194.目的を暴こう
「あ"ーーよく知らねぇが、てめぇアレだろ。
確か……果汁人格ってヤツだろ」
甘そうな性格だ。それにしても義堂は最初に
出会ったときから、鹿羽の身に起きている状況を
知っていたようだ。あるいは出会った時と今の
違いでそう思ったのか。
いや、義堂は考えれるほど頭はよくはない。
最初に出会った時点で直感的に分かったのだろう。
というかなんで登場人物全員、多重人格を
言えないんだよ。
「てめぇがなんでうちの部活に用があんのか
わかんねぇんだよ。なんかてめぇ自身に
変な感じがあったからよぉ。てめぇ本当に
うちに用でもあったんか?」
鹿羽は質問の意味が分かっていない様子。
「……あぁ、異能部に行ったのは……お前が
いう多重人格でいうところの「俺」の人格と
決別するためだ」
「違うぜ」
「はぁ???????」
「そんだけだったら、病院にでも行けよ。そうじゃ
ねぇから来たんだろ? だから俺は、てめぇじゃ
なくて「女」に聞いてんだ。
っつっても、まぁ想像はつくがな。
なんだ? 同じ体にいるっつーのにそこまで
頭はつながってねぇ感じなのか?」
「ど、どういうことだよ……?」
そして、義堂は鹿羽と対峙してから初めてファイトの
体制をやめて、脅すような目つきも和らげた。
「お前、中の「女」と話したことねぇだろ?」
「……いいや、そんなことは」
「どうだかな。どうせ、てめぇがヤイヤイ言って
アレをやれとか、コレをやれとかうるせぇだけだろ?
そんなん、"話す"なんて言わねぇよ」
「……!?」
鹿羽は驚いた様子を見せる。図星……なのか。
「だからだよ。てめぇん考えと体の考えが合わねぇのは。
てめぇが思ってる以上に、中の「女」は弱いぜ?
だが、お前よりも賢い。だから言いなりにでも
なったままなんだろ? そっちのほうが苦しまずに
済むから、そうだろ「女」?
あー、ったく何が言いてぇかって言うとな」
義堂は頭をかいて、鹿羽をにらみつけて告げる。
「あんたと話してぇだけだ。それも対等にな」
話す、それだけ。
……?
………………………………!!!!!!!
そのとき、俺の脳に電撃が走った。いやそうか、
俺たちも勘違いしていたのだ。俺たちはずっと
除霊をすることばかりを考えていた。「異能部」が
そういう部活だったからこそ、鹿羽が来た時も
いつもの"除霊"だと思っていたが、そこから
間違っていた。
そうだ。鹿羽は最初から「お話し」をしたい
と言っていた。
勝手に俺たちが除霊だと解釈してしまっただけで、
最初から目的は言っていた。
「てめぇはなんかえらそうにしてっけど、女自身は
そんなに期待なんかしてねぇよ。むしろ、邪魔だ
って言ってんだろ、そん様子じゃ?
だが、それでもてめぇは言いなりなのを
いいことにあぐらをかくってか? それがてめぇの
正義なんて、笑えねぇぜ?」
「そんなの……決まってるだろ! 俺は守護霊で、
こいつを守ることが、俺の…………!!
…………
…………え?
お前、何言ってるんだよ」
「あ"? いきなり誰と話してんだ?」
「大丈夫だから出てくるな! 俺が何とかするって
言ってるだろ!
…………
な、なんでお前が謝るんだよ! お前何も悪くない!
全部、お前をけなす奴らや悪魔が悪いんだから!!
…………
ち、違う!
違う、俺は違う!!! 俺はお前の天使なんだ!!
…………
そんなこと言うな! お前は悪くない。間違って
いるのはあいつらだ! そんなこと言うなよ……
…………
………………………………俺がか?
俺が、間違っていたのか?」
「だから何してんだ、てめぇ?」
一人芝居を見せられているが、あれは脳内会議が
起きているってことなんだろう。一体何を話して
いるかは見当はつかないが。
「いいから、この男の言うことがあってるってのは
わかった! だから早く戻れ! このままじゃ、
あの悪魔に」
ぶん! ばしぃ!
「なっ…………いたっ!!!」
「うるせぇんだよ一人で!!!!」
ええ!!?? 義堂、そこでぶん殴る!!?
