198.マジックを使おう
「……おい、悪魔はいるか?」
(いませんわ)
「あいつのカバンとかに多少の魔力を感じるが、
あれも違うか?」
(いませんわ)
「いるとしたら、あとは部室とか誰も使わない
空き教室とかか?」
(いませんわ)
「……ねぇ、ちゃんと話聞いてる"ムム"?」
(いませんわ……ではなく、聞いてますわ)
今更ながら、うってつけの人選だったかもしれない。
「いないのか"自分の力と同じような"能力を持」
(いませんわ)
「早くない返事???」
"ムム"と"ビビ"はかつてこの学校の音楽室の
絵画に入って、七不思議のひとつとして発起
していた。そのときの力が「絵を動かす」こと。
つまり「ムービー」にする力だ。
今回のミコの使ったであろう魔法は俺の
目の前でトランプの絵を変えるといったもの。
"ムム"と"ビビ"の能力である絵の人物や
風景の世界を創造し動かすとは毛色は違う
としても、絵に対してアプローチをする力
であるならば、位相が合うどうしでなにか
気が付くこともあるかもしれない。
(いませんわ)
「まだ何も言ってないのに!?」
部活が始まる前から俺の戦いは始まっている。
部活が始まれば、ミコが近くにいる関係で、あの
魔法の使った主に感づかれる可能性がある。今は
まだ授業と授業の間の休み時間。場所はミコの
教室である2年5組の目の前だ。
室内に入ってもいいのだが、いかんせん誰か
特定の人間に用事があるわけでもないから、
こそこそっと中の様子を見るだけにする。
もっとがっつり持ち物から何から何まで
調べてもいいが、それはさすがに不審者だ。
(今でも不審感はありますが)
「なんか言った?」
(いえ。というよりも、あの巫女本人からまた
見せてもらえばいいのでは?)
「いやそれは断られた。悪魔を使役するんだから
魔力が必要なんだから乱発はできないだろ」
「タネがばれるからだろ」と言いたい!
と"ムム"は言いたげだ。そんな気は俺は知らない。
「何してんだ神前。ここは5組だぞ」
「あ、はい! 何でもないです!」
「まーた、何だ? バケモンでもいたか?」
「そんな頻繁にいませんよ」
5組の担任教師に不審者扱いされた。やはり
不審らしい俺の挙動は。そして、何を隠そう
5組の担任はうちの部活の顧問である佐々木
先生である。これが別の履修していない教科の
先生であったり、根本的に話す機会がない先生
ならば、不審に思われても別段話しかけては
こなかっただろう。顧問なんてくれば生徒指導の
一環として話しかけてくるのは当たり前か。
教室からクスクスと声が聞こえる。ミコが
いなくなったタイミングを狙って覗いているから
その笑い声の中によく聞く声はない。
けど、あとで言われるんだろうなぁいろいろ。
(マスター、マスター)
「どうした?」
「どうしたってどうしたんだ?」
「あぁーーいや何でもないです!」
「?」
そそくさと俺は逃げ帰る。
「あぶねー、どうした?"ビビ"」
(もしかしたら、いるかも)
「え、マジ!?」
(うん、また絵の中かもしれない)
「絵、マジ??」
洒落ではない。確かに、少なからずこの学校に
"ムム"と"ビビ"が残した痕跡はある。その残り香が
あっても変ではないな。
(いないわよ"ビビ"そんな……)
(お姉ちゃん、お姉ちゃんあのね。ヒソヒソヒソ)
(……あぁ、なるほど)
「俺の中でひそひそ話するの?」
内容駄々洩れやん。
「……まぁ、確かに行ってみてもいいか」
(わかった)
望み薄だが行ってみるだけ行く。それが二人の
本望ならまぁよしとしよう。
二人はあのあとの絵の様子を見たいだけだ。
それならそうと言ってくれればそうしたのに。
__________________
「俺もここに来るのは久しぶりだな」
(私たちはここに来るのは初めてよ)
(音楽室、だっけ?)
