62.用事を済ませよう
いつものまとめに近くなるが、俺と
義堂はこの神社でやることは全てやり終え
後は帰るだけとなった。2話連続で誰かの
悲しいエピソードが綴られる鬱展開になり
かねないため、このまま俺たちはこの場を
後にすることとした。
が、俺はミコと義堂に呼ばれて犬小屋の
前に来ている。なんで呼ばれたんだろ……
「どう!? かわいいでしょ!!?」
「でしょー」
ミコと愛ちゃんが揃って、犬を抱いて
見せてきた。可愛いか可愛くないかと言われたら
そりゃもちろんかわいいさ。だが、今はその
もっふもふの犬をぎゅっと抱きしめている
愛ちゃんの方がカワイイ。……とはさすがに
口がさけても言えないな。
「かわいいな。って犬なんて飼ってんのか」
「そ、犬って意外とご利益のある動物なんだよ?
ほら、”狛犬”っているじゃん? あんな感じで
昔っから大事にされてきた動物なの。だから
うちでも飼ってるんだ」
「へー、そうなのか」
ちなみに、俺の悪魔の所在である海外ではその
逆で犬はあまりいい動物とはされている風潮は
実はないようだ。”ケルベロス”とかがいい例
だろう。だが、これももちろん昔っからの
言い伝えとはいえ、だからって犬を飼うなと
いうものでもない。真に受けるものじゃないさ。
それにしても犬が日本では大事にされるという
のは実はここ長年生きてきた中でも初耳だな。
だとしてもだ……
「それにしてもさぁ……
8匹は飼いすぎじゃねぇ!?」
「いいじゃん動物園みたいで」
「ここ神社だろ!!」
さっき俺は犬小屋と表現したが、実はそこには
小屋らしい小屋はなく、ただただ普通に家が
建てられていたのだ。そしてその中にわらわらと
8匹の犬が放し飼いになっている。義堂と
廻ってる最中にミコが「ここだけはココにも
見せておきたい」といって無理やり呼び出した
そうだ。
「……え、今のダジャレ……?」
「違う! それで……こんな多いんだったら名前も
一人一人ついてるんだろうな?」
「えー、たかが犬に「一人」ってそんなかしこまった
言い方する必要ある?」
「お前、飼い主だろ!? もっと大事にしろよ!」
「冗談冗談。えっとね、そこの柴犬が「シバ」で、
そこの秋田犬「アキタ」、ゴールデンレトリバーの
「ゴー」、マルチーズの「マル」、それとチワワの
「チワ」で、サモエドの……」
「あーもういいわ。わかった!」
そうだった。こいつネーミングセンスが壊滅的
だったのを忘れていた。そしてあだ名とかは大抵、
頭文字なんかをとって無理やり呼び方を変えたり
していることを。そらそんな名前にもなるさ。
サモエドの「サモエ」だろうなぁ多分名前……
「ギドー君は?」
「あ”?」
「いや、犬が好きかって話」
「あー…… 俺ぁ好きか嫌いかっつったら嫌いに
なっかな……」
「え」
「いや、前に飼ったわけじゃねぇが世話を見たことが
あんだよ。そんときにあんま可愛がれんかった
っつーだけだが……」
「…………そうか、そうか、つまり君はそんなやつ
なんだな」
ミコ、「少年の日の思い出」のエーミールだなそれ。
それとその極限に冷め切った顔やめろ。
「いや、俺がそんときから悪かっただけだ。犬っつー
のは上下関係を見て判断するんだろ? それで俺ぁ
親にさんざん怒鳴られちまってるとこ見て、俺を
下に見やがったんだろ」
「あぁ、なるほどね。って上下関係見てるって情報
どこで知ったの?」
「んな常識だろ。じょーしき」
親、ということは義堂がまだ工場生活に入る前に
なるのか。それと、義堂が犬が嫌いだとは俺は正直
思わなかった。いや、これもマンガやアニメの見すぎ
ってだけかもしれないが、大抵こういう”いかつい”
キャラは意外と、犬や猫には逆に優しいものだと
勝手に思い込んでいた。そのため、義堂もその例外なく
動物にはデレアマなのかと思っていた。が、そうは
現実はうまくはないということか。
「つーか俺たちはまだなんかやらねぇといけねぇ
ことつーのはあんのかよ」
「え、ないよ?」
「だったら、とっとと帰って寝かせてもらうぜ。
んなくそやわらけぇ布団じゃどうも寝付けねぇ
んだよ」
「なんて辺鄙な体質なんだ……」
俺も思う。それだけ工場生活が長いんだろうな。
しかし、そうも長いとなんで家を出たのかがどんどん
知りたくなってくるが、これはまた別の話だな。
「んじゃ、おじいちゃんとか呼んでくるからその間に
部屋から荷物持って来ておいて」
「おう」
おう、って義堂あんた荷物なんてひとつも持って
来てないでしょ。俺だってこんな泊まりになるなんて
思ってないから、財布と携帯ぐらいしかここには
持ってきてはいない。
そして、ミコは本堂にミコのおじいちゃんを
呼びに行っている間に別館に向か……わずに
そのまま出口に向かって歩き出した。
「しかしミコの野郎、家族ってことんなると
すげぇうるせぇんだな」
唐突に義堂が言い出した。前に保健体育の先生
兼・俺たちの部活顧問である佐々木先生から
この神社が話題に上がったときも、どこか
嬉しそうだったし、義堂のその言葉も間違っては
いない。
「だがな、あんじじいが言ってたんだとよ」
「言っていた? 何を」
「ああ、
「自分はもう長くはない」
ってよ」
「え」
さっき話した雰囲気からはそんな感じはなかった
……違うな、そういうものなのだろう。義堂の旧友、
ミコのおじいちゃんのもう一人の息子さんだって
そうだった。”そんな気もせず”に死んでしまう。
そういうものだ。
「自分でそう言っていたのか」
「だが、長くねぇ長くねぇっつっておいて
もう10年たつんだとよ。ミコがちっせぇ
頃からの口癖らしいぜ」
「いやそれ、本当に長くないの!?」
それ本当に限界来てんのかよ!? まだまだ
元気じゃねーか、頑張れよ!
