76.何とかしよう
まず先に言っておくと、今はテストが
あった日の翌日だ。つまりは金曜日になる
わけなのだが、その金曜日に俺がやろうと
している事諸々の前に、ミコのお見舞いの
後の話をしなければならない。
俺が帰る時間となった8時ごろには、もう
ここまできた道はすでに真っ暗になっていた。
別に夜目が効く俺はこれしきの道を歩けない
なんてことはないのだが問題はそこじゃない。
ミコや生徒会長が言っていたクマだったりの
けものたちとのエンカウントである。
それでも「大丈夫」と言って平然と帰ろう
としたのだが、さすがに心配したのか俺を
わざわざ車に乗せてくれた。運転手は剛隆氏だ。
……えぇ!? あんたが運転すんの!!?
92歳でしょ!? できるの運転!?
「なぁに心配しとんや。そんな儂ん運転できん
と思てんのか」
「あ! いやぁそういう訳では」
「……まぁ、そうじゃな。確かに運転すんなち
言われとるがなーんも問題ないっちゅーのに、
どーも儂に運転をさせたくないようなんよ」
「はぁ」
そりゃそうだろ。まだまだ元気だとは言え
年齢は90を2年も越えた長寿の域なのだ。
大抵、車の運転というのはこの年にもなると
判断力がなくなることから勧めないのが
普通だ。
「けれど運転するんですね……」
「んな毎日毎日するわけじゃあなか。そんとき
車に乗りとうときに乗るくらいよ。じゃが
うちん孫の見舞いにきたっちゅーんなら
そんなサツの兄ちゃんの言ったとおりに
なってられんからのう」
運転は好きなようだな。この年の人たちは
何かしら一つぐらい趣味を持っていると聞いた
ことがあるが、剛隆おじいちゃんはまさか、
年齢にあわないものを趣味にしているんだな。
……って? ん、警察の兄ちゃん?
「あれ? 家族とかお医者さんから運転は
いけませんよって言われているわけでは
ないですか?」
「あ? なんでそんなこと言われないかん?
何度かサツの兄ちゃんに目ぇ付けられとる
だけじゃよ」
……
「そいじゃ、夜やし別に飛ばしても問題
ないやろ。よーし神前君! しーとべるとは
したかい? よし! 飛ばすぞいィ!!」
ブウゥゥゥゥウウウウゥゥンン!!!
ギュルルルルルルルルル!!!
ブォォォォォォオォォオオォオンン!!
キイイイィィィィィィィィィ!!
「ほれ、ここでええか?」
「……はい……」
「なした? うちん孫の風邪でも
うつったかいな」
「…………いえ」
「おう、そうかぁ。そんじゃ気つけぇな」
俺は自宅をあの僧侶に見せたくはなかった
ため、あえて家から近いコンビニに止めて
もらった。
そして俺の体、特に五臓六腑にGをズンと
受けたような衝撃を受けている。なんだあの
運転は…… 下手なジェットコースターよりも
体に悪いよ。こんなことになるんだったら
むりやり断って、夜道を歩いた方がまし
だったかもしれない。仮にクマと出くわしても
悪魔の力で殴り返すだけだし。
とまぁ、剛隆おじいちゃんはまだまだ
元気でよかったということと、俺はやっぱり
あの神宮には当分近づきたくなくなったこと。
これがまず木曜日にやったことの一つだ。
そしてもう一つやることがあるのだが……
俺はある人に電話をしなければならない
ピロロロロロ
家に帰ってきて早々に予想していたかの
ごとくその人物から電話がかかって来た。
「もしもし」
「ゴーウィwwゴーウィwwヒカリッヘーww」
「ゴーウィwwゴーウィwwシンジッテーww」
「ヒィ↑wwメタァ↓wwオモイイッマーww」
「ツッヨwサニーwカエテwデュッウィーw」
「「(☚՞ਊ ՞)☚ヴェ↑www
(☝՞ਊ ՞)☝ヴェ→www
(☛՞ਊ ՞)☛ヴェ↓www」」
「……うん、見事だね神前君」
「いや、そんな振りされたらやるしかないに
決まってるでしょう?」
「君のそういうところが好きなんだな」
相手はいつもながら生徒会長だ。
「あの生徒会長、明日あたりに生徒会室に
行きますので、そうですねぇ…… 放課後
時間開いてますか?」
「うん、開いてるよ。わかったよー、なんで
用事があるのかは現地で明日聞くから
今は聞かなくていいかな? それに何を
言おうとしてるかなんて予想付いてるし」
「……そうですか」
といった具合でトー〇ルイクリプスの
OPの下りを生徒会長とやったこと、そして
明日の放課後に俺が生徒会室に訪問する旨を
つたえるまでが木曜日にやったことだ。
そして話を戻していまは放課後で、昨日
生徒会長にいった通り生徒会室の前にいる。
「よし」
俺は一息ついた。何故かはわからない。
「すいませn……?」
「はい、お待ちしていました」
「あれ? 生徒会長は?」
「会長でしたらまだ来ていません」
さすがに訪問するのが早かったか……
何といっても俺は学校が終わって放課後に
なったと同時にここに来たのだから。
まだ生徒会長が来ていないくとも変ではない。
「ああ、だったら会長が来るまでここd」
「いえ、会長からあなたが来ることは事前に
知らされてますし、この件については多分