絵の中には世話になったがそれがある場所
自体には面識はそりゃないよな。俺が選択教科で
音楽でもとっていれば、いつでもこの場所の
調査に出れたんだろうなと改めて思う。
「それで? その絵を動かす霊はいるか?」
(いませんわ)
「うん、知ってた」
(けど、こんな凛々しいお方でしたのね。
ベートーヴェンという方は。それを先に
知っていれば違っていたでしょうね)
「そういうもんだろ。悪魔の俺たちから
してみれば人格とかそういうのはあまり
興味ないんだから」
"ムム"と"ビビ"を連れ戻した後、"デリトー"に
したときと同じように、説教じみたケアをした。
そのときに、ついでにあの世界で出会った歴史上の
人物について話したのだ。ベートーヴェンは
作曲家であり、第九といった硬派な交響曲を
作っていること。モナリザは本当に実在してたか
定かではなく、なぞの多い絵画であることなど
知っている限りいろいろと教えたのだ。
根は真面目な二人。寝ずに聞いてくれた。
「なんで絵を見たいんだよ。あの世界は自分で
創ったもので、これを見てもその場所には
いけない」
(いいのですよ、ニンゲンだってあるでしょう?
故郷の写真を見て、物憂いに耽ることは)
(お姉ちゃん、お姉ちゃん、あれ)
(あれ、ええ、そうね忘れていたわ。マスター
ちょっとあの絵に触れていただけます?)
「あ、あぁ? わかった」
言われるがまま俺は絵画のひとつを触れる。
確かこの絵のタイトルは「落穂ひろい」だった
はず。
体の中からスルリと何かが抜ける感覚がある。
重荷がなくなったような気分だ。二人がまた
絵の中に入ったのだろう。と、思ったらすぐに
体に魔力が流れるのが感じる。前のように
ずっと絵の中に逃げ隠れるようなことはせず、
すぐに戻ってきてくれた。
「何したんだ?」
(わすれもの)
「忘れ物?」
(これ)
「?」
気が付いたら握った手の中に鋭利なものが
握られている。それはギラんと俺のことを映す。
「鏡?」
(ええ、絵と絵を繋いでいた鏡。その破片よ。
その絵だけはすっかり治すのを忘れていたの。
やっと回収できたわ)
見た目はタダの鏡だ。
「よかったのか?」
(よかったといいますと?)
「またこのまま逃げてもよかったんじゃ?
それに、あの絵の世界は自分の理想の世界
だって」
(理想は理想であるべきですわ。なにも故郷が
恋しいからと故郷に縛られる必要はありませんよ。
必要なのは、思い出に残すこと。マスターにも
そういう場所があるのでは?)
「……ある」
(あの世界は美しかったわ。けれど"美しい"だけ。
それ以外なにもない。本当に「絵」のような
ペラペラな美しさしかない、そんな場所。
それでも私たちには、名残のある場所。そこを
思い出だけの存在にするのも悪魔である私たちの
やるべきことですわ)
「思い出かぁ」
(ありません? 子供時代でも今でも)
記憶にとどめるような性格ではないからなぁ俺。
「……あ、あるな。
雨宿りの橋の下」
(橋?)
「ずっと昔。それも"ムム"も"ビビ"も俺のミコンに
いなかったぐらいにな。その時、何があったかは
忘れたが、人生に絶望したときだった、はず。
そんな中で雨の中を突っ走って、その橋の下で
雨宿りした。その時にふと、自分の境遇を改めて
考えたんだ。
自分は一人かもしれないが、
孤独ではない。大丈夫だ、って。
それが今の俺が、眷属に対して普通の悪魔とは
違う態度をとっている原因なのかもな」
(不思議な話ですわ)
「俺も昔すぎて覚えていない。実際にそんなこと
あったのかも定かじゃない。それでも雨の日に
そう決断した場所があるっていうのは覚えている。
そういうのも思い出だろ」
(そうですわね、個人差ですから)
「なに、ぶつくさ独り言言ってるのかしら?」
「!!!???」
げっ!
