187.情報を整理しよう
ズゴゴゴゴゴゴゴ
ミコはオレンジ色からクリアな氷色になった
グラスで汚い音を鳴らしている。
「もうないぞ」
「おかわりしたいから、限界までズゴゴゴ」
「いやドリンクバーだから、ここ。
コップ変えればいいだろ」
つい先日も来たファミレスにまたしても
お世話になるとは。家庭訪問を終えた俺たちは
その足でそのまま学校に向かってもよかったが、
もう有給をとってしまったからには、うんと
羽を伸ばすことにした。
この提案をしたのは実は俺自身である。
どうせ、マヤに"遅刻"ではなく"欠席"扱いで
よろしくと伝えてあるんだ。職務を全うした分
お休みをもらってもいいだろう。
だからと言ってダラリとファミレスで時間を
食いつぶすのはわけが違う気もするが。
「ズコッ……ズズッ……」
「もうやめろや!!」
貧乏くさいんだわ! 氷のひとなめも惜しい
くらいのジリ貧生活じゃないだろ、巫女さんよ。
「あれ? ココは何か頼んだの?」
「あぁ、俺は」
オマタセシマシター
「……パフェとはなんとも乙女な」
「いいだろ、男が甘いもの食べてはならない
なんてルールも常識もない」
食べる行為自体がほぼ不必要な俺にとっちゃ
甘いものとかは、大人の酒やたばこに近い。
嗜好品とかそういうカテゴリの連中にあたる。
悪魔は文字通り「アマイ蜜」が好きなのだよ。
そういえば、夜とは違って昼のファミレスは
活気があるな。それに負けじと店員も深夜とは
裏腹に元気だ。これでも、時間は昼の2時過ぎ。
昼飯にも、おやつにも微妙な時間なのだから、
少ないほうと思っていいだろう。それに今日は
一般的には学校のある曜日、すなわち平日なのだ。
仕事を早上がりしたOLが、席を占めていた。
そう思えば、早めの3時のオヤツと考えれば
俺の頼んだパフェもまぁまぁ、場違いではない
んじゃないか?
違うな。多分ミコが言いたいのはそういう
ことじゃない。シンプルにそういうキャラじゃない
ってことを言いたいのだろう。
ちなみにミコは、がっつりステーキセットを
頼んでいる。最初、パフェをミコの前に置いた
店員さんは、俺がステーキを食べるものだと
思ったんだろうな。
俺も思わん。
男がパフェで、女がステーキとは。
「あれ、昼飯食べてなかったか?」
「え、食べてないよ」
「じゃあ、鹿羽の家に行くときに食べていた
コンビニでフルーツサンドは」
「フルーツは昼ご飯なわけないじゃん」
「あぁ、そうだわ。そういうヤツだったわ」
ずいぶんと洒落乙なランチだなぁと思っていたが
やはり、ジュースの一滴すら惜しむ性格の人間から
したら、小腹満たしだったのか。
「にしても高くないアレ? 初めて食べたけど」
「しゃーないだろ。どこかの富豪の食べ物
なんだろうから」
「え、そうなの?」
「いや知らん」
オマタセシマシター
ステーキセットが席に届いた。俺の前にパフェが
移っているのを見たさっきの店員さんは「あっ」と
顔をした。申し訳ない、どちらが何を頼んだが
わかりづらくて。
「……思ったより小さい」
「……あんまり店内でそういうこと言うなよ」
「はーい」
なんでメニュー通りのサイズの商品が届かないの
だろうな。不景気なのか、そういう商法なのか……
仮に商法だとしたら詐欺として扱えるのだろうか。
「で、ココは何か聞いた?」
「聞いたとは? あぁ、鹿羽のことか」
「あーん、モグモグ」
「聞いておいて食うなよ…… そうだな、もとから
おとなしいって言っていたな。俺もそれはわかるし
今でもそう思っている」
「ゴクン、あとは何かある?」
「あとは……あ」
そういえばこの話は言っていないな。
「手帳を届けたときに鹿羽から直接聞いたんだが、
"困った"ときにその暴れる人格が現れるらしい」
「困ったとき?」
「あぁ、確かに俺が鹿羽と夜に鉢合わせたときには
銅栄高校の連中に追われていたからなぁ。
ちょうどその時もその片鱗が現れて殴ったとか
言っていたし」
困ったら現れるとはまさにヒーロー。加護がある
という見解からしてみれば確かに悪魔よりも天使が
憑いていると考えたほうが都合がいい。
「困ったとき?」
「あぁ、だがそれも定かかは確かじゃない。俺も
実際にその様子を見ているが、そこまで困る様子に
なるタイミングではないときに症状が現れている。
鹿羽自身もそれで悩んでいるんだろうが……」
「いや、当たってるんじゃない?」