私の方が詳しいと会長がおっしゃっていました
ので、私にその話をしていただければ」
「あぁ、そうなのか」
生徒会長は俺の言いたいこと、やりたいことは
分かっていると言っていた。ならば話す人が
違くとも問題はないのか。
「ではご用件を」
「あぁ、今回のテs」
「テストの基準を下げてほしいということですね」
「……」
「いえ、これも会長が言っていたことですし
神前さんはそういう用件で生徒会室に赴くと
思うということで」
「……生徒会長って何者?」
「会長は会長です。それ以外にありません」
……大当たりだよ。
ミコがテストに出られないにしろ、テストの
出来を評価するのは「基準」のほかない。ならば
その基準を下げるしか俺たちの部活を元の
状態に戻すことはできない。
「それにしっかりとした根拠があってこそ
その発言したと思いますが……」
「今回のテストの出席率を知っているか?」
「……いえ、すいません。そこまでは分かりません」
「昨日のテストの出席率はかなり低いはずだ。
この時期は季節の変わり目で風邪なんかに
かかりやすい時期ではある。が、俺も昨日の
夜に調べてみて驚いたが、まさかあれほど
風邪が原因で休んでいたとはな」
「はい、そうですか」
「そうなれば部内の平均点が下がっていても
不思議ではないし、もしこの結果が次の
テスト前に反映するとなれば、かなりの
数の部活が活動できなくなる。これでは
問題が起こるよな?」
「問題といいますと」
「テスト前でもないのに部活をやらない。
これを軽視しているようじゃ、ここ一帯に
おけるうちの評判が下がりかねない。
うちの学校は文武両道を心掛けている
ならば、勉強に打ち込んで部活はやらないで
いるという現状はどうにもおかしいよな?
ならばこれはうちの学校としての評判が
下がることを意味している。これをなんとか
するにはやはり基準となるものを下げる以外
ないんだ」
「つまりは自分たちの部活のみではなく他の
部活の救済の一途としたいと」
「まぁ、そういうことだ」
これでもちろん基準を下げてもらえる
だなんて甘ったれたことは思っていない。
「基準って確か……って副会長ってこれの
存在って知ってました?」
「はい、もちろん」
「だったらわかっていると思うが、この
基準というシステム自体は部外秘の
特殊な事項だろ。それであるなら
基準を変更すると言っても、外部にこれは
漏れることはない。だから生徒会が裏から
部活動の救済の手伝いになってほしい
ってわけだ」
「わかりました。
ですが、それはできません」
「……」
「いや、まd」
「あなたも言いましたよね? これは部外秘の
特殊な事項だと。でしたら、よりあなたの
ような部外者が口出しすることなんて
以ての外です。それに「休みが多い」なんて
理由で基準を下げること自体が、学校の
評価を下げることにつながると思いますが。
「休み」は「休み」であり、至極真っ当な
「登校拒否の理由」それ以外にありません。
それにテストにすら顔を出さない生徒を
抱えている事実を持っているのであれば
逆に基準をあげでもしなければ、我が校の
学力上昇につながりません」
「なっ……」
「ですので、今回のこの件については基準を
下げる方針ではなく、基準をあげることで
より今後の登校拒否率を下げるための方策
だという認識でいいですか?」
「違います! それをしたら……」
「何が違うんですか? 我が校が文武両道を
心掛けているのであればこれが最善です。
部活に勉強を邪魔されているようでは
全く意味を成しません」
「……!!」
返す言葉もない。副会長が言っていることは
紛れもない事実であり、逆に俺が言った
理論こそ圧倒的に無謀な机上の空論だ。
正論は否定することができない。が、
これを何とかしなければ俺たちの部活が……
「話は以上ですか? でしたらお引き取りを」
「でも……」
「これ以上は無駄ですよ。あなたは生徒会、
あるいは教師と同格の権利を保持していない
単なる凡人にすぎません。あなたは今、
私と同等に会話をしていると思っていますが
そんなことはありません。
あなたはこの場では弱者なのですよ」
「くっ……」
手が出せない…… 詰みだった。俺は今まで
諦めるという選択肢を選びたくない主義を
貫いてきたが、ここは引き下がるしかない。
前までは悪魔の力であったり、相手をうまく
言いくるめたりして、何とか諦めることを
しなかった。が、俺はこの場では悪魔の力も
使えないし、今この場で俺の理屈を完全に
論破されてる。あとはもう何も……
「あのねぇ、神前君。もうちょっと
信じてあげなさいよ。これでも君って
副部長だよね?」
俺が副会長と話している間にいつの間にか
生徒会室に彼はいた。何一つ物音を立てずに
そこには生徒会長がいた。
「会長、お疲れ様です」
「うん、おつかれー。それで話は済んだ?」
「ええ、なのでこれから……」
「そう、時間稼ぎお疲れ様」
「「え」」
時間稼ぎ? いったい何のために?
