハンドル片手にこちらに此方に銃を発砲して来るような動きを見せたので、すぐにブレーキをかけて距離を取る。


案の定、そのすぐ後に鳴った発砲音と共に運転席の窓ガラスがくだけ散る。


「…三人乗ってるわね。」


並走しようとした際に車内を確認したのだろう。


構えた銃をセダンの後部タイヤ目掛けて放ちながら先輩が言う。


しかし、その発砲音に煽られ、ターゲットが細かい動きで蛇行運転始めた為、中々弾が当たらない。


「チッ!」


あまり上品とは言えない舌打ちではある。


正直、能力考査の成績で、先輩には近接戦闘では足下にも及ばないが、拳銃の腕なら俺の方が上だった。


しかし、ヘタクソ等と言おう物なら、作戦が終わった後に射撃練習用の的にされかねないので、心の中にとどめておく事にする。


そうしてしばらく夜の、誰も居ないハイウェイ上で逃避行劇を繰り広げていると、後方からもの凄い勢いで一機のヘリが現れ追走して来た。


随分と低空飛行で、ヘリはバイクとターゲット車両の真上にピタリと付けている。


タラップにカメラマンでも乗っていれば、立派な映画撮影である。


『帝国 軍務総省(M.G.M.A)』


黒いボディーにそんなマーキングを見つけ、後ろで先輩が露骨に嫌な顔をしたのに気付き思わず笑ってしまう。


レオンが向わせたという援軍だろう。


「…『狼』が獲物を横取りしに来たわよ。」


先輩のその一言がまるで合図だったかのように、真上で追走するヘリの乗降扉がスライドしながら開いた。


中からウエスタンハットを紐で背中にぶら下げ、手に旧式のボルトアクションライフルを持ったワイルドな風貌の男が姿を見せた。


『…よぉ。手こずってるなぁ?』


人の頭上でニヤニヤ笑いながら男が俺たち二人に無線で話しかけて来る。


「ちょっとラクア!このままハイウェイを行けばどのみちデッドラインなんだから、あんたは大人しくしてなさいよ!」


ヘリが巻き上げる爆音のエンジン音、ローター音の中でも通る様な声で、先輩が頭上の男に訴える。


ラクア・トライハーン。


俺たちのチームのスナイパーだ。


ユーモラスで楽天的な男だが、俺たちのSHADEの副隊長でもある。


『まぁ、見てな。副隊長殿が獲物の猟り方を教えてやるよ。』


彼はそう言うと、ニヤニヤと悪戯っ子の様な笑みを浮かべながらライフルを構え、俺たちの目の前を爆走するセダンにその銃口を向ける。


それを見た先輩が俺の肩を手にした銃の柄の部分で叩く。


痛い。


「ロック!スピード上げて!」


『おいおい。危ないから離れてろって。』


無線越しにラクアが呆れた様な口調で俺たちに向って言う。


いい歳こいた大人達による『獲物』の取り合いである。


もう何がなんだか…。


彼等がそんなやり取りしている最中、先に引き金を引いたのは真上からこちらをスコープ越しに見下ろしていたラクアだった。


月夜を反射するその黒い銃身から撃ち放たれた弾丸が、闇を裂き、まるでターゲットの車両の軌道をなぞるかの様に並行し、そして貫く。


敵セダンの後部バンパーを真ん中から斜めに貫いた弾丸は、そのまま直進し、後部車輪の車軸があるであろう部分を破壊する。


(炸裂弾か。)


