83.街へ行こう
「どうぶつの森ですか?」
「タイトルで遊ぶなよ」
正しくは街へ行こう”よ”なのだが、
意味合いとしては変わらないな確かに。
だとしてもうちの街では決してフリー
マーケットは開かれないし、劇場の隣には
ハッピールームアカデミーはない。
「それでそのお店というのは」
「何? 馬鹿にするなら容赦しないけど」
「いえ、そういうわけでは」
なんでマヤは好戦的なんだろうか?
俺たち、俺とマヤと愛ちゃん、そして追加
パーティーである副会長を連れて学校を
後にした。何分、そのクリスマスツリーの
飾りというのがずいぶんと大量に渡された
ため、運ぶのに俺は仕方がなく荷物運びを
買って出た。別に力がないわけではないし、
この程度であるなら問題はないさ。
そして副会長はさっきまで俺がいた
愛ちゃんの手つなぎポジションに入って
仲良く手をつないでいる。
この光景には俺も「代われ」と言わざるを
得なかったが、さっきまでマヤと口論に
なった関係でそんな興ざめたことは言えない。
「代われ」
「いや、ココ心の声出ちゃってるよ」
「あぁ、”重い”と言い間違えたんだ」
「どう頑張ればそう言い違えるの!?」
無理があったか。一字としてあってもないし
あっていることとすれば3字であることだけだ。
「それにしても御前さんにこんな可愛らしい
妹さんがいたなんて」
「えっへん!」
「いえ、褒めてはいないんですが」
「よかったねー、褒めてもらったよー。
いっつもは加賀音お姉ちゃんって何に対しても
褒めないし無愛想だから、こうやって
褒めてもらえるってやったね!」
いいなー!! あの空間に入りたいなー!
「ほら荷物、もうちょっとで変わってあげるから
あと少しだけ運んでね」
「あ、ありが……たくないわ! なんで荷物のルビが
俺の名前になってるだよ!?」
俺自体が荷物みたいじゃねーか! これってあれか、
さっきのアレに対する小さな反発か!?
それにしてもたかが一軒家のツリーの飾りを
持っていくというのにここまで段ボールひと箱
なんて量はいらないのは百も承知だ。そこで
愛ちゃんに「どの飾りがいい?」と問うたが
ずいぶんと長々と考えさせてしまったため
俺がかっこつけて全部持ってってやるよと
言ってしまったがために今こうやって荷物持ちを
やっているのだ。自己責任というものだよ。
「それでその飾り全部付けるの? なんか
クリスマスツリーがツリーの原型をとどめない
のが目に見えてるけども……」
「いや、余れば余ったでいいよ。別にそれはまた
俺がきっちり数揃えて返せばいいだけの話だし」
「苦労するねぇ……」
苦労体質であるのは認める。だがそれもつい
最近なったものであり、それにきちんとした
抗体を持ってるかは話が別だ。
「愛ちゃんもこれでよかったの?」
「べつに」
「沢尻エ〇カみたいな返しが返って来たけど」
確かに”べつに”どうでもいいから俺が勝手に
決めて動いているだけだから、あながち間違い
ではないな。それに愛ちゃんはどんなに陽気な
幼女だとしても”御前”というガチ仏教徒の
一族の人間なんだ。クリスマスという行事に
反応を見せなくても変ではないだろう。
「それにしてもこんな御前さんの妹さんがなぜ
神前さんと一緒におつかいを?」
「それは……
なんでだろ?」
「知りませんよ」
あれ、なんで俺は愛ちゃんと買い物デート
否、お使いの手伝いをしなくてはならないのだ?
