181.助け出そう
「”リア”!襲われているって詳しくどういうことだ」
「えーと、ですね! ってあの!!
ちょっと止まってからでいいですか!??」
襲われていると聞いた後の俺の判断は早かった。
マヤには「鹿羽さん関連で大変なことになった」と
ちらりと携帯電話を覗いて伝えた。もちろん携帯の画面は
真っ暗の状態で。行動に不信感があるが、マヤもどうやら
何事かあったんだろうと解釈をして、引き留めるような
真似もしなかった。そして、猛ダッシュでさっきミコンを
通じて知った情報から俺の町の唯一の街に向かって
ダッシュしている。
自転車を使う習慣があればもっと楽ができたのだろうな。
が、誰かが襲われているから助けに颯爽と向かうなんて
シチュエーションが想定できるのであれば話は別だろう。
別の学校。
と、言っていたが襲うような連中がいるとなると、
どこの学校か言わずとも毎度のごとく、こちらの厄介ごとに
片足関わってくる銅栄高校で間違いないだろう。
何よりここは小さな町だ。該当する学校なんて絞られてくる。
「……」
走りながら俺はふと、自分の行動に疑問を覚えた。
俺は”鹿羽”を助けたいのか?
なんでさっき出会ったばかりの、部員でもなければ
同級生でもないただの「客」である彼女を助けなければ
ならないのかと、疲れた足を持ち上げながら思う。
自分でもわからない行動、それは善意だとしても正しい
行いなのだろうか。そしてそれをしたところで俺は
一体何がやりたいのか。
走りながら考えを巡らせても、結論はやはりこれだった。
俺にとっての「正しい」行いだからだ。それ以外ない。
それが違うならばまたあとで考えればいい。
そんなんだからミコにも、マヤにも、会長にもぬるく
モノを言われるんだよなぁ。だがそれが俺だ。悪魔であり
人でもある俺なのだ。
「で、どこ!?」
「ちょっと待ってください!!」
時間はだいたい11時だ。マヤの家に長居しすぎた
というのもあるが、普通に生活している以上はこんな時間に
出歩いていること自体が校則違反だ。あいにく、俺の場合は
バレるバレない以前に「異能部」の肩書があるおかげで、
ある程度は認めてくれている部分があるから助かる。
街自体もすっかりシンとしている。明るいところと
したらコンビニと深夜までやっているファミレスと
自動販売機ぐらい。街灯もしばらく整備されていないのか、
明るさに限度がある。ほんの数か月前のクリスマスの時は
この時間でも明るいなぁと思っていたが、イベント事が
あるから明るいだけだったのか。小さな町はやはり、
規模も設備も諸々と小さい。
だからこそ、何事かあったことがわかるくらいには
どこかで男たちのうるさい声が聞こえているのがわかった。
「今聞こえている声のやつらでいいのか?」
「はい、彼らですよ。知り合いですか」
「いや知り合いにすらなりたくないな」
しかし、その声は誰かを襲っているような様子ではない。
むしろ、焦っているような雰囲気もある。助けを呼ぶ声は
聞こえない。だとしても、向かうべき方向は分かりやすく
してくれていると思えば助かるな。
「あ、こっち来た」
向かおうとしたときに、その方向から野郎どもが数人
どたどたとせわしなく走ってきた。余計なことになって
鹿羽を助ける前に厄介ごとが増えそうな嫌な予感がしたから、
すかさず俺は制服の中に来ていたパーカーのフードを
大きくかぶって下を向く。
陰キャっぽく振る舞うんだ俺! なんか最近、リアルが
充実しているとはいえ隠居生活が長かったんだから、
その時の負の感情をぐっと表に出せ!