俺は、とっとと前進しなさい!と背中の方で喚く先輩の言葉を無視し、ブレーキを掛けて敵車両から距離を取った。


車軸を打ち抜かれたセダンは、元々蛇行運転をしていた事が仇となってバランスを崩し、横滑りしながら道路脇のガードレールに横から勢い良く突っ込んでその動きを止める。


『…んじゃ、後はよろしくなー。』


俺たちの無線にそんな軽い一言を残し、ラクアを乗せたヘリはハイウェイ後方の闇へ素早く飛び去って行った。


「無茶し過ぎよ!ターゲットが死んだらどうするの?!データディスクだってあるのに!」


口元のマイクに向い叫ぶ先輩であったが、もはやその声はラクアには届いていないだろう。


本日二度目の先輩の舌打ちを聞き流しながら、俺は白煙を上げるターゲット車両から50メートル程手前の位置にバイクを止めた。


ほぼ同時に先輩はバイクから飛び降り、何も言わずに構えた銃を上空へ向けて発砲した。


「武器を捨てて投降しろ!」


静寂の中を先輩の声が力強く響く。


暫しの沈黙の後、壊れた車体の窓ガラスから拳銃が二丁、無造作に道路上に放り投げられた。


その様子を確認しながら、俺もバイクを降り、腿のホルスターから拳銃を抜いて前方に向けて構えた。


二人でゆっくり、銃を向けながら壊れた車両に歩み寄る。


「…ゆっくり出て来なさい。」


先輩の、静かだが何処か圧のある声音に反応してか、運転席側のドアが中から蹴破られた。


激突の衝撃でひしゃげてしまって巧く開かなかったのだろう。


一瞬引き金に添えた指に力が入るが、ドアを蹴破った男は両手を挙げながら静かに、ゆっくりと外に這い出て来た。


三十代後半ぐらいのやせた男。


車両を操っていた人物か…。


こちらを鋭い目つきで睨みつけている。


「…残りの奴らは?さっさと出て来なさい。」


先輩の煽りに、車内で何者かが動く気配がし、ソロソロと這いながらもう一人の男がゆっくりと道路上に出て来た。


もう一人。と先輩が言いかけた所だった。


運転をしていたと思しき男が不意に口を開く。


「…貴様等…。何処の部隊だ?見た所まだ若いな…。」


男のその問いかけに、先輩が少しだけ口角を上げたのが横目に分かる。


「…これから檻にぶち込まれるあんた達が知ってどうするの?無駄に死ぬ事になるわよ?」


先輩の不敵な言葉に、後から出て来た方の男が一瞬、ハッとした様な表情をしたのを、俺は見逃さなかった。


「…こいつ等、まさか…。」


もう一人の男の反応に、最初に出て来た方の男も、驚いた様な表情を浮かべ、その後ねとつく様な嫌な微笑みを浮かべた。


「…そうか、貴様等が帝国特殊機動部隊。『SHADE(影)』の異名を持つ軍務総省の切り札か…。」


「…随分と物知りだな。まさかお前等、『三ヶ月前』の奴らとはお友達か?」


俺の問いかけに、男の表情が一瞬強ばる。


俺がこの部隊に配属されて間もなく起きたテロ事件。


あの時の首謀者であった男が、俺たちの素性を知っているかの様な態度を見せていた。


俺の問いかけに、男は顔を強ばらせたまま何も答えない。


図星、なのか?