「……あぁ、もしかして"誰か"いるのかしら?」
「……あー、察しがよくて助かる」
なんだ、加賀音か、びびったー。ってそうだった。
ここを開けてほしいと頼んだ相手は加賀音であって、
少しの間外で待たせていたのだった。
(……あのマスター)
「?」
(あの女は一体)
「いや、別に害はないから大丈夫」
"ムム"と"ビビ"には言っていなかったな。
加賀音の存在を。言うほどのものでもないからな。
「それにしても珍しいわね。警戒心が無駄に高い
あなたが取り憑かせながらうろつくなんて」
「無駄にっていうな。それは調査したいことが
あった関係でな」
「あら? この絵はもう大丈夫のはずでは?」
「いや、実際は違ったらしい。けど、今解決した。
……じゃなくて、もっと大事なことがあってな」
「大事なこと?」
「あぁ、魔法のことでな」
"ムム"があちゃーと言わんばかりの反応をしている
のを感じる。反対に"ビビ"がなぜかニヤニヤしている。
「ミコのあのマジック。あれってどうやって
やったんだって思ってな」
「え? それは……私にもわからないわ」
「だよな。だから今調べてるんだ」
???????????????
と、加賀音は言った。いや正確には言っていない。
ただ不思議そうな言葉を言いたそうな顔を見せる。
「あのマジックの正体を暴くために、その手の
悪魔を憑かせて調べているんだが……」
「えーと、神前君?」
「加賀音も手伝ってくれ。もしかしたら誰か
裏で手を引いているヤツがいるかもしれない」
「えーとね、神前君」
「霊感がある加賀音なら、もっと早くにその
正体を」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
「……ん?」
何か変なことを言ったか? ザ・タッチの
ネタみたいに止められたけど。
「えーーーーーーーーーー。もしかして、
マジックって知らない?」
「え、加賀音がそれ言います? 知ってるよそりゃ。
俺みたいなやつが使う超常現象を起こすことだろ」
「………………
あーーーーーーーーーーーーーーーーー
なるーーーーーーーーーほどーーーーーー」
(プクク)
俺の中で誰かが笑っている。"ムム"、"ビビ"の
どっちが笑いをこらえてるんだ。
「えーと、じゃあ………………
これ持ってみて」
「これ?」
渡されたのは一枚の紙。加賀音が持っていた
生徒会の書類の一部を破ったものだ。見たところ、
ほとんどが白紙で重要なものではなさそうだ。
「これがどうしたんだ?」
「ただの紙よね? これを折るでしょ?」
「うんうん」
「さらに折るでしょ」
「うんうん」
「さらに折る」
「うんうん」
「大丈夫? これを開くでしょ」
「うんう………………ん!!??」
えええ!!?? 白紙がレモン紙になってる!!?
(ブフゥーーーーーーーーーー!!!!!)
(お姉ちゃん、お姉ちゃん、しーっ)
笑ってたのお姉ちゃんの"ムム"のほうかよ。
そんな場合じゃない! 加賀音もまさか!!
「ちょっとそれよこせ!」
「いいわよ」
「"ムム"! "ビビ"! 笑ってないで見ろ!!」
(あー、はいはい、えー、なんにもいませんよ)
「はぁ!? ほんとに!!!?」
(本当ですって)
「フフッ、ハハハハハハっ」
もういいだろ笑わなくてお前ら!
っていや、笑っているのは加賀音だ。
「いやいや、まさかそういうことだなんて。
はいどうぞ、これも」
また俺は紙を渡された。またさっきの白紙だ。
ってあれれ? あの白い紙は黄色く変わったの
だから白い紙なんてもう手元にないのでは??
