188.たそがれよう
「……」
どうしたんだよ? そんなに不安なら学校に
行けばいいんじゃないのか。
「……ううん」
うーんもっとなぁ、ハキハキとしていれば
別に俺がしゃしゃり出なくてもいいんだが。
「……頼んでない」
だがな、実際俺が出てこなければ危うい
場面なんて山ほどあったんだ。自分の立場が
どんどん悪くなっているっていうことは
忘れないでくれよ、相棒ちゃん。
「……」
ならなんでそんなにふてくされてんだよ。
「……ここ、どうやってきたの?」
そりゃあ「登って」だよ。クレーンの上は嫌か?
ここのほうがいいんだよ。前から追ってきやがる
うるさいあの連中を見つけれるからな。にしても、
これに関しちゃ、あの悪魔野郎にも感謝だな。
お前が家に帰りたくないっつってからずっと
うるせぇ連中に絡まれっぱなしだったからな。
静かで、誰もいない。おまけに月もきれいだ。
だが、あの悪魔野郎が言っていたとおりずっと
ここにいちゃいろいろと面倒くさいことになりそう
だから、気が済んだらとっとと次の寝床に行くぞ。
今はもう遅い。よい子なら寝る時間だろ。
「……うん」
……はぁ、もっと元気出せ。俺がいるんだ。
どうにでもなる。あのクソうぜぇババアも前に
ぶっ飛ばした悪魔野郎も全員もう一度殺せる。
「こ、殺すの……?」
……冗談だよ、そんな真に受けるなよ。
ビビらせるだけだって。だが、悪魔野郎だけは
殺さなきゃいけねぇ。
「……なんで、ですか」
そりゃあ、俺の敵だからな。俺が天使で
アイツが悪魔なら殺さなきゃいけないのは
当然だろ?
「で……でも……」
ああ、言いたいことはわかる。だがアイツは
ただの優男なだけだ。だが、どう見間違えても
アイツはクソみたいな悪魔野郎だ。水と油よりも
俺との闘争の二文字が似合うクズだ。だが、
アイツは弱い。また襲われそうならぶっ飛ばせる。
「……あのとき」
え?
「あのとき、襲われてたの?」
……あぁ、そうだ。だからぶっ飛ばした。
「そう……なんだ」
いいや、俺がありゃ悪い。もっと早くアイツの
正体に気が付けばよかった。俺に悪魔を見る目が
あればよかったんだが、下級の天使って身分じゃ
持てなくてな。あのとき腕を触られてやっと
わかったぐらいじゃ遅い。
だが、アイツには多分、悪魔を見る目がある。
いいところ上位の悪魔なのかもしれない。っつっても
あれは半端ものだ。俺みたいな血統から護っている
身からしてみても全然相手にならない。あーゆー
やつがこの町にいるのであれば、ここも危ないな。
もっと離れたところを拠点にしてもいい。
「でも」
でも?
「が、……学校は?」
今はお休みだな。仕方ない。危険に身を投じるほど
度胸はないからな。だが、気が変わって学校に行く
ってなっても遠くからひとっとびできるからな。
ビョオオっ
「キャッ」
ほんの少しクレーンが揺れただけだって。そんな
怖がるなよ。第一、落ちても俺がいるから痛くも
痒くもないし。
「……あ、あの」
どうした?
「あ……あなたって、やっぱり霊、なの?」
そうだぞ。といってもよくテレビで見るおっかない
ゴーストとかそういうヤツらとは違う。俗にいう
「英霊」ってやつだ。守り神と思ってくれていい。
それはお前の母ちゃんからじいちゃん、もっと先の
先の先から受け継がれてきた力なんだ。しょっぱい
そこらの幽霊よりも基礎がしっかりした、正真正銘の
「霊」だ。
「じゃ、じゃあ……
わ、私じゃなくって、お母さんとかにも、
とりついているの?」
あー、えーとな。正確には「いた」だな。どうやら
まえの先祖さんが一番弱い立場の家族を護るように、
契約をしたらしくてな。それで一番ひ弱なあんたの
手伝いに来たってわけ。だから母ちゃんがむかしの
ガキンチョの時に少しだけ、とり憑いていたことは
ある。
まぁ、何をもって弱いかは俺次第だがな。
筋肉がないから弱いとか、いじめられてるから弱い。
あとはお給料が少なくて弱いとかいろいろだ。時に
よって俺の助ける相手は違う。そいつも俺の気分
次第なんだがな。
「……じゃあ、私が強くなればいいの?」
ん? どういうことだ?
「わたしが強くなれば帰ってくれるの?」
そういうわけでもない。さっきも言ったが弱い
部分を助けるために俺がいるわけで、あんたが
どう変わろうが、世界が変わればまた弱くなる
かもしれない。
「バブル」って時に助けたあんたのじいちゃん、
金を持っていて強かったはずが、金を持っていても
弱くなったからな。本当に、人生どうなるか
わかったもんじゃない。
それに、強くなるってどうするんだ?
毎日100回腕立てをするのか?
