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むし

ご注意


このお話は多少気持ち悪い描写がありますので、ご飯の時には読まない方がよろしいかと思います。


ご飯のときには携帯電話やパソコンを閉じて下さいね。


そしてきちんと噛んで食べて下さいね。


健康第一です。

ふと気がつくと、右の手首に丸い傷が付いていた。

 生々しい傷であった。

 皮が直径1センチ程度剥がれていて、中の肉がよく見え血が滲んでいた。

 血が乾いていないような新しい傷であったが、どこで傷が付いたのか分からず痛みもなかった。

 訝しんで傷口をよく見ると、奇妙な物体を発見した。

 傷の真ん中に、血塗れになりながら動く、細長く白いもの。

「虫…………?」


 虫だった。3センチほどの、細くぶよぶよした虫が、ぐね、ぐね、と蠢いている。

 全身が寒くなり、鳥肌が立った。


 あろうことか、虫は傷口から 顔を出していた のだ。


 私は、右肘の裏側から傷口に向かって、マッサージするように左手の親指と人差し指の間を使い虫を押し出した。虫に触る勇気を持ち合わせていなかったのだ。


 皮膚の下で虫がぐねぐねと動いている。そんなに外の空気は厭か。しかし私はそんな虫を、ただただ気持ち悪く憎々しいと思うばかりである。

 傷口がめりめりと音を立て、虫が最後の抵抗をする。黙れ。さっさと私の身体から出てゆけ。



 ぷちっという音と共に、虫はぞろりと身体から出ていった。

 畳の上に転がる、私の血と己の透明な体液にまみれ、てらてらと濡れ光っている虫はぴくりとも動かずに横たわっている。その姿は、柔らかい徳利の形をした飴を伸ばしたような、腹と思われる部分のみ丸く膨らんだ細長い虫だった。

 あまりの体験に、私の足は力を失って畳の上に尻を落とした。

 私は何を産んだ。いや、そもそも「産んだ」のか。

 これは現実なのだろうか。現実にこんな虫など存在するのだろうか。これは夢か。夢であって欲しい。

 噫、畳のい草の匂いが生々しい。仄かな腐臭は虫のものだろうか。これは確かに現実なのかもしれない。

 気持ちが悪い。吐きそうだ。吐いたら片付けなくては。そうかトイレに行けば良いのか。

 立ち上がれるか。立ち上がろう。立ち上がらなくては…。


 足に力を込めようとした時のことであった。


 遠くの方から、電子音が聞こえた。チャイムの音だ。



 私は現実の、日常の世界に戻りたかった。この奇怪な生き物との遭遇をすべて夢として、人と会うことで私が本当の現実の世界にいる住人であることを確認したかった。



 私は再度足に力を入れて、立ち上がり、よろめきながら歩いた。


震える右手でドアを開けると、そこには見知らぬ人が立っていた。

「すみません、アンケートのご協力をお願いします」

 眼前の女性はそう言って紙を差し出してきた。

「あ、ええ。すみません今はちょっと…」

 そう言いながらも私は少なからず安心した。

 私は人と会話している。大丈夫だ。私は人と会話できているのだ。

 私の控えめな拒否を無視し、彼女は口を開く。




「ムシは、産まれましたか」




 ………………………ムシ。虫。


 何の虫か。



「まだ、産まれていませんか?」



 困ったような表情で彼女は私を見る。

「む、虫…ですか。」

 複雑な表情のまま、答える。するとその女性はにこやかに言う。


「あぁ、産まれていますねぇ、ムシ。ほら右手首に傷。」


 何の話だ。

 あれは夢だ。私の夢であるのに。貴方は私に現実を届けにきてくれたのではなかったのか。あの虫は夢の世界が産みだした者であるはずなのに。


「あのムシ、潰しては駄目ですよ。卵が体内に入ってしまいます。そうしたらまた増えますからね、ムシ」


「卵…ですか。」


 増える。ムシ。ふえる。ふえる。虫……………。




ぷち





 先ほど聞いた、あの音は何だったか。面皰を潰した時のような気持ちの悪い、あの音は…。


 「あぁ、潰しちゃったんですね。もう少し早く来ればご忠告できましたが…」


 私の頭の中を見透かしたように言葉を発したその女の視線の先には、私の足があった。

 そういえば足が痒い。足。特に脹ら脛が痒い。

 意識をすればするほど痒みは数段増し、思わず手を脹ら脛に伸ばした。


ぞろり


 何かが動いた。私の皮膚の下で。


ぞろり。ぞろり。


 反射的に足に視線を移した。見ると、脹ら脛の皮膚の下が、うね、うね、と蠢いていた。

 ぼこぼこと、私の皮膚の下を這いずり廻る何か。この上ない胸のむかつきと吐き気とが一気にこみ上げてくる。「何か」の正体は分かっていた。

 痒かった。今は脹ら脛だけではない。首が、腕が、腹が、とにかく全身を猛烈な痒みが襲ってきた。

 とうとう我慢が出来なくなり、身体を掻く。爪を立てた場所からぶちぶちと音が聞こえてきた。

 かまうものか。どうせ夢だ。人の夢に巣くう虫など皆死んでしまえば良いのだ。


「ああ潰したら…」


 あの女性の声も遠ざかる。どうだっていい。あれも私を現実に戻しに来たわけではないだろう。


 私はひたすらに身体を掻き毟った。なぜだか、身体が軽くなってゆく。


 死んでゆく「何か」のぶちぶちという音を聞きながら、私の意識はだんだんと薄れていった。



 そうかこれは夢だから。夢だから、そうだ今から夢が醒めるのだ。


 温かいベッドの上で、朝の光を浴びてまた眠ろう。今度はもっと幸せな夢を見たい。





これで、やっと、悪夢から解放される…………………。








*****








「ああもう、人の話を聞かないから…」


 そう言って、女は掻き毟り過ぎて襤褸布ぼろぬののようになった男の身体からぴちぴちと出てくる虫を眺めていた。

 男は、玄関で倒れたまま動かない。


「これでは、アンケートをしてもらう暇もなかったわ。また次の人を探さなきゃ」


 そう言って、玄関のドアを閉めた女は隣の家へ向かって歩き始めた。


















「すみません、アンケートにご協力をお願いします。…………………………………ムシ、産まれていますか?」


悪夢です。


いえ、僕が実際に見た悪夢だという話です。それだけです。


本当に体から虫が飛び出てきたら厭ですね。


寄生虫なら大人しく寄生してくれればいいのにと思います。


宿主を死なせたら元も子もないのに。

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