「全知識学の基礎」を読み解く「自我と非我は絶対我において統一される」 (Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre) フィヒテ著
序説
フィヒテはドイツ観念論哲学の流れの中では、、、
カント→フィヒテ→シェリング→ヘーゲル
、、、という系列で位置づけられる存在であるのだが
単にカントからヘーゲルへの橋渡し?役?というような存在でもないのである。
単なる仲介者?以上の独自性も備えた立派な??独立した哲学者なのである。
フィヒテは1762年ザクセンに生まれてイエナ大学でカント哲学を学び
また熱心なフランス革命の賛美者でもあった。
イエナ大学で教えのちにベルリン大学の初代総長になった、
著作は多岐にわたるがこの『全知識学の基礎』(Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre)
グルントラーゲ・デア・ゲザムテン・ヴィッセンシャフツレーレ
がやはり、彼の主著といっていいだろう
本論 フィヒテ哲学とはカント哲学の受け売り?にすぎないのだろうか?
全くそういうものでないということをはじめに言っておきたい、
フィヒテはカントを継承しながらもその理論理性と実践理性の統合を考えた人である。
カントによれば理論理性は現象界だけに制約されます、
時間と空間という認識形式によって認識できるのは「現象界」のみです。
対象そのもの、、つまり「物自体」は実在しているのだが人間の悟性では認識できない、
これがカント哲学の「不可知論」である。
ところが一転して実践理性になると、
「空には無限の星々、そして人には普遍的な道徳律」という表現で
倫理の普遍性とじかにンコンタクトしていると主張したのである。
ここには理論理性の有限性と実践理性の無限性とに完全に分断されたカント哲学のある意味
「破たん」があるのである。
実践理性における無限の自由な自己意志、、道徳律
道徳律とはすなわち物自体であり、究極の真理です。
だからカントは定言命法で「なになにすべし」というまさに神の声にしたがうことをもって
倫理法則としたのです。
だがフィヒテは考えた。
同じ理性でありながら
なぜこの二つ(理論理性と実践理性)は分断しているのか?
おかしいじゃないか?
そこからフィヒテ哲学が始まるのです。
理論理性は限定されて不可知論
実践理性は神の声?(物自体)とコンタクトできる。
この分断を統一しようとしたのがフィヒテ哲学です。
まずフィヒテは理論理性と実践理性をそもそも、分けて考えるべきではない、と主張する。
「理論理性と実践理性は「自我」の二つのあらわれである」
そして「実践的自我が理論的自我に優先する」、、と、、フィヒテは唱えたのである。
フィヒテはこの両者の相関関係を以下のように考えたのである。
理論的自我とは現象を認識して理解する
実戦的自我は物自体とコンタクトして理論的自我を保証する、
つまり実戦的自我が理論的自我に優先するのである。
このようにフィヒテはカントの破たんを克服するために、
「自我」において理論理性と実践理性を一元論でまとめたのである。
カント哲学の克服の試み
これはのちのヘーゲルによる
ガイストの両側面という、弁証法哲学によるカントの破たんの克服への
道を開く画期的な試みだったといえるのである。
さてもう少し
実践自我と理論自我について具体的に?考察してみよう。
人間存在の自我とは言葉を換えれば「生きる意志」、です。
意志があるから自我もあるのです。
生命体であるということは意志を持っている
意志は自我そのものです。。。
このように生きている自我にとっては実践自我的な側面が優先することは自明の理ですよね?