「…いいわ。取り調べになったら、嫌という程喋ってもらうから。精々覚悟しておく事ね。」


先輩がそう言い放ち、更に二人の男に歩み寄ろうとした瞬間だった。


「…グッ…!?」


目の前の男が突如胸を押さえ、まるで膝から下が無くなったかの様に地面に跪いた。


額には脂汗が浮かび、この世の物とは思えない様な苦悶の表情を浮かべ、アスファルトをのたうち回る。


「…お、おい!どうした?!」


俺がそう声を掛けながら駆け寄ろうとした所、先輩に腕を掴まれる。


「ダメ!…この症状…死病インキュアブルよ。」


先輩の口からその言葉が飛び出て来た事に対し、俺は無意識に口元を押さえる動作をした。


死病インキュアブル


最近この帝国内で蔓延している謎の病である。


症状としては、心臓発作のそれに似通ってはいるが、司法解剖の結果では、現在確認されている発症者全員、至って健康体である為発症の原因は分かっていない。


そして、発症者に共通するのはただ一つ。


発症後間もなく死に至る。という点だった。


「おい!…何故だ!…っ!?」


苦しむ男に駆け寄ったもう一人の男だったが、発症した男が事切れようとしている最中、連鎖する様にその男も胸に手を当てながら苦しみ始めた。


地面を激しくのたうち回る。


まるで急に水揚げされた魚の様に。


やがてその動きは緩やかになり、二度程大きく体を痙攣させたかと思うと、その男もまた動かなくなった。


目は真っ赤に血走り、口から泡の様な物を吐いている。


「−…やれやれ。また失敗か。」


あっけに取られる俺と先輩を余所に、そんな言葉が壊れた車内から聞こえて来る。


直様声の方向に銃を向ける先輩と俺。


「…降りて来なさい。」


先輩の言葉に、偶然にも無傷だったのだろう、後部座席のドアがゆっくりと開かれる。


その隙間から、スラッとした細身の足が覗き、慎重な動作でその人物は車から降りた。


「…なかなか巧く行かないな。」


そう言い、両手を挙げながら大破したセダンから降りて来たのは、長い銀髪の男だった。


切れ長で何かを憂いている様な目の奥に、隠された残忍な心を俺は見た様な気がした。


「…色々と知っている様ね。良かったわ。覚えておきなさい。この国では、テロリストや重犯罪者に黙秘権等無い。自白を迫ったりもしないけど、それ以上に狡猾な手段であなたから真実を導き出す。洗いざらい喋るなら、早い方が身のためよ。」


先輩が冷笑を浮かべながら目の前の男にそう告げる。


何故だろう?何も悪い事をした訳ではないのに、俺の心臓が一瞬強く脈打った様な気がする。


先輩…怖いよ…。


しかし、そんな彼女の脅しに対し、目の前の男はわざとらしく肩を竦めてみせた。


「おぉ。怖い怖い。さすが、帝国の『影』と迄呼ばれる部隊の隊員は相手への恐怖の植え付け方が違う。…エリーナ。と言ったかな?」


見ず知らずの男に名前を呼ばれ、先輩の眉が少しつり上がり、一瞬何かを逡巡する様な表情を見せたが、彼女はすぐに元の鋭い視線を目の前の男に向けた。


「…どうして私の名前を知っているかは知らない。あなた、見た所シスタニア人ね。なら、四年前のシスタニア侵攻作戦がどのような結末を迎えたか知っているでしょう?私は最前線に居た。その時の話を詳しく話してあげようかとも思うけど、少しかわいそうかしらね?」


何も知らない普通の人が、今の先輩の表情を写真か何かで見たら全く違う受け取り方をするだろう。


見合いの写真なら即断即決で先輩を選ぶ程可憐である。


ファッション雑誌の表紙であったなら、それを見た男連中はみんなその雑誌を手に取るに違いない。


それほど可愛らしくしなやかな先輩であったが、顔に浮かべられた微笑みと、その小さな口から滑りでてくる様な残忍な言葉は、現場に異様な空気を漂わせた。


しかし、そんな言葉にも臆する事無く、目の前の男は、クックッ。と含んだ様な笑い声をあげたのだった。


「…知っているよ。君の『伝説』は。」


俺はその話を知らない。


先輩と出逢ってまだ日が浅い事もあるが、シスタニア侵攻作戦は先輩が言う様に四年も前の話である。


先輩の正確な年齢は分からないが、恐らく俺の二つ程年上の筈なので、二十一歳前後と言った所だろう。


となると、単純計算で四年前は十七歳という事になる。


そんな齢の少女が戦場で、しかも最前線で、どんな地獄を見て来たと言うのだろう?


俺には全く想像がつかなかった。


「…無駄話を始めると切りがないわ。あなたについては後でじっくり調べさせてもらう。さぁ。盗んだデータをこちらへ。」


先輩は吐き捨てる様にそう言い、銃を向ける手とは逆の左手の平を差し出した。


それを一見し、男は深い溜め息を吐くと、片手は上げたまま、羽織っていたジャケットのポケットから、一枚のケースに入ったディスクを取り出して先輩に向って放り投げる。


「…そのディスクの中身。君達は無論知らないのだろう?…しかし、いずれは知る事になる。この国の秘められた暗部。君達という影をも赤黒く染める様な、血塗られた歴史をね。」