バイトをたくさんしてお金を稼ぐのか?
それも大事だが、もっと大事なこともあるだろ?
___
「そのために私が来た」
「え、あれって????」
ん? あれは道路の上に誰かいるな。夜だから
あんまりよく見えんが……前に会った確か「異能部」の
部長の巫女の、えーと名前はなんだっけ……
「……ミコさん?」
あぁ、そうだ。悪魔野郎がそう言っていたな。
「ってことは、悪魔の友達なの?」
いや、あれは違うな。あのドデカイ神社の
れっきとした末裔だ。なんであの悪魔とつるんで
いるのかはわからないが、あの巫女は大丈夫だ。
「おーーーーーーい!! シカバネちゃーん!!」
「え……えっと」
よくここまで声が届くなぁ。
「ずーっと探していたよーー!! もうずっと
学校に来ていないからどこ行ったかと思って!」
「そ、そうなの?」
あぁ、逃げ隠れする関係で気が付いていなかった
かもしれないが、学校から離れてもう2週間たつ。
「えっ、そ、そうなん、だ」
意外か? あれほど学校に行きたくない様子だった
から別に気にしていないと思っていたが。
「そ、そう、じゃ」
「ぅおおおおおおおおおおおおいいいいいい!!!」
ここからでもうるさいなぁ、あの巫女。
こんな夜中にあんだけ声出せば、人気のないこの
場所でも苦情が来てもおかしくないんじゃねーの?
「ねぇ!!
学校に来ないの!!!????」
「……で」
「なんで来ないの!!!?????」
「……そ、それは……」
「誰かを傷つけたくないから!!!???」
「……」
「それとも」
悪魔がいるからだ。
「……こ、こわい人がいるk」
「違うでしょ!!!!!!!!!
逆でしょ!!!!!!!!!
傷つけられたくないから
じゃないの!!!!!!!!!」
逆?
「聞いたよ!
前にもこうやって誰かを傷つけたって!
でも、それ以上に自分も傷ついているはず
じゃないの!?」
傷ついたとしてm
「アンタに聞いてない!!
ずっと自分に取りついている神様はそう
言っていても!!
自分はどうなの!!??
神様!! もしかして、
いつもずっと、アドバイスしているん
じゃないの!!???」
「……!」
「ココから聞いたよ!
"育ち盛り"だって。そんなの"自分"の言葉
なんかじゃない。誰かに言われただけの
自分の評価のセリフでしょ。
神様のいうことは絶対じゃない!!
自分で決めることは自分で決めても
いいんだよ!!
だって!!!
"高校生"だから!
神様が思っているよりも大人だから!!」
「……う」
「怖いものは怖いよ。誰かと関わることはその人を
もっと救うことになるかもしれないし、より
苦しませることになるかもしれない。
それでも、
学校は楽しい!
楽しくないことも楽しめるはずだから!!
何があっても、
誰かを傷つけることがあっても!
傷つけられることがあっても!!
私たちに任せて!!!
「異能部」が何があっても助ける!!」
「な、なんで、そ、そんな」
「私も一緒だから」
一緒。
「私も学校なんて行きたくなかった! 行っても
巫女だから巫女だからってずっとそればっかりで
周りを見ていなかった!
でも、それは「違う」って言ってくれる
仲間がいたから気が付けた!
シカバネさんからしてみたら私たちはただの
他人なのかもしれない。他人だったとしても
"他人じゃない"誰かがいてくれるはず。
学校なんて、勉強するための場所じゃない。
神様からしてみたら、アブナイ場所だと
言っていたとしても、
シカバネさんはどうなの!!???」
「……ど、どう」
……
「……待ってるね!!
カミサマー!!!
シカバネちゃんをよろしくー!!!」
バビューーン!
……ん? もういない。あれを言うために
ここに来ていたのか。それにしてもあの巫女は
どうやってこの場所……あぁ、そうか、この
場所を教えてくれたのはあの悪魔だったか。
「……ね、ねぇ」
何も言わないよ。アイツの言っていることは
間違ってはいない。それに俺のことを神様だって
言っていたな。それに、俺がずっとこうやって
お前に話しかけているってことも知ってたな。
さすがは巫女ってところか?
「……わ、私」
俺は何も言わん。これはあんたの「体」で俺は
ただの「天使」。神様だと言われたがちょっとだけ
意味合いが違うけどな。
だからどうしようが、先祖さんがやったように
呪いを解くために俺を使ったように、異教に
染まろうが構わない。
あの巫女の言った通り、決めるのはアンタだ。
「………………あ、あの」
?
「えと…………
な、名前は…………」
…………あ、名前を言っていなかったか。
…………名前は「ヴァンヴィー」だ。
名もなき存在だった俺に先祖さんがつけた
名前だ。"鹿"の名前からとって「バンビ」から
つけたんだとよ。今は亡き、忘れ去られかけた
キリストのはしくれの教徒たちの唯一の天使。
そのさらにはしくれのはしくれの名も
持たされなかった俺につけられた真名だよ。