俺にはそんな義理はないと思うし、それに
おつかいに行くとなれば俺以外にもお父さん
であったりお母さんがついて行ってもいいもの
だろう。それをなぜわざわざ外部の人間である
俺に頼んだのだ? 厳密には”外部の悪魔”か。
まぁいいか、何か適当にでっち上げようか。
「愛ちゃんの華奢なボディに惹かれた」
「いえ、それは惹かれません。引かれます」
やっべぇー素が出てしまった。
「いえ、ただ単に私も弟がいるので」
「あ! 知ってる! 確か…… コウキ君って
いったっけ?」
「ええ、なんでマヤがそれを……そうでしたね
マヤは知ってますよね」
マヤはうちの生徒の個人情報を扱う一家の
娘だ。それに同じ学年で同じ生徒会にいる
一員として、そこら辺の情報は持っている。
だが「個人情報」という紙一枚で収まる情報
だけではなくマヤは直接あって話、友好を
深めてより紙では表せないものを知りたい、
それがマヤの考えであり、モットーらしい。
前に副会長の家にお見舞い……あぁ、確か
正しくはお見舞いではなかったか。まぁそれは
いいとして前に家に行ったときに家の奥から
聴こえた「ねぇちゃん」というセリフは
やはり弟のものだったのか。逆にそうじゃ
なかったら色々とややこしいことになるな。
「今日も家で私の帰りを待ってます。本当は
街を歩き回りたいのですが、私には弟、そして
…………父と母がいるので」
「……なんだろう。さっき加賀音ちゃんを軽く
馬鹿にしたことが今になって悔やまれる……」
マヤ、安心しろ俺もだから。
「いいねぇー、ヤーイ親孝行者ー」
「……それは褒めてますよね? ……愛ちゃん
といったかしら? ねぇ、家族はみんな
元気にしてる?」
愛ちゃんは腕をあげて「ゲンキ」とゲンキな
声で言った。繋げてあったマヤと副会長の
腕もそれに合わせるように持ち上がる。
「そう、今日はクリスマス。みんながみんな
笑って過ごす日なの。だからおうちに帰ったら
みんなと仲良く元気いっぱいに過ごしてね」
「もち」
「いい子ね。それとそんなネット用語みたいな
返事は大人に使わないの」
「「はーい」」
なんでマヤも返事するんだよ。
「それで、そのおいしいケーキを売っている
喫茶店というのは……」
「もうすぐだよ」
なんだかんだ言って、俺たちは学校から
けっこうな距離を歩いたらしく街の中心
とは言わないものの街の中には入っていた。
楽しく子供と手をつないで歩くと、時間を
忘れてしまうということだろうか……?
ていうかマヤ、お前結局荷物持ち
代わってくれてねーじゃねーか!!
街は暗くなるにつれて、さっきの
活気のいい元気な面持ちから打って変わり
街灯が点々とつく、”幻想的”なんて言葉が
似合うような景色になっている。今日は
雪が降らなかったため道も歩きやすく
街中は人はごった返してはいるが誰一人、
転んだり危なっかしく歩いている様子はない。
雪が降らないのはいいことではあるが、
ホワイトクリスマスという言葉がある以上、
その様子を見てみたい気もするな。
俺はさっきから変わらず、段ボールを
持っている。対して愛ちゃんは印象ががらりと
変わった光景にテンションが上がっている。
といってもさっきから両手をつかんで
ブランコだったりで遊んでいるから元々
テンションは高めではあるから、その
上がったテンションが露見しているわけでは
ない。ただ直感的にそう思っただけだ。
「綺麗だねー」
「ええ、そうね」
道は残った雪が街頭やイルミネーションを
反射して光り輝いている。店もいつもなら
こんな時間になればちらちらと締め出しを
始めるというのに今日という日だけは、街を
彩るかのように煌々と店内、そして店外を
照らしている。本当にこれだけ綺麗な光景に
ハラハラと雪が降っていればどれだけ
綺麗さが増していたことか。
前を向くと、手をつないで歩くカップルが
ちらほらと。後ろを見るとそれに負けじと、
クリスマスツリーをバックにツーショットを
撮っているカップル…… 今日はクリスマスだ。
「聖夜」でありネットスラングでは「性夜」
だなんて揶揄される日だ。だからこそ思う
「あ”-反吐が出るわー」
「マヤが言うのかそれ」
「ったり前でしょ! 誰が好き好んで喫茶店の
バイトを買って出ると思うのよ! よりに
よって今日、よりによって今日!!」
「いや、今日だからだろ」
”彼”がいれば”彼”をとってるわ!
マヤはそう言いたげだったが、ここには
副会長はおろか、まだまだ心幼い愛ちゃんが
いる。マヤは口にはしなかったが、完全に
顔にそう書かれてるから隠しきれてねぇよ。
「あ、着いた着いた……あっ、間違った
ここだぁぁぁぁーーーーーー!!」
「言い換えなくていい!!」
夜とまではいわないが、もう暗いから大声で
叫ぶなよ! よりによってサンタ服のお前が!
