80.ケーキを頼もう
「で、今9月の中頃だっていうのに
クリスマスをネタにした話をぶっこんで
何がしたいの」
「ちゃんと時間軸に沿ってんだから文句
言うなよ!」
多分今頃って俺とミコが出会ったぐらい
じゃないか? いまその話したらおかしいだろ。
というかもうミコと出会ってから80話
いや、厳密には79話経っているのか……
もう20話で100話と大台に入るほど
この物語も長くなったものだな。
そんなメタメタしいことはさておき
俺は偶然、街中でサンタ服で看板娘を
やっていたマヤを見つけ、そのまま
雑談タイムに入った。
といっても道中で話し込むにはさすがに
邪魔になるし、長時間話すとなれば寒さが
身に染みる。そんなわけで俺たちは一旦その
サンタ服で宣伝していた店の中に入った。
「ここって……」
「ただの喫茶店。この時期になるとケーキを
めちゃくちゃ作ることで有名な喫茶店」
「クリスマスだけかよ働くの」
もっとほかの宣伝ポイントあるだろ。
コーヒーが旨いとか、店長が優しいとかさ。
「それで、なんでマヤがこんな場所で
働いてるんだよ。確か、お前って一応
”お金持ち”の部類の人間だろ? なら別に
バイトなんてしなくてもいい気がするが」
「うん、お金に困ってるから働いてるって
わけじゃないからね。ここの店が私……
じゃなくて英嶺家が買った店だから」
「え!? そうなの!!?」
「この喫茶店って本当にケーキがおいしい
んだよねー。特にクリスマス時期になると
けっこうなお客さんが来るってことで
うちが管理して、もうけを増やさせたの」
「へぇ……」
「で、私も暇だったからこの喫茶店に人手の
補充に来たってこと。普通はこの店の
オーナーの上司の娘って立場上、こんなこと
しなくてもいいんだけど、クリスマス時期
ってことで困ってるって連絡が入ったから
「私が力になりたい」って言ったの。それに
ここのケーキはうちでも食べるつもりだったし
お礼ってことでそのケーキをいつも以上に
くれるとも言ってくれたから、そりゃ
頑張らないとでしょ!」
「マヤって富豪のわりに庶民的だよな」
「それって褒めてるの?」
もっとお金とかは富豪にとっては無駄に
使えるイメージがあったから、このマヤの
行動には驚いた。かっこいいじゃんマヤ。
で、それはそうと気になるセリフがあったが
めちゃくちゃ失礼なことだから聞かないことに
しよう。と思ったけれど聞くしかあるまい。
「それで、大事な大事なクリスマスだと
いうのに「暇」だったと」
「デリカシーもくそもないよねココって
ほんっっっと。ええ、ええ、そうですよ!
だーれも一緒に過ごす人なんざ
いませんですよ!!」
「どんまいwww来年はいるってwww」
「うるさいわ!!」
一応、労いの言葉をかけたのだがついつい
笑ってしまった。完全に煽ってるようにしか
聴こえないよねーそうですよねー。
「それでその恰好は?」
「これは仕事着。なんか今年からこれ着て
お客さん呼び込んでって言われたから
その通りにしてるんだけど…… これって
なかなか恥ずかしいよね」
「だからよくこんな格好でやってるなぁと」
その勇気をほめたたえたいよ。それと
今、東京ビックサイトではそれよりもすごい
恰好の人たちがいっぱい集まってるんだぞ。
そう思ったら、あのイベントってかなり
インパクトのハンパないイベントなんだな。
行ってみたいなんてさらさら思わんが。
「ま、別に恰好とかは気にしないんだけどね。
それよりもなんでココがいるのさ」
「え、なんでって…… 俺が街に来ちゃ
ダメなのかよ」
「いやいや、だってミコちゃんも義堂も
東京にいるんでしょ? あ、あと会長もか。
だから「異能部」みんなで忘年会的な
流れで旅行に行ってるものかと」
「やめて、聞きたくないそれ」
俺だって行きたかったんだよ? そんな
身に染みること言わんといてくれない?
「おつかいに来ただけだよ、ここには」
「おつかい? って、触れてなかったけれど
その子って何者? 隠し子?」
「誰のだよ。違う違う、この子はミコの
妹だよ。今、ミコが東京にいるから俺が
ミコの代わりにミコの妹を連れておつかいに
来てるんだよ」
「へー、あー確かに面影あるわー……
って、ミコちゃんそのまんま幼くしたら
こんな感じだね」
「やっぱりそんなイメージはあるんだな」
もしかしたら俺だけの偏見かと思ったが
やっぱり、このイメージで当たってるようだ。
「で、お名前は?」
「みぜん・あい」
「へーお姉ちゃんのことはマヤって呼んで?」
「うん!」
「……めっっっちゃ可愛いじゃん!!」
「同感だ」
愛ちゃんは俺の隣で、オレンジジュースを
ストローで飲んでいる。さすがに喫茶店に
来たからといってコーヒーを飲ませるには
いかないからね。俺とマヤはコーヒーを
飲んでいるが、喫茶店のコーヒーというのは
やはりなぜかは分からないがおいしいな。
「あれ? 確かさ、ミコちゃんって
妹のほかにお姉さんもいなかったっけ?」
「ああ、いるよ。御前 三好って名前のはず」
「名付け親の付ける思考が見えるわー」
三好の「好き」、小恋の「恋」、そして
愛ちゃんの「愛」といった具合に、名前に
何かしらの「色恋沙汰」に関係する言葉が
入ってるのだが…… それに見合う性格を
誰一人として持っていないのが残念だ。
いや、もしかしたら愛ちゃんがめちゃくちゃ
可愛くなったら話は別だが……あの生活環境
では本当に可愛らしい時期はここ瞬間だけに
なるかもしれないな。
「おじさん、そんなの認めないからね」
「急に何言ってるの、ココ」
声に出てしまった。
「というか、客引きの仕事はしなくて
いいのか? もちろん、マヤがオーナーの
娘ってことで目をつむっているという
ことも考えられるし」
「さっき友達がきたからお仕事を休むって
言ってきたから大丈夫だよ。それに
それで話がとおるだけ私ってやっぱ地位が
高いんだなって思うよ。それでさ、今から
おつかいにいくって言ってたけど、何を
買いに来たの?」
「ええと確か、クリスマス用の装飾と、
パーティーオードブルと後は、ホール
ケーキ…… あ、ここってホールケーキも
作ってたりするか?」
「ええ、もちろん! クリスマスにべらぼうに
ケーキを作る喫茶店だよ? ホールケーキ
ぐらいあるに決まってるでしょ」
「べらぼうに作るって表現嫌だな」
あまりいい雰囲気がしないよ。やっぱり
この喫茶店にいいイメージは持てないよそれ?