そう言いながら冷笑を浮かべる男に歩み寄ると、俺は素早く腰のポーチから手錠を取り出し、上げられた両手を後ろ手に回してそれを掛ける。


先輩は刺す様な視線を銀髪の男に向けた後、耳に付けた無線機の電源を入れた。


「…こちらアルファ。ディスクは無事回収。ターゲット三名のうち一名を捕縛。二名は死亡。死亡した二名には死病インキュアブルと思われる症状が見られた。」


『…こちらレオン。ひとまず状況は理解した。後は事後処理部隊に引き継ぎ、君達は帝都第三軍事基地に帰投せよ。』


無線から流れて来るレオンの声に、了解。と小さく返事をすると、先輩は後ろ手に手錠を掛けられた銀髪の男に歩み寄り、男の真正面で立ち止まった。


「…『正義は必ず勝つ。』」


真っ直ぐ目を見ながら先輩が何気なく放った一言に、男は一瞬彼女の顔を睨みつけたが、すぐに再び口元に笑みを浮かべた。


「…そうだと…いいですね。」


まるでそのやり取りが合図であったかの様に、ハイウェイの脇から数機のヘリが飛び上がって来た。


無数のサーチライトが俺たちの頭上で踊る。


やがて何かの確認が終わったのか、ヘリの乗降ハッチが開き、そこから落とされたロープを伝って数十名の黒い戦闘服に身を包んだ兵士達がハイウェイに向って降下を開始した。


地上に降り立った兵士は、首から下げたアサルトライフルをキビキビとした動作で構えながら、俺たち二人と目の前の男を取り囲む様に統率された動作で展開して行く。


事後処理部隊のご到着か。


「…ご苦労だったな。お二人さん。…それにしても、また派手にやったもんだねぇ…。」


そう低い声を掛けながらゆっくり歩み寄って来た男は、この事後処理部隊『zodiac』の副隊長を務める、フリードリヒ・スタンフォードであった。


纏った戦闘服の上からも分かる程、鍛え抜かれた屈強な体に、浅黒く焼けた肌。


トップがつんつん立つぐらい切り揃えられた黒い短髪と、笑うと見える白い歯が眩しい。


「よぉ、フリードの兄貴!…俺たちはそんな派手にやるつもりじゃなかったんだけどなぁ…。」


「うちの馬鹿副隊長のせいよ。」


俺の言葉に喰い気味に先輩が言い放つと、兄貴はその白い歯を惜しみもせず出して、ガハハ!と豪快に笑った。


「さすがは『カウボーイ』。破天荒だねぇ。…まぁ。後の事は任せな。あ、そう言えば−」


「−無駄口。」


ぼそっとした声で兄貴の言葉を遮りながら、急に誰かが俺たちの間に割り込んで来る。


その人物を見た瞬間、もの凄いスピードでエリーナ先輩が俺の後ろに隠れた。


ルノア・ジュリアード。


若くして俺たちと同じ軍務総省所属部隊であるこのzodiacの隊長に就任した、女性兵士である。


セミロングの黒髪に、端正な顔立ちをしてはいたが、先輩とは対照的に、無口でつかみ所の無い性格をしている上、怒るともの凄く怖いらしい。という噂も相まって、先輩はルノアが苦手なのだった。


「…報告して。」


ルノアの冷たい言葉に、先輩をふと見ると、まるで、あんたがやりなさい。と言わんばかりの上目遣いの視線をこちらに向けてくるので、俺は咳払いをすると、現在の状況を簡潔に述べた。


