70.勉強会を開こう
さて、こんな感じで毎日とは言わないが
ほとんどの放課後をミコと義堂との勉強会を
開催することとなった。ミコは自分に足りない
部分を補いたいから毎日でもやろうと言ったの
だが、俺がこれに付き合いきれるほどの体力を
兼ね備えていなかったため、1週間のうち
放課後の勉強会は木曜日だけはやらなかった。
だとしても一日休んだだけだというのは
俺を含めミコもすごいと思う。なんでこの
やる気を今の今まで出さなかったんだよ。
そして今日は金曜日。いつもの部活なら
夜の学校に行こうとでも言うところだが、
今は残念ながら、部活動ができない。それに
あの日以降、佐々木先生に俺たちの部活休止の
連絡が入ったらしく、夜遅くまで勉強ができる
なんて芸当ができなくなった。それでも、
放課後から、完全下校までの時間、約4時間
丸ごと勉強に使えば、そりゃかなりの勉強量に
なるわけだ。
ちなみに俺はミコにあることを言っている。
「家に帰ったら勉強に手を付けるなよ?」
「え、なんで!?」
ふつうはそこで苦手な部分を見つけたりと
家庭学習をするのは大切なのだが、俺はあえて
やるなと言ってある。
「なんでって、御前一家は勉強アレこれには
あまり触れないんだろ? だったらそこで
誰かに聞くなんてことはできないし、仮に
勉強中に苦手な場所を見つけたら解決できずに
一日過ごすことになる。わからないまま一日
たつと意外とそのことを忘れたり、逆に
できちゃったりする」
「あれ、できちゃったらいいんじゃないの?」
「でもそれは”なぜか”できるようになっただけだ。
それをもう一度、テストのときにできるかと
言われれば難しいだろ? だから、家では逆に
勉強せずに、”ここ”で全力で勉強に挑めばいい。
それに丸ごと一日勉強漬けっていうのも体に
悪いしな」
「ふーん…… イマイチわからないけどわかった」
「……」
俺の教育理論がわからず仕舞いなのは残念だが
別にいいや。わかってくれればそれはそれで。
そんな中、俺はこの言葉を恨むこととなる。
「だったらさ、明日うちに来ない?」
「へ?」
「だって教えることができる人がいないから
やらない方がいいってことでしょ? それに
明日から休みだから勉強できなくなるし、
日曜日は完全にお休みってことにして明日の
土曜日はこれでもかってくらい勉強しない?」
「えぇー」
まさか本当にやる気になるとはなぁ…… 人って
こんなに一週間もたたずに変わるものなのか……
「いや、テスト終わったら通常運行に戻るよ。
こんな面倒なことするくらいなら、巫女として
活動していた方が断然ましだし」
「お前ほんっと変わらねぇよな」
せめて次回までには勉強をやっておいてくれ。
今回は、部の存続がかかっているってことで俺が
勉強を教えているだけだ。俺の力なくとも
頑張ってくれ。俺だってこんな面倒なこと
やりたくねぇよ。
俺は前にも言った通り、御前神宮にはしばらく
行きたくはなかった。それに俺は霊障の予防の
効果はとっくに切れている。それを仮に見られたら
また二日かけてかけ直すなんて言われたものでは
俺も面倒で気が狂いそうになる。
というわけで仕方がないがここは丁重に
断りを入れるとしよう。
「わかったいいよ。一緒に勉強しよう!」
「「……」」
「生徒会長、なんでここに……?」
「だって呼んでくれないんだもん」
「呼ばれたかったのですか?」
”もん”じゃないよ”もん”じゃ。確かに前に
生徒会長は俺たちに「勉強で困ったら言って」と
伝えてある。が、生徒会長の力なくとも、ミコや
義堂も頑張ってくれたおかげで、生徒会長を
呼ぶ必要がなかった。と思ったらこれかよ!
直接本人が来ちゃったよ!!
「なんでここにいるんですか?」
「そりゃあもちろん君たちを心配して、やさしーい
先輩の僕が見に来てあげたに決まってるでしょ」
「別に見に来なくても……」
いや、そうじゃなくてもっと言うべきことがある。
「それでさっき言ってましたけど生徒会長も
御前さんの家に来るんですか?」
「うん、もちろん」
「そんな軽く言うんですね」
部外者がいきなり勉強しに家に行くって
それでも本当に優しい先輩の図なのか……?
