95.部室で取引しよう
「はぁ」
一つため息をつく。なんてことはない、
いつものクセみたいなものだ。気にしなくて
別にいい。それにそこまで深刻な悩みがある
であったり、そんなことでもない。
今日が今年初の登校だからだ。
こうもクリスマス・正月と学校に行かずに
のうのうと過ごしていただけあって、学校や
会社に行くのは誰だって億劫なものだ。
このため息は仕方のないものだと思ってくれ。
生理現象とでも言うべきか。
と言っても休みの間は何もやることがなく
家にいてばかりいたから、これはこれで
外に出るいい機会だったかもしれない。
なーんて考えないとやってられねぇよ。
こちとら30代なんだから、そこんとこの
考えだけは完全におっさんなんだよ。
そして始業式を終え、いつも通り
授業が始まり、何事もなく放課後になった。
ここまでの下りはやはり俺にとっては
いつも通りでつまらないものに過ぎない。
よってカット!
そんなことよりも話したいのがやはり
今年、そして今学期初の部活動についてだ。
正直、学校の授業よりもこっちのほうが俺に
とっては今まで以上に価値があるものに
感じてきてしまっている。
さぁ、どーせいつも通りミコが先に部室で
着替えて待機でもしているんだろう。授業が
終わったと同時に教室を颯爽と出て行った
のを確認している。
「あけましておめでt……」
「はーい、あけましておめでとー!」
「……ミコがマヤになってる」
「ううん、マヤがマヤになってるよ」
ミコはいない。そして俺を部室で待機
していたのはまさかのマヤだった。
「で、何しに来たんだよ。ここって一応
「異能部」の部室だよ? いつから生徒会の
所有物件になったんだよ。あるいはマヤが
休みの間にこの部活を丸ごと買い取ったとか」
「フツーに遊びに来たとは考えないのね。
それとこんな需要のカスもない部活なんて
私が買うわけないでしょ」
「お”-い! それはどういうことだ!!」
「事実だけど冗談だって。企業にもアガリと
ボトルネックってあるわよ」
事実なのは認めるのかよ。それと
ボトルネックってなんだろうか……?
まぁいいか
「それとここはお茶ぐらいでないのかしら?」
「クッソ生意気な姑みたいなこと言うなよ」
といっても実はこの部室にはお茶くみ用に
急須とポット、それと湯のみが何個か置いてある。
これは前にここで勉強会をしたときに、集中力を
高めようと考案し、見事これくらいなら経費で
落とせると生徒会からオーケーサインをもらい
「異能部」として保有しているものだ。だが
休みを挟んでどこか故障していたりほこりが
かぶっていたりしてないかを確認しなくては。
だが、ポットは故障はしていない。後は多少、
ほこりがかぶってはいたが、この程度であれば
パパっと落として洗えば十分だろう。
「さ、お湯が沸くまでちょっと話さない?」
「何? ニュージーランドの土産話?」
「ええ、それでもいいけど……ってあれ?
ココに私の年末年始のことって話した
ことあった?」
「いや、生徒会長から聞いた」
実はそれ以外にも知るだけの要因はあった。
ていうかお前。
「マーヤー@FXで有り金溶かさない人の例
ウイィィィィィィィィイイッッス
どうもーぅ、マーヤーでぇーす。
12月31日」
ってグラサン付けて敬礼みたいなポーズ
した写真ツイッタに載せてただろうが!
危うく飲んでたお茶噴き出すところだったわ。
「いやーニュージーランドは毎年のように
行っているからもうそろそろ別の場所に
したかったんだけど、理由があってやっぱり
そこにしか行けなかったんだよねー」
「年末、家でそばすすってたやつにしてみれば
どこでも憧れるよ」
正しくは生徒会長もすすっていた。が、俺は
呼んだ記憶も呼ぶ気もなかったためノーカンだ。
「ま、もう何度も言ってるけど今回はある意味
いい収穫があったからこれはこれでいいけどね。
あ、これお土産の鳩サブレー」
「ニュージーランドのもん持ってこいや」
それなら生徒会長から年末に受け取っている。
確か、生徒会メンバー用にも買っていたとか
言っていたし、マヤにもこれと全く同じもの
届くんじゃないか? それと何? お土産って
本当にこれなの!? もっとほかにあるだろ。
「何? なんか文句ありそうだけど
中二病患者君」
「いいや、文句はないが別件で文句はできたぞ
金持ち生娘よぉ」
カチン(#^ω^)(^ω^#)ピキッ
「……はぁ、やめやめ! こんなことやるために
けしかけたわけじゃねぇし、俺は休みボケで
今日に限ってはもう部活も休んで帰って
寝てたいんだ。こんなどーでもいいことで
メンチ切りあってもなぁ」
「あれ? 意外と大人な対応するんだね。
というか”金持ち生娘”って別に悪口
じゃないからね」
「あ、そういやそうだな」
ピーッ
お、お湯が沸いたな。俺は湯のみと急須を
取り出し、急須の中にミコが持参した茶葉を
淹れる。どうやらおじいちゃんの棚にあった
お高いものをくすねたらしく、スポンと茶葉の
入れ物を開けただけでもかなりいい香りがする。
俺は前も言ったかもしれないが味の
好みが完全に年相応で、おっさんくさい。
そのためこういう茶の香りなんてのは香料で
染めただけのようなメロンソーダだったりの
匂いよりも好きなのだ。
意外といい趣味持ってるな、剛隆氏。
「うわぁ、いい香りだね」
「あ、マヤも茶が好きなのか?」
「お茶とコーヒーが好き」
「ふーん、勝手に小柄だからなんかあまーい
カルピスとかオレンジジュースとかが好きな
ものだと思ってたな」
「小柄とは失礼な! ただ私の家に
その二つしかないからってだけよ」
「あ、そーなの?」
確かに”お茶”と”コーヒー”はどう考えても
取引の際の客人用の御飲み物のカテゴリだな。
マヤもそのせいあって、その二つの飲み物が
好きになったのか。家の特色で味の好みも
変化するっていうのはどうにも不思議な人の
体の特徴だよな。
「あ! ”家が厳しくて他のものが飲めない”
なんてもしかして思ってない!?」
「いや、思ってない……って言ったら嘘になるか?