「そう。…回収したデータをこちらへ。」


俺の報告が終わると、まるで全く興味がない様な口調でそう言い、ルノアはこちらに手を差し出した。


先輩は戸惑いながらも、自分が実行犯から受け取ったディスクをそそくさとルノアの手に渡すと、また俺の後ろに隠れる。


「…。」


彼女は受け取ったディスクを懐にしまうと、一度俺と先輩を交互に見た後、無言で俺たち二人の前を通り過ぎ、拘束された男の方へ歩み寄って行く。


「…取り調べは俺が受け持つ。何かわかったらすぐに連絡してやるよ。」


小さな声で俺たち二人に向ってそう告げたフリードリヒの兄貴も、隊長であるルノアの背中に続いて、拘束されている銀髪男の方へ駆け寄っていた。


一瞬で慌ただしく動き始めた現場を後にするべく、俺と先輩は自分達が乗って来たバイクまでとぼとぼ歩いてそれに跨がる。


もちろん俺が操縦で、先輩は後ろだ。


先ほど迄と同じである。


「さて、今頃レオン達が復帰パーティの準備をしている頃だぜ?」


俺がそんな冗談を言うと、先ほど迄少し弱々しそうな表情をしていたエリーナ先輩も少しだけ微笑してみせた。


どんだけルノアが怖いんだ…。


「…そんな気の効いた事をする暇があるなら、皆おのおの好き勝手に過ごしてるわよ。SHADEは変わり者の巣窟なんだから。」


先輩の呆れた様な言葉に対し、そうだな。と俺は笑った。


来た時と同じ様に、エンジンを掛け、スロットルを捻る。


現場から去り行く瞬間、サイドミラーの隅に移った銀髪の男が、zodiacの兵士達に連行されながらも、先ほど迄のそれとは違う、冷たく射る様な視線をこちらに向けていたのに気づいたのは、恐らく俺だけだっただろう。



★2


−アルトリア南区帝国軍第三軍事基地 AM 1:48


帝都アルトリアには、全部で四つの巨大な軍事基地が点在している。


その中の一つである帝都第三軍事基地が俺たちSHADE隊員の職場であり家であった。


地上階には、他の基地と同じ様に、国軍の兵士達が駐屯しており、俺たちは地下の軍務総省が管理しているエリアを根城としている。


SHADEの隊員と、軍務総省の限られた人間しか使用出来ない専用エレベーターを目的階で降り、俺とエリーナ先輩が地下四階のミーティングルームに到着すると、既にそこには同じチームの仲間達が勢揃いしていた。


俺がミーティングルーム後方の観音扉を開くと、全員の視線が一気にこちらに集まる。


室内は、スライドを使用している為薄暗い。


「…ご苦労。早速だが、席に着け。」


起伏の少ない平坦な声音で、隊長のレオン・ジークが俺たちに向って言った。


身にまとった黒いスーツに綺麗な金髪がスライドの光を反射して輝く。


室内の面々を見回しながら、俺と先輩は空いていた割と後ろの方の席に腰を落ち着かせた。


こう見てみると、皆それぞれ思い思いの服装をしていてなんだか面白い。


俺と先輩は作戦開始時から身につけていたオーダーメイドの戦闘服に身を包んでいたが、隊長のレオンはいつものスーツ姿だし、こっちを振り返りながら何かを言いたそうにニヤニヤしている副隊長のラクアは相変わらずのカウボーイハットに、胸元の開いた派手な柄のシャツ、これまた私服であろうカジュアルなジャケットをその上から羽織っている。


その上、下はジーンズに革靴である。


あまり服装迄気にしていなかったが、そんな格好でライフル片手に頭上に現れたのかと思うと驚いてしまう。


「…全員揃いました。」


前方のモニターに向ってキビキビとした声でレオンが言った。


すると、先ほど迄『No.Signale』の表示だったスライドスクリーンの画面が切り替わり、何処かの機内らしき場所の映像が映される。


『…ご苦労。』


本日何度目かのその台詞と同時に、画面の左脇から一人の女性が歩いて来て、機内備え付けであろう高級そうなシートに優雅に腰掛けた。


どうやら軍用の、それも将校クラスが乗る事を許されている移動機の機内の様だ。


今俺たちが座っているミーティングルームの固い椅子とは違い、ふかふかな座り心地が画面からも伝わって来た。


40代前半ぐらいの画面の中の女性は可憐な仕草で、羽織った背広の懐から葉巻の入ったケースを取り出した。


『…先ほど、帝国政府最高機関『七貴人しちきじん』の議長、ハザウェイ・ラングフォードから正式にお前達の『凍結解除』が言い渡された。』


七貴人…。


一般的に帝国国民は、皇帝であるサキュラスが政治の要であると信じて止まないが、実際この国の行政を動かしているのは、表の世界には出てこない、七貴人と呼ばれる七人のフィクサーであった。