もうちょっとあの「二人」と話合わせてても、
よかっただろ。けど、さすがに状況が状況なのか
バールでガチで殴ることはなく、思い切り
パチンとビンタをした程度に抑えた。
「いいんだよ。俺たちの仕事はアレだろ神前。
「あの生意気な霊をシバく」ってことで
あってんだろ? なら、話ははえーだろ。
俺がもっかいてめぇをぶん殴る。
それでてめぇがぶっとぶ。
んで、霊もぶっとぶ。
それか、ノビたこいつをミコんところに
持って行きゃなんとかしてくれんだろ」
「…………」
「…………どうした? なんか言えよ」
「…………そうなんだな、相棒」
「あ"? そりゃ俺に言ってんのか?」
「………………………………わかった。
俺が、間違いだった。それでいいんだな」
「決まりだな。んじゃ、マジでいくぜぇ」
その言葉は義堂にあてた言葉ではないよな、
きっと。そうだとしても、鹿羽の回答はもう
出切っていた。
鹿羽はもう戦うような構えをしていない。
降伏の合図を出しているようにも見える。
それでも、義堂はバールを拾いなおして、
さっきよりも力強く握りしめた。
「お"らああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……」
義堂のバールはまだうすら寒い春の夜風を
切って、鹿羽のどあたまめがけて振り下ろされる。
脳震盪を起こして死んでしまうのではないかと
変な心配をするが、そんなことは義堂は考えて
いない。
本気だから本気で返す。それだけが流儀だ。
「くたばりやがれええええええええええええ
えええええええええええええええ!!!!」
「…………」
ザクッッッ!!!!!!
「…………」
「…………??」
ざく? バールからそんな音がするのか?
義堂はバールのとがったほうではなく丸く
曲がったほうを振り下ろしている。だから、
刺さるような効果音はなるはずはない。
目をつむってくたばっている俺の耳では
状況を理解できなかった。息も絶え絶えの
まま俺は目を開けた。
「…………そうかよ……………………」
「……え」
状況を理解できなかったのは俺だけじゃない。
鹿羽本人もわかっていない様子だった。
刺されて膝をついたのは、義堂だった。
「な、なんで…………」
「……けっ、それが答えなんだろうが」
鹿羽の手には剣はない。握っていたのは
義堂が投げつけようとしたものに似た尖った
鉄パイプだ。わざわざ、剣を生み出さずに
刺しにかかろうとするのであれば、そんな
その場しのぎのようなものでは対抗は
しないはず。
だから、この抵抗を見せたのは天使の
鹿羽ではない。人間の「鹿羽」本人だ。
「……お前、なんで手を止めるんだ」
「んな必要ねぇからだよ」
肩を刺された義堂は殴らなかった。いいや、
義堂のようなポテンシャルのヤツがそんな
程度で止まるなんてありえない。長い
付き合いになりつつあるからわかる。いつもの
義堂なら「知るか!」と一蹴して殴っている。
「もう、俺のやりてぇことは終わったからな」
「やりたい、こと?」
「……いてぇ……だから、さっきから言ってん
だろ。てめぇの目的はなんだっつってよ」
「目的……?」
「んな、うだうだしてっからこうなるんだ。
わかったか「女」」
「……え?」
目的。義堂はずっとそれに固執している。
義堂の勘が何を語ろうとしているのか。
「けっ、話してぇだけだったら意味ねぇよ。
っつっても、なに話してぇかなんて
だいたい想像できるからな。
そんくらいてめぇ自身で言えってんだ」
「言いたいこと、だと?」
「あぁ、こいつが答えだろ? ようは人格を
変えようなんてつもりなんかはなっから
ねぇってことだよ。むしろ逆だろ? そうじゃ
ねぇと話さねぇって。
……
霊の「あんた」と友達になりてぇだけだろ?