「僕のひいひいひいひいひいおばあちゃんが
あの神社のお墓で眠っているから、ついでに
お墓参りに行きたいんだ」
「それもう他人の域じゃないか!?」
おじいちゃんおじいちゃんのおじいちゃんの
お母さんだな、イメージ的には。それって俺なら
もう名前どころか生きてるかもわからねぇわ。
「それがかなり長寿でね、うちの家系。まだ
ひいひいひいひいひいおじいちゃんも生きてるし
今は、田舎で元気に野菜作ってるよ」
「その人いくつなんだよ!?」
すげー! 悪魔の俺から見てもすげー!
生きてるもんなんだなー!!
「それで僕も行ってもいいのかい?」
「ええ、そりゃあ教えることができる人が
多いに越したことがないので……っていいのか
ミコ、こんなに人呼んじゃって?」
「え、別にウェルカムよ私は。だってうち神社よ。
そんな”来るもの拒む”なんてことしたら逆に
仏さんから怒鳴られるよ」
「いい教育してるな」
でもミコのお姉さんは完全に来るもの拒んでいく
スタイルの人だよな。部屋にも入れないし、
義堂のセリフに反応してたぐらいだし。
「じゃあ僕は明日の君たちが来るだろう時間に
御前神宮前にいるから、それじゃ!」
そういって生徒会長は部屋を出て行った。
え? 俺たちがくるであろう時間?
そして今は翌日の朝だ。またしても
俺はここ御前神宮に来ている。
「あ、神前君遅かったじゃないの」
「……」
生徒会長はとっくに来ていた。が、それは
あり得ないだろうと思っていた。
「あのー、生徒会長。なんで俺が来る時間
知ってたんですか?」
「んー、なんとなく?」
「そんなわけないだろ! 朝の7時ですよ!?」
「だからなんとなくって言ったでしょ」
俺はこの生徒会長の思惑通りに動くというのが
若干嫌だったため、逆にめちゃくちゃ早い時間に
ここ御前神宮に来た。それも朝のとんでもなく
早い時間に。だが、生徒会長はそこにいた。
逆にこの時間から行こうって考えを褒め称えたい。
「というか義堂君はまだなのかな」
「いや、こんな時間に起きてるような人じゃない
でしょう。それにこの時間から人の家にお邪魔
するなんてのも迷惑な話ですし」
「自分で迷惑って言っちゃうんだ」
それは当然だ。俺もこんな時間に人が家に
来ようものなら、悪魔の二、三人呼んで二度と
家の敷居をまたげなくさせている。
「でも神社の朝って早いんでしょ? だったら
もう御前さんも起きてるんじゃないのかなぁ?」
「でもこの時間でしたら、まだ朝ご飯でも
食べてる頃合いでしょうし、やっぱり
もうちょっと待つべきでは……」
「あ”、なんだお前ら。こんな朝っぱらから
ずいぶんと元気そうじゃねぇか……って、
ん? あんたあく……神前じゃねーか」
「悪魔って言いかけないでください」
やめて! それ俺の黒歴史と化してるから!
「で、そこの人は? 知り合い?」
「ああ、こんにちは。私はこの神前君の友達
……というよりも私の場合は、うちの学校の
生徒会長と説明した方がよろしいですかね?」
「おお、あんたも神前の友達なんか。意外と
友達いるんだな、神前お前」
「意外ってなんですか、意外って」
友達要らないキャラを突き通していたため、
それはそれで当たっている。それにうちの部活の
メンバーと生徒会の人たちぐらいしか俺の
人脈はないため、今でも決して多くはない。
「それで? うちに何の用? またなんか施しに
来ようってんなら次は金とっからな」
「いやいや、そういう訳じゃ」
ってミコは今日のことは姉に話していないのか。
というかこんな時間に来るとも話してはいない
だろうな。俺だってこんな時間から行くつもりは
無かったもん。
「おねーちゃーん」
「ほらよ、お呼びだぜ」
「いや、あんただろ」
誰がおねーちゃんじゃい。
「ちょっとどこ行ってたの? って早ぁ!!?
そんなガチで朝からぶっ通しでやるだなんて
考えてなかったけど!!?」
「あ、何? 今日約束してたの?」
「うん、勉強でもしようかなって」
「………………!!!!!!!!?」
ミコ姉はミコの顔をこれでもかと言わんばかりに
掴んだ。大抵こういう場合はつねったという表現が
使われがちだが、ここではやはり掴むという表現が
正しい。それくらいがっしりと掴みかかったのだ。
「あ、あ、あ、ああんたどうしたの!? なんか
ヤバいことにでも手出したの!!?」
「いや違う違う! ……うーん、ヤバイことに
なってるのは確かなんだけどね……」
「何!? お姉ちゃんに何か困ったことがあれば
何でも言って! 最大限に手伝うから!」
「じゃあ数学教えて」
「むり」
「ダメじゃん」
俺たちはなんでこの姉妹の即席コントを
見てなければならないんだろうか……
「なーんだ、てっきりこんなに男びっちり
呼んでるから、朝からバリバリお盛んな
ことかと思ったけど違うのか」
「なんつー考えしてるんだ!!」
知り合いで何考えてるんだよ!