帝国各省の中で唯一、七貴人の存在を知っている軍務総省に来るまでは、俺も一般人と同じ考えであった。


改めてこの国の強大さに驚く。


実際、俺たちSHADEを結成する指示を軍務総省に出したとされる議長ハザウェイとは会った事はおろか、話した事も無いし、それ以外の六人の正体など皆目見当もつかない。


画面の向こうの女性は、俺たちにそう告げると、取り出した葉巻を口に咥え、オイルライターで火をつけた。


彼女こそ、俺たち帝国特殊機動部隊『SHADE』のオーナーであり、更にその上に君臨している七貴人議長ハザウェイとのホットラインでもある、ルカ・ブランク少佐である。


只の少佐ではない。


同時に帝国内外のありとあらゆる軍事を取り仕切る、軍務総省の長官補佐。という大層な肩書き迄持っている。


彼女が放った『凍結解除』の一言に、ミーティングルーム内は何処か安堵の空気に包まれた気がする。


三ヶ月前、俺が赴任して一番最初に起きた事件での出来事が発端となって、俺たちSHADEは少佐が言う様に凍結されていたのだ。


今日の作戦は、俺たちの凍結解除を掛けたデモンストレーション。


顔も見た事の無い七貴人のお偉方達を納得させる為に与えられた、テストオペレーションであった訳だ。


どうやら、俺と先輩、それから派手にぶちかましたラクアの腕が遥か雲の上にいるこの国の上層部の御眼鏡にかなったらしい。


「…これで退屈な訓練生活とやっとおさらば出来るねぇ。」


ラクアは対して嬉しくも無さそうに、少佐の影響か、禁煙のミーティングルームにも関わらず、胸ポケットからタバコを取り出して口に咥えた。


その様子を見ていた、彼の隣の席に座っていた少女が、禁煙です!!と言いながら、ラクアの口からタバコを素早く奪う。


ラクアの弟子で、彼と同じスナイパーである、アリス・ルクミンだ。


俺と同じ時期にこの部隊にやって来た、見習いスナイパーで、かわいそうな事に、面倒を見てくれる筈のラクアの面倒を逆に見ている様な状況である。


『…さて。早速、報告を聞こう。』


そんな彼等のやり取りが見えているのか、いないのか、葉巻の煙を燻らせながら、少佐が静かにそう言った。


彼女の言葉に、レオンが俺とエリーナ先輩の方に視線をやる。


隣の先輩に目をやると、顎をこちらに、クイクイっとしゃくってみせた。


あんたが報告しなさい。そう言う事だろう。


また、俺か…。


俺は人使いの荒い先輩を見、小さく肩を竦めてから立ち上がると、画面に映る少佐の顔を真っ直ぐ見た。


「…帝都皇宮内極秘情報安置室から、クリアランスレベルAAA(トリプルエー)の機密データを盗み出した犯行グループは、全部で三名。盗難車両で逃走し警察局治安維持部隊の誘導作戦により、俺とエリーナ先輩が待機していた工事途中のハイウェイまでおびき出した。」


俺の報告を少佐は頷きもせず、瞬きもせず聞いている。


分かるよ。


みんな少佐が怖いんだ…。


俺も怖い。


この国の女性軍人はみんな怖いのか?


先輩、そしてついでにルノアの顔も思い出しながら俺は報告を続けた。


「…当該車両がハイウェイの検問を突破したと同時に、二輪で追尾を開始。途中、約3キロ地点で、上空からラクアによる狙撃を加え、敵車両を行動不能に。その後実行犯三名を拘束しようとした直後、内二名は死亡した。」