能動的に現象界に働きかけて、生命活動を営む。
これが実践自我そのものの働きです。
実践自我は「能動性」そのものです。
それに対して理論自我はあくまでも受動的です。
現象界がどうなってるのかを感管を通して受動的に認識する
理論自我とはあくまでも「受け手」です。
生きたいという意志の「実践自我」は能動的に対象に働きかける
その際状況がどうなってるのか「理論自我」で状況判断する必要がある。
このように車の両輪のような関係なのである。
が、、
その能動性により
実践自我は理論自我に優先するのである、
こうした自我の両面性の表れ自体を
フィヒテは事行(Tathandlung)と名付けた。
これは、フィヒテ知識学の根本概念として経験的世界を成立せしめる自我の根源的活動で、主観と客観とが区別されない全一なる概念である。。
実践自我 理論自我 この両者を統合するものとしての統一自我(絶対自我)
知識学を基礎づける三大原則は以下のとおりである
第一原則:自我は根源的に端的に自己自身の存在を定立する(生み出す)
第二原則:自我に対して端的に「非我」が定立される
第三原則:自我は自我の内において可分的自我に対して可分的非我を定立する
自我に対するものとしての非我の世界がある
非我とは端的に言うならば 自我以外の世界、、つまり、、自然界である
非我に対して能動的に働きかける実践我が非我認識のために理論我を介して
対象把握する、
こうして絶対我の両面が
理論我と実践我というわけである。
かくしてカントの理論理性と実践理性の分裂が
絶対我の概念によって克服できたとフィヒテは確信したのである。
フィヒテは、〈絶対我〉という概念で一切を統一した、
、この〈絶対我〉は、〈自我〉を、定立し、自我はそれに対するものとして〈非我〉を定立する。
、〈自我〉と〈非我〉は繰り返し定立し続ける。
、ここから〈非我〉なる〈自然界〉と〈自我〉なる〈理性〉は統一され、
その統合体が〈知識〉ヴィッセンシャフツレーレとして基礎付けられる、のである。
これこそが全知識学のまさに基礎となるのである。
としてフィヒテは学問の基礎概念を示したのである。
フィヒテにとっては自我(精神)と非我(自然)は全く別物であり
自然はあくまでも自我の関係性によってのみ語られるべきものでしかなかった。
簡単に言いきると「自我があるから自然があるにすぎない」のである。
自我から独立して自然があるなんてありえないのです。
フィヒテのこうした考え方はもちろん「観念論」なのですがもう一歩進めると
「独我論」であるともいえるものです。イギリスのバークリーなどの「唯心論」に通じるものとなりかねません。
一方フィヒテの後継者であるシェリングは自然の独立性を認めて、より汎神論というか、、唯物論に近づいています。
精神と自然の二元論ですね。
のちにヘーゲルはこうしたシェリングの考え方を痛烈に批判しています。
ヘーゲルは一切を精神の表れとみるのですから当然でしょうね。
「世界は精神ガイストである」これがヘーゲルですから当然な批判ですね。
こう見ると
フィヒテのほうがヘーゲルの考えに近いのです。
まあフィヒテには弁証法も歴史もありませんからヘーゲルとは大違いでは、ありますがね。
☆ドイツ観念論哲学のまとめ
ドイツ観念論哲学とは
あえて批判を恐れずに、総括するならば
形而上学の思弁的な難解な用語を操り、空疎な思弁哲学の壮麗な大宮殿を建立したということである。
ドイツ観念論哲学とは、体系哲学の壮麗な大宮殿でありながら、あまりにも浮世離れしすぎた空論に近い形而上学体系哲学であり、
現実的な肉の子らの「ふるえる魂」の叫びからはあまりにも隔絶しすぎた非現実のまったくの空理空論とさえいえるものだったのだ。
「思弁哲学の壮麗な大神殿がそこにはある、しかしそこには生暖かい心を持った人間がいない」
と、、のちにキルケゴールが批判する通りなのである。
現実の人間の喜怒哀楽からは全くかけ離れすぎた、まさに現実離れした空論哲学の典型例とされるものとなったのだ。
だが、この観念遊戯ともいえるような虚構体系哲学は別の意味では、「壮大なる知的遊戯」の空理空論体系として精密な観念遊戯の論理的な理論体系でもあった。
いわば人間の知の空中楼閣だったのだ。
そしてその副産物として後世に与えた影響としては
観念遊戯体系の精密さからの知的刺激としての論理学的な応用、
つまり論理的、理論的なトレーニングとしての脳を鍛える??ということで、
知的訓練?という意味での
現実分析への応用が部分的に可能であるという副産物?
あるいはのちの実存主義への反面教師として教材を提供したという副産物
以上のように大きな示唆と暗示を後世にあたえているのである。
付記
あくまでも私の個人的な解釈であり学術的に正当性があるかどうかは保証できません。




