いたくないよ
先日購入した文庫本に、ケースが付いていた。
特に目を引くデザインでもないが、妙に古ぼけた感じが手になじみ気に入っている。
ベッドの上にケースを放り投げ、勢いよく私自身もベッドに寝転んだ。
明日は休みである。少しくらい就寝時刻を遅めても差支えはないのだ。
そう思うと、私は読書の際の独特な高揚感で胸がいっぱいになった。
3時間は経過しただろうか、私は本に没頭していた。
仰向けになったり体を横にしたりと体勢を変えながら、それでも一心に文字を追う。
物語の場面は、起承転結の転から結に向かうところであった。
そのとき、体勢が苦しくなってきたのか、横向きに寝ていたベッドの上の私の肩からごり、と軟骨が擦れる音がした。
何気なく寝がえりをうつと、しんと静まり返った深夜の自室にぱこんっと間の抜けた音が響く。
音の方向からして、多分ベッドに無造作に放り投げた本のケースだろう。
興を殺がれた重い体を少しだけ起こし、眼は本に向けたまま床に手を伸ばした。
しかし、掴めない。
まるで霞のように掴めなかった。
そこでがさがさと左手で床のあたりをまさぐると、不意に人の指の感触。
つるりとした硬質の、爪のような部分に触れたのだ。それは、妙に温もりを持っていた。
一瞬にして悪寒が背中を駆け抜け、私はとっさに左手を振り払った。
まさか、ベッドの下に人間が居るとでもいうのだろうか。もしや、ストーカー?
馬鹿な。ベッド下には人が入れるスペースなど……
何かと勘違いしているのだろう。
そう思いながらも心臓はバクバクと跳ねる。
恐る恐る床を見ると、やはりそこには人の指があった。
しかし、私が驚愕したのはそれだけでは無い。
指は、本のケースから飛び出していたのだ。
「ひっっっ……!」
悲鳴と息を飲んで両手を背中の後ろにつこうとしたが、バランスを崩してがくんと倒れてしまった。
左手を見ると、ケースから出ている分だけ指は無くなっていた。
不思議と痛さは、無い。
友人S氏との日常会話から生まれた話です。
「ブックケースから指が出ていたら面白いよね」
とはS氏の話です。
S氏の感性に吃驚しまして、
「そのネタ貰った!」
と叫んでしまいました。
S氏は快く了承して下さいました。ありがとうございます。