「へ?」
「だから、困っているから助けるって考えでいいと
思う。ただ、そのラインが私たちが思うよりも
低いだけで」
低い? となると、俺が鹿羽を触れたときの
アレは暴発ということになるが、そうなると俺が
屋上から抱えて逃げ去ったときにも発生しても
いい。むしろ、発生するべき場面だっただろう。
……あぁ、確かに鹿羽は俺のことを「悪魔」と
ののしっていたな。「悪魔」である俺に「天使」
である自身が襲われると思われても、違和感は
ない。
「マヤちゃんも言ってたでしょ。"ただの"子供
どうしの口論だったのに、暴行事件になって
しまったって。だから多重人格だとしても
そのスイッチは想像よりもゆるく設定してある
と思う」
「何が起因するかは当の本人もわからない、と」
「……そういえばココって手帳の中身って
見たんだっけ?」
「一言一句覚えているわけではないが覚えている。
が、そんな変なことは書いていな……
いや、違和感がある言葉はあったな。」
「マジ!?」
「あぁ、見たときは全然当たり前なことだと思って
スルーしていたわ。今思えばアレはおかしい。
"学校に行く"って書いてあったんだ。
普通、手帳に書くとしたら忘れ物をしないように
メモをしておくとか、何か特別な用事があるから
忘れないようにしておくとかだろうが、ほぼほぼ
毎日行っているルーティンである"学校に行く"
って文言は明らかに目的が違う」
「ということは、あれはただの手帳というよりかは
もし、自分が制御できなくて「鹿羽 歩」では
なくなってしまったときのために「天使」様に
宛てた指示書みたいなものだってこと?」
「そう思ったほうがいいかもな。第一、手帳として
使っているにしても、きれいすぎるし忘れる
ことに気が付かないっていうのも重要度が低い
理由にもなるしな」
とは思いつつ、本日携帯電話を忘れたミコを見る。
まさか、現代人であるミコが忘れるなんてわけが
なかろう。
「うん、ほら」
「え」
ごそごそと巫女服の袖から、携帯電話が姿を
あらわした。ガラパゴスの化石とも言いえて妙な
携帯電話だ。こんな電話持っている奴なんて
俺が知っている限り、目の前のヤツしかいない。
「忘れたんじゃないのかよ」
「忘れるわけないでしょー。だって私jkだから」
「それが理由なのか」
今どきのjkは自分をjkとは言わないし、
折りたためる電話を携えていない。なんなら
巫女服でステーキは食わない。
「だったらなんで忘れたなんて言ったんだよ……
そんなに人の家の電話が使いたかったのか」
「そうだよ」
「……え?」
「ちょっと気になったことがあったから、ちょっと
したカマかけも込めて、お宅訪問したかったの」
ちょっといい? と一言断りを入れて、テーブルの
上に置いていた俺のスマホを取り上げた。サササっと
暗号パターンを解読して、さっき撮った部屋の写真を
探し出す。
「って待て待て! なんで鍵知ってんだよ!!」
「え、前に"ゼット"って言いながら指なぞって
解除してたから」
「そうなの俺!?」
口に出す癖あったの俺!!? ふと気が抜けたときに
言ってしまったのだろうか。だとしても人の電話を
それで開けるな。ましてや、大事な部員の。
「これこれ」
「これは、さっきの切り文字か」
「切り文字って言うとなんかアートっぽいね。これって
おばさんが言っていた通り、コロスって書いてある
かと思ったけど、もしかしたら違うかも」
ほらここ
一文字分何か書かれてない?」
「え? 言われれば確かに……けど、あまりに些細
すぎないか? それにただの"伸ばし棒"だろ。
コロスーってなんか腑抜けたセリフになるだろ」
「もしかしたらまだ書く予定だったのかもしれない。
文字を書くっていうのならばこんなに右に寄せて
書くわけはないし、やっぱりコロスの3文字を書く
というよりもコロスとあと一文字書く予定だった
って考えられない?」
「だとしたら」
"伸ばし棒"ではなく"横棒"だということか?
カタカナだからア、イ、ウ……
カ? ゾ? いや違うな。
「……
コロス、ナ?」
「たぶんね。本当はコロスナって書きたかったけれど
暴れる体を制して、家を飛び出しちゃってコロスー
になったって具合だと思う」
と言ってもやはり「殺」という単語がある以上は
物騒極まりない言葉を床に切り込んでいることに
変わりは…… ん? おかしくないか?