「あんやろう!」
「こい!」
なんて声が俺の横で聞こえる。気が付かれない程度に
横目でその男たちを見る。格好は全員私服であるとはいえ、
背丈や風貌は高校生だ。思う通り、今回の件は銅栄高校が
関わっているらしい。それに、一人だけ知っている顔はいた。
うーむ「知り合い」がいるとは、まさか”リア”の
言う通りになってしまうとはなぁ。
以前、義堂と一緒にいざこざを解決した際に、銅栄高校の
輩の顔を全員確認している。少なくとも俺の真横を通って
行った2人、そしてそれを追ってきた残りの3人を見る限りは、
一人も見た顔はいない。が、たった一人後ろで一番声を
うるさくして、あーだこーだと言っているふんぞり返った
一番背の高いあの男、アイツだけは廃工場で会っている。
悪ガキが多いとは知っているし、その仲間内の一人かと
思ったが、俺が思うにそうではなさそうだ。あれは多分
別グループの指揮をしているのだろう。たしか、そいつは
指揮するような立場にいた人間ではないのだから。
先陣を切って走っていった残りの5人の男は、新1年とか
ようは後輩なのだろう。そういう場所でぶいぶい
言わせているといった感じか。
「探せ」
その男が言っていたセリフだ。「探せ」それすなわち、
逃がしたのか。男5人相手にか弱い少女一人が逃げれる
とは思えんが……やるなぁ鹿羽。
「感心している場合ですか!」
「"ゲイジー”を呼べ。こっちには監視役がいるんだ」
悪いが銅栄諸君。俺はもっと先に手を打っている。
「はい、えーと。……え?」
「どうした?」
「いえ、見つけたは見つけたんですが……」
「?」
「ここから1キロ先のスーパーの屋上駐車場、です」
「はぁ!!??」
いや、行けないことはない。何より今は深夜に該当する
時間帯だ。本来はトコトコと歩いて向かうような場所では
ないのだが、車も人もいないのであればシャッターなんて
ないあの場所に行くことは不可能ではない。
だが少なくとも、今その場所にいるにはあまりに逃げ足が
早すぎる。しかもさっきの男たちが向かっていった方向とは
真反対だ。見失ったなんて次元の逃げ方ではない。それこそ、
何かスピリタス……じゃなくてスピリットな人知を超えた力か
何かがないと難しい。
「何か不思議な力を使っていた様子はあったのか」
「ちょっと待ってくださいね。……あー、”ゲイジー”
ちょっといい……うん、わかった。はい、マスターの
言う通りでとてもじゃありませんが、人並みの力で
走っていたとは思えなかったそうです。けれど、
それを実際に見てはいないそうです」
「え」
「あまりに速すぎて”ゲイジー”自身も見失って
しまったんです。だからそのあと見失ったと思って
再び探し出したら、すでに駐車場だったそうです」
……見失った? "凝視のゲイジー"が?
どうにも、何かがあるとしか思えない。
「……わかった、ひとまずそこに向かうぞ」
「はい!」
駐車場の屋上は確かに隠れ場所としてはうってつけ
ではある。車がなければ、がらんどうで目が滑るのも
わからんでもない。だが、廃工場ですらタムロ場にする
ような連中となるとこの町のだいたいの「誰の目にも
つかない場所」が把握されていてもおかしくはない。
特に話を聞く限り、その場所から逃げている様子もなく
シンプルに隠れているだけなら時間の問題だろう。
極力、人目の付かない場所を早歩きで向かう。
俺がこうもいろいろと模索している間にもさっきまでいた
5人程度の高校生集団も増えていっている。そいつらに、
俺の行動を読まれず阻害されずにさっそうと
動かなければならない。難しい議題だ。
とは思ったが、残念ながらそれは俺にとっては実のところ
得意分野であった。理由は土地勘があるとか、勘が鋭い
なんてお話ではない。単純にこの町に30年近く住んでいる
からこそできる技だ。何よりも、小学生の時からこういう
裏道探しなんてことは日常的にやっていたわけだから
余計に。
「*****************
憑依召喚”ノーティ”」
(お! 久しぶりに呼ばれたな!)
「初仕事だ”ノーティ”」
(キタキタキタ! 吾輩忘れられてるかなぁと
思っていた次第で)
「それは本当だ」
(忘れられてたのやっぱり!!?)
忘れていなければマヤの家からここに来るときに
すでに憑依させている。さっき、小学生の話題が出て、
スー〇ァミやってた時の記憶がふと蘇り「あ、そういえば
ノリでゲームキャラの名前つけた便利な奴いたな」と
思い出しただけだ。
(で、吾輩どうすれば?)
「足を速くできるか?」
(ウーム、吾輩自身いろいろと模索したんだが、
うまくできるかはわからぬ)
「なら、テキトーでいいよテキトーで」
了解と不安そうに返事を返した。
試しに足にぐっと力を入れて走り出
ビューーーーーーーーーーーーーーーーン
到着!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ちょちょちょちょちょストーーーーップ!!!」
(? どうかしたかマスター殿)
「思ったより、思った以上だったからちょっと
抑え気味でよろしく!」
(?? あー、そうですな。マスターはまだニンゲン
だからあまりこういうぶっ飛んだパワーを
使いたくないってことですな)
「シンプルにおっかない!!!!」
(意外と小心者!!)
