27.銅像を祓おう
(あら、半年ぶりくらいかしら? 私の
名前を呼ばれたのは。久しぶりね
マスター)
"ロズ(英語:LOSS)"
これも名前の付け方の関係で「ズ」と
濁ってしまったが、正しくは「ロス」で、
誰もが知っている英単語の一つだろう。
意味は「喪失」や「損害」などがあるが
大まかにいうと「失う」という意味だ。
これは余談なのだが、サッカーでの
延長時間を"アディショナルタイム"と
言うが、一世代前はこのことを
"ロスタイム"と呼んでいた。だが、
"ロスタイム"という表現は正しい英語の
表現でないし、「増える時間」のはずが
「失う時間」と解釈されてしまうという
ことで「追加」という意味を持つ英語
"additional"が使われるようになったらしい
さて、どうでもいい豆知識は置いといて
何が何だかさっぱりわかっていない
人のため、一から百まで説明しようか。まぁ、
結論を言えば、俺が勝手に勘違いしていて
"マト"が憑いていると思っていたが、正しくは
"ロズ"という別の霊が憑いていただけだ。
ミコだけが見えたのは前のミキの事件と同様、
ミコにはこの霊障が効かないからである。
だが、こうも勘違いしてしまったのも
しっかりとした理由がある。まず第一の
原因としては、今回の問題となった
銅像が二宮金次郎だったことが大きい。
多分、最初にこの現象に遭遇したヤツも
俺と同じように思っただろうな。ミコも
そういえば言っていたな「定番中の定番」の
「学校七不思議」だと。その通り、定番な
話題であったため何も疑問を持たなかった。
「消えてたのが見えるようになった」だけで
決して動いてなんていなかったのに。
確かに、ミコはこの噂について、
「いなくなっていたのが戻って来た」としか
言っていなく「動いていた」なんて一言も
言っていない。「二宮金次郎がいない」と
なれば、定番通り動くと紐づけられ、
そのまま広まったのだろう。
そして、義堂が台座を見たときに消えて
いなかった理由なのだが、それがさっき
ライトで照らしたことで理解した。
"ロズ"の活動条件は「暗い」ことに限る。
あのとき義堂は俺に見せたときはライトで
照らしていて、"ロズ"はそのせいで
銅像を消すことができなかった。だから、
戻ってきたと錯覚したのだ。照らさずに
その台座を見ていたら、ここまで俺は
悩まなかったかもしれないが、もう
終わった話だ。ぶり返す必要はない。
(お、おう、久しぶりだな)
(ずいぶんと来るのが遅いじゃないの。
待ちくたびれたわよ、正直)
(いや、そんなことは……)
(どうせ、忘れていたのよね?)
(……)
…………
(も、もちろん、わ、忘れてなんて……)
(私のことを"マト"と間違っておいて、
マスターはとんだ浮気者ね)
何も言えない。"ロズ"のことを
忘れていたどころか、このこと自体を
俺は忘却の彼方に捨て去っていたのだ。
俺に言い訳の一つも言えないのは当然だ。
そして、3話でも言ったが俺はこの場面で
カマトトできるだけの力はない。
(……悪い、俺は……)
(いいのよ、別に責めてるわけじゃないし、
どうこう言ってどうなるものでもないわ。
それで、私に何か用があるんでしょ?
でなきゃ私のことを呼ばないわよね)
(あぁ、お前たちをここに放ってから、
この学校で色々と問題が起き始めたんだ。
だから、俺はお前たちをミコンに戻そうと
行動してるんだ。だから"ロズ"、ミコンに
戻ってこい)
(……)
反応してくれないな。やはり一度、親元を
離れれば帰って来ないものだ。俺だって、
こんなことになれば逃げているさ。
(……"ロズ"、俺は確かに忘れていた。こうも
問題が起きなかったら、そのままお前を
銅像に憑かせたままだったかもしれない。
これは俺のわがままだ。ミコンを離れて、
いわば力が解放され、自由の身となって
ミコンにまた縛られるのが嫌なのも
わかってる。だけど……)
(マスター、あなた何か勘違いしてるわね?)
え?
(私は別に、ミコンに縛られたくないって
思ってないわ。だって、こうやって私を
呼んでくれるのだもの。それに、最初から
そう思っていたなら、あなたになんて
応じてもいないわ。わがままなのは
私の方よ、マスター。こうやって今、
この銅像に憑いていたいって思っている
のも事実だしね)
(憑いていたい?)
(私の特技は知ってるわよね?)
