87.初詣に行こう
クリスマスの一件から年末にかけて俺は
家でぼーっとしている日々が続いた。いや、
それが悪いなんてことはなく、高校に入る
前はそんなのは日常茶飯事だ。そして今日は
12月31日、大晦日で今日くらいは何か
やろうと思う。
が、大晦日だからといって何か特別なことを
するわけもなく、いつもどおりゲームでも
して過ごすぐらいしかなく結局いつもどおりの
一日になりそうだ。だが俺の電話が鳴り出した。
それは俺が晩御飯に年越しそばをすすっている
ときの出来事だ。
ピロロロロロロ
「もしもし、私ユウギリさん
今あなたの家に向かってるわ」
ツー
…………
ピロロロロロロ
「もしもし、私ユウギリさん
今あなたの家までもうすぐよ」
ツー
…………
ピロロロロロロ
「もしもし、私ユウギリさん
今あなたの家の前にいるわ」
ツー
…………
俺は何かを察した。そう感じた瞬間に
俺は急いで玄関の鍵を閉める。もちろん
これから何が起きるかなんてわかるはずも
ないし、悪魔である俺がこんな子供だまし
みたいな「イタズラ」に怯えたなんてこと
でもない。ただ、俺が感じたのはその
「イタズラ」よりもめんどくさいことに
なりかねないと察したからだ。
ピロロロロロロロ
「もしもし、私ユウギリさん
鍵をあけてほしいな」
ツー
俺は無視して年越しそばのある部屋に戻る。
はー、まったくなんで俺はこんな年の終わりに
意味の分からないイタズラに会わない
……と……
「まったく、神前君ってば窓も施錠して
戸締りってものだよ? それと今は
冬なんだからちゃんと窓の鍵は閉めておいた
ほうg」
ドゴォ!
俺は気が付いた時には目の前にいた
ユウギリさんをぶん殴っていた。ええ、
もちろん不法侵入者として扱って殴ったとも
言えるし、ユウギリさんという新手の
都市伝説の幽霊だったとしても、俺が殴るに
ふさわしい理由付けになるから俺は殴った。
相手は生徒会長ではない。
見た目は完全に生徒会長だが、俺の脳が
「生徒会長として見ない方がいい」と助言した
ため、このユウギリさんと名乗る男は俺の
知らない人だと認識した。
「あのさぁ、僕って先輩なんだからもう少し
敬意をもってほしいんだけど」
「後輩の家に不法侵入する先輩がいて
たまったもんですか。それと俺の部屋には
入らないでください。入ったら殺します。
殺すまで行かなくとも、あるいは死ぬよりも
恐ろしいことをするかもしれませんが」
「殺気が……」
理由は至極当然、ミコンがあるからだ。
俺の家にはマヤの家以上に人を呼んだことが
なく、こうやっていきなり人が強襲してくる
なんて予想していなかったし、まさか窓から
入ってくるだなんて、夢にも思っていない。
「とりあえず、何しに来たですか? しかも
こんなめでたい日に限って、白昼夢でも
見てる感じですよ」
「残念ながらこれはマジモンの現実で今、
ここにはユウギリさんこと生徒会長がいるよ。
まさか本当にメリーさんが来るとでも?」
「ええ、そりゃなんですか? 俺がそんな
都市伝説とかを信じるなんて思ってるんすか」
「いや、君曲がりなりにも「異能部」でしょ」
俺自体が都市伝説級の存在なんだ。そんな
誰かが作ったみたいな、チープな伝説なんて
俺からしてみたら、嘘にまみれて見えるわい。
「それと何勝手にそば喰ってるんですか」
「え? 大晦日だからに決まってるじゃん」
「だからって人んちのもの勝手に食うなよ!」
「えー、じゃあ窓から入って来た強盗って
扱いでいいよ。だから強盗らしく、人んちの
もの盗んでいくから。ほらこれでよし!」
「よくねぇ!」
こんな上から目線の強盗がいるか!