地を這うジェットコースター乗っている気分だ。
これが新幹線とかレースカーの中とかならわかる。
まだ耐えられる。こちとら生身よ、迫力がすんごい
ったらありゃしなかったわ。
だが、これくらいの速さぐらい出さないと
”ゲイジー”の目を奪うなんてことは無理だ。
それも悪魔で力を蓄えているはずの俺が苦しいぐらいの
速さを、ただのニンゲンができるようなことは……。
それは本人に聞くとして。
夜の駐車場の屋上というのは実のところ好きな光景の
一つだったりする。いつもは何かしらの車があり、
時間や人の入りによっては警備員がいたりして、いわゆる
人の行き交う「移動のための目的のない場所」である。
それが夜になり、いつもとは異なる、がらんとした人の
営みのない静寂な場所になる。これが面白い。それに
今日は曇りが勝った空ではなく、月がくっきりと
夜の街を照らす、風情的にも悪魔的にも素晴らしい夜だ。
それを広々とした空間で一望できるとなると、
時々ぐらいには赴いてもいいんじゃないかとも思ってしまう。
もちろん、不法侵入。違法ですがね。
「あ、いた」
案外さらっと見つかった。風をしのぐために
エレベーターがあるところのカドっこでひっそりと
人がうずくまっているのが見える。
「鹿羽さん」
「………………!!????」
こちらにやっと気が付いたように驚いた表情で
こちらを振り向く。服は部活の時に着てきた制服のままだ。
一体、何にそんなに驚いているのか。いや、
俺がここに来たこと、そして自分の名前を知っていて
呼ばれたことの二つが原因だろうな。
「大丈夫だったか?」
「は……はい」
足元に目をやる。スカートが少しめくれている
ことには触れない。そんなにやましい気持ちは沸かない。
ここまで走ってきたであろう屈強かと思っていた足を
見たかっただけだ。だが、想像通りに華奢な見た目に
合わせて細い足である。走ったのだろう跡として、
若干泥に汚れている以外はきれいそのものだ。
「な………………なんで、その……えと、先輩が」
「あーーーええーーと。さっき街に行ったら襲われて
いるのを見ちゃって。それで大丈夫かなって
探していたんだ」
「………………そうですか」
ズットミテイタヨ。なんて怖いことは言えない。
「あ、あとそれと」
「?」
俺はカバンからマヤに渡すはずだった手帳を取り出す。
「忘れ物だ。ちゃんとしまっとけよ」
「あ、ありがとう、ございます………………
あの、中、みました?」
「………………いや、個人情報だから見てないよ」
「……」
「それとさ、どうやってここに来たんだ? さっき俺が
見かけた場所からはあまりに遠くかったからどこへ
行ったか分からなくて」
「………………えと」
「いや、やっぱり言わなくていい。きっと自分でも
何でかわからんだろ」
思い付きでそう言ってしまったが、この返しは
正しかったのだろうか。だが、反応を見る限り
うつむくようにうなずいている様子であるからして
正しい様子だ。
アイドル育成ならうまくコミュニケーションを
取れた、と言ったところか?いや、やったことない
から知らないけれど。
「大丈夫そうでよかったよ」
「………………!」
何かに驚いた様子。あーこれは後ろから聞こえる
うるさい声ですべてを理解した。ブゥンとけたたましい
音とともにバイクがスーパーの敷地に侵入してきた
様子が見えたのだ。
「ってもうあいつらここに来たのかよ!!?」
「あっ……あの」
「だ、大丈夫だ。安心しろ」
と少しばかりかっこをつけて言ってみたが、
どうしようものか。それとこれは完全に俺のせいでもある。
この場にはニンゲンが二人であるのに対して、悪魔が
俺を含めて5人もいるのだ。さすがにどんなに霊感が
ないやつらでも、そんな場所があれば存在感がある
ことだけはわかる。
ならば足があり、人員があるやつらなら確認しに
来るのも当然である。どうやら、俺は鬼ごっこは
得意かもしれんが、かくれんぼは苦手なのかもしれん。
「色々と聞きたいことはあるが、ここにいたら危ない、
今すぐ離れるぞ!」
「………………で、でも」
「そういう生き方してるから!!」
「??」
てんぱってよくわからない返答をした。
バットコミュニケーションだった。
さてと、バイクのうるさい音が聞こえてきたはいいが、
俺たちのことを見つけている様子ではないな。なら、
すぐにでもここを離れてしまいたい。俺はあくまで
部外者なんだ。共謀がバレたらそれこそ今後に響く。
とは言いつつも、どうやってここから離れようか?
立体駐車場を見たことがある人は分かると思うが、
入り口なんてたくさんあるわけではない。
降りるためにはあのバイクが登ってくるであろう、
道を通過する以外ない。
というか高校生風情がバイク(スーパー〇ブ)を
突っ走らせるなよ。時代錯誤も甚だしい。
「いや、あるな」
よいしょっと俺は鹿羽を持ち上げる。わかりやすく
言えばお姫様抱っこだ。なんでこんなカッコイイことを
するんだと聞かれても、それ以外に女性の持ち方を
知らないからだ。誰か「女性の持ち方ハウトゥー」
なんてものをまとめてはくれまいか。俺だって、
見ず知らずの後輩相手にこんなことはしたくない。
ましては、これから危険な橋を渡るというのに。
「!!………………あっ、へっ??」
「ギギギ、痛い痛い!あまり腕を握るな!!」
("ノーティ”!!!!)
(あい!!)
(さっきと同じぐらいの力でよろしく!!)
(ガッテンでい!!)
俺はお姫様抱っこのまま、思い切り走り出す。
そして、屋上の柵を超えて夜空に向かって跳び出した。
バビューーーーン!!!!!