「なら、ここでケーキを買いたいんだけど……
ショートケーキとチョコケーキを
それぞれ五人前づつなんてすぐ用意
なんてできないだろ?」
「そりゃそうだ。そんなウェディングケーキ
みたいな頼みかたされると思ってないし」
「ですよね」
「ちょっと待ってて。作れるか聞いてくるから」
マヤは席を後にした。そしてカウンター席の
中にいたマスターらしき人と話しているのが
見える。会話の内容は聞こえないが、多分さっき
言ったとおりのことを話しているのだろう。
「おいしいか? オレンジジュース」
「うまし!」
「……そうか」
それはよかった。それにしてもここの
ケーキはおいしいと言っていたからには
すこしばかり期待が高まるな。
「はーい、おまちどー」
「で、どうだって?」
「今から作るから待っててって。だとしても
けっこう時間かかるらしいから、ここで
ゆっくりするなり、予約って名目で他の
街中での用事を済ませるなりをしてきて
いいって」
「ああ、分かった」
「それとこちら当店からのサービスです」
「?」
その言葉とともにテーブルの上に皿が
二つ置かれた。皿にはケーキがショートと
チョコのヤツがにひときれづつ。
「味見だってさ。一応おくちにあわなかったら
困るから、待たせるのも悪いって意味を
込めてマスターが用意してくれたの。
……多分、私の友達だからだろうけど。
ま、毒見だと思って食べた食べた!」
「毒見っていうなよ!」
一番言ったらダメだろそれ!! 特に
店員であるお前が!!
隣で愛ちゃんが「わー」とか言ってるし
ここは”毒見”をするしかないだろう。マヤも
なんか愛ちゃんを見ながらニヤニヤしてるし
反応が楽しみなのだろうな。
愛ちゃんはショートのほうに手を出したから
俺は残ったほうのチョコを食べることにしよう。
ショートケーキが好きなのか。
「で、味は?」
「……おっ、うまいな」
「でしょー。愛ちゃんもどう?」
愛ちゃんはモグモグと口を動かしながら
首を縦に振った。話すこともままならない程
このケーキにむさぼりついている。あまり
食事の場面でこんな表現はしたくないのだが、
本当にそんな感じの食べ方だから仕方がない。
「いやぁ、反応がいいとこっちもなんだか
嬉しくなっちゃうよねー」
マヤもそう思うのか。
それにしてもここのケーキはマヤが絶賛する
意味も分かるくらいにおいしいのは認める。
ケーキというと甘ったるい感じがするが、この
ケーキはあまり甘く作られていない。これくらい
なら義堂もおいしくいただけるんじゃないか?
スポンジ部分もズシッとした脂っこさがなく
何口もパクパクと食べれるし、ショートケーキは
どうかは分からないがチョコもビターな味
ではあるが、チョコレートらしい甘みも
しっかりと感じられる。ショートケーキの
クリームも同じに作られているんだろうな。
そう思ったら食べてみたくなるが、ここは
我慢せざるを得ないか。
「それでここにケーキができるまで居座るの?」
「いや、これ食べ終わったら”おつかい”の
続きをするよ。ケーキはまた後で取りに
来るから待ってろ」
「あ、ならちょっと待ってて」
「?」
また待つのか。今度は何を話すつもり
なのだろうか…… それはそうと早めに
食べておかないと、おつかいの時間が
どんどん長引いてしまう。本当はおいしい
ケーキをしっかり味わって食べたいところだが、
ちゃっちゃと食べきらないとな。愛ちゃんh
「……おいしかった?」
「うむ!!」
食べ終わっていた。もっと味わえよ……
「それ残す!?」
「……」
「それ残す!!?」
「二回も聞くなよ」
そんなに食べたいかこれ?
「ほら、全部やるよ。でも晩御飯食べれない
なんてことにはなるなよ」
「ふぁぁあ、ありがとお兄ちゃん!」
お兄ちゃん……
お兄ちゃん…………
お兄ちゃん……………
俺は心の中で拳を振り上げた。
よっしゃああああああああ!!!
義堂と生徒会長より先に「お兄ちゃん」の
座を獲ったぞおおおおおおおおおお!!!
「なんか気色悪いこと考えてない?」
「いいや全く。実に紳士的なことを考えてたよ」
「そんなニヤケ顔晒す紳士がいてたまる
もんですか」
マヤが帰って来た。帰って来たというか
俺たちのテーブルに戻って来ただけだが。
「それで何しに行ってたんだよ」
「私、これでお仕事切り上げたから」
「は?」
「だーかーら、私もその”おつかい”を
手伝わせてよ」
「……恰好は?」
「……あ、忘れてた」




