第15話(1章) … 先輩2
「さて、久保さん。とりあえずこれで最後のお話になりますが、よろしいでしょうか?」
レイラさんは少しもったいつけた言い方をする。
「さっき言ってた"ネタばらし"をしてくれるんですか?」
「ええ、そうですね。」
そう言うとレイラさんは何かを手に取って俺に差し出してきた。
「何です、これは?」
一般的なカード…よりは少しだけ細長いが、大きさは然程でもない。
「そうですね…これは色々な役割を持っているのですが、まず一つの役割としては"身分証"ですね。」
「身分証?」
「久保さんは、こちらの世界の人々からすれば"別世界"から来た方ですからね。それを証明するもの…と思ってください。」
ふむ…まあ今までの感じからして、俺やリーシェさんのような人間が"差別"されるようなことはなさそうだが、"区別"はされるわけか。
『まあ、そりゃそうか。』と素直に受け止める。
「この"札"には複数の魔術がかけられているのですが、その内の一つが"位置確認の魔術"です。」
「位置確認…ですか。」
こりゃいよいよ、行動を逐一監視されるのかな?
そんなことが頭に浮かんだが、どうやらそこまでのことはないようだ。
「あくまで位置確認するだけなので、久保さんの行動は自由です。万が一何かあったときに"別世界の方々"が何処にいるか分からないと問題があるので、それを回避するためですね。」
「なるほど。他には?」
「この札には"転移の魔術"も付与されています。」
転移…つまり…
「これを持っていて初めて"向こうの世界"と行き来できると?」
「そういうことです。」
身分証であり、世界を行き来する要でもあると。
それだけでもこの"札"の重要性は相当なものだが…
「そして、これが例の"ネタばらし"になるのですが、言語変換の魔術も掛けられています。」
そういうことか…これで俺がこちらの世界の人達と言葉が通じる意味が分かった…と思ったのだが…
「あれ?でも俺まだその"札"を受け取ってませんでしたけど、それでも有効なんですか?」
そう。
俺は今初めてその"札"を見せられた段階だ。
まだ手にしてはいない。
「この札は久保さん専用なんですけど、効力が発揮されるための"有効範囲"があるんですよ。」
「ああ、それを持っていたレイラさんが側にいたから、手にしていなくても効果が発揮されていたわけですか。」
レイラさんは『その通りです。』と言わんばかりに首を縦に振る。
でも、有効範囲があるというのは合点がいく話だ。
そうでないと困るシチュエーションは多々あるだろうからな。
まさか、例えば風呂にまで持って入らなきゃいけないなんてことになると不便すぎる。
「但し、札の有効範囲はそれなりにありますが、もし本人と札が離れ過ぎると我々の方に異常通知が入りますのでご注意下さい。」
これは当然だろう。
位置確認の魔術が付与されているのだ。
札と無制限に離れても問題がないなんてことがまかり通れば、札を持たせる意味が無くなってしまう。
『事件や事故に巻き込まれた。』なんてことだって考えられますからね、とレイラさんは付け加えた。
俺は『分かりました。』と伝えた。
これで説明は終わりかな、と思ったのだが最後にもう一つ、別の意味で重要な話があった。
「あと、この札は通信手段としての役割も持っています。」
「通信、ですか?」
「ええ。予め認証した者同士に限ってですが、久保さんの世界で言うところの"電話"のような役割を果たしてくれます。」
ここまでくると、最早"最重要ツール"だ。
絶対に紛失したりしないようにしなければ。
「あれ?この"札"を持っているのは、所謂"別世界から来た人間だけ"なんですよね?」
「えっと、その通りなんですが、我々の世界の住人も少し物は異なりますが似たような物は持っているんですよ。ですので私たちとも通信は可能ですよ。認証さえすれば。」
今後、こちらの世界でも生活することになるなら、こちらの世界の人達とも関わりは少なからず出てくるはずだ。
それを聞いてほっとした。
「あとこれは言うまでもないことですが…」
そんな前置きをしつつ、レイラさんは言う。
「この話は久保さんの世界の19歳講習未受講の人には話さないでくださいね。」
これが『箝口令』だ。
でもまあ、話す気にもならない話だ。
ただ19歳講習を受講した奴なら分からないが、俺の場合は違う。
体験してしまったからこそ、話す気にもならない。
これを体験していない人間に説明したところで、信じてもらえる気がしないからだ。
俺は、分かってますよと答えた。
「というわけで…」
ほっとする俺にレイラさんは間髪入れずにこう言った。
「早速、久保さんと私とで通信出来るよう、認証しちゃいましょうか。」
大学生になって、新生活が始まって約1ヶ月。
こうして、俺が"最初に連絡先を交換した"のは、同じ学校の同級生でも、アルバイト先の同僚でもなく、平行世界の可愛らしい女性となった。