「ってんな時間からなんできたんだよ?
まさか本当にんな時間から勉強しっぱなし
ってわけでもないだろうが」
「あー……それはー……」
生徒会長と張り合っていたなんて意味の
ないことを言いたくはなかった。
「ま、いいや。小恋、どこで勉強するんだよ」
「え、そりゃ居間とかお客さん用の部屋とか……」
「甘い!!!!!!!!」
「「「……??!」」」
「いい!? こういう場合は自分の部屋に呼ぶ
っていうのがテンプレでしょうが! そんな
居間とか誰かの目につく場所でやるなんて
愚の骨頂よ!! そんな勉強会ですらラブコメ
要素を失っているようじゃ、小恋、あんたは
男心ってものを一切わかってない!!」
「え、えー」
この人は何に熱く語ってるんだ……
「ボソボソ」
「え、生徒会長どうしたんすか」
(御前さんのお姉さんって……”アレ”?)
(…………ええ、”アレ”の類です)
(それってどっちの方なの? まだ救いのある
方? それとも完全に”熟した”方?)
(”熟した”……? ……ああ、そっちですね。ですが
もう”熟した”って言い方じゃ遅いぐらいです)
(あーなるほどね)
生徒会長は”熟した”とぼかしてはいるが
これはどうってことはない。「腐ってる」の
一歩手前みたいな感じだ。「腐ってる」で意味が
わからない読者の方々は分からないままでいい。
「一応、こんなことになっちゃったから義堂君に
電話の一本でも入れておくね」
「あぁ、はい、わかりました」
俺はそう何気なく答えてしまったが、こんな
時間に「神社来い」と電話越しに言われる義堂の
心情を考えていなかった。多分、生徒会長は
どこかのタイミングで殴られるだろう。
生徒会長は電話のため一旦この場から離れた。
神宮の敷地内で電話してもよかったのだが、
あくまで神聖な場所だということで遠慮した
のだろう。生徒会長の電話から義堂の声が
聴こえる。普通、話し相手同士しか会話内容を
知ることができないはずなのだが、義堂が無駄に
でっかい声で話すため俺にも聞こえてくるのだ。
朝からご苦労なことだ。
「今日はじじいに……は言わなくていいか。
あんたらここで立ち往生ってのもあれだ。
敷地にさっさと入っちまいな」
「わかりました」
ひとまずここは電話中の生徒会長を待つか。
と思ったが、モーニングコールだけだとそれほど
時間を食う訳ではない。生徒会長はすぐに
戻って来た。
「えーっとね、声漏れちゃってるからわかると
思うけど、義堂君はもうそろそろくるって」
「ええ、しっっっかり聞いてました」
声がでかいことはやはり生徒会長も知ってたか。
長い付き合いで感覚が鈍るなんてことはない。
って、え? もうそろそろ来るの義堂?
「あ、義堂起きてたのか」
「ううん、ちゃんと寝てたよ。僕が朝だよーって
言って、そして君以外みんな集まってるって
言ったら、そう返って来たんだよ」
「……”もうそろそろ”」
なんだろう、あの廃工場からこんな山の中腹まで
なかなか距離があるはずだが、本当にもうそろそろ
来ていそうだな。ま、そんな人間離れしたk
「おう、来たぞ」
「知ってた」
そうですね、ええ、義堂はもとより
人間離れしてましたとも。
「んな時間に電話なりやがったと思ったら
てめぇかよ」
「いやー起きてるかなって」
「寝てたよ、こん畜生」
「あーごめんね。僕が直々に義堂君の家に行って
モーニングコールしたらよかったかもね」
「いらねぇよ!」
義堂もこんな知り合いがいて大変なことだな。
と、その様子を見るミコ姉……ん?
「あーっと、そこの御三方。ま、とりあえず敷地に
入れや。話はそれからだ」
「あ、はーい、わかりました」
「っと勉強会の前に、ちょこーっとばかし
お姉さんに付き合え」
「「「……え」」」