「これはマジック、っていうよりも手品ですよ」
「手品?」
「えーとね。まずそのレモン紙と白い紙をこうやって
重ねて白い紙だけを相手に見せるでしょ。あとは
こっち向きに折って、折って折って。そしてこの
タイミングで白い紙だけをさっと手元に隠して、
あとは開くと」
「………………??????」
目の前でまた実践されたが、俺の頭が追い付かない。
(あのですね、マスター。その巫女が見せたのも
同じだと思いますわ)
「え? 同じ?」
(ええ、まったく世間知らずみたいな恥さらしを
やめていただけますか?)
「えぇ!? 恥さらし!??」
そんなぼろくそに言います!?
「もしかして、それでずっと悩んでいたの?」
「………………悪いかよ」
「悪くはないけれど、恥ずかしいわね」
「そうなのやっぱり?」
「すっごく恥ずかしいわ」
泣いていいすか。俺の慰めをする奴はいないのかよ。
(当り前ですわ。そんな知った気になってるだけの
滑稽な様子を見せるだけのあなたは面白いだけよ)
「え!? じゃあ、テレビでやってた手錠外して
密室から出るアレも"転移の悪魔"的なヤツが
やってるわけじゃないの!!?」
「違うわ」
「じゃあ、あとー、ツルギを飲み込むやつも痛みを
感じない能力を携えているわけじゃ」
「ないわ」
嘘ぉ。
(本当ですわ)
「っていうかお前、知ってて泳がせたのかよ」
(コホン………………いえ、そんなことは)
(そうそうマスター)
(ちょっと"ビビ"!)
はーーーーー。世界って面白ーー。俺の
常識ががらんがらん崩れて新しい常識が次々
生まれてくるわーーー。勉強なりますわ。
「いいのよ。神前君、あなたはずっと一人だった
から知らなくても、何もいらなかったんだから
仕方がないじゃない。それで笑うことはな
………………ぷっ」
「笑ってんじゃねーか!」
「これから、このマジックみたいに誰かから新しく
知ればいいのよ。さっきの言葉を借りると、
孤独かもしれない。けれど一人にはさせて
世間知らずなんてことにはさせないわ」
「………………」
介護されている気分だ。なんて情けない。
ってしかも、さっきの会話聞いてたのかよ。
「これから部活でしょ? 遅くならないように
私はこの書類を整理してすぐに行くわ」
「…………了解でーす」
「あと、ミコちゃんにあんまりそれ言わない
ほうがいいわ。きっと、じゃなくて絶対
バカにされるから」
「わかってる」
さすがにどこかの教室のカギを開けるとなると
短い休み時間でやりとりはできるわけがなく、
無理を言って、吹奏楽部が音楽室に来る前に
この場所に来たのだった。時間を見ればそろそろ
部活が本格的に始まる時間だ。もうすぐ、ここに
ぞろぞろと吹奏楽部が来るだろう。
そういえば、吹奏楽部は今年一新入部員を
獲得した部活らしい。「異能部」は、聞くな。
気が付いたら加賀音はすでにいない。カギの
係が別に来たのだろう。ということは外に
待機中の吹奏楽部員がいるってことか。なら
とっととおいとましますか。
俺には俺の居場所がある。一人じゃない場所が。
__________________
「あ、ココ」
「やっぱお前は早いな」
「あ"?」
部活はいつもの光景。義堂は寝ていて、ミコは
手遊び(というか、それが手品だったのか)を
している。そして俺は3人のためにお茶の葉を
用意する。
「みてみてー、ギドー君」
「……おっ、やるじゃねーか」
まーたなんか見せてるよ。
「うし、俺も見せるか」
「え!? ギドー君もできるの!?」
「ほらよ
わー、親指が取れたーーー(棒読み)
わー、くっついたーー(棒読み)」
「………………」
ミコが微妙な顔をしている。
………………一方。
「ええええええ!!!!!!!!!!
すげえええええええええええええええ
ええええええええええええええええええ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
義堂もできるのかよおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおお
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(その程度でも驚きますの!!!??)
世間知らずの悪魔はこの程度のマジックに
驚愕する。それ以上に"ムム"が驚愕する。
俺がマジックを理解するのはまだまだ時間が
かかるらしい。




