179.少女を診よう
確かに見た目もか弱く、チョンと触れたらキャッとか
言って倒れてしまいそうなぐらいに「小さい」その少女は、
俺たちの締め作業に入ろうかと思ったタイミングに
合わせたかのようにやってきた。
客は客なのだからしっかりと対応しなくてはならない。
それに義堂からの話も伺っているからして多分、
というか確実にコイツで間違いないだろう。
「あ、どうもこんにちはー」
やはり俺には挨拶から入る会話は少しばかり似合わない。
自分でもたどたどしく聞こえてきてしまう。少女はそれに
対してぺこりと挨拶をして、言葉を交わすことなく
部室に入っていったのだ。
あいさつをしたのだから返してもいいだろうに、
と思いつつもあの見た目からしてその手の
コミュニケーションは得意ではなさそうだ。
ならばこちらから挨拶をするのは悪手だったかもしれない。
あるいはしゃべっていたけれど声が小さくて
聞き取れていなかったかのどちらかだ。
「あ……こんにちはー。えーっと、どうしたのかしら?」
部室内から声が聞こえる。加賀音が対応しているようだが、
どうやら雰囲気から察したように言葉を選んで
話しているのが伝わってくる。
「……………………お、私のお化けとおはなし?」
「お話? 除霊ってことかしら」
確かに義堂の言う通り声も小さいな。奥からさらに
ミコが何何と窓口に駆けつけてきた音も聞こえてきた。
ちなみに俺はその様子をドアに耳を当てて
聞いているのだが、行きかう生徒たちに変な目で
見られていたことには気が付いてない。そんなことより、
義堂が言っていた少女の動向が気になって仕方がないのだ。
「え、でもあなた…… いえ、じゃあその前に色々と
聞きましょうか」
言葉が止まった。俺も「除霊」という言葉を聞いた
瞬間に思考が止まったのだから、それと同じような状況に
加賀音はなったのだろう。
そう、彼女には霊は憑いていない。加賀音にもそれは
見えている。
なのに「除霊」とは?
「まず、お名前は?」
「………………」
「うーんと、あまり言いたくないの?」
「………………そう、いう、わけじゃ、ない
………………です」
「……理由は聞かないでおくわ。名前が大事って
わけでもないからね。それで、自分にどんな霊が
ついているの?」
「………………わから、ない………………です」
「????わからない????」
部室内の不思議な空気がドア越しでも伝わってくる。
なんだ、あの子は。冷やかしというわけでもなさそうだし、
健康ですねと追い返す雰囲気でもなさそうだ。
「な、何か怖いことでもあったの?」
「………………え、えっと、
………………あば、れる………………?」
「暴れる?????」
アバレル。アパレルではなく「暴れる」。
「え、それはいきなり自分でもよくわからないままに
暴力的になっちゃうってこと?」
「………………半年前、から」
「それって何か原因があったとか、何か心覚えない?」
「………………自分でも、わからない。けど、
あんまり良くない、気がする」
あんまりどころか全然よくないだろそれは。
「そう、わかったわ。お姉さん方に任せておいて。
どうにかしてできる限りのことはするから。
ミコちゃん、どうする?」
「どうするって言ってもひとまずは一通りはちょっと
やってみようかな。と言っても、よほどすごい霊がいたら、
まずいから適度にしかできないけれど」
「じゃあ、最悪の場合御前の一族にたらい回しするってこと?」
「そうなるかも。悪霊とかを痛めつけることは結構
簡単なんだよね。塩を使うとか、お祈りするとか、
ファブ〇ーズかけるとか」
ファブ〇ーズって効果あるのか。てっきりスッキリした
気持ちだけのものかと思っていたが。というか霊って
もともと気持ち然り精神的なカテゴリの連中だったな。
一応、スッキリするというのは意味ある行為ではあるのか。
「ただ、小さな悪霊なら別にそれである程度は何とか
なるんだけれど、もっと根本的に凶悪な霊だったら、
逆に自分のことを苦しめる可能性があるの。ほら、
エクソシ〇トであるでしょ、霊に憑かれた人が祓われて
苦しんでいるヤツ。あれとおんなじ。ただ、違うのは
設備がここじゃ整ってなくて、完全に霊が取り払われずに、
ただただ自分のことを苦しめただけになるとそれこそ
悪霊に反感を買っただけになっちゃうから」
適度に払う。それでだめなら様子見か別の診療所に行くこと。
「………………はい……」
こうして、除霊の準備が始まったのだった。
俺もそれに合わせて部室に入る。ミコの手伝いをしながらも
その少女のひ弱そうな姿を目に焼き付けておく。
「ココ、なんか企んでる?」
「企んでねーよ。むしろ」
「むしろ?」
「いや、何でもない」
企んでいるのは、あちら側なんじゃないのかと
疑って仕方がない。
("ヴィーハ”あの女についてどう思う?)
(ぜんぜん、なーんも。ただの人だよ)
(だよなぁ)
そのやり取りを隣で見ていた加賀音が俺のことを見て、
意図を察したかのように首を横に振った。加賀音もそれは
わかっているようだ。やはり霊的な要素は彼女にはない。
霊感は58と高い水準ではあるが、そうだとしても要素が
ないに等しい。
(暴れる、ようはパラノイアを起こす霊ってことか)
(そんなの悪魔もそうだけでみんなそうでしょ)
(けど、お前も見てわかる通り違うんだよな)
(ならアレじゃない? あのーなんだっけ、タジュジンカク
ってやつ?)