言えよ、女。言えねぇままなんて自分で
自分の首絞めてるもんだぜ。
ずっと誰も頼る仲間がいなかったときに、
ずっと隣にいるヤツがいるっつーのに、
そいつが何も知らんバカだなんて、てめぇ
とことんついてねぇよ」
「と、友達だと? お、俺は守護霊で……」
「そんなん関係ねぇよ。俺があそこでぶっ倒れた
神前のことを悪魔だって言おうが、俺に
とっちゃ「友達」だ。俺もてめぇも根っこは
おんなじだ。
「友達」で「守るべきヤツ」だ。
……あと、ミコと夕霧と、六郷と……
……あーまだいたか? そいつらがどう
だろうと俺がどうだろうと、んな下らん
もんを守ってても意味なんかねぇ。
そいつを超えたもん。それが「友達」
なんじゃねぇか? 知らねぇけどな」
「あ………………………………相棒。
俺のことを追っ払おうなんて思って
いないって、本当なのかよ。
………………………………
……そう、なのか」
(なるほど)
俺の体で"フォビー"がうなづいたように感じた。
(あの女、手放すつもりがないから、俺が憑いても
入れ替わりで入り込めなかったのか。どうりで
聞いてた話と違うわけだ。本人が手放すことを
望んでると聞いていたから、楽勝だと思って
いたからな)
「……くっそ、いてえ。
ハァ、今はわからねぇだろうが、いつか
わかる。そーゆーもんだ。ずっと一人で
誰とも友達にならずに生きてたヤツから
してみりゃ、んなこと思わねぇだろうが。
大丈夫だ。てめぇの体はてめぇのものだ。
人格が違おうが、守護霊だろうが、女、
てめぇの目的を果たせ。そんでてめぇ自身で
なりたいてめぇ自身になれ」
義堂は膝をついた体制で、鹿羽の弱弱しい手を
つかみ、引き寄せてやさしく抱きしめた。
「俺は……ずっと、それで、この場所にいる。
てめぇはまだ頼れるどいつかがいる。体ん中の
「自分」に聞いてみろ。俺にはない、自分を
信じる「自分」がいるだろ。
俺は、俺らはそのてめぇを信じるぜ。
どんなにくそみてぇな頭ん中だろうが、
周りに敵ばっかりで、なんにも信じれなく
なっても、てめぇ自身の中に信じるものがある。
それだけでてめぇは強くなれる。
言えよ。
俺は、夕霧や神前に言えねぇ、その言葉だけで、
てめぇはずっと、ずっと……
友達ができるんだぜ…………」
「……!!?」
刺さったままの鉄パイプの傷口から、ずっと血が
流れている。そっと抱きしめた鹿羽にも、その血が
ついている。言いたいことを言い終えたように、
義堂は、抱きしめた体制を崩して前に倒れる。
「……お、おい!」
「……ハァ、あとは頼むぜ
「鹿羽」……」
最後に義堂は鹿羽と呼んだ。名前、知ってたのか。
そして義堂は倒れた。死んではいないだろうが、
血を流しすぎだ。その鹿羽の肩に刺した手が
震えていた。……これは、「鹿羽」なのか?
「……………………あ。
………………え。
あ、ああああっ! ご、ごめんなさい。わ、私の
私のせいで…………」
天使が手を引いたのか。元の鹿羽に戻ったように
見える。きりっとした顔つきから、少女のような
か細い声と目つきに変わっている。そして、自分の
犯した目の前の惨状に、改めて目の当たりにして、
ただただ、泣いていた。
「こんなことをしたかったんじゃないんです。
ただ、私は…………私は…………。
私のせいで、私のせいで…………
…………
"ヴァンヴィ"…………さん?
…………
…………うん、そう、です。私はただ…………
誰かと、友達に…………なりたかった。でも、
"ヴァンヴィ"さん、きっとそんなものいらないって
言いそうで、怖くて…………怖くて…………
…………
……うん、でもあなたとももっと話したい。
私のこと、もっと知れるかもしれないから、
だ、だか、ら…………
…………
私と、友達になってほし、い、です。
…………
あの人の言った通り、それでもいい。私、
もっと強くなって、今度は"ヴァンヴィ"さんに
見合う人に、なりま…………なれるように、
が、頑張るので…………
…………
…………! わ、わかった。ずっと言えなくて
ごめんなs
…………
! は、はい。もう謝りません。
…………
で、でも敬語じゃない、と…………
…………
わ、わかった。
…………
あ、ありがとう。…………あ、あの、ねぇ
"ヴァンヴィ"さん。あの……回復の魔法って
あったり、する、の?
…………
…………うん、やってみる。
えっと、
えいっ、りっ"治癒之光"」