「なんで殺すはずの「天使」様がコロスナって
言っているんだ?」
「それはもうわかってるでしょ。コミュニケーションが
苦手で手帳とか何かモノに書くことでしか伝える
ことができない……」
「……「鹿羽」が「天使」にコロスナと伝えたのか」
「うん、きっとそう」
つまり、
天使は殺そうとしていたのか? それも今の登場
人物からしてみても、その相手はただ一人しかいない。
おばさんはいつの間にかナイフを持って床に傷を
つけていたと言っていたがそうではない。
もともと、ナイフをどこかのタイミングで奪って
あって、一撃を与えるというときに鹿羽の自我が
食い止めた。
「天使はおばさんを殺そうとしていたのかよ!」
「……そういうことかなぁ」
やっぱりアイツ怖いな。前に殺されかけたときも
おっかなかったが、あの時の怖いはシンプルに
天敵に襲われる恐怖だったからな。そしてこれは
明らかに、どろどろのサスペンスチックな怖さだ。
「危ないな本当に。このまま殺されていたら
証言者ゼロで俺たちの調査もできなかった
かもしれないのか」
「ううん。むしろ殺されたほうがよかったかも」
「えー、アンタもそんな非人道的なこと言う???」
そういうヤツとは思わなかったぜ。お前俺と
契約して悪魔にならないか? ……と冗談を
言える様子ではない。
「だから、あの家でいろいろと調べたかったの。
それでわかったことを言うと……
おばさん、警察に届け出を出してない」
「届け出?」
「鹿羽さんが家に帰ってないのはもう4月の最初
あたりからだからもう2週間近く立っている。
もうここまで帰らなければ、立派な身元不明。
学校にしっかり行っているとはいえ、何か
アクションがあってもいいはず。
でもあったのは、この電話番号との連絡だけ」
ひとつの携帯電話の連絡先のメモを見せる。
「これは」
「さっきマヤちゃんに調べてもらったけれど、
鹿羽さんの実家のお母さんの連絡先で間違いない。
それもかなりの頻度で通話していたの」
「それが?」
「確か、鹿羽さんの家ってさびているとはいえ
古くからある名家なんでしょ? そんな名家が
土地勘のないこの場所に家を構えているなんて
あんまり思いつかなかったから、どうして
ここに"おばさん"が住んでいるのかを調べて
おこうかと思ってたの。
どうやら、おばさん。親しい親族じゃなく
もっと遠い親戚だったの。親戚とも言えない
ぐらい遠いんだけどね。
だからじゃないかな?
鹿羽さんみたいな言い方がひどいけれど
"問題児"を家に招こうって考えたのは」
「……話がわからないぞ」
「だから、鹿羽の一族は腐っても名家だってこと。
つまり、"実家"にはお金がたくさんあって、
鹿羽さんのことを育てるためのお金もそこから
出ているんじゃないかってこと」
「そういうもんじゃないのか? 別に名家だからって
金の出所が大事になるほどのことか?」
「あの家、おかしくなかった?」
「おかしい?」
「なんで鹿羽さんの部屋がないの?」
「それは、入学したてで……あれ?」
「鹿羽さんは特例でもっと早くにこちらに来ていて、
もっと早くにあの家のお世話になっている。
かれこれ半年近くになるっていうのに、部屋が
用意できなくて、教科書も持ち物もカドに
おいやったままなのは、さすがに用意が悪い
なんて次元じゃないでしょ? どかしている
って言っていたにはホコリのかぶり方がもう
二日三日の話じゃないし。
食器もおばさん一人用。歯ブラシも一人用。
布団も見える限りは一人分しかなかったよ。
洗っているか帰ってこないから仕舞ったって
雰囲気でもない」
なら、俺たちが話していたおばさんは言うなれば
「育児放棄」をしたっていうことか?
「考えたくないなぁ……」
「でも考えられる要因はたくさんあるんだよね。
実家から鹿羽さんのためのお金が振り込まれる。
その連絡がたびたび電話に入っている。
よくわからないけれど、家から出て行った。
でも学校に行って無事ならば、問題ない。
だから警察に届けを出さずにそのまま一人で
生活してくれれば問題なく、勝手に自分の財布が
潤っていくのだもん。
……考えすぎ?」
考えが発展しすぎているとも思えない。条理に
合っている。確かにあのおばさんとの会話には
違和感はあった。自分の娘……いや、姪なのか
詳しくは知らないが、親族にあたる大事な家族の
ことだというのに、いないことに対して不安がる
様子が一切なかったのだから。
「大丈夫なのか」と聞いておいて「そう」で
済ませれるわけがない。
それに、それが正しいことはすでに鹿羽さんが
ナイフを片手に行動に起こして証明している。
自分の境遇にただならない「不安」がない限り
あの天使は動かないはずだ、流石に。
だとしたら……だとしたら俺たちは。
「ということは、俺たちはどうすればいいんだ」
除霊なんてできないから、ミコが助けることも
できない。問題の発生源である家庭問題に顔を
突っ込めるほど顔を突っ込むべきなのか。
「それはもう決まってるでしょ」
巫女服のミコは自信に満ちて答える。
「私たちがやったように、私たちがするだけ!」
それしかできないから。それしかできないなら
それをするしかないんだ。俺たちはそうやって
やってきたように。