(多重人格な。多重人格ねぇ………………確かにあり得るか)
と思いつつもそれは違うな。多重人格は確か、長い年月を
かけて別の人格を形成していき、最終的にその人格が
完成したら体現するみたいなものだったはず。だが、4か月前に
暴れる人格が生まれたとするならば、それなりの原因が
あるはずだ。いきなり人格がまるで外付けハードディスクの
ように接続されたとするならば、人格を自ら形成したと
かんがえるよりも悪魔やその手の干渉があったと考えたほうが
適切でもある。
(悪魔が関わった形跡がわかればいいんだが)
(無理無理、マスターそんな便利な悪魔雇ってないでしょ)
(このためだけに悪魔作るの、俺? 嫌だよ)
そればかりはポリシー違反になる。別にいいんだが、
そんな日雇いみたいな扱いで悪魔を増やしたところで
俺の魔力が無駄に減っていくだけだ。
(何が目的、か)
(さっきの男の言葉?)
(あぁ、義堂は一体何を言いたかったんだ?)
(やっぱり多重人格ってやつってことじゃないの?)
(と、俺も思う。いや、俺の多重人格に対する偏見が
邪魔してそうじゃないと決めつけている可能性も
考えられるからな)
とりあえず、多重人格ですか?と尋ねるわけには
いかない。彼女自身は霊に取り憑かれていると思って
来ているのだ。なら当然、違うと答えるし、せっかく
除霊に来た人間に対して失礼だ。「なんで来た?」
と言ったところで別段、特殊な変化があるとも思えないし、
今はそんな空気ではない。
ひとまず、多重人格やそこらあたりの路線で考えておくか。
となると、俗にいう入れ替わりのスイッチがどこかに
あるはずだ。そこを見つけない限りはこの件は保留になる。
「加賀音、どうすればいいと思う」
「わからないわ。私たちに気が付かないだけで、
もしかしたらもっと複雑な事情があるかもしれないわ。
ちょっとそこまで掘り下げると本人も嫌がるでしょうし」
「なら、とりあえずミコに任せていいか」
「彼女もそのために来てくれているから、それしかないでしょ」
ミコの経なのかよくわからない文言がひと段落ついた。
最近、お経とかその手の仏教的な文言を聞きすぎて自分でも
見様見真似でできるような気がしてきた。
「……これで、大丈夫なはず」
「………………はい、あ、ありがとう、ござい、ます」
「ううん! もし困ったことがあったり、また危ないなと
思ったら来てね」
「………………はい」
「あ、あとそれと」
ミコは自分のロッカーをがさがさと掘り出す。
そこから”御前神社”と書かれたパンフレットと
連絡先を渡した。ずいぶんと準備周到だな。
あと、おまけで使い切りタイプのファブ〇ーズも渡した。
除霊グッズなのだろうけれど、なんかお中元みたいだな。
「これ、は?」
「自分に使って」
「こ、こう?」
自分にシュッとするしぐさをして見せた。あってるけれど、
ファブ〇ーズの正しい使い方では決してない。ミコ、本当に
効果あるんだよなそれ!? 嘘ついてないよな!!?
「で、では」
と、消えるような声で挨拶をしてそそくさと
部室を出て行った。
胡散臭い店から逃げる客のようにも見えなくもない。
半ば間違っていないから反論もできない。
「ミコ、あの子大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない? あれでまた再発しちゃったら
それは私たちじゃなんにもできないから。けれども、
そこまででっかい霊ではなさそうだからよかった。
それならもっと嫌がっているはずだし」
「解決したってことなのか?」
「全然」
全然、って…… 無責任に言ってくれる。
「結局はさっきも言ったけれど気持ちの問題だから、
ただ……」
「ただ?」
「タイジュウ人格っぽくもないんだよね」
「ずいぶんと太った人格だな。それは、俺も思う」
「だから何か、スピリタスな影響があるんだろうけれど……」
「酒かよ、連続で間違うなよ」
それなら酒で「暴れる」というのもわからんでもないが、
そんな洒落を言っている場合ではない。酒の影響ではなく、
ちゃんとスピリットな影響であってくれ。
「会長とかマヤに聞いてみましょうか?
人間事情ならあそこは強いけれど」
「ロッカちゃん、ありがたいけどできる限り私たちで
解決してあげたいから」
人の事情はあまり外に持ち出したくないのは
誰だってそうだから。
「そう、わかったわ。私も当事者だから手伝うわよ」
「うん。ロッカちゃんにはこれからバシバシ働いて
もらうから!」
「はいはい、わかりましたよ…… って、あら」
加賀音が片付けようと持ち上げたお客さん用のカゴから
ぽろっと何かが落ちた。
「さっきまであったかしら?」
「いや、確認したからなかったよ。だからあの子じゃない?」
これは…… ノート、いや手帳か。
手帳を忘れるとはプライバシー管理がなっていないなぁと
叱咤はしない。どうせ、すぐに気が付いて取りに戻ってくる
だろう。部活はまだ続くんだから、それまでに戻ってきて
くれればいいってもんだ。ではあるが、持ち主確認の意味も
込めてちらりと1ページだけ開いてみる。
name:鹿羽 歩
“しか”と、”はね”。……しかばね?
ずいぶんと厄介ごとを抱えてそうな名前だ。