「あー、とっとと帰って下さい。今、何時だと
思ってるんすか」
「夜の10時だね」
「だったら常識に乗っ取ってさっさと
帰って下さい」
「あ、忘れてたけどホラ。東京バナナと
鳩サブレー、それとおでん缶のつみれ大根と
牛すじ大根の二つ」
「そばのおかわりいりませんか、強盗さん」
俺のおみやげリクエストの全部を買ってきた
というなら話は別だ。どうやらミコが東京バナナ
だけを買っていこうとしてたのを生徒会長が
「全部買っておけば何かに使えるのでは……?」
と機転を返したため、今こうやって生徒会長に
俺がはめられている。俺はしぶしぶ生徒会長と
そばをすすることにした。……なんだこれ。
「はぁ、というかなんで俺んち知ってるんすか。
あの学校で誰も俺の家なんて知らないし、
ましては人すら呼んだことないというのに」
理由はさっきも言った通り、俺が悪魔だという
事実を隠すためだ。何かの間違いで俺の正体が
露見してしまってはならないからな。
「後つけたからねぇそりゃ」
「マジやめろ、それ」
怖いわこの人! 人んちに行くのに
俺のことをつけるなよ…… まぁ、知り合いだった
俺が対象で警察沙汰になっても問題にはならない
とは思うが…… いやだめだ、つけているって時点で
知り合い云々のまえに大問題だわ。
「それで何しに来たんすか。こんな俺の家に
来る理由なんて俺にはさっぱりだから」
「ああ、言ってなかったね。
ゴックン
初詣に行かない? 僕と。」
「は? なんで俺が生徒会長と?」
初詣
年が明けてから初めて神社や寺院などに
参拝する行事のことだ。一年の感謝を捧げたり、
新年の無事と平安を祈願したりするのだが
俺はそんなことをしなくとも無事じゃないし
平安でもない。救いようがないと見切りをつけて
そんな行事には全く興味がないし、これからも
興味がわくことなんてない。
「悪いんですけど、それはちょっとパスd」
「ほらー、そういうと思ったから僕がきたんだよ。
どーせ? 「俺はそんなもの意味ないー」とか
言っていかないだろうって思ったよ? まぁ
だから僕が直々に家に突撃してきたんだから」
「なんて迷惑な」
行動力だけは讃えたいが、俺はぜってー
讃えたくねぇ。それと見事に俺の考えのドンピシャ
当ててんじゃねぇよ。
「俺は行きませんから。だって今日って寒いって
予報出てましたから」
「えー、やっぱダメかー」
何をこんなに面倒がっているかというと
これと言って大きな理由はない。ただ単に
めんどくさいだけだ。わざわざ俺の家にまで
押し寄せてまで初詣に行きたいその思いは
わからんでもないが別に俺がそれで行くかと
腰を折るなんてことはないさ。
「……」
「? どうしたんですか」
「実はね、言っちゃ悪いけど初詣が本当の目的
じゃないんだ。初詣は第二の目的なんだよ」
「目的?」
「初詣って言って僕がどこに行くと思う?」
そんなの俺に聞いたところで……あぁ、なるほど。
「もしかして御前神宮ですか」
「そうそう、だから東京のおみやげなんかを
あのー、愛ちゃんって言ってたかな? まぁ
その子だったり、おじいちゃんにあげたい
っていうのが第三の目的だよ」
「第三かーい」
とっとと第一目的言えよ!
「それで第一の目的っていうのは……」
「あれ? わからないの? 今は神社も
大忙しで従業員総出で頑張ってるってのは
予想がつくと思うけど」
「それで……あっ」
「うん、御前さんもガチ仕事モードで神社で
はたらいているってことだから、その様子を
見に行きたいのが第1.5の目的」
「なんすかその微妙な目的指数……」
1.5ってずいぶんと中途半端な……
ってだからとっとと第一を教えろよ!
「で、その巫女姿をカメラに収めるのと
ひやかしにいくのが第一だよ」
「あ、それ面白そうですね」
畜生! この人はなんでこんなに人を
釣り上げるのが上手いんだ。そんなの
面白そうに決まってるじゃないか!