「全く、副部長だったら部員の一人くらい
信じてあげてもいいでしょ?」
「え?」
「はい、これあげる」
そういって生徒会長は書類を10枚ほど
俺たちに見せてきた。が、これは見たことが
ある。そう、昨日見たばかりのテスト用紙だ。
「なんでこれが」
「え? 僕を誰だと思っているのさ? 僕
こう見えて生徒会長よ?
ならその権力使って、丸付けの済んだ
テストをみんなに渡す前に入手することも
できるってこと。
どう、理解した?」
片方は俺のテスト約5枚で、後の残りは
義堂のテストだ。俺のテストの点は国語が
68、数学が82、英語が70、理科が
64、社会が56に対し義堂は
国語が78
数学が81
英語が71
理科が75
社会が90…………
「会長これって……」
「いや実はね、土曜日に勉強会を開いた日の
次の日、つまりは日曜日に義堂君から急に
呼び出されてね。勉強を教えてくれって
何があったとしても何とかなるだけの頭が
必要だから教えてくれって頼みこまれたんだ。
ってあ! これ義堂君に黙っておいてね。
あんまりこういうことばらされたくない
たちみたいで……」
「それで……」
「それがその結果だよ。それにしても義堂君って
すごいよね。なんでも吸収しちゃうからすぐに
覚えちゃうんだもん。ま、イラナイって思ったら
すぐ忘れちゃうのが玉にキズだけど。それでも
義堂君はこの知識だけは今は必要なんだって
意気込んでくれたおかげで今回はとってもいい
成績になったよ、はーよかったよかった」
義堂ってほんとうにできる奴なんだな……
点数で完全に負けてしまったのが悔しいが。
ってちょっと待て? これって、
「そう! 神前君のテストの平均は
68点で義堂君は79.合計すると
147でこれを部員の三人で割っても
49点で御前さんの結果が出る前に
もう基準を上回ったんだ。
君たちの勝ちだよ、おめでとう
次のテストも頑張ってね」
は? マジか……
という具合に俺は唖然としていたため
全く何も考えることができなかったし、
何もしゃべることもできなくなった。
「あぁ、それと基準をあげるっていう話が
上がっていたと思うんだけど、別に
そんなことはしないから安心してね。
それに休んだ人の救済って言ったら
そんな基準どうこうじゃないでしょ?」
「……あ」
俺はうっかりとしていた。別に
休んだからと言って、二度とテストが
受けられないなんてそんな鬼畜使用の
学校ではない。
「来週の放課後にちょっとづつだけど
補修時間を設けているから、その時に
御前さんも受けてくれれば別に問題は
ないから安心して」
「あ、そりゃそうですよね」
「それと六郷君も、”ある意味”
負けだよ?」
「え? 何をおっしゃいますか?」
俺も生徒会長が何を言おうとしているか
見当がつかない。
「昨日の生徒の出席率って生徒会以外の
メンバーの彼はどうやって調べたのかな?
だよね? 神前君?」
「……えぇ、まあね」
俺が昨日したことの中に「出席率を調べる」
なんて項目はなかったはずだ。つまり俺は
出席率なんて調べてなんかいないのだ。
「ちなみに昨日の出席率は御前さんを抜いて
100%だったよ。さすがは我が校!
元気が一番だね。ま、その点で六郷君は
うちの生徒のことを信用しなかったから
負けだって言ったんだよ」
「そうですか、それはすいません」
「全く、僕の周りは変わり者ばっかりだよ」
「「……」」
俺と副会長は似たような顔をした。
「あんたにいわれたくない!!」
そんな顔だった。
そして先に言っておくと、来週のミコの
テストの結果は平均点だけ言うと51点
だった。俺が勉強を教えたかいがあった
と思えた瞬間だった。