「時間かかっちゃたしもうケーキはできてるん
じゃないかな? 多分、加賀音ちゃん家の
ぶんも残ってると思うし」
「それはありがとうございます」
「それはここのお店に入ってから言ってあげて。
私って見たまんまだけど、なーーーーんも
やってないし」
そうだな、サンタ服を着ただけだなお前。
というかこれからマヤはバイトに戻るの
だろう。って本当にこのツリー用の飾り
持ってくれなかったな、この野郎。
「マスター、ケーキできてる?」
マヤが店内に入るや否や、流れるように
カウンターの奥に入っていった。
「いい香りですね」
「あ、副会長ってコーヒー好きなのか?」
「好きというと語弊があるかもしれません。
厳密には”コーヒーの香り”が好きなので」
「あぁ、なるほど」
納得はできる。確かに俺もガキの頃は
コーヒーなんて苦い水は嫌いではあったが、
コーヒー牛乳やカフェオレのような苦みを
含んだ甘みを持つ香りは好きだったからな。
「じゃあコーヒー飲めないのか?」
「いえ、飲めますよ。ただコーヒーを
好んで飲むわけではないというだけで」
「ふーん」
副会長ってなんか完璧超人みたいな勝手な
イメージがついていたけれど、こうやって話す
分には全然そんなことはないな。いや、単に
俺があまりこうやってゆっくりと緊迫した
雰囲気じゃない状態で話したことがなかった
だけなのかもな。
「あ、戻って来たわよ」
カウンターの奥からケーキの箱を10個
持ってマヤが出てきた。それには俺は一言
言いたくなるのも無理はない。
「一人、ワンホールかよ!!」
「そりゃ食べてほしいからね! ☆ミ」
「そのドヤ顔意味ねぇだろ」
食べたくてもこの量は食べれねぇよ!
どんなに若いと言ってもワンホールは
厳しすぎるだろ!
「で、おいくら?」
「3100円×10個で3万1000円。
でもお友達料金で3万2400円でいいよ」
「税だけはキッカリ獲ってくその意気は
素晴らしいと思う」
そこは3万とか言うところなんだろうが、
マヤの企業家思考が垣間見えるよな。
それはそうとこの大量のケーキどうしよう。
こんな食べれないし、箱10個持ってあの
山を登る気にはならない。それに3万と
少しばかりにまで安くしてもらったはいいが、
そこまで高くつくとは思ってなかったな。
お金については、後で払ってもらうことで
いいと思っていたし。
(愛ちゃん、この量は……)
(おじいちゃんから”まほうのカード”
もらってるからだいじょぶ)
(それ一番大丈夫じゃない!)
子供になんてもの持たせてるんだよ、
あの爺さん。もっと気を付けて扱った方が
いいぞ。
「……あ、そうだ。副会長、この何個か……
といってもチョコとショートの2個だけ
でもいいから買ってくれないか?」
「ええ、別にケーキがもらえればいいですし。
そうですね…… でしたらチョコレートと
ショートケーキの二つがあるんですよね?」
「ああ、そうだが」
「それぞれの味を1ホールづつ買おうかしら。
マヤ、それで会計してもらえる?」
「毎度ありー!!」
八百屋かここは。しかし2個も買うなんて
意外と食べるんだな「六郷家」の人々は。
「御前家」も大概だとは思いはするけれど……
だとしてもこの数を運ぶとなればかなり
大変だな。それに追加でパーティー用の
オードブルもあるんだろ……? うわぁ、
考えただけで嫌になるな……
「あ、そうだ。ココ、待ってて!」
「?」
マヤはまたカウンターの奥に入っていった。
なんだ? また毒見だとか言って副会長に
あのケーキを食べさせるつもりなのか?
それにさっきはなんとなく食べていたが、
おやつの時間に食べたケーキをまた愛ちゃんは
晩御飯の後に食べるのかぁ。なんかそれは
それで飽きてきそうだけど。
「はいはーい、おまたせー」
「どうしたんだよ。また毒見か?」
「人の店でそんなこと言わないでくれる?」
「お前が言ったんだろうがーい!」
「それはもういいわ。それに毒見じゃないし。
あのさぁ、今から御前家に連絡ってつく?」
「は? いやそりゃつくんじゃないか?」
「じゃあさ、交渉しない?
荷物当番を私に一任させる。だから、
私もミコちゃんの家のクリスマスパーティーに
参加させてほしい。どうでしょか?」
……
「「「は??」」」