「わかりました。俺も行きますよ。どーせ
暇だったし、紅白もカキ使も録画してますし
テレビを見たいわけでもないので。あ、でも
CDTVは見たいのでそれまでに帰りたいっす」
「はーい、それじゃそば食べていこうか」
そんなわけで俺と生徒会長は初詣に行く
こととなり、今回のタイトル回収を無事
終わらせることとなった。あーあ、ほんと
なんで俺はこんなひっきりなしにあの
神社にお邪魔しないと行かないんだ……
大晦日はやはり家の中ですごす人が
多いらしく、クリスマスとは打って変わって
道に人は誰一人としていない。これがもし
東京とかの大きめな都市の街だと、もっと
新年を祝うべく、わんさかと人がいるの
だろうけれども、ここはそんなたいそうな
町でもない。
寒気がいっそう増す、さびしい光景だ。
隣で生徒会長が寒そうに、マフラーを
首に巻きなおしている。俺はマフラーなんて
ものはしていないが、今日ぐらいはつけた
ほうがよかったかもな。こんなコート一枚じゃ
真冬の夜の寒さはしのぎ切れそうにない。
「というか一人で着来たんすか? もっと
知り合いのひやかしとくればもっと人を
呼んでやるかと思ってたんですが」
「うーん、僕も呼ぼうと思ってたんだけど
みんな何かしらの用事があったんだよ。
六郷君は家族と過ごしたいからって理由で、
マヤはいつものことらしいんだけど、
この時期はニュージーランドに旅行に
いってるんだってさ」
「うわぁ、さすがだなぁ……」
「で、義堂君に関しては連絡すら来ていない
から多分、もう寝てるんじゃないかな?
それで唯一、暇そうだった神前君を
呼んだってわけ」
「消去法で俺選ばれたんすか……」
「そっちのほうが君だって納得がいくでしょ」
納得はする。納得するしかないな。
今は10時に生徒会長が強襲してきてから
そばを食べ、御前神宮のある山のふもとまで
くる段階で10時半を回り、10時の45分
ごろだ。もう一時間ほどで次の年がくると
考えると、どこか不思議な気分だな。
しかしこんなに夜が更けてしまっては
さすがにこんな場所には人は誰もいない
だろう。
と、思っていた。
「あー、すごい人だね……」
「今からあの人ごみに入るんですか……」
今頃になって思い出した。あそこの神社は
チート級の除霊能力の持ち主の巣窟であり、
お参りだったりの効果は絶大だ。だからこそ
こういう日に限り、人々はご利益を求めて
初詣に行くし、あそこの神社がこの町の
住人なら”誰でもいける”からこそ人々は
こぞってここに初詣に来ることを。
「やっぱり噂どおりすごい神社なんだねぇ」
「ええ、ミコ本人はその真反対ですが」
「ん? 神前君、何か言った?」
「いいえ、なんでも」
いつもなら神社に続く道は誰も来ないからと
真っ暗なのだが、今日だけはちょうちんが
並べられ道をぼんやりと照らしている。
神社のほうから、笛の音だったりの和風な
音楽がかすかに聞こえてくる。なんだか
古い和風ホラーの世界を見ている気分だ。
「最近、何のゲームしているの」
「CALLING~黒き発信~」
「えぇ!? ちょっとそれ頂戴!?」
「ダメですよ。樹海で1万以上したんですから」
俺はこう見えてゲームはする、というか
一日のほとんどをゲームで終わることだって
まれにだがあるくらいやる。理由は単純だ。
それしかやることがないからで、今日も
さっきまで紅白を横目にやっていたくらいだ。
「それにしても東京でもそうだったけど、こういう
準備とかって一日で大勢の人たちがやるって
思うと力を合わせるってすごいって思うよね」
「真面目パート入るの急っすね」
「いやいや真面目な話じゃないよ。ただつい
一週間もたたないうちにクリスマスカラーから
新年を祝うってコンセプトにパッと変えるの
って意外と難しいことだと思うんだけど、それを
毎年のようにやる日本人って変だよねー、ってこと」
「ミコは”それが日本人”って言ってましたよ」
「ははっ、全くそのとおりだよ」
ん? この言葉はミコのセリフじゃないな。
確かこんな感じで山道を進んでいるときに愛ちゃんが
俺に言ってきた言葉だ。まぁ、さらに具体的には
その発言元は剛隆おじいちゃんなのだが。
「あぁ、ここまで登ると御前神宮も見えてくるけど
おぉー、さすがの人だかりだね」
道はかろうじて通れる。だとしても道を埋める
だけの人がいる。今まで御前神宮への道なんて
殺風景でただただ登るのがつらいだけだったのが
こうやって人の集まりを見ると、生産的で俺的には
飽きない景色だ。
しかし、ここまで登るとさっきまで微かに
流れていた音楽もはっきりとしたものになる。
やはり境内で流れていたもので、実に神社に
いるんだなと思わされる。
「さ、CDTVまでに帰るんでしょ。ささっと入ろ」
「ええ、俺はなんでこんなとこに……」
こんなことを言っても帰れるわけもない。
俺はここに連れてきた生徒会長と年前に初詣に
向かうしかないか。
”悪魔”ではなく、”人”として素直に
”神”にでも明日のことを祈るか。