"ロズ"……というよりか「物に憑く霊」は、
憑くとその物に自我を待たせることができる。
"マト"のようなものではなく感情といった
ようなものが伝わるようになる。
(マスターが私を放って、この像に
憑いたんだけど、この像が私に言って
きたのよ。「寂しい」ってね。誰にも
見てくれない。誰に手入れもされることも
なく、ずっとここで放置されて寂しい
ってね。でもこうやって私が憑いて
話題になってからいろんな人が見に来て
楽しくなったとも言ったわ。ガラでも
ないわよね。「憑依霊」の私が人助けを
するなんてね)
(二宮金次郎は、銅像だ。人じゃない)
(……そう……この銅像は二宮金次郎って
いうのね……。私からしたらマスターも、
興味本位でここに来た人たちも、この
銅像も、全部「人」に見えるわ。感情を
持っていれば何だってそう思うのよね、
「憑依霊」である私からすると。それで
二宮金次郎から言われちゃったのよ。
ありがとうって。
変な話よね。
こういわれちゃったら私も何も思わない
わけがないわ。って考えていたらこの銅像に
憑いていたいなって思ったのよ。これって
"恋"ってものでしょ? 銅像に恋なんて
「探偵ナイトスクープ」のマネキンじゃ
あるまいし、あり得ないわよね)
その通りだ。俺たちは「人」ではない。
人相応の感情なんて持つものじゃない。
それと、「探偵ナイトスクープ」のその
依頼ってかなり古くないか?
(……マスター、わがままを言っても仕方が
ないんだけど、この銅像をなんとか綺麗に
してあげれないかしら? そしたら私は
ミコンに何も言わずに戻れるわ)
(……)
(いえ、言い方を変えるべきね。私は悪霊で、
どうしようもなく救えない存在よ。だから
私がこうやって思っているということは、
私のためにならないの。救われるものが
あってはならないのよ。だから私を元の
悪霊に戻して、"二宮金次郎"を私から
開放させてほしい。ってところね)
(……いや、そんなことはない! "ロズ"は
悪霊だが、俺と離れて過ごしたんだ。
それくらいの感情、持ってもおかしk……)
(マスター、あなたって本当に浮気者ね。
私の最初で最後の"恋"も遠くから
眺めていられないなんてね。いいの、
私はもう十分よ。こうやって楽しく
"二宮金次郎"と過ごせたんだから楽しい
時間は私には楽しすぎたわ。それも
ミコンに戻るのをためらうくらいにね。)
(……)
(……フフッ、じゃあ魑魅魍魎のお姉さんから
一つ、いいこと言ってあげる。
悪魔は楽しまないわ。もちろん霊も。
でもね、マスター、私は楽しんだのよ。
だからマスターの手で私を罰する必要が
あるのよ。それがマスターのお仕事よ)
(……
我、神前 滉樹の名によって命ず。
"ロズ"、我のもとへ帰せよ
……)
(……ありがと、私を罰してくれてね)
"ロズ"は禁忌、とまでは言わないが霊
としての感覚をこの半年でなくなっていた。
この世界には「自分を霊だと自覚する霊」と
「霊だと気づいていない霊」の二つがいる。
そのどちらかに霊の分類は収束するのだが、
"ロズ"は人の世に関わるにつれて、前者から
後者に移り変わろうとしていた。そうなると
"ロズ"はもう救えなくなる。俺がもっと
早くにこのことを知っておけば……。
(あの子、さっきから私に向かって何を
言ってるのかしら?)
あの子、というのはミコのことで
さっきからずっとミキから霊を祓った
ように何かをブツブツ言っている。
(……学校は楽しいかしら? マスター)
(いや、今は楽しくはないな)
(なら、これから楽しくなるわ。楽しめる
というのは「人の特権」よ。あなたはまだ
人でそれができる数少ない悪魔の一人なの
だから、誇りなさいよね)
(……あぁ、分かった)
(それと、マスターはもうちょっと眷属の
私たちを信じてもいいのよ? 一度手放した
ペットがもとの飼い主のもとに帰ってくる
って感動ストーリーだってあるんですから)
(……)
(……そろそろね……じゃあね二宮金次郎
大好きよ。また会いましょう)
…………
…………
"ロズ"は俺のミコンの中に戻った。これで
「学校七不思議」の一つ「動く銅像」は解決した。
ちょうど、ミコのおまじないも終わったようで
俺に話しかけてきた。
「ふぅ……どう!? 除霊できた?」
「……あぁ、できたんじゃないか?」
「よーし、それじゃこれで……あ、ギドーくん
忘れてた! 今どこにいるの?」
「俺が連絡を取っておくよ。それとさミコ」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと頼みがあるんだ」
「携帯返してくれたらいいよ」
「……」
そういえば俺が持ったままだったな。