まぁ正直、その手のヤツかと思ってたな」
「違う違う、ただコスパの面でそれしか家に
置いておかないってだけで、外では別に他に
オレンジジュースだったりは飲んでるわよ。
ま、ご飯の時は絶対”お茶”か”コーヒー”を
飲むようにはしているけどね」
「え、なんで?」
「だって飲み物よりもご飯を楽しみたいじゃん」
「……」
お前んち、けっこういい教育しているな。
全国の晩御飯と一緒にコーラを出す食卓に
言いたい一言だ。
と、こんな話をしている間にお茶が
二人分の湯のみに入った。少し多めに
お湯を沸かしてしまったが、どーせまた
後でミコが飲むから問題ないだろう。
「淹れ方うまいね」
「会長から教えてもらったんだ。いい淹れ方を
しないとお茶に失礼だって言ってな」
「へー、会長らしいなぁ……」
俺と生徒会長が教える側に回ったあの勉強会で
俺が教わったことの一つだ。初めてポットが
この部室に導入されたときに、生徒会長が俺に
そういって淹れ方を教えてもらったのだ。どうやら
俺は呑み込みが早く、すぐにそれをマスターした。
俺にとってはどうでもよかったことだったのだが、
目の前で頑張るミコや義堂の姿を見ていると
俺も何か覚えたいなと思っただけだ。それに
実際にやってみたら確かに、淹れ方ひとつで
おいしさが変わった。
お茶というのは奥が深い。
閑話休題
「ズズッ それで本題なんだけどね」
「え? 遊びに来たんじゃないの?」
「それも目的だけど、本当はコレを渡そう
って思ってきたの」
そういうと鳩サブレーの箱から一つの
鳩サブレー以外のお菓子を取り出した。
そこにしまうなよ!
しかし、このお菓子はどう見ても……
「……ヨーグ〇ット?」
「うん、それにしか見えないよね。でもこれは
ヨーグ〇ットっぽいちゃんとした薬なの」
「え”!? 薬!?」
薬。この言葉だけだと怪しい雰囲気が
感じ取れる。本当に怪しい代物なのか、ただの
風邪を治すためのものなのかはわからない。
だって見た目が見た目だもん。効能はちょっと
牛乳らしい酸味を感じるぐらいにしか予想
できないよ。
「それでこの薬は?」
「先にこの薬を持ってる理由なんだけど、
私の家の契約先に実は”製薬会社”があるの。
だから新作の薬を試飲できるらしくて
ちょこっともらってきたのよ。まぁそれが
ニュージーランドでの成果なんだけど」
「は? これメイドインニュージーランド?」
「そそ、ニュージーランドの森の奥で極秘n
……あ、やっぱなんでもない」
「え?? 極秘がなんだって!!???」
やっぱりこれ怪しいものなんじゃ……?
ってそういえば前にマヤの家に行ったときに
”記憶抹消剤”があったな。その時は偽物だと
勝手に決めつけてたけど、もしかしたらアレは
ガチでモノホンだったのか……?
「おっほん、それで完成してないけど一応
効能は確認してあるから、うちでちゃんと
管理して売り出す前に、あなたたちに
渡そうかなと思ってね」
「いやいや、怪しすぎるわ!」
「大丈夫だって。まぁ、今回は毒mじゃなかった
試してみてよってことで」
「おい! 今「毒見」って言いかけたよな!?
やっぱり危ないものじゃねーか!!」
「そんなことないって! 大丈夫!
私が保証するから!!」
「じゃあお前飲めよ」
「そんなモルモットみたいなこと率先してやる
わけないでしょ」
「てめぇー!!」
何がモルモットだよ! お前が俺の事
モルモットにしようとしてたじゃねーか!!
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ
まぁ効能だけでも聞いたら?」
「……まぁ、それだけなら聞いとくか」
「”正直になる薬”」
「正直になる薬?」




