第24話(1章) … 朝市で朝食を
「体って、こんなにすぐに鈍るものだったんだな…。」
田舎から東京に出てきて1ヶ月余り。
都会に出てからあまり体を動かす機会がなかったのは事実だが、こうも動けなくなっているとは思わなかった。
軽いランニング程度で10分くらい流しただけなのだが、もう息が上がってしまった。
「こりゃ、日課にトレーニング入れないとあっという間に衰えてしまうぞ。」
元々勉強は出来ないが運動はそれなりに出来るタイプの人間だ。
ただでさえ頭も良くないのに、おまけに動けなくなってしまったら救いようがない。
俺は壱世界でも弐世界でも、軽い運動でもいいから継続しようと決めた。
ランニングとウォーキングを小一時間程度したところで、いよいよ空腹が限界だ。
昨日、リーシェと市場を巡っていたときに聞いたが、弐世界では朝市が一番盛況なんだそうだ。
勿論、日中や夕刻でも物は買えるが、朝が一番物が豊富に揃っているらしい。
今俺が持っているのは10ドラル貨が3枚。
因みにドラルというのが、この国の通貨だ。
1ドラル貨、10ドラル貨、100ドラル貨、1000ドラル貨の4つの貨幣で構成されている。
昨日、レイラさんにご馳走になった飲み物や、リーシェとした買い物から察するに、1ドラル貨が大体100円ってイメージで間違っていないと思う。
朝食をするだけのお金があればいいのだから、俺の推測通りなら30ドラルも持ってくる必要はなかったのが、念のため多目に持ってきたのだ。
「流石に弁当みたいなものは売ってないけど、なかなか食欲をそそる物があるなぁ。」
目についたのはちょっと大きめのサンドイッチのようなもの。
間に挟まれているのははみ出るくらいの葉野菜と魚だろうか。
壱世界で言えば"サバサンド"の印象に近い。
勿論、魚が鯖かどうかも分からないのだが。
値段は一個、2ドラル。
安い。
俺はその"サバサンド"を購入し、別の店で昨日レイラさんにご馳走になったジャスミン茶のようなハーブティーも購入した。
他にも串焼きやお好み焼きとチヂミの間の子のようなもの等、興味をそそられる物がたくさんあったが今日は自重した。
勿論、朝市は料理だけじゃなく材料もたくさん売っている。
壱世界でも目にするような物もあれば、そうでもない物もあって、昨日から気にはなっている。
しかし、昨日リーシェと買い込んだ材料がまだ余っているので、これも今日は自重。
とりあえず"サバサンド"を戴くとしよう。
俺は朝市の外れにあるベンチに腰掛け、サバサンドを頬張る。
「こりゃ美味いな。」
ベースは塩味なのだが、葉野菜のシャキシャキ感、トマトのような果実の酸味と甘味、そしてこれまた生のタマネギのような辛味がしっかりと一つに纏まっている。
魚は焼いてあるようだが生臭さはなく、淡白だが癖がないのでちょうどいい。
こうして俺がサバサンドを堪能していると、声をかけられた。
「あら由輝、朝食?」
俺の名前を知っている人なんて、弐世界には3人しかいない。
「おはよう、蘭。今から壱世界に戻るの?」
「そうそう。向こうで外せない用事もあるからね。」
俺達が住んでいる集合住宅から、転移場の間にこの朝市の外れがある、という位置関係ということもあり、ちょうど出くわしたということらしい。
「俺も向こうに戻る時に、色々済ませなきゃいけないことがあるんだよなー、多分。」
「そうだねー。まあ、何日かはこっちにいなきゃだろうけどね。」
蘭も初めて転移してきた時、何日間かはこっちにいざるを得なかった経験をしたのだろう。
「引き止めて悪かった。気を付けてな。」
「ありがと。戻ったらまた皆でご飯食べようね。今度はレイラさんも。じゃあね由輝。」
「そうだな。それじゃまた。」
そう言って蘭は転移場がある場所へ歩いて行った。
俺は残りのサバサンドを平らげ、お茶を飲み干し、来た道を戻ることにした。