俺の言葉に、ミーティングルームが少しだけざわついた様な気がした。


画面の中の少佐も、何処か怪訝な表情をしている。


『…死亡?ラクアの狙撃によるダメージか?』


「いえ。違います。…おそらく、死病インキュアブルによる病死かと…。」


俺の代わりに、隣にいた先輩が立ち上がり、答えた。


なんだかおいしい所を持って行かれた様な…。


先輩の報告を聞くと、少佐はあからさまに、不愉快そうな表情を浮かべた。


『…死病インキュアブル…。ならそちらは司法解剖に回されているだろう。此処の所それによる病死がこの帝国内で増えている。そちらは現在事後処理を担当しているzodiacから詳細な報告を待つとしよう。…残りの一名はどうした。』


「…確保し、盗まれたディスクと共にzodiacに引き渡した。詳しい事は調べてみないと分からないが、見た所そいつだけシスタニア人で、なんか変な事言ってたな…」


『正確に報告しろ。』


少佐の有無を言わさない様な鋭い突っ込みに、俺は一瞬肩を振るわせると、あの銀髪の男が言っていた言葉を思い出す。


「…『また失敗。』やら、ディスクの中身は『帝国の血塗られた歴史だ。』とか。」


俺の言葉に、少佐が鼻を鳴らすのが聞こえた。


『…血塗られた歴史…か。そんなのは当たり前の事だ。我々帝国の歴史とは、まさに戦の歴史。血塗られていない過去等有りはしない。…しかし、その、『また失敗した。』というのは少々気になる発言だな。…ロック。お前の意見は?』


少佐からの突然の問いに、俺は、えっ?と一瞬間抜けな声を出してしまった。


すぐに現場の状況を思い出しながら逡巡する。


「…そう…だな。恐らく、あのシスタニア人の男、三ヶ月前の俺の初任務の時の奴らと同じ犯行グループなのかもしれない。俺がそう言った時、図星ですって表情をしていた。…いや、そもそも最近頻発しているテロ事件が、全て同じ組織による物で、何度も俺たちやzodiacに阻止されているから、『また失敗』なのかも?よくわからないが、何か無関係じゃない気はするぜ。」


俺の意見に、少佐は顎に手を当てながら小さく、なるほど。と頷く。


『…その可能性も考慮し、お前達にはこれからこの国でテロ活動を行っているテロリスト共の殲滅を行ってもらう。今我が国は、海を隔てた大陸との大戦を控えている。そんな最中に、我々の国で堂々とそのような行為をさせる訳には行かない。』


少佐は鋭い目つきをこちらに向けながらそう言い放った。


カメラ越しでは有るが、まるで睨まれている様な錯覚をこの部屋にいる全員が覚えた事だろう。


『…こちらが攻勢にでる為には敵を良く知る事だ。今回捕らえた男の聴取をzodiacと協力して行うと共に、過去の事件を再調査しろ。采配は隊長であるレオンに一任する。私も、こちらの視察が終わり次第本国に戻る。』


少佐はそう言いながら立ち上がると、画面の中から消える瞬間、凍結解除おめでとう。と小さな声で俺たちを激励した。


その口元はほんの少しだが、微笑んでいた様に思う。


そのやり取りを最後に、通信はあちら側から切られる。


再び『No Signal』の表示に戻ったスライドスクリーンの前にレオンが立つ。


「…軍務総省としては、クロヴィエラ共和国との大戦が始まる前に国内の厄介事は排除しておきたい。と言った所だろう。ロック、エリーナペアは明日より例の銀髪男の聴取に立ち会え。何故かは分からんが、その男はお前達に向かって意味深な発言をしている。まだ何かを隠している可能性が高い。残りの者は私と共に過去の事件を再び洗い直す。一見無作為に行われているテロ活動だが、ロックが感じた様に、これが組織的な物ならば大きな問題になりかねない。どんな些細な事も見逃すな。」


彼は俺たち全員の顔を見回しながらそう告げると、以上だ。と言いながらミーティングルームを後にした。


どんな、些細な、事も…。


俺は、現場からの去り際に見た、あの男の冷たい視線を思い出す。


(…あの男…。一体何を企んでいる…?)


その時点では、それは根拠の無い予感だった。


その焦燥感にも似た予感の裏に過酷な現実が待っている事を、俺たちはまだ、誰一人として知らなかったのである。








− ep1  SHADE -影- 完

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