第17話(1章) … 先輩4
レイラさんが部屋を出て行ってから(時計が無いので正確には分からないが)1時間程経った頃だろうか。
金髪碧眼の女性…リーシェさんが部屋にやってきた。
そう言えば一度彼女がこの部屋を覗いてきた時に、俺の街案内を頼まれていたっけ。
そんなわけで今は彼女と連れ立って街を歩いている。
グレイシア王国、王都クスト。
それがこの国、この街の名前らしい。
「私は元々、イギリスの出身なのよ。」
「そうなんだ。イギリスでは学生なの?」
「そうそう。大学に通っているわ。」
そんな"向こう側でのお互いの情報"を交換しながら歩いている。
年齢は俺より一つ上、誕生日は8月とのことで、こちらの生活は10ヶ月程になるらしい。
因みに俺の英語力は"最低限のお受験レベル"でしかないから、本来ならリーシェとこうして対等に話すなんてことはあり得ない。
勿論、リーシェだって日本語が出来るなんてことはない。
そもそもこうして平行世界に飛ばされたからこその出会いではあるのだが、ここに来たからこそ会話が成立しているのだ。
この辺は言語変換様々と言えよう。
まあもし向こう側でも連絡を取ろうという程仲良くなった場合、英語力の向上が必須であることに違いはないのだが、そうだとしても"それ"をモチベーションに学びに繋げられるなら、ここに飛ばされた事は大いに意味があると思う。
悪い事ばかりではないという気になるよな。
いや、こうして平行世界に飛ばされることになってしまったことを不幸だと思っているわけでもないのだけれど。
田舎も田舎、"ザ・ど田舎"で産まれ、高校までは環境の変化に乏しい中で育ってきたせいか、変化に憧れを持っていた事は否めない。
だからか、こうしてこれまでの常識から掛け離れた経験をする機会を与えられた事を、むしろポジティブに捉えているのかも知れない。
「ユーキは自炊出来るの?」
「得意ってことはないけれど、家事は一通り出来るよ。向こう側では今は独り暮らしだし、毎日外食する程お金に余裕なんてあるわけないしね。」
こちらで生活する上で必要なもので、もし足りないものがあれば買い足す目的もあって出てきたわけだが、さっき確認した感じでは取り急ぎ必要なものは揃っていたように思う。
なので、もう目的は街案内メインに変わっていた。
そう言えば、リーシェは買い出しが必要だった時のためにレイラさんからお金を渡されていたらしい。
でも、この様子なら食事に必要な分くらいしか使わずに済みそうだ。
リーシェに案内されて色々な店を見て廻って分かったが、基本的に食材とかは向こう側の世界と殆ど変わらないようだ。
考えてみれば、ここは完全なる異世界というわけじゃなく、ここも"地球"なのだから不思議なことではないのかも知れない。
むしろ有難い。
そうして街歩きをしていると、リーシェに"例の通信"が入ったみたいだ。
「…うん、そう。だから…。…どうかしら?OK?」
実際に通信している姿を見るのは初めてだ。
最初に"札"に手をかざした後は札を手に持ったまま話している。
電話するように耳に当てたり口元に当てたりなんて仕草はない。
その姿を見て判断するに、相手の声は本人に直接伝わってくるようだ。
だから、端から見るとリーシェが独り言を言っているように見える。
でも周囲の人々は全く気にも留める様子もないから、この光景はこちらでは誰にとっても"当たり前"なんだろう。
そんなことを考えていると、リーシェの通信が終了したようだ。
「何か用事でも入ったの?」
俺がそう問うとリーシェは答える。
「今のは『ラン』っていう、もう一人の住人からよ。」
「ああ、レイラさんが言ってたな。『あと二人、住人がいる』って。一人はリーシェで、今のが残りの一人なのか。」
…って、あれ?
「『ラン』って名前から察するに、もしかしてその子は日本人なの?」
「そうよ。私と同い年の日本人の子。私より2ヶ月くらい早くこっちに来てたから、あそこに住んでる中じゃ一番先輩になるわね。」
こっちに来て最初に会った"向こう側の住人"がリーシェだったからかも知れないが、こっちで日本人に会う可能性が全く頭に無かった。
「何か、別世界で同じ国の人に会うってのも妙な感じだな。」
「海外旅行先で自国民と遭遇するのと大して変わらないわよ。」
そう言ってリーシェは笑う。
「ユーキ、今日は食料を買って家で作るわよ。」
『作るわよ?』とはどういうこと?
「新しい住人が増えたわけだし、親睦を深めようって話よ。」
「ああ、そういうことか。分かった。」
「こっちのキッチンの使い方とかも教えてあげられるし、一石二鳥でしょ?」
…確かに。
こっちの世界には電気がない。
向こうの世界のような水道やガスだってない可能性は高い。
とすれば、こちらでの料理の仕方とかを教えて貰うのは凄く助かるな。
「街も近場で必要そうな所は一通り見て廻ったし遠くの方は次の機会にして、今日は買い物して帰りましょう。」
「そうだね。そうしようか。」
こうして俺とリーシェは食料の買い出しをすべく、マーケットに向かったのだった。