……って、なるほどな。こりゃ当分あのじいさん
死なないわ。勘でなんとなく分かる、勘でな。
「おーーーーい。そこのお二方ーーー」
「なんで、んな他人行儀みてぇなんだよ!」
「ちょっと渡したいものあったから」
「あ”?」
俺たちが玄関に着いた時には、とっくにミコを
含めた御前家の皆さん……とまで大人数などではなく
ミコのおじいちゃんとミコ姉がいた。
「ほい、もう昼ごはん時でしょ? だからちょいと
私たちのおひるごはんの献立の一つを拝借したの」
渡された紙袋二つには手乗りサイズのタッパが
入っていた。二つ、ということは片方は義堂の
分だな。
「このタッパの中身は?」
「大学イモ」
「ありがてぇ!」
ここで食事のいらない悪魔である俺の新設定
ではないが、俺は大学イモが好物なのだ。もちろん
食べてもなんの体の足しになるわけではないが
娯楽の一部として食べるには別に問題はない。
そして、大学イモはその中でも俺が一番好きな
”娯楽”なのだ。これはありがたい!! 俺の
舌はどうにもおじさん臭いものが好きなようだ。
「これは帰ってでも食べるよ」
「はーいよ」
「それじゃ、また部活でな」
「まったねー! また明日ー!!」
あ、そうか。昨日は土曜日でここに泊まって
今日は日曜日だ。そしてもう一度寝たら月曜日で
また退屈な学校生活が始まるのか。こうやって
過ごしているとどうも時間間隔がなくなって
しまうな。
俺たちは神宮の出入り口から出た。しばらく
進み後ろを振り返ると、ミコが手を振っていた。
……と思ったら、後ろでミコ姉がその振っていた
手をがしっと掴み止めて俺たちに叫んできた。
「あんたらぁ!! また来いよぉ!!
来ねぇとガチで、祟ってやるからなぁ!!」
「あ”、それ言いたかったヤツ!」
来ないと祟られるのか。なんて商法の神社だよ。
って巫女なんだからあなた、祟るなんて行為
普通はできないだろ!!
「特に、義堂!! お前はいつでも泣きに
来てもいいぞ!! いくらでも泣かせてやる!」
「う”るせぇー! 行くぞ神前!
んなとこしばらく来ねぇよ!」
そんなことをやっていたら、神宮の入り口は
見えなくなった。道が下り坂になっているため
すぐに見えなくなってしまったな。俺たちの
姿が見えなくなったのを確認したのかミコたちの
声も聞こえなくなった。
……
「神前」
「ん? なんだ義堂」
「俺ぁ間違ったことしてると思ってんのか?
あん夜に話したこと、抗争、それ以外にもな」
「……いや、間違っていないかな。
間違いは最後は自分で決めるものだろ。
俺がアレコレいうものじゃないし。それに
あんな家族たち見た後じゃなんにも否定一つ
だってしたくないよ今は。逆に義堂はあの
家族を見て自分の家族と比べたりとかはしない
のか?」
「んな意味ねぇよ。人んものは人んものだ。だがな
ありゃ”あったけぇ”って言いたくなるような
奴らだったな。俺にはちいとまぶしすぎるぜ」
「……いい人たちだったな」
「ああ」
「……また来るか」
「ちっ、墓参りん時だな次は。だからしばらくは
来たくねぇよ。とっとと帰って寝てぇ」
義堂は紙袋からタッパを取り出し、大学イモを
食べた。
「あ”!? これ甘すぎんじゃねぇか!!」
「えぇ……」
義堂が甘いものが苦手だということは知って
いたが、そこまで甘い大学イモなのか。俺も
自分のタッパから大学イモを一つ取り出し、
ポイッと口に放り込んだ。
確かに甘かった。それもどぎつく。
……あ、監視カメラのこと聞くの忘れた。